digimon | ナノ

02 「先輩タグロックそこじゃないです」咆哮!イッカクモン

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「――僕はしっかりしてるさ」


 ボチャン、と音を立てて石が投げ込まれると同時に水面が揺れる。
 皆がいる場所から離れた所で丈は膝を抱えて座っていた。暗い表情のまま、また水溜まりに石を投げる。


「僕は、僕はしっかりしてる……!」

「……おいアイツ1人で何してんだ」

「しっ!見ちゃいけません!」

「そうやって現実から目を反らすんだな。大人って汚い」

「怖っ!こんな子供いたら怖いわっ!」

「君達いい加減にしてくれない?」


 木の陰に隠れていた私とインプモンの声がバッチリ聞こえていたらしく丈はツッコんだ。
 良かった、ツッコミが健在で安心したよ。おのれインプモン、ボケは私で十分だ!


「ほれみろお前のせいでまた見つかったじゃねーか!あっ私達の事はお気になさらず」

「いや無理だからね」

「オレのせいにすんな」


 隣で仏頂面をするインプモンはさておき、私は呆れた眼差しを向けてくる丈の近くまで歩いていく。


「丈くん、年長にも関わらず先程一行を危ない雰囲気にさせてしまったわけですが、ねぇ今どんな気持ち?ねぇどんな気持ち?NDK?」

「一々きみ腹立つんだけど!本当になんなんだよ、しばらく1人にさせてくれないかなぁ!?」

「答えは聞いていない!」

「聞いといてそれ!?」


 うっとおしそうにシッシッと向こう行けジェスチャーをする丈にもめげず、灯緒はビシッと指を突き付けた。


「だってどうせしょーもない余計な事考えてるんでしょ、そんなモン考えるだけ損損!」

「なっ」


 大体1人で悩むとろくな事にならないからね、ここは皆さまお待たせのカウンセラー灯緒の再来ですよ!え、待ってない?いけずぅ〜!
 しかし笑顔の私とは反対に丈はムッとした表情で私を見上げる。


「余計ってなんだよ!僕は自分を落ち着かせようとしてるだけだ!楽天的な皆をまとめるためにも先輩である僕がしっかりしてなきゃ駄目なんだから!」

「ちょっとなにいってるかわからないです」

「ッどうせ灯緒くんに僕の気持ちなんて分かんないよっ……!」


 少し離れたこの距離からでも分かるくらいに固く握り締められた拳が小刻みに震える。
 破裂寸前だなぁ。なんで急にそんな切羽詰まった考えになったのかな。でも同じ年長組としてはその焦る気持ちは分からなくもない。
 なんだかんだ言ってただ心配なのだ、仲間のみんなが。


「こういう時に助け船を出さなきゃ真の最年長の名が廃るってもんよ!真打ち登場!」

「……何それ?」

「ダチってのはこういう時にいるって習わなかったの?さぁこのおねーさんにドーンと任せなさい!」


 内に溜め込めば最後は内のものが破裂するだけ。なら私はそれらを全て掬えるよう努めよう!
 私は己の拳をドンと胸に叩きつけた。満面の笑みでそう言えば丈は胡散臭そうに私を見上げる。


「そんな事言われてもさ……きみ本当に頼りになるの?不安要素しか僕には見当たらないんだけど」

「ああ、ならないんじゃね」

「そこはフォローしろよ!触るもの皆傷つけてどうすんだ!ギザギザハートの子守唄か!」

「残念だったな、傷つけるのはお前だけだ。ざまぁ」

「私に対して厳しすぎない?それともドS?そう思っていた時期が私にもありまし」

「いやインプモンの気持ちも今なら分からないでもない」

「先輩タグロックそこじゃないです」


 まさかの私に対してドS発言だよ。ヤメロォ!私はMじゃないぞ!どっちもイケるリバだ。ウソダドンドコドーン!


「ま、そういう訳だ。ザル馬鹿だが我慢して付き合ってやれ。惨めだ」

「なんでお前が上から目線?わけがわからないよ」

「……………ぶふっ!」


 私とインプモンの会話という名の漫才にいきなり丈が吹き出した。今のがどうツボったのか知らんが、こっちは真面目にだな……!


「おま……」

「っはは……」

「あははははははははははっ!」


 見れば必死に笑いを堪えて赤い顔をした丈と目が合い、丈も私も同時に堪えきれず笑いだす。しばらく馬鹿みたいに笑い続け最後はヒーヒー言いながら腹を抱えた。


「あー腹痛い!笑かすなよ!」

「何言ってるんだよ、灯緒くんが変な顔するから!」

「違いますーこの顔は生まれつきですー!」


 笑いながら言い合う様は傍から見れば気持ち悪かったに違いない。現に隣のインプモンが不審者を見るような目をしていた。なんだってんだよー!


「はー疲れた……。気を取り直して、さぁ!話したまえ!」

「………あー……」


 笑いが治まってきた所で私が話題を戻そうと丈に問いかけると、丈は目に浮かんだ涙をごしごしと手で擦った。一息ついて気が抜けたように笑う。


「灯緒くんに理解できるとは思えないからいいよ」

「一言余計だ!遠慮せんでもよいよ?お泣きになるならいくらでもこの胸をお貸ししますよ!」

「ううん、なんか灯緒くんと話してると冷静になったよ。だから平気」

「あれっなんか馬鹿にされてるような含みが……気のせい?」

「気のせい気のせい」


 苦笑しながら丈はちらりと他の皆がいる方へ視線を向ける。焚き火の灯りが木々にはっきりと仲間達の影を作っていた。


「言う事、ある?」


 影を見る丈に聞く。多少肩の力が抜けたものの、丈はまだ気まずそうに目を伏せる。


「……うん、沢山ね。でも」

「じゃあ行った行った!」

「うわっ!?ちょ、ちょっと!」


 私は無理矢理丈の腕を引っ張って立たせ、勢いよく背中を叩き皆がいる方へ押す。よろめきながら歩きだす丈が驚いて振り返った。


「心の準備なんていらないよ!本音をバシッとぶつけてこい!」

「……うん」


 さっきとは逆だが、同じように私が笑えばつられて丈も微笑んだ。










「何度も同じ事言わせるなよな!」

「駄目だ!危険過ぎる!」

「考えてたってしょうがないだろぉ!?」

「俺は少しは考えろって言ってんだよ!」

「あれ、なんぞこの雰囲気」


 丈の後に続き皆がいる方へと行けばそこでは大声で言い合う太一とヤマト、そして2人を少し離れた所から見る皆がいた。「ざわ……ざわ……」な雰囲気に丈と私は疑問符を浮かべる。


「おい、どうしたんだよ。何揉めてるんだあの2人」

「じゃあ何か!?俺が何にも、何にも考えてないってのか!?」

「その通りだ!」

「何をぉ!?」

「ムゲンマウンテンに行くか行かないかで揉めてるんです」


 言い争う2人をさておき傍観している他の皆に聞くと、その質問に光子朗が困った様子で答えた。


「ムゲンマウンテン?」

「あの大きな山の事や」

「ふぅん」

「太一はあそこに行けば全体が見渡せる、って」


 テントモンが示す先には鋭く尖った形の山が闇夜でも異様に存在感を醸し出しながら聳え立っていた。


「確かにあのくらい高い山なら全体を見渡せる……」

「でもヤマトは危険だからって反対してるのよ」

「あの山には凶暴なデジモンが沢山いるのよ!」


 ムゲンマウンテンを見上げながら思案する丈に空とピヨモンが補足する。


「うーん、なるほど……それは危険だ……」

「それでこれか」


 ため息混じりに呟きながらインプモンが言い争う2人を見る。そこで私の頭に電球がピコーン!と出現した。
これはむしろチャンスじゃなイカ?


「そうだ!丈くん、今こそキミの出番だ!」

「え?なに?どういうこと?」

「真打ち登場ってね!ここでバシッと決めなきゃ年長者として様になんないでしょ!」

「!そ、そうだね。よし……!」


 私の言葉に決意した丈は2人の方を向きずんずんと突き進んでいく。
 ここで皆の先輩がビシッと指針を決めれば、きっと全員丈を見直して改めて皆仲良く頑張れるはず!


「なんだよ、そんな逃げ腰じゃ埒があかないだろ!?」

「お前の無鉄砲に付き合わせてみんなを危険に曝すつもりかよ?」

「なんだとぉ!?」

「待ってくれよ2人共!」


 不毛な言い合いを続ける太一とヤマトの間に入り丈は2人に制止を呼び掛けた。


「まずは落ち着いて話し会おう!喧嘩しないでさ!」

「そうだ、クールに行こうぜクールに!」

「で、丈はどう思う?」

「え?」

「どっちに賛成なんだよ!」


 今の丈の気迫を物ともせず太一とヤマトは掴み掛かるように丈に尋ねる。2人のあまりの気迫に逆に丈が怯んだ。吃りながら意見を述べる。


「う、うん……太一の言ってることは正しいよ?あれに登ればこれからの指針にはなると思うよ」

「ほらみろ!」

「だけどヤマトの言うことももっともだ!みんなを危険に曝してまであの山に登る意味があるのかって言うと……うーん……」

「…………」

「…………」

「おーい……」


 歯切れの悪い言い方に太一とヤマトも呆れたようにがっかりする。そういう所こそビシッとキメる所だろ!
 すると考え中の丈を置いて太一とヤマトはまた口論を始めた。


「ともかく!行けるとこまで行こうぜ!」

「だから!違うって言ってるだろ!」

「待てよ!今考えてるんだから!ちょっと待ってって、落ち着けよ!」

「熱くなってるのは丈の方だろ!?」

「なんだよ!僕は君達を……」

「だから行けばいいんだよ!」

「何でそうなるんだ!」

「聞けよ!俺の話も!」

「でりゃあああああああああああああ!」

「うわあああああああああああああ!?」


 エスカレートしていく身のない口論にはもううんざりだ!こんな世の中じゃポイズン!
 とうとう3人の声が叫ぶような大声になった時に私は3人の後ろからダブル……トリプルラリアットをかました。私が眼中になかったため3人は盛大に尻餅をつく形でこけた。ふははは良い眺めよ!


「後ろががら空きだー!まさに外道!」

「い、いってー!」

「何してんだお前!?」

「なんだかんだと聞かれたら……じゃねーや何してんだと言いたいのはこっちだよバーロー!血反吐がでるわ!」

「それは出すなよ」


 戸惑う3人の前に仁王立ちになり私はどや顔で囃し立てる。うるさいだけの灯緒さんの演説が始まりますよ。ジーク灯緒!さあ皆さんご一緒に!


「うだうだ言ってねーで男なら二言無しに自分が思う事をバシッと言え!最後まで正当な理由を添えた上で考えろ!変な意見なら容赦なくぶっ飛ばす!」

「た、ただの恐怖政治じゃないか!」

「こうでも言わないとキミ達はずっとこのままでしょ!太一はただ意見を言うだけ言って、ヤマトも喧嘩腰で反論、丈ははっきり言わない!これでちゃんとした指針が決まるとお思いかお主らは!」

「お、俺は別に……!」

「それは……!」

「…………」

「言わせんな恥ずかしい」

「はい台無し」


 言い終わる頃には私は息切れしていてそれがちょっと恥ずかしくて最後に一言余計に言った。
 ああ駄目だ言ってる間に興奮しちゃって何言ったか分かんないや。落ち着け、クールになれクールになるんだ灯緒!


「ストップ!四人共いい加減にしてよ!」


 そして結局ヒートアップしていく口論を見兼ねた空が制止を呼び掛けた。空の叱責にようやく皆も我に帰りデジモン達もパートナーに近づいて諭す。


「今日のところはもう遅いし……」

「そうそう、寝る時間だよ」

「続きはまた明日にしようよ」

「他のみんなも心配そうだし、ね?」


 空がちら、と視線を向けた先は不安げな表情をした光子朗やミミやタケル達下級生だ。言い争っていた間ずっと不安そうに事の行方を見ていた皆を見ると、バツが悪そうに太一とヤマトは俯いた。
 すると気にするなと言わんばかりに今度は空が明るく話しかける。つくづく空は場の雰囲気を汲み取り、すぐ気遣いの出来る凄い子だと私は場違いにも感心した。


「ほら行きましょ!」

「はいおやすみ!」

「ゆっくりしていってね!」


 太一とヤマトの背を押しながら2人を連れて行く皆に笑顔で手を振って見送る。
 隣を見ると丈はまだ地面に座っていた。座っていたというか、そうして倒したのは自分だし仕方ないと私は丈へ手を差し伸べる。


「いつまで座ってんの。悪かったって……ほら」

「――――」


 ――どうやら、今夜は眠れそうに無いな。
 私は暗闇に黒く聳えるムゲンマウンテンを睨んだ。



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