01 「ちょっと面貸してくださいよおおおおおおお!」蒼き狼!ガルルモン
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「アグモン」
「なに、太一?」
「お前、何でまたグレイモンからアグモンに戻っちゃったんだよ?」
海岸でのシェルモンとの攻防から小一時間が経過した頃。
波打ち際が見える切り立った高台沿いを歩く私達一行の中、先程から何か小難しそうな顔をしていた太一が顔を上げた。
そして彼の隣を歩くアグモンにずっと考えていたらしい疑問を率直にぶつけた。
「それは…………ボクにもよく分かんないや」
しかし当の本人――――本デジモンは自分のことであるにも関わらず、疑問にぽかんとした表情をしたかと思えば続けてなんとも気の抜ける返答をした。
そして照れ臭そうに「えへへ」と笑いながら頭を掻くアグモンに、予想外だったのか太一は大袈裟にがくっと転ける。
「なんだそりゃ――――うわぁっ!?」
「太一!」
太一が呆れながら言った直後、バランスを崩したのか誤って崖から落ちかけたところをアグモンがとっさに太一の体を支えて助ける。間一髪で助かった太一とアグモンはお互いの顔を見ると途端に笑いあう。今の流れの一部始終を見ていた他のみんなも、そんな仲の良さそうな二人の様子を見てほのぼのと笑う。
……いや、今の何気にめちゃくちゃ危なかっただろ!何普通に笑ってるの!?いや二人の仲の良さはいいんだけどね!?あれ!?私がおかしい!?
そんな和やかな雰囲気的に私が横槍を言いだせずにいると、ふと近くの茂みの向こうから何か生き物の低い唸り声が聞こえた。
慌ててその声が聞こえる方へ振り向くと同時に、その唸り声の正体は側にあった大岩を中央から粉砕しながらその姿を表した。
「なんかおいでなさったぞー!?法螺貝を吹けー!」
「なんだ、あれは!?」
「モノクロモンや!でも大人しいデジモンさかい、心配せんでもええやろ」
デジモンの生き字引、テントモンがそう言うので一瞬安心する。
瓦礫の中から現れたモノクロモンとやらは、頭部に大きな角を持ち、硬そうな黒の鎧を纏う四足歩行の恐竜のような姿のデジモンだ。
しかし、モノクロモンは私達の希望など知ったことではないとでも言うように、その巨体を揺らしながらドスンドスンと足音を響かせこちらの方へと向かってくる。あれれ〜?おっかしいぞ〜?
「そんなこと言ったって、こっちに向かってくるけど!?」
「やだぁ!」
「テントモンのアホ!」
「なんでワイ!?」
「無駄に安心させられてフェイントかけられたからー!」
こちらへその巨体を揺らしながら向かってくるモノクロモンの反対側へ逃げようと振り返る。
しかしすぐに丈が叫ぶ。
「もう一匹いる!」
「はぁ!?」
モノクロモン二匹目いただきましたー!はい喜んでー!
丈の声に振り返ると、後ろにはもう一体モノクロモンが待機していた。
誰だよモノクロモンはおとなしいって言ったの!テントモンか!
「まずい、挟み撃ちにされた……!」
ヤマトが悔しそうに言う後ろで太一は近くの岩に気付くと叫んだ。
「みんな、逃げろ!」
太一の声を合図にみんなは素早く近くの岩影へ走り身を隠す。
逃げた私達を追って来るかと思いきや。しかし何故かモノクロモンは私達を見向きもせず二匹は戦いはじめた。
「あいつら、仲間同士で戦ってる!?」
「なぜだ!?」
「縄張り争いでっしゃろな」
「申し訳ありませんでしたテントモン様!」
太一と光子郎が疑問を言うとテントモンが普通に答えた。そして私を見たので私は速攻で謝った。
「今のうちに行きましょ!」
「待ってパルモン!自分だけ先に逃げないでよぉ!」
さっさと走りだしたパルモンをミミが追い、それにみんなも続く。
森の中を私達はしばらく走っていると一番後ろから短い悲鳴とものが倒れる音がした。
「――あっ!」
「あ!タケルくん!」
小さな悲鳴に後ろを向くと、木の根にでも足を取られたのかタケルが転んでいた。
他のみんなも振り返り、その中でもパタモンとヤマトがすぐさま心配そうにタケルに寄る。
「タケル!」
「大丈夫か!?」
優しいお兄ちゃんだなあ。素晴らしき美しきかな兄弟愛。
その光景を微笑ましく見ていると、ヤマトはタケルを起こそうと屈む。
しかしそこで。
「平気だよな、タケル!」
「うん!」
先頭を歩いていた太一がタケルに声をかけた。
泣きそうな表情だったタケルは太一のその励ます一言を聞くと、パッとすぐに立ち上がりみんなに続こうと走っていった。
パタモンもそれに続くが、
「……あ……」
横を走り抜けていくタケルを視線で追い、残されたヤマトはどうにも複雑そうな顔でタケルを見ていた。
「ヤマトくん?どしたの?」
「…………別に」
それだけ言うとヤマトは元の位置に戻ると歩きだす。
今なら誰が見ても別に、という顔ではないことは一目瞭然だったが、幸い他のみんなは元気に歩くタケルに視線をやっていた為にその表情に気付くことは無かった。
その直後。
――ピピピピピピ……。
「え?」
唐突に無機質な電子音が鳴り響く。
かなり近い場所から聞こえるようだ。一体どこから、と驚いてあたりを見渡すがそれらしい機械のようなものはない。
それもそのはず、私のポケットの中にあるあの謎の小さな機械から発せられていた。
「な、何!?私どこも触ってないよ!?」
慌ててポケットから取り出してみると、やはり私の機械から音が出ていた。しかも真っ黒だった小さな液晶画面にはなにやらチカチカと点滅している点が。
「待ってください!これは……」
「光子郎先生!」
「変なあだ名で呼ばないでください!」
私の側にすぐに前から光子郎がかけつけ、機械を見る。
「これは……何かに反応して、……示している?」
――ピピピピピピピピピ――。
特に変化なく鳴りやまない機械を片手に私達はとりあえずこの機械が示すらしい方角へ進んでいた。謎であるが故にこの機械は何か特別なものじゃないか、と想像している。根拠はないが信じてみる価値はあるだろうというのがみんなの中で一致した意見だ。
ちなみに、鳴るのはこの私の機械のみで他のみんなのものは特に何も反応はないようだ。まさか私のだけ不良品とかそういう可能性が微レ存……?
――ピピピ。
「ん?」
「鳴りやみましたね」
光子郎が機械を覗きこむ。画面は点滅が早くなっているだけで後は変化はない。
「ということは、きっと近くに何か……」
「あ!」
私が言いかけると突然のアグモンの声に遮られる。
なんだなんだと視線を向けるとアグモンは目の前の木の上を見上げていた。他のデジモン達もアグモンの視線の先を見て目を丸くしている。
「あっ!お前は!」
「こんなところにいたの!?」
「あんさん、インプモンになったんか!」
「インプモン?」
デジモン達が口々に目線の先のものに声をかける。
一体何が、と私がみんなにつられて視線の先である大きな木の上を見ると、そこには一匹のデジモンが座っていた。
そのデジモンはこちら側のデジモン達と同じくらい小柄だが、どこか擦れたような雰囲気の奴だ。
「あ?ああ、なんだお前らか。久しぶりだな、揃いも揃って遠足か?」
小生意気に皮肉を含めた声音はその頭上のデジモンのものだ。
大きな若草色の瞳は人相悪く釣り上がり、燃えるような赤いスカーフと手袋をしている。お腹にはギザ歯のニコニコマークをつけている、いかにも小さな悪魔のような見た目をしたデジモンだ。
「違うよ!オイラ達、待ってた人達と会ったんだ」
「な!お前ら、そいつらが……人間か!?」
「そうだよ、俺達のパートナーだよ!」
まさか、とインプモンと呼ばれたデジモンは目を見開いて木の枝の上で立ち上がる。
今のデジモン達の話を聞く限り、もしかしてこのデジモンが。
「もしかして、君が私のパートナー?」
私はそう言って一歩前に出るとインプモンはそこではじめて私に視線を向けた。
インプモンは一瞬嬉しそうに顔を綻ばせたが、すぐに顔を振って立ち上がる。
「今頃何しにきやがった!今更……遅いんだよ!」
「インプモン、本当にごめん!私、すごく遅くなってごめん!」
「え……」
私はまた一歩寄って頭を下げた。インプモンも予想外だったのかびっくりして私を見る。他のみんなも私を見つめた。
大丈夫、この子はきっと素直になれないだけだ。さっき一瞬嬉しそうな表情したのを見逃さなかった。目ざとさだけには自信があるのだ。
「待ってたのを知らなかったって言ったら、ただの言い訳だから腹括る」
でもこれだけは言っておきたい。
「でも、私来たよ!遅くなったけど、君のもとまで来た!もうどこにも行かない!」
君はもうひとりじゃない。
「だから」
「……っうるせぇッ!!」
私が言葉を続けようとしたがインプモンは一喝すると木から木へ飛び姿を消してしまった。
「インプモン!」
「灯緒……」
みんなが心配そうに私を見る。
「……灯緒、気にすることないよ。インプモンは素直じゃないだけなんだ」
「そうよ。きまぐれだし、またすぐ来るわよ……」
パタモンとパルモンが心配そうに私に言うが生憎私は平気だ。
むしろ、
「……あんの真っ黒黒助のチビ助ヤロウ!こっちがへり下ってりゃいい気になりおって!」
「!?」
怒り心頭である。
そりゃあ私が悪いと思っているし、インプモンが素直じゃない性格なのはこの数秒間でも簡単にわかってしまった。あの如何にもな反応はテンプレなツンデレだろう、あの態度は。
頭ではそうわかっているのだが、一度頭にきてしまえば私の性格的にはそれを抑えるのは無理だった。猪突猛進、それが私の厄介な性質だ。
ということで。
「待てやインプモンさんよおおおおおおお!ちょっと面貸してくださいよおおおおおおお!」
「おい、灯緒!」
「灯緒ちゃん!?」
私はインプモンが去っていった方へ走りだした。そりゃもう般若のような顔で。
「もう疲れたぁ……」
私が全速力で走って追っていったもののそれからインプモンは見つからず、結局森の中を延々と歩いていた。
とうとう日が傾いてきて空の色が変わり始めた頃、疲れを全面に見せた声でミミが地面に座り込んでしまった。
辛そうにしているミミとは反対に先頭を行く太一はまだまだ体力に余裕があるらしくケロッとしてきる。体力あるなぁ。
「もう少し頑張れよ、ミミ」
「ごめんミミちゃん。私が暴走しちゃったから……」
「あれは別の意味で怖かったわ……夢にでちゃう」
「サーセン」
そんなに怖かったかな!?ちょっと夜のハイウェイかっ飛ばした程度の気分だったんだけど!
私がミミに土下座していると一行の前方から明るい声が聞こえた。
「あー!飲み物確保や!湖、湖でっせ!あそこでキャンプしまへんか?」
「あたし賛成!もうこれ以上歩けない……」
近くに何かないかと見ていた上空からのテントモンの声にミミはぐったりと力の抜けた声で賛成した。
その後ろでこれまで頑張って歩いていたタケルもとうとう座り込んでしまった。小さい体でよく文句の一つ言わずについてきてたなぁ……えらいなぁ。
タケルの隣にいるヤマトもタケルの様子を見て賛成する。
こうして私達は最後の気力を振り絞って、湖の方へと重い足を進めた。
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