digimon | ナノ

04 「藤木くんより卑怯だよ!」熱血不敗!ティラノ師匠

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「ちょいとヤーモンくん。やっぱり気のせいでなくて皆の空気どこかおかしいよね?」

「流石に気付いてたか。目ざといな」

「鋭いって言ってくれないかな!盗っ人みたいじゃん!あ、ヤーモンの心を盗んだってこと?」

「お前は何を言っているんだ」

「真顔やめて」


 奴は大変なものを盗んでいきました。あなたのボケです。
 古代卿の面々と別れを告げ、めでたく再び選ばれし子供達一行に合流した私達。
 しかし、どこかぎこちないような、余所余所しい空気が私達を包んでいることに気が付いたのはそれからすぐのことだった。
 表ではいつものように明るく振る舞うが、他人には見えないように影で表情が強張ったり溜息をつくような子が多いのだ。それは特別故意にしているのではなく、自然と皆が同じようにそういう仕草を見せる。全員がこうして誰一人欠けず揃ったのはゆうにデジタルワールド体感では2ヶ月越しなのだ。間長旅の疲れが出ているのかとも思ったが、それを含めても全体の雰囲気が乱れているように感じられた。
 誰でもいいからそれとなく聞くと手っ取り早いのだが、原因を灯緒は全く知らない以上、原因ではない地雷でない子も分からず、つまり誰に聞けばいいのかも見当がつかず、結局躊躇って聞くことは出来ずにいた。
 私とヤーモンとがいない間の一行の間で、一体何があったのか。そのもやもやを抱えたまま、今日の日は暮れ夜が訪れ、私達は適当な森と草原の境目の開けた原っぱで野宿となった。










 ――――そして、満月が空の真ん中で煌々と輝く頃にそれは起きた。
 夜風と虫の声以外の音は無くしんと静まり返っていた深夜に、突如として響いた二つの声が静寂を劈いたのだ。


「――――ピコダーツ!」

「空、危ないっ!」


 二つの声に私達は一斉に飛び起きる。流石にこれまでの旅で鍛えられたのか、敵襲かと思うと直ぐに覚醒することが出来るようになっていた。
 また、夜闇で辺りは暗いが満月の光のおかげで近場の状況を判断するくらいは出来る程の明るさはある。
 故に寝起きの瞳に入ってきた光景ははっきりとしていて、謎の声とほぼ同時、咄嗟にピヨモンが空に覆いかぶさる姿と、ピヨモンの背中に注射器が嫌な音を立てて深々と刺さった情景だった。


「きゃあっ!?ピヨモン!」

「う……!」

「ピヨモン!しっかりして、ピヨモン!」

「空は……アタシが守る……」


 空は己の上で行われた光景に目を見開き、すぐにピヨモンを抱きとめてピヨモンの背中に深々と刺さった注射器――ピコダーツと呼ばれたそれを躊躇いなく抜く。
 ぐったりとしたピヨモンが、苦しげに空の名を呟きながらゆっくりと目を閉じてしまう。空は今にも涙が溢れそうな瞳を揺らしてパートナーを抱き寄せた。
 そこでやっと、他の皆は我に帰った。私達は寝静まっている間に奇襲をかけられたのだと、目の前の惨状で確信する。


「ピヨモンッ!」

「ピヨモン!空ちゃん!」

「なんだ、どうした!?」

「ああっ!ピコデビモンだ!」

「ああああっ」


 小汚い手で襲ってきた犯人は誰なのか、夜闇の中を見渡せばまだすぐ近くにいたようだ。仕掛け人に真っ先に気付いたタケルは、明らかに敵意を含んだ声音で叫ぶ。
 指差す先には、大きな月色の瞳とコウモリのような黒い翼を持つ一頭身の小型デジモンがいた。あの優しくて温厚なタケルがキッと睨みつけるとは、灯緒の知らない所で二人の間に何かよっぽどの事があったのだろうか。
 ピコデビモンと呼ばれたそのデジモンは随分とあわあわと狼狽えていた。


「ピコデビモンだぁ?だからもうデビモン系はこりごりだって言ってるでしょーが!」

「お前、初対面の癖に随分と失礼な事を言ってくれるじゃないか!」

「夜襲なんてとびっきり卑怯な手を使う君には言われたかないわい!藤木くんより卑怯だよ!」

「ぐぬぬ……!」


 空の前に出てピコデビモンに言葉のドッジボールを仕掛ける。どこで因縁をつけられるようになったかは知らないが、わざわざ夜襲を決行し、標的は空とピヨモンにしてくる辺り、今更正体など興味もないのだ。ただただ、その腐った根性が許せない。
 隣のヤーモンも臨戦態勢でアイコンタクトを交わし、灯緒はぐっとデジヴァイスを握りしめる。灯緒だけではない。背を向けていて見えないが、灯緒の後ろにいる仲間達全員が万全の態勢で構えていた。
 流石にこの数は多勢に無勢。最悪の状況にピコデビモンはサーッと血の気が引いていき汗が吹き出している。だが、先に仕掛けてきたのは奴の方なのだ。しかもこんな卑怯な手で。今更同情などする人はこの場に一人もいない。


「――――何、この音?」


 その火花が散ろうとしていた一瞬。
 途端に、夜闇を煌々と照らしていた明るい満月に薄く雲がかかり、再び月が顔を出したかと思えばその月の光はまるで血のように紅く変化をしていた。それだけでも普段ならぎょっとする光景だが、本題はそこではない。
 その空にぽっかりと浮かぶ紅い月の向こうから、カラカラと物が動く音がする。目を逸らせずにそのまま見ていると、音を出している点だった影が徐々に大きくなり、やがてその影がこちらに向かって走ってきているのだと全員が同時に気が付いた。


「な……なんだ!?」

「あれは……馬車?」


 カラカラという乾いた音の正体は馬車の車輪音だった。空を飛んでいることにはこの世界に慣れてしまって最早驚かないし、地面ではなく空中であるのに何故音がするのだとか、そういう場違いなことを考えている隙はない。徐に馬車から今度は黒く大きな棺桶のようなものが落とされ、棺桶が空中分解したその中から人型のデジモンの姿が現れた。
 人型のデジモン――いや、その姿はまるで吸血鬼ドラキュラのようであった。
 かの影は、音も立てずに私達の目の前に広がる一面の草原に嫌に静かに降り立つ。


「――――選ばれし子供達よ」


 ゆっくりと、腹の底に響くような低い声でそれは紡がれた。気品に溢れた身なりと動作で突如降り立った吸血鬼のようなデジモンは、闇夜のマントに身を包み、目元は蝙蝠を模したアイマスク、血の気の無い青白い肌に映える血のような色の唇からは鋭く尖った牙が覗いている。
 見ているだけなのにゾッと背筋が凍るような嫌な笑みを浮べている彼を、空はピヨモンを抱えながら鋭い目つきで指差した。


「こいつよ!ピコデビモンが通信してたのは!」

「こいつではない!ヴァンデモン様だ!」

「ヴァンデモン……!?」

「ヴァンデモン"様"だっ!」

「"様"だろうが"どん"だろうがどうでもいいよ!」


 「ヴァンデモンどんではない!ヴァンデモン様だ!」としつこく訂正してくるピコデビモンはいつの間にかそのデジモンのもとへ飛んでいった。こういう卑怯な小者はどの世界でも逃げ足だけは速いらしい。
 それはとして、空とピコデビモンから『ヴァンデモン』と呼ばれたその人型デジモンは、私達を見据えながら血のような紅い口にゆっくりと笑みを浮かべた。それは笑みではあるが、旅をしてきた今まで見たことの無い程の冷ややかな嘲笑。


「お前達の旅もここで終わりだ。――ナイトレイド!」


 その一言を零し、前へと掲げられたヴァンデモンの手の平から飛び出してきた無数の蝙蝠の群れがこちらに襲いかかる。
 何故突然私達の前に現れ問答無用に襲いかかってきたのか、今はそれを訪ねる隙はない。
 闇夜に紛れる群れの影は、幸いにも酷く明るい満月に照らされている為、なんとかこちらのデジモン達でも目で追うことは可能だ。


「行くぞみんな!ベビーフレイム!」

「プチファイヤー!」

「モチモン進化!――テントモン!プチサンダー!」

「エアショット!」

「ヤーモン進化!――インプモン!ナイト・オブ・ファイヤー!」


 私達一行をめがけて迫り来る蝙蝠軍に対し、デジモン達が軽やかに前へ飛び出した。一段階小さいデジモンは進化をし、ヴァンデモンの攻撃を食い止めようとそれぞれも渾身の必殺技を放ち、蝙蝠群と真正面からぶつかり合い派手な音を響かせる。
 だがこちらの方がデジモンの数は多いがそれだけで、単身ヴァンデモンはこちらの上を軽々と行く。長い手をひと振りし、次々に蝙蝠軍の波が押し寄せるその数はあまりにも暴力的すぎる。


「きりがないですよ!」

「きゃあ!」

「うわあ!」


 光子郎の言う通り、これだけ攻撃を防いでいるにも関わらず蝙蝠達を操り続けるヴァンデモンは全く疲れを見せていない。この状況のままでは勝ち目がないと全員が悟る。
 その私達の動揺の隙に、アグモン達の攻撃を免れた数匹の蝙蝠がデジモン達の横を通り抜ける。そのままこちらへと飛んでくる蝙蝠達の標的は――――ミミと丈だ。


「ミミッ!パルモン進化!――トゲモン!」


 二人の悲鳴を聞いて、直後進化を遂げたトゲモンが走り出す。前線で他の蝙蝠達を食い止めている仲間達の近くまで走ると人一倍力を込めて叫んだ。


「みんな伏せて!チクチクバンバーン!」

「今だ!ゴマモン進化!――イッカクモン!ハープーンバルカン!」


 トゲモンの作った隙を見て颯爽と姿を変えたイッカクモンのミサイルは夜空に弧を描き、初めから一歩も動いていないヴァンデモンへと見事直撃する。衝突からの爆発で彼の周辺にはもうもうと煙が立ち込めており、ヴァンデモンの姿は見えなくなる。
 ――だが、煙に消える直前ふっと嗤うヴァンデモンが見えた気がした。
 そうだ。あんなにも一目で見て分かるほどの強大な力を秘めているデジモンが、こんなに呆気なく一撃で終わる筈がない。


「やったぞー!」

「……いや、まだだ!まだ全然――」


 太一が腕を上げて喜んだのも束の間、もうもうと前方の視界を悪くしていた砂煙の中から飛び出すのはマントなどの端でさえも汚れていない程の、全くの無傷のヴァンデモンの姿だった。夜風に当てられた訳でもないのにヒヤリと寒気が全身を走る。


「傷一つ付いてないッ!」

「なっ――!?」

「これで勝ったつもりか!ブラッディストリーム!」


 ヴァンデモンの振りかざした手に現れたのは紅く光る長い鞭。靭やかに唸るそれは、鋭く風を切る音がしたと思った頃には最前線にいたトゲモンが盛大に転がされた。
 それを合図に、形勢は逆転した。
 いや、端から形勢などこちらには傾いてなどいなかったのだ。キンと絶対零度の紅い瞳を光らせ、楽しげに嗤いながらヴァンデモンは深紅の鞭を操り、こちらのデジモン達を鞭で何度も何度も厭らしく叩き打ち付けられ、非情な滅多打ちに次々にデジモン達が倒れていく。


「太一……こいつ、強い……!」

「そんな……っ!」


 こんなにも早く、呆気なく、糸も容易く、一瞬にしてこちらのデジモン達は叩きのめされ全員が地面に伏した。
 苦しげに呻く声ばかりが響き、とても誰も戦える力は残っていない。私達は一気に絶望に叩き落とされたのだ。この突如として現れたヴァンデモンとかいうデジモンたった一人に。デビモンやエテモンなどの今までしてきた圧倒的な力との戦いと同じように、私達は嗤われながら一方的に打ちのめされたのだ。
 ――――だが、確かにそれらを全て潜り抜けてきたのも事実。あっさりと降伏など誰がしてやるものか。


「ッインプモ……――――」

「……アタシが、行かなきゃ……!」

「えっ?」

「アタシしか、残ってないもの……っ!」


 ギリ、と唇を噛んだ後叫ぼうと口を開いた背後で、そう声を紡いだのは空に抱きかかえられていたピヨモンだった。
 先程受けた傷は深く、それこそ一番の重傷を負っているはずのピヨモンが、力が入らずよろよろとしながらも立ち上がろうとしていた。空に限らず、誰もがピヨモンのその痛ましい様子に無茶だと目で語っている。


「無理よ!そんな体でどうしようっていうの!?」

「分かってよ空!アタシ行かなきゃいけないの!」


 なんとか大地を踏みしめたピヨモンに、今度は空が悲痛な顔でしがみついた。行ってもすぐにやられてしまうだけだと、何も出来ないと、空の悲鳴にも似た懇願が草原に響き渡る。
 そうこう言い合っている間にも、ヴァンデモンは最後のデジモンを始末すべくゆっくりとピヨモンに向かって歩いてくる。それは、一歩一歩確実にやって来る死そのもの。


「行っちゃ駄目ッ!」

「放し……!」

「駄目ッ!行っては駄目よッ!」

「――――どうして分かってくれないのよーーーーッ!!」


 互いに引かない押し問答の後、ピヨモンの叫びは月に届かんばかりに響いた。
 ただ、それは月や空気だけではなく――空の頭までガンと響かせた。ただ、これ以上傷付くパートナーを見ていられなかった故の必死の行動だったのは私達にも分かる。私達の視線が注がれる先で、目を見開いてピヨモンとその先の何かを見ながら空はぽつりと呟いた。


「……お母さん……ほんとはあたしのこと、あたしのこと一番大切に思って……」


 ピヨモンの叫びと、それで何故今『お母さん』が出てきたのか灯緒は分からない。
 だが、その一言は空にとってあまりにも心を揺るがせる言葉だった。


「ピヨモン進化!――バードラモン!」

「あっ……」

「メテオウイング!」


 力を緩めた空の腕から咄嗟に抜け出し、ピヨモンは体に鞭を打って進化する。バードラモンは力を振り絞って夜空へ舞い上がるといつものように炎の雨を降らしてヴァンデモンへと襲いかかった。
 だが、力を振り絞った渾身の攻撃も、あの無傷で立っていられるヴァンデモンは容易くマントで防がれてしまう。ふん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らすヴァンデモンは再び手に持つ真紅の鞭を大きくふりかざした。


「ブラッディストリーム!」


 長く紅い靭やかに唸る鞭がヒュンと風を切り、空中を飛んでいたバードラモンの腹部に直撃する。
 元々弱っていた所に強い一撃をまともに浴び、防御など出来ずに力無くバードラモンが落ちていく。めらめらと燃え盛る炎の体がぽっかりと夜空に浮かび上がり、その様子が一部始終スローモーションで流れていく。


「バードラモン!バードラモーーーーンッ!!!」


 風が横切った。
 唖然とそれを見上げるしかない私達の横を走り抜け、空は今にも涙が溢れそうに瞳を潤ませて何振り構わず駆け出し精一杯叫んだ。たった一人の大切なパートナーの元へと走りながら、必死に。
 藻掻いて、叫んで、それから――――。




「バードラモン超進化!――ガルダモン!」




「っな、なんだ、この光は……!」


 空の声と一緒に響きわたったのは、他でもない彼女のパートナーの、進化の響き。
 神聖な進化の光が夜闇をかき消そうとでもいうように辺り一面を照らしていく。突然の眩い聖なる光を浴びて、流石のヴァンデモンもマントで光を遮りながら驚いて目の前の炎の巨鳥から姿を変えた――ガルダモンを見た。
 背中にある巨大な太陽のように赤い翼を広げ、鍛えられた身体には不思議な模様がびっしりと描かれ、どこかオリエンタルな雰囲気を醸し出す獣人型のような風貌だ。その見た目も圧巻だが何よりその身体全体の大きさである。少なくとも10m近くあるだろう。
 ガルダモンは、地面に座り込んで己を見上げていた空を両手で掬うように乗せて、愛おしい者を護るように言葉を紡ぐ。


「空の愛情、いっぱい伝わったよ!」

「っ……ピヨモン……かっこいい……!」


 愛情いっぱいの手のひらの上で、空は感極まってぽろぽろと溢れ出た大粒の涙を拭わない。ただ目の前の逞しく進化を遂げたパートナーを見上げている。


「ええい、肝心な所で愛情の紋章まで発動してしまうとは……!」

「空は、この私が守る!」


 忌々しそうに顔を歪めるヴァンデモンに対し、凛と言い放つガルダモンの月と太陽のような対象的な攻防が開幕した。
 颯爽とガルダモンが巨体であるのな風よりも速く夜空へ飛び立つと、途端に背中の翼が赤く燃え滾り真っ赤な翼のシルエットが闇に浮かび上がる。


「シャドーウイング!」

「――――ッ!ナイトレイド!」


 ガルダモンの放った凄まじい熱量の炎鳥とヴァンデモンの蝙蝠の群れの二つの大きな塊がぶつありあう。激しいエネルギーのぶつかり合いに目が眩むほどの光と爆風が周囲を包み込んだ。
 ぶわっと熱風が押し寄せて思わず目を瞑った時、上から精悍な声が降ってきた。


「行こう、今のうちに!」


 そう言ってガルダモンは防御態勢に入っているヴァンデモンに背を向け、私達の方へ大きな手を伸ばす。エネルギーのぶつかり合いで生じている眩い光で目が眩んでいる今、態勢を立て直そうと言っているのだ。ガルダモンでもヴァンデモンには正面から闘って勝てるか分からない相手な以上、傷付いた他のデジモン達を優先するのが吉だろう。
 すぐに察し、ガルダモンが手の平に私達全員を乗せて、急いでこの場を去ろうと飛び立つ。
 手のひらに全員がすっぽりと入る大きさと、ぐんぐん上がるスピードに驚きつつも、ふり返るとヴァンデモンからとてつもない速さで遠ざかっていくのが見えた。
 向かう前方がゆっくりと黒から色を変えていく。私達を照らす朝日が眩しくて、思わず目を細めて黄色く染まっていく朝焼け空を仰ぎ見た。












「なーるほど、そういうことだったのね。空ちゃんずっと次の進化ができないって悩んでたんだ」

「うん、言ってなくてごめんね」


 困り顔で笑う空に、ホウレンソウしてよー!とじゃれつく。
 先程襲われた草原から山や川を何個も何個も越えたずっと遠く。ようやくヴァンデモンは追ってこないと分かると私達一行は穏やかな川辺に降りた。先程の激戦が嘘のように、川のせせらぎや鳥の声しか聞こえない。
 そうしてもう安全だと確認した後一息つき、そこでやっと事情を聞くことが出来たのだが、あの合流してからの重たい空気の原因は空だったのだ。


「紋章に意味があったなんてねぇ」

「ええ。偶然通りかかった森の中でヴァンデモンとピコデビモンが通信しているのを見たんだけど……」


 次の進化――紋章を用いての進化には条件がある。私達それぞれの紋章にある個々の『意味』を正しく理解し心に受け止めなければ進化ができないと言うのだ。
 太一は『勇気』、ヤマトは『友情』、光子郎は『知識』、ミミは『純真』、丈は『誠実』、タケルは『希望』、灯緒は『情熱』、そして空は『愛情』。
 第一に思ったのは、『それぞれ全員なんてピッタリな意味なんだろう』である。
 つまり空は自分の紋章である『愛情』を言葉通り理解は出来るものの、自分にそれがないと、自分には出来ないとそう思い込んでいたらしい。そうピコデビモンに言われたと。
 口には出さず、何を馬鹿なと思う。空以上に他人に愛情を持って優しくなれる人を私は知らない。
 あのタケルでさえピコデビモンを毛嫌いしている理由が分かった。やはり今度会った時にはピコデビモンに一発入れよう。可愛いからってやって良いことと悪いことがある。簀巻にして東京湾に沈めよう。


「大事な仲間になんてことを!激おこプンプン丸カム着火ファイヤーだよ!」

「……ふふふっ。怒ってくれてありがとう」

「な?気にしなくてもちゃんと紋章光ったじゃないか!」


 灯緒があらぬ事を決意している横で、ニカッとお日様のような笑顔でそう言ってのけるのは太一だ。
 水面を見つめるように座ってそれを聞いた空も、その笑顔と言葉を受け止めるように微笑む。ぽつり、ぽつりと零す言葉も悲しみを含んだものでは無くなっていた。


「気がついたらあたし……お母さんと同じことしてた」

「空……」


 一言一言噛み締めるようにゆっくりと静かに呟く空は、それは優しい瞳を潤ませて水面を見ていた。きっと、空のお母さんも同じような優しい目をしているのだろうと簡単に想像つく。ああ、一度会ってみたいなあ。
 そんな空のすぐ側に立つピヨモンも心の底から嬉しそうに空を見つめる。愛情たっぷりの互いの目を見つめ合って二人はクスクスと笑い合う。


「それで分かったの。お母さんの愛情が」

「アタシも感じたよ!空の愛情!」

「ふふ、ごめんね」

「いつもの空に戻って良かった!」


 複雑にこんがらがっていた空の暗い心は雪解けのように去っていき、私達一行に温かい風を運んで来てくれた事に関してはヴァンデモンとの邂逅に感謝してもいいかもしれない。とさえ思うくらいに、空とピヨモンの吹っ切れた笑顔は先程見た朝日のように眩しかった。
 周りのみんなも同じように思っていたらしく、眩しそうに目を細めて見守っている仲間達。
 そんな歴史的感動の瞬間に、不意打ちで太一が突然爆弾発言を投下するとは誰も思ってもみなかった。


「あ〜あ、俺も空の愛情が欲しい……」

「おっそうだな。私も欲しい……」

「馬鹿っ、太一!なんてこと言うんだっ!灯緒君はともかく君は……!」

「あれ、丈さん真っ赤!」

「丈先輩。あたしの愛情あげよっか?」

「え」


 キョトンとする太一に対してわたわたと一人慌てる丈。どうやら丈はこういう色恋沙汰には初心らしい。まあ、性格的に何となくそんな感じはしていた。
 そこで赤い頬を更に真っ赤にさせている丈へ声をかけたのはミミ嬢だ。にこにこと満面の笑みでミミは丈に近付いていく。えっどうなっちゃうのこれ!?と両手で顔を覆うがしっかりと指の隙間を開けておいた。キャーッ丈パイセンやるぅ!


「はい!」


 と、にっこり笑顔でミミは丈の手のひらにぱらぱらと細かい何かを乗せる。
 流石にああ含みのある言い方で言われついほんの少しでもそういう方へ期待してしまっていたらしく、丈は愛情の正体を手のひらでまじまじと見てガックリと脱力した。愛情とは植物の種らしき物だった。一体いつどこでこんなものを拾ったのか。


「……ミミ君……君ねぇ……」

「ミミちゃん私にはないの?バクシーシ!バクシーシ!」

「も〜仕方ないなぁ〜。はい、どーぞ!」

「こ、これは青とうがらし!?ウニョラー!トッピロキー!」

「灯緒がおかしくなっちまった……いや元からか」

「あはははは!」


 わぁい愛情!灯緒愛情大好き!とミミから貰った謎の種を持って騒ぐ。
 これだ。私達『選ばれし子供達』とはこういう一行なのだ。
 子供達のそれぞれの個性が溢れ、一員の私も思うがままに馬鹿をやり、そこにまた個性豊かなデジモン達も加わって、沢山の困難や障害を乗り切り、互いに切磋琢磨してここまでやって来たのが私達だ。
 また、みんなと旅が出来るのだ。











 空の笑顔を初めに一行全員にいつもの雰囲気が戻って来たことで、それからしばらくそれぞれが思いのままに時を過ごした。
 そんな時、川辺でハーモニカを吹いていたヤマトはふと何かに気付いて振り返り遠くの空を見上げる。視線の先には、遙か上空に真っ黒な雲が流れていく様だった。もちろんそれは雨雲だとか、そういった自然現象ではない。ヤマトの様子に気付き他のみんなも顔を上げて空を睨んだ。
 途端、どこからともなく響く声が私達に届く。


『――――ハッハッハッハ……』

「あの声は!?」


 まだつい先程聞いた声なので間違いない。幾重にも木霊して聞こえてきた低い声はヴァンデモンのものだ。
 どこにいるのか、どこから見ているのか全員で辺りをくまなく見回すがヴァンデモンらしき姿は何処にも見えない。恐らく、ここ周辺には居らず、遠い所からスピーカーのように声を送っているのではと推測する。それには安堵するが、問題は彼の言っている内容である。


『――――選ばれし子供達よ。お前達は8人の力だけでは我等が闇の力の拡大を阻止することは出来ないのだ……』


 ――どうやら、私達が考えている以上の大きな流れが動き始めているのかもしれない。



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