03 「ばか!あほ!すっとこどっこい!」追撃!日本へ急げ!
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――――ミーン、ミーン、ミーン……。
長年聞きなれた音が耳に届く。夏特有のセミや鳥の声だけではなく、他の沢山の虫の声やそよ風で木々が揺れる音、どこかから聞こえる川のせせらぎ、そして――――。
「――ここは……」
小さく呟いた声が聞こえた。
つられてゆっくりと瞳を開けば、目の前には一面真っ青な空が広がっていた。高い空は入道雲を遠くに背負い、少し目線をずらせば太陽が目に入って思わず目が眩む。
むわっと纏わりつく空気は湿気が多く、途端に汗が流れ出す。強い日差しに照りつけられた地面からはじわじわと体全体を熱せられる。
私達は――――灯緒は地面に大の字で寝ていた。
「日本?」
その言葉に、微睡んでいた瞳がぱっと開く。
そうだ、私達はヴァンデモンを追いかけて日本へと、現実世界へと続くゲートをくぐったのだ。ゲートの先でぐにゃりと意識がかき混ざるような不思議な感覚に襲われ、いつの間にか意識を手放していたのだろう。
ということは、ここは。
「この祠……キャンプ場だ!僕達戻れたんだぁ!」
「〜〜〜っ!うわあああああん!」
感極まって叫ぶ丈と嬉しくて泣き出したミミの声に、本当に帰ってきたんだという実感がじわじわと湧いてくる。上体を起こして見回せば、同じように子供達みんながそこに居た。
夏のはずなのに周りには雪が積もっており、以前子供達から聞いたとおりだと思い出す。サマーキャンプ中に雪が降ってきて、それからデジモンの世界へ飛ばされたと――灯緒以外のみんなはこの場所から飛ばされたらしいが、灯緒は別の場所からだった為に実感が湧くまで少し時間がかかった。
だが、確かにデジタルワールドでは感じられなかった、この日本の夏の形容し難い雰囲気と空気はまさしく現実世界のものだ。
インプモンも、一度だけだが同じように現実世界に来た事もあるし分かるだろうか――と、そこではたと気が付いた。
「……あれ?インプモン?」
「ここであたし達は、デジモン達との世界……デジモンは!?」
「夢だったなんてことはないですよね」
「カードが違ったからってこと……?」
みんなも側にパートナーデジモン達がいないことに気が付いたようで、立ち上がって付近を見回した。
確かにゲートに全員で一斉に飛び込んだはずだ。何ならパートナー達を抱えていたりしたはずだし、飛び込んだ直後まで意識だってはっきりしていたのだから間違いない。
なら今この場にデジモン達がいないのは、本当にカードが違っていて別の世界に離れ離れにでもなってしまったりしたのだろうか。そんな最悪の事態を想像して灯緒はサッと顔色を変える。もしそうなってしまったなら、一体どうすればいいんだ。
「――そんなはずがない!今までのが夢なわけが、夢でたまるかっ!」
ただ離れている所にいるだけならまだいい。本当に怖いのは、二度と会えなくなることだ。今までのが丸っきり無かった事になるような、白昼夢のようなことがこの身に起こる事が恐ろしくてたまらない。
ただ自身に言い聞かせるように出したはずの声が意に反して悲痛な絞り声になり、蝉の声が喧しい森に響いた。
「……灯緒」
「ご、ごめん。急な夏の暑さにやられちゃって」
「空ー!」
「皆さんお目覚めのようね」
灯緒の声に気まずい静寂が訪れた直後、覚えのある声が届いて全員が声のした方へ視線を向ける。
そこには、最悪いなくなってしまったのてはと一瞬でも思ってしまった面々が並んでいた。ここにいる全員のそれぞれのパートナー達は、誰ひとり欠けていない。途端私達を包んでいた緊張の空気が和らいだ。
「……あ」
「お前達どこ行ってたんだよ!」
「食べ物を探してたんだよっ」
デジモン達は手に溢れんばかりの色んな木の実を抱えていた。いつものデジタルワールドでなら、その食料はとてもありがたいのだが、何せ今は現実世界に帰ってきたのだ。
「っははは!ここは日本だからもうそんなもの食わなくていいんだよ!」
「もっと美味しいもの食べられるから!」
脱力しながらも思わず笑いが零れた。デジモン達がちゃんと一緒にここにいた安堵感と、全然変わらない純粋に子供達を想った行動への安心感と。今だけは、選ばれし子供達の使命だとか打倒ヴァンデモンだとか小難しい事を全く考えずに、ただ心から素直にパートナーへ笑った。
穏やかな笑いの絶えない中、灯緒はインプモンへと全力で突進した。
「どわっ!?」
「吃驚した、本っ当に吃驚した!ばか!あほ!すっとこどっこい!」
「はあ!?何がだよ」
「どこか分からない所に行っちゃったのかと思ったんだよメンヘラか私は!あーもう!お兄ちゃんどいてそいつ殺せない!」
またもや取り乱したりして、自分の変なところでのメンタルの弱さにつくづく嫌になる。逆に無駄にどうでもいい所で強靭メンタルだったりするので、己を表すのには情緒不安定が一番しっくりくる。
とにかく今は寝起きだったせいもある。うん、そういうことにしておこう。しておいてください。
「寝起きでよくそこまで騒げるな……ちょっとは落ち着きってもんを覚えろよ!」
「そうだよ、寝起きの人間にまともな発言を求めちゃいけないんだよ!私は常にまともな発言なんぞしないけど」
「……全く、本当にバカの極みだな。何処にも行かねぇよ」
だから、クソ暑いから離れろ!と顔面に蹴りを喰らった。こんな時まで平常運転だな、なんてみんなに笑われながら、
「おかえり!」
「ただいま!」
子供達も、デジモン達も、ここにいるみんなが高い高い空の下で笑みを零した。
「太一?なんでボクのカード選ばなかったの?」
「あのカード?ああ、記念にとっときたかったから……」
「ホントかなー」
「そっそんなことより!9人目を探さなきゃ!」
一頻り笑って落ち着いた所で、コロモンのふとした疑問に太一が目をそらして答えるが、消えない疑いの眼差しに太一は慌てて本題へと話題を変えた。9人目という言葉に、再会に安堵していた全員が改めて気を引き締め、互いに目をやる。
「ああ!もうヴァンデモンも動き出してるだろうからな!」
「光が丘だ。きっと9人目はそこにいる。奴らより先に探し出して、助けるんだ!」
「お〜〜〜〜〜!!!」
ようやくヴァンデモンに追いついたのだ、ここから巻き上げて追い抜いてやる!
一丸となったみんなの意志はゲートよりも堅く、私達は一斉に入道雲を背負う青く澄み渡る空へと腕を突き上げたのだった。
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