03 「退かぬ、媚びぬ、顧みぬ!」爆裂進化!グレイモン
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「非常食は一班につき三日分支給されている!」
ざざーん、と辺りに響く穏やかな波の音に耳を傾けながら、砂浜で私達は円になって座っている。
休憩もといご飯の時間にすることに決めて、運良く非常食があるとわかった今みんなの視線は目の前に広げられた非常食に釘付けだ。
そんな手前、丈はきりっと張り切ってみんなに説明をはじめた。
「僕の班は六人だったから、6×3×3で……」
「54食ですね」
「そうだ!それを八人で分けて食べると」
「二日と少しですね」
「……そうだ」
さらりと計算をしてしまう光子郎に、今まさに見所を見せようと意気込んでいたらしい丈はショボンと見るからに意気消沈してしまった。
自分の見せ場を取られてしまった感じだろうか。さっきから色々と丈が不憫すぎる。そういうポジションを早くも察してしまった。
「光子郎くん算数得意?」
「はい。でもどちらかというと理科の方が……」
さすがパソコン少年、伊達じゃないぜ。
のほほんと会話する灯緒と光子郎は他所に、空は話を本筋に戻す。不安げに言うその言葉を聞いて、真っ先にガブモンとテントモンが否定した。
「でもデジモン達の分もあるから実際にはその半分、一日よ……」
「オレ達はいいよ。自分で食べる分は自分で探すから」
「うちらは勘定にいれんでええわ」
分配数に困っている私達に気を遣ってか、そう言うデジモン達に空を含め全員が驚いた。確かに私達人間組が来る前の生活は、彼らの言うとおり自給自足をして暮らしていたのだろうが、それにしたって申し訳ない。
同じ思いだったのだろう空は隣のピヨモンに心配そうに聞く。
「え、本当にいいの?」
「うん大丈夫!今までずっとそうだったんだから!」
ピヨモンも空に対して明るく頷いた。しかし本当に平気だろうか。お腹を空かしている今、食べ物を探しに行かなければならないというのは、言葉にするより想像以上に大変で面倒だ。
空もまだ心配なのか不安げにしているが、かわって丈は話は纏まった!と至極嬉しそうにしている。
「じゃあこの非常食は人間用ということで……」
「どうだ、うまいか?アグモン」
もう食ってるー!
太一は丈の話どころか今までの私達の問答など全く聞ていなかったらしく、大胆に隠しもせず楽しそうにアグモンに自分の分の非常食をあげていた。
にこにことしている太一も優しいと思うし、アグモンももぐもぐと頬張りながら嬉しそうで結構だけども、せめて話は聞こうよ!益々丈が可哀想!
「だからそれは人間用!」
「いいじゃないか、ケチだなぁ」
大声で怒る丈に太一は特に気にせずさらりと言う。太一、色んな意味で将来有望な大物である。
やいやいと騒いでいる中で、どこからか聞こえてきたゴゴゴという微かな地鳴りに気付き、海に泳いでいたゴマモンははっと目を開く。続いてピヨモンがその地鳴りに気付きサッと振り返って立ち上がり海を睨んだ。
突然のことに空は驚きながらピヨモンを見る。
「どうしたの?」
「――――来る!」
ピヨモンがそれだけを呟いた直後、ドォッという大きな噴出音と一際大きな地響きと共に、穏やかな砂浜の地面から水柱が勢い良く吹き出した。
そう突然の状況の変化について行けずその僅かな間にも水柱はどんどん増え、浜にある電話ボックスを全て上へふっ飛ばしていく。
何がなんだか分からないが、私達はとりあえず自分達が座っていた場所から少し離れている場所へ向って走る。まずは身の安全だ。
「なっ……何!?」
「きゃああああっ!」
「な、なんだ!?」
空中へと投げ出されたボコボコに拉げた電話ボックスが凶器となって砂地に落ちてくる最中、砂浜の中から事の正体であるらしい巨大な巻き貝が出現した。
目の前に突如として地面から現れた奴の声が辺りに響く。
「シェルルルルルルルル!」
「って鳴き声そのまんまやないかい!」
「言ってる場合かっ!」
「シェルモンや!」
「シェルモン!?」
ヤマトにお叱りを受ける私の横でテントモンが巨大巻き貝の名前を叫ぶ。って名前もそのまんまじゃないか!
ピンク色の体に水色の大きな瞳、頭の上にはイソギンチャクのようなものが付いていて、足は前足のみ出しており、背中に大きな巻き貝を背負っている、まさしく名前の通りのデジモンだ。
「この辺はあいつの縄張りやったんか!」
「みんな、こっちへ!」
驚いて目の前の巨体に目を奪われている中、丈は冷静な判断で砂浜と森の境目の小さな崖を登ろうとするが、その単独行動が逆にシェルモンの目にとまったらしい。
シェルモンは頭にあるイソギンチャクらしい触手が生えている中心から水流を吹き出し、丈をめがけて攻撃をしてきたのだ。
「うわあああっ!」
「丈ーっ!――わああっ!」
「丈くん、ゴマモン!」
強い水流の勢いに押され、丈は地面へと落っこちてしまう。海にいたゴマモンがパートナーの危機を見て反射的に叫ぶと、今度はゴマモンがシェルモンの攻撃を受けてしまった。
びしょびしょに濡れて尻餅をついている丈をすぐに支えるが、海の中へ避難したゴマモンの姿は見えず不安になる。
少しでも行動すればすぐに何かしら仕掛けてくる、見かけに合わず素早い奴らしい。
「行くぞ、みんな!」
そんな未知の敵の襲来に全員が動けずにいる中、いち早く勇ましく言ってのけたのはアグモンだ。
その一声でハッとして我に返り、デジモン達は子供達を守ろうとシェルモンの前へと飛び出していく。そしてまたアグモンの声をトリガーに攻撃をシェルモンへと仕掛ける。
「ベビーフレイム!」
「プチファイヤー!……あれ?」
「マジカルファイヤー!……え?」
しかし先発のアグモンの火の玉はともかく、同時にガブモンとピヨモンの繰り出した技は最初は勢いが良かったものの、攻撃を出し切る前にへろへろと力無く消えてしまった。もちろんシェルモンにそんな攻撃は届くはずもなく。
「どうしたんです!?」
「技が全然出てない!」
自分でも何故なのか分からずに困惑しているデジモン達にここぞとばかりに隙ありと、シェルモンはまた頭を振りかざして水流を吹き出し、隙だらけのデジモン達をいとも容易く弾き飛ばしてしまう。
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
「エアショット……うわあ!」
「ポ、ポイズンアイビー……きゃあ!」
「ベビーフレイム!」
「いいぞ、アグモン!」
ピヨモンとガブモンが弾かれた後、パタモンとパルモンもまた同じく体に力が入っていない所をシェルモンの水流を受けて後ろへと吹き飛ばされてしまった。
みんながシェルモンの攻撃を受けて呻くなか、アグモンだけが素早く立ち回り必殺技もくり出して唯一普通に戦えている。
「なぜアグモンだけが……」
「すんまへん、腹減って……」
謎の状況に光子郎が疑問を口にすると、その横でテントモンが弱々しい声で言った。謎と言っても至極簡単な答えだったのだ。
腹が減っては戦は出来ぬ、をこんなに文字通りに体験する日が来ようとは。
「そうか!アグモンはさっきご飯食べたから……」
「じゃあ他のデジモンに戦う力はないってのか!?」
「じゃあ急いで今食おう今!」
緊急事態なのだ、アグモンが立ち向かっている今からでも他のデジモン達に非常食を、と思い先程までいた非常食バッグの方を見るが――――しまった!食べ物は全てかなり離れた場所に放置したままである。
そこまで行くのにはシェルモンの側を通らねばならず、奴の気を反らしてでも回収は難しいだろう。
「アグモン、俺達だけで何とかするぞ!」
「わかった、太一!」
今の会話を一人離れている太一にもちゃんと聞こえたらしく、太一はアグモンとたった2人だけでシェルモンへと向かって行く。
そのまま太一はシェルモンの横側へと走り、シェルモンの気をアグモンから自分に反らそうと手を降ったりして叫んだ。かなり前線に出ての囮作戦である。
「ほら!こっちだ、シェルモン!」
「太一っ!」
「バカヤロー、無理だって!」
あんなに近ければ流石の太一でも危険が過ぎる。空が悲鳴に近い声で叫ぶが、太一はそれを気にとめずに、先程壊れてぐしゃぐしゃに砕かれた電話ボックスの部品の一部の鉄の棒を掴んで、あろうことかそれを得物にシェルモンに攻撃を仕掛けた。
「どうだ、この!くそっ!――うわぁああっ!」
「太一!――うわぁっ!」
「太一くん!アグモン!」
太一の作戦どおり、ガンガンと音をたてて前足を叩かれたシェルモンは太一に気を取られる。しかし思わず私が飛び出したのも遅く、太一はシェルモンの触手に掴み上げられてしまった。
そしてつかさず直後、シェルモンは太一に気を取られて隙だらけでいたアグモンを太く巨大な前足で踏みつける。
こうなったらもう黙って見ている訳にはいかない。特攻隊長矢吹灯緒、行きまーす!
「この巨大巻き貝!太一くんとアグモンを離しやがれっ!」
「危険だ!下がれ、灯緒!」
「灯緒ちゃんっ!」
太一と同じように元電話ボックスの鉄の棒を拾い上げ、灯緒は太一を締め続けているシェルモンの触手に叩きつけるがシェルモンの反応は無くびくともしない。私そっちのけでそのまま太一を締め上げアグモンを潰して苦しめる。
くそーっ、こっち向いてBaby!魅力パラが足りないのか!それより他のパラ不足なの!?学力?運動?流行?もしかして気配り!?知ってた!
「うわああああっ!」
「きゃああああっ!」
「みんなっ……ってうわわっ!?」
足元で棒を振るう灯緒など気に止めない様子で、シェルモンは次に遠くに離れて見守っていた子供達と力のないデジモン達に向かって頭から水流をはなつ。
悲鳴を聞き、後の方へ気を取られた私の隙をついたシェルモンは、触手を灯緒の片足を掴むとそのまま逆さまに宙ぶらりんする形で軽々と持ち上げた。
「ぎゃあああ!頭に血が上るううう!」
「灯緒!くそっ!このままじゃみんなが……!何とかならないのか!」
頭がくらくらして目がチカチカしてきた!と危機な割にギャースカ声を上げる灯緒に、その横でシェルモンの触手に捕まっている太一はどうにか抜け出そうと体をくねらせるが、抵抗に気付いたシェルモンは太一を更にきつく締めあげていく。
「うわぁああああっ!」
「太一っ!」
シェルモンの足に踏みつけられているアグモンが太一の悲鳴を聞き、咄嗟に叫ぶ。
身動きが取れないアグモンは目線だけを送ることしか出来ずに、このままでは太一を助けることなど到底できない。
「……アグモン……ッ!」
悲鳴から絞り出した、アグモンの、パートナーの名前を呼ぶ。
そして――――、
「太一いいいーーーーーーッ!!」
叫びと共にアグモンの体が眩い光に包まれる。それは余りにも眩しく、温かく、神聖な光だった。見た事のあるそれは、たった数時間前に見たものと同じだと、ここにいる全員が息を呑んだ。
「アグモン進化!――グレイモン!」
光の中からそう咆哮が響く。直後、まだ燦々と輝く光から姿を現した。
それは小さな恐竜姿のアグモンではなく、頭には堅固な角鎧を被り、体全体が炎のような色をしている巨大な恐竜へと進化を遂げていた。ずっしりとした両足や太い尻尾は逞しく、威厳のある風体だが目はアグモンと変わらず澄んだ瞳をしている。
「え……?このデジモン……わあぁあっ!」
「うわあぁっ!」
そう、『グレイモン』はアグモンと比べ何倍も大きな図体をしていたため、シェルモンは足の下にいたものが突然巨大化したことでバランスを崩す。
何が起こっているのかまだ理解できていない様子で横に倒れ、同時に触手の力が緩んだ為に太一と灯緒は砂浜へと投げ出された。砂浜っていっても高い所から落とされると結構体に響くなぁ!
受け身も無く砂浜の上に落ちた灯緒と太一は頭を擦りながらも、すぐにシェルモンと進化したアグモン――グレイモンを見た。
「また進化……グレイモンだって……?」
「め、めちゃくちゃ格好いいっ!」
唖然としながら目の前でシェルモンと対峙するグレイモンを見上げた。互いの体の大きさはまさに互角。ピンクとオレンジの二つの巨体がドシンドシンと地響きを響かせながら激しくぶつかり合う。両者一歩とも引かない大接戦だ。
「頑張れ、グレイモン!」
立ち直った太一が真っ直ぐに見つめるグレイモンへ声援を送る。
取っ組み合いをしている至近距離で、先手を打ったのはシェルモンだった。シェルモンは頭から勢い良く水流を放つ。しかし、間近の距離だったが見切っていたのかグレイモンは余裕でそれを横へ避けた。
そして、グレイモンはその頑丈そうな兜頭をシェルモンの体の下に潜らせ、そのまま一気に力を込めてシェルモンを持ち上げて宙へ放り投げてしまう。
「すごい、相手よりも断然強い!」
その間近で見るど迫力の怪獣大戦争に思わず感嘆の声を上げた瞬間、トドメだとでもいうようにグレイモンは勢い良く飛ばされて空中に舞っているシェルモンの隙だらけの腹をめがけて、大きな口から業火の塊を放った。
「メガフレイム!」
力を込めて放たれたごうごうと音をたてて燃え盛る炎の塊が、見事シェルモンのお腹の真正面に命中した。
その反動は凄まじく、シェルモンはそのまま海のはるか向こうへと弾き飛ばされ、大海原に大きな水飛沫を上げながら叩きつけられる。
水面にブクブクと泡の音が控えめに聞こえるが、やがて何事もなかったかのように静かに海に沈んでいった。
「やった……倒した!」
「アグモン!」
わっとみんながが感嘆の声を上げると、同時に太一はシェルモンを吹き飛ばした直後にグレイモンから姿が戻ったアグモンの下へ一目散に走った。
力を振り絞ってかその場にぐったりと倒れていたアグモンを太一が急いで抱き起こして体を揺さぶっている。
「戻ったんだ……大丈夫か、アグモン!」
「太一ぃ……腹減った……」
ようやく聞こえてきた弱々しい声の内容は実に呑気なもので、太一は安心したようにへにゃりと笑った。
「もしもし!聞こえますか!?もしもーし!」
ざざーん、と穏やかな波の音が再び辺りに平和が戻ったことを象徴していた。
あんなことがあったにも関わらず、諦めがすこぶる悪い丈は壊されてしまった電話ボックスの中でも一番原型を留めているもので未だに電話をかけ続けている。
丈くん、諦めろ。時には諦めも肝心だぞ。私ももう諦めてるから。
「灯緒ちゃん、あんな無茶はやめなさい!」
「そうですよ、怪我だけじゃ済みませんよ!」
「僕、灯緒さんがいきなり走って行っちゃったから心配したんだよ!」
「退かぬ、媚びぬ、顧みぬ!」
「灯緒ちゃん?」
「誠にサーセン」
先程、無闇矢鱈にシェルモンへと突っ込んで行ったことに対して現在説教中でございます。パートナーがいない分、私の無茶は余程危険に写ったらしい。
率直に心配をしてくれている空や冷静に状況判断が出来ている光子郎はともかく、タケルまでプンプン怒っているのには素直に驚いた。空お母さん怖いよー!くやしい!だがこれでいい!
あれ、でもなんで太一は怒られないんだろう……?日常茶飯事だから言っても無駄と判断されているのだろうか……?羨ましい!
「ここにいる理由は無くなったな……」
「ああ」
太一とヤマトは砂浜をぐるりと見渡しながら呟く。沢山あった電話ボックスがほとんど木っ端微塵に破壊されてしまった以上、またかかってくる電話を待つことは期待できない。
今は先程の教訓を早速活かし、アグモン以外のデジモン達にも非常食を分けてそれを食べ終わるのを待っているだけなのだ。
「シェルモンも完全に倒したわけではありません。また襲ってくる前にここから離れた方がいいと思います」
「だったらやっぱりあの森に戻ろうよ!僕らが最初にやってきた森だよ!あそこで助けを待とう!」
2人の声を聞き、シェルモンが姿を消した方向を見やる光子郎が提案すると、ようやく電話ボックスから諦めて戻ってきた丈がいち早く反応した。
丈おおおおおおお!……丈って名前なんか叫びたくなるよね。え?ならない?
「前にも言ったけど、私達は崖から落ちて川を下ったのよ。そう簡単には戻れないわ」
「クワガーモンはもういやっ!」
「ミミちゃんに同感!」
ここぞとばかりに丈が力説するも、空の正論やミミと灯緒の非難に丈も流石にたじたじだ。事実、戻るにはあの目が眩むほどの非常に高い崖を登って目指さなくてはならないし、その道中にクワガーモンのような危険デジモンと遭遇する可能性が極めて高いのだ。
戻ることを提案し賛成しているのは他の子の態度を見る限り、明らかに丈一人だけである。民主主義の暴力を思い知るがいい!
「ここに電話があったってことは誰か設置した人間がいるはずです。その人間を探した方がいいかもしれません」
「よし、それで行こう!」
丈に代わりまた光子郎が提案すると太一は光子郎の意見に即答した。
なるほど、結果的に浜辺に来て電話ボックスを見つけたことで次の手がかりを発見出来たのだ。これについて、他のみんなも異論はないようだ。丈以外は。
「ボクは太一の行くとこだったらどこにでも行くよ!」
「ありがとよ、アグモン!」
いざ決まれば、アグモンは太一に嬉しそうに言い太一も笑顔で返す。先程の戦いで2人の間には見えない強い絆が更に強まったらしい。肩を組み、戦友のように笑い合う二人は太陽に負けないくらいの眩しい笑顔を作っていた。
いいなぁ……パートナー、か。
「じゃ、それで決まりだな」
「う、うん……」
最終的にヤマトがまとめ、全員満場一致で頷いた。丈はまだどこか不満そうにしていたが、すぐに吹っ切れたように気持ちを切り替えるとみんなに声をかけた。
「じゃあみんな自分の荷物を確認してくれ!」
と言ってもここではデジモン達が食事をしていただけなので大した荷物はなく確認はすぐに終わり、太一の明るい声を合図にして私達一行は一緒に歩き出した。
「よーし、出発だ!」
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