01 「ってわからないんかいっ!」爆裂進化!グレイモン
(6/67)
落ちる落ちる落ちるぅぅぅ!
今、私達はあの憎き敵の巨大クワガタのせいで崖下の谷底の川にまっ逆さまに落下中だ。
今なら飛行石無しで飛べる気がする!持ってないけど!
「空ー!」
「光子郎はんー!」
「タケルー!」
飛べるように進化した子達はなんとかして子供達を掴んで飛ぼうとするが、重さに耐えきれずそのまま下へ落ちていく。
パルモンという植物みたいな子は手の先を蔓のように伸ばして崖に掴まるが、その岩盤が岩壁から外れ岩ごとそのまま落下中だ。
どうにもこうにも絶体絶命だとみんなが思ったその時、ゴマモンというらしい白いアザラシのような子が叫んだ。
「マーチングフィッシーズ!」
その声を聞きながらもぐんぐん迫ってくる水面が目前になり、もう駄目だと目を瞑る。
だが川に落ちたと思えば落ちた場所は彩りどりの魚の大群の上だった。臭っあーもう魚臭いっ!
「た、助かった……」
「おい、あれ!」
この魚達はよく分からないがなんとか助かったようだ、と安心するのもつかの間。
鋭く声を上げる金髪の少年が指差す先は巨大赤色クワガタが崩れるように落ちてくるところだ。あのクワガタもさっきの地割れ攻撃で最後の力を振り絞ったのだろう。力なく谷底の川へ落ちていく。
――ってあんなばかでかいのが落ちたらこっちまで巻き込まれてまうで!
「わああ急いでアザラシくんっ!」
「分かってるよ!急げえぇぇっ!」
魚の大群の先頭にいるアザラシくんは前を指差しながら魚達に命令をすると、魚達の泳ぐスピードはぐんぐん上がっていくのがわかった。どうやら主導権はアザラシくんにあるらしい。
だがそうした甲斐も無く、直後大きな水飛沫をあげてクワガタが落ちたために起きた津波が魚の大群とその上に乗る私達を翻弄する。
「きゃああああああ!」
「うわああああああ!」
「もうだめ吐きそうオロロロロ」
「うわあ!?急げ急げーっ!」
「やっと、本当に助かったみたいだな……」
ビッグウェーブに弄ばれるように翻弄されながらも、数分後にはなんとか全員揃って下流の川沿いに上陸することができた。振り返るとクワガタの姿も無く、ようやく危機を脱したことに安心して深いため息がでる。
あぁ、貴重な体験をした!
「なんだったんださっきの魚は……」
「あれはね、マーチングフィッシーズさ!」
「え?」
「まあちんぐふぃっしいず?」
眼鏡の少年が疲れきった様子で溜息混じりに言うと、そのすぐそばにいた白いアザラシくんが自慢気に答えた。
こやつ、かわいいな……。
「ふふ〜ん、オイラ魚を自由に操ることができるんだ!」
「そうか、お前のおかげだったのか!ありがとう!プカモン……じゃなくて、えっと……」
「ゴマモンだよ!」
「ゴマモン?」
先程進化した時にそんな名前を叫んでいたっけ。しかし全く聞いたことのない名前だ。今更だが、やはり普通の動物ではなさそうだ。てかバリバリ人語喋ってるしそれはそれで信じられない。
緑色の帽子をかぶった男の子がオレンジの毛並みをした大きな翼を持つ子を抱き上げる。なんという癒し系だこのコンビ。
「どうなっちゃったの?トコモンは?」
「今はパタモンだよ」
「ボク達、進化したんだ」
アグモンくんが「進化」というワードに心底嬉しそうに言うが、対照的に私含め子供達は頭に疑問符を浮かべたまま、
「進化?なんだ進化って?」
「普通は、『ある生物の種全体がより高度な種に変化すること』ですけど……」
「そうですがな、その進化!」
てんとう虫のような子はビシッと指らしきものを赤茶色の髪の子に向けた。関西弁、だと……!?
「ワイはモチモンからテントモンに」
「アタシはピョコモンからピヨモンに」
「オレはツノモンからガブモンに」
「アタシはタネモンからパルモンに」
「そしてボクはコロモンからアグモンになったんだ」
それぞれが自己紹介をするように次々に名前を言う。
機械っぽいてんとう虫くんがテントモン。ピンク色の可愛らしい鳥がピヨモン、青い毛皮をかぶったガブモンと、頭に鮮やかな花を咲かした植物のようなパルモン、そして黄色い体のミニ恐竜くんがアグモン。
なんとも個性的な面々だ。名前も合わせてとても覚えやすくて助かる。
「ふーん……とにかく、前よりは強くなったみたいだな」
色々なことを聞いたがイマイチ納得ができない様子で、まあいいかと楽観的なのかゴーグル少年はそれだけ言って笑った。
簡単にまとめましたな、少年。実際私もさらっと説明されてもなんちゃらモンだの何だのよくわからない。名前だということだけは理解できたが、詳しいことは追々聞こう。
「あ、その、進化してもデジタルモンスターなのか?」
「そうだよ」
デジタルモンスターって何ぞ?この摩訶不思議な子達の事だろうか。
そう私が新しいワードに内心悩んでいるのは知らず、アグモンは嬉しそうに太一に話しかける。
「太一と逢えてよかったよ〜」
「え?なんで?」
「ボクは自分だけだと進化できなかったんだ。きっと太一と逢ったおかげで進化できたんだよ」
「ふーん」
ふーんって。まぁそうか、いきなりそう言われてもピンとこないのは当たり前か。
そのアグモンの発言を聞いて、他の子供達も自分のそばにいる子達に話しかける。
「え?じゃあピヨモンも?」
「そう!」
「みんなそうなのかな?」
「そうですがな」
「ミミのおかげよ」
「おかげって言われてもねぇ……」
「もう元には戻らないの?」
「うーん……多分……」
「なんだかよく分からないなぁ……」
「オイラ達にもよく分からないんだよ」
「ほんと、一体全体どうなってんだろう。世の中分からんことばかりやでほんま……」
「……………………………」
便乗して私が深刻な声音で呟いたところでみんなの動きがピタッと止まる。先程から何気に馴染めていたのにここで私が浮き彫りになった。
まるで私が空気読め内ない発言をしたかのようじゃないか。まだしてないぞ!まだ!
「あの、ところであなたは……?」
「あぁっ、やっと聞いてくれた!このまま存在を忘れられるかと思ったよ!」
「ご、ごめんなさい」
まるで名前を言ってはいけないあの人のことを話す時みたいに恐る恐るたずねられ、私は器用にも茶々を入れながら戯けてみせた。
そうするとたずねてきた水色の帽子をかぶった子が慌てて申し訳なさそうに謝る。冗談で軽く言ったのに、丁寧で律儀な子だ。
「それで、お前はなんでここにいるんだ?」
「もしかして君も気が付いたらここにいたのかい?」
「うん、そうだよ!気が付いたらいきなりさっきの森の中にいたんだけど」
太一くんと長身の眼鏡くんが不思議そうに私を見る。君も、ってことは恐らく目の前の少年少女たちも同じ境遇なのだろう。
何を隠そう、いや隠してないけどいつの間にか森の中にワープしていたのだ。どこでもドアや通りぬけフープを使ったわけでもないのに。まさか超常現象に己が遭おうとは思ってもみなかったなあ。日頃退屈しのぎによく望んでいたことではあるけれど。
私の答えを聞くと、今度は大人しくて賢そうな小柄な少年が首を傾げて問う。
「あなたもサマーキャンプに参加していたんですか?」
「サマーキャンプ?」
「僕達は子どもの会のサマーキャンプに参加していたんです。その途中に雪が降ってきてキャンプ場を離れた時に、さっきの森の中に気が付いたらいて……」
「ほおお、サマーキャンプかーいいなぁ。いや私は普通に自宅からだったよ」
「へぇーお姉さんは自宅から来たんだぁ」
私より随分と低い位置に頭のある可愛らしい最年少くんは驚いたように私を見た。な、なんて無垢な瞳なんだ……!
それにしても、この夏真っ盛りの暑い中キャンプなんてご苦労なことだ。きっちり熱中症対策しないと大変そうだ。あ、いや雪が降ったのか。なら蒸し蒸し暑いのが急に涼しくなったんだろう。まさかの予期せぬクーラーいらず。う、羨ましいなんて思ってないんだからなっ!
「何にせよ私的には助かったよ!他にも人がいたっていうね。ひとりじゃどうしようかと!」
「そうだよな。でも俺達も今の状況はほとんど分からないんだ」
「あたし達もまだここに来たばっかりだしね」
金髪碧眼のクール系美少年くんとカウガールファッションの美少女ちゃんが眉尻を下げて困ったように言う。
今更この場にいる子たちそれぞれの背格好をまじまじと見ているのだが、この二人には驚いた。そんな困った表情でもとても絵になるような二人だ。
この子たち絶対モテるだろ!何この輝かしいほどの美形オーラは!とりあえず拝んでおこう。もしかしたらあやかれるかもしれない。イケメンと美人は正義。
「あ、ところで名前はなんていうんだ?」
「そういえばまだだったね、私は矢吹灯緒っていう者でございます。灯緒でいいよ!」
「俺は八神太一。お台場小学校の五年生だ」
そう一歩私に歩み寄り、太一は芯の強そうな目で私を見る。太一は先程からよく名前を呼ばれていたので話の流れで分かっていた。だが他の子たちはまだ全然分からないままだ。
それを察してくれたのか、太一は他の子ども達を順番に紹介してくれた。会話中から察するにも初対面だしなんせこの人数だ、手っ取り早くてありがたい。
デジモン達はさっき会話の中で一応多分分かったはずだきっと、うん。
「同じく五年生の空」
「武之内空よ。よろしくね」
「やっぱり同じ五年生のヤマト」
「石田ヤマトだ」
「そっちは丈」
「城戸丈。六年生だ!」
「四年の光子郎」
「泉光子郎です」
「同じく四年のミミちゃん」
「太刀川ミミでーす!」
「そして最後は……」
「高石タケル!小学校二年生だよ」
自分が言うのもあれだけど、なんとも個性的な人達だ。覚えやすくて助かる。
リーダー的な活発ゴーグル少年が太一くん。青色帽子の律儀っ子が空ちゃん。冷静な金髪美少年がヤマトくん。年長者の知的眼鏡くんが丈くん。小柄な礼儀正しい少年が光子郎くん。テンガロンハットの美少女がミミちゃん。緑色ファッションの最年少くんがタケルくん。
そして見事に全員が今をときめく大都会東京の小学生。通りでキラキラと眩しいわけだ、住んでる世界が違うよ!
「多分覚えた!みんな、よろピくね!」
「おう!それじゃあ、これからどうする?」
ひと通りここにいる全員の紹介が終わり、なんとかこの大人数の名前を覚えようと心の中で暗唱する。こう目の前で紹介されてもなかなか名前と顔が一致しないことが常なので、せめて失礼のないようにを心がけて改めて全員の顔を見渡す。
と、いうわけで今の状況を打破すべく議論が始まるわけでして。
「とりあえず、元の場所に戻ろう!大人達が助けにくるのを待つんだ!」
開口一番、丈がみんなに力説する。眉をがきりっとさせて私達が流れてきた方を指差す。さすがは年長者、迫力が違います。
そしてその内容も至極まともな意見である。この場所がキャンプ場の近くであれば、の話だが。
どうもそれと同じ考えなのか、丈の力説を前に他のみんな表情は変わらないままだ。
「その大人達っていうのはキャンプの引率者のこと?」
「はい、そうですよ。ここに来る前まですぐ近くにいたはずなんですが」
私の疑問に光子郎がさらりと答える。この子は小さいのに随分と冷静で表情を変えないなぁ。
横目で失礼ながらそんなことを頭の中で考察している間にも話が進んでいく。と言っても口に出るのはうーん、といった唸りだ。
「戻るって言ってもなぁ」
「随分流されちゃったし……」
「崖の上にまで戻るのは簡単じゃなさそうだぜ」
「じゃあどうしたらいいんだ?」
冷静に分析するヤマトの言葉に、その方角を皆が振り返る。不格好な形に崩れた崖となぎ倒された木が見えるその元いた場所は思っていたよりも遠くにある。
みんながみんな丈の意見に渋るのでいざ張り切って発言した本人も、ならどうするべきかと指針が見えずに混乱する。それもそのはずみんなの意見も最もだからだ。
丈くん、とりあえずここは少しもちつけペッタン。
「大体ここはどこなんだ?どう考えてみても、キャンプ場の近くじゃないぞ」
再びヤマトの声につられてみんなで周りを見渡す。
ぱっと見してみればまるで亜熱帯のような南国に棲息していそうな葉の大きい草木が立ち並んでいるのが分かる。サマーキャンプでこんな外国みたいな感じの場所でキャンプしてたら驚きだよ。
そう思っていると光子郎も同じ事を思っていたらしい。
「そうですね。植物がまるで亜熱帯みたいだ」
「ほんまや!」
「えっ、分かるの?」
「いんや」
「ってわからないんかいっ!」
「灯緒はん、いいツッコミでんな!」
テントモン、君とは中々気が合いそうだ。どうだい、二人でお笑いを目指さないか。
フフフ、とテントモンとアイコンタクトをするが周りのみんなはそれを華麗にスルーして話を続ける。皆さんスルースキルぱねぇっす。
「とにかく戻ってみればどうしてこんな所に来たのか、何か手がかりがあるかも」
中々意見が出揃わないのでまだ考えながらも空がそう意見を口に出すと、ミミはそれに対してかなり嫌そうに大声を上げた。
「えぇーっ!だってさっきみたいなのが他にもいるんじゃない!?」
「いるわよ」
「ほらあ〜……」
さっきみたいなの、とは巨大クワガタのことだろう。
事実当然なのだけれど、しれっと当然のように即答するパルモンにミミは最高に顔を歪めて心底嫌そうな顔をする。もちろんその気持ちは十分に分かるのだけれども。
そしてヤマトもそれには同意した。みんなもいわゆる沈黙の肯定だ。流石に再びあのクワガタと相まみえて戦闘になってしまえば今度も無事には済まないだろう。それに巨大クワガタ以外の、またはそれ以上の恐ろしいモンスターに出会ってしまう可能性だってあるのだ。
「危険は犯したくないな」
「あれ一体だけじゃないんだろうしね」
見渡す限り鬱蒼と生い茂る木々で視界が遮られている。この規模の森だ、どこかしこに何が住んでいてもおかしくない。それもわんさかと居そうで、そう想像しただけで気が滅入る。
するとそこで太一がふと思いついたように別の疑問をアグモンにたずねる。
「なあ、他の人間は?」
「人間?太一みたいな?見たことないよ。ここはデジモンしかいないんだ」
「デジモンしかいないって言っても、お前ら結構いろんな格好してるよなぁ」
「確かにね。でもみんなカッコかわいいからオッケー、というか大好き!素敵!」
きゃーこっち向いてー!と黄色い声援ばりに私がハートを飛ばしながらそう言うと、デジモン達はそれぞれ嬉しそうに照れたり少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
この子達かわいすぎる!思わず抱き締めたくなるかわいさとはこの事か、ああ癒される。すごいぞー可愛いぞー!
私がデジモン達とキャッキャッウフフをしているのを横目に、空をはじめ他のみんなは至極真面目に考えを巡らせる。
「確か、ファイル島……って言ってたわね」
「本当に島なのか?」
「ファイル島?ここが?」
「そうだよ」
新しく聞こえたワードに顔を上げると、私の疑問にデジモン達が口を揃えて答えてくれた。
森の中だから地形までは分からなかったが、まさかここが島だとは。しかも横文字ときたものだ。
一体どういう凄いワープをしたんだ自分達は。SFの世界では王道かもしれないけれど、これは非常に困る展開だ。
「聞いたこと無い名前ですよね」
「日本じゃないのか……」
先程から解析班ばりに話し合いの中心になっている光子郎やヤマトも知らないらしい。勉強できそうな丈も特に思い当たることもないようで、さっきからもだが不安そうだ。
もちろん私も全く知らないし他のみんなも知らないらしく疑問符を浮かべる。
名前も知られないほどの物凄く小さな島の可能性がある。そうなるといわゆる無人島かもしれない。これは八少年少女漂流記待ったなしやで。数が半端ァ!
「とにかく行こうぜ!ここでじっとしててもしょうがないよ!」
「おい、どこに行く気だ!」
突然ざっくりと真っ二つに斬るように議論に終止符を打ったのはいかにもリーダー格な太一だ。悩みに悩んでいた所を、なんとも前向きな一言で断ち切ってしまった。なんというか、カリスマとでも言うのだろうか。太一にはそういった雰囲気があるのを感じる。
言うだけ言ってさっさとひとり歩きだした太一にヤマトが何事かと声を上げた。すると太一は顔だけ振り返って、
「さっき海が見えたんだよ!」
「海?」
「そう!だから行ってみようぜ!」
行く方角を指差しながらそう言うと再びさっさと歩きだした太一。
海というと、キャンプ地や私の自宅から考えても近くには無かったものだ。もし本当に海があるのなら、ここを島だと決定づける有力な情報ではある。
そこまで太一が考えているかは知らないが、確かに太一の言うとおりここでぐだぐだ話し合っていても変化も進歩もおとずれないことだけは明白だ。
ヤマトは一応、と隣に立つ空に聞いてみる。
「行ってみるか?」
「ええ」
「行ってみようよ!ここにいて何も変わらないなら、自ら行動すべし!えぐり込むように打つべし!」
おーっ!と私は腕を上に突き出して太一の後を追う。そう言うとみんなもそれで納得したようで、同じく太一の後を追って歩きだした。
――とある一人を除いて。
「こういう時はできるだけじっとして大人の助けが来るのを待つんだ。そのためにも本当は元いた所にも……」
「丈ー!早くおいでよー!」
「早くしないと置いてかれるよー!」
「え!?お、おおーい!ちょ、ちょっと待ってくれよぉ!」
川沿いに歩くこと数分。
周りは一面森なのでとても自然が豊かだ。植物が所狭しに生えており、新鮮な空気を作ってくれているために空気が美味しい。今こんな状況でなければピクニックでもしたいような穏やかな川辺を私達一行は延々と歩いていた。
太一は海が見えた、とだけ言っていたがどのくらいの距離なんだろうか。そんなに遠くでないのならもう少しすれば海に着くかもしれない。島だからそんなに遠くないことを祈ろう。
「見たことの無い木ね」
「亜熱帯かと思ったけど、どうやらそれも違うようです」
「やっぱり日本じゃないのかな……どうも妙だ」
前を行く一行のブレイン達はさっきからずっと考えている。ブレイン、つまり真剣に悩み考えている私とデジモン達以外の事である。
自爆?いやいや、私は真剣にこの状況を楽しもうと心に決めているのである。こんな経験滅多にないからね!
「大体このデジタルモンスターってもんからして妙だぜ」
そう口にするヤマトは横目で隣を歩くガブモンをまるで得体のしれないものを見るかのような含みを帯びてチラリと見る。確かに得体のしれないものかもしれないが、とりあえず私はガブモンをもふもふしたい。
光子郎も横を飛んでいるテントモンを見上げて、うーんと顎に手を添えて考えに耽る。
「デジタルモンスター……電子的な、モンスター?」
「普通はデジモンでよろしいで」
デジタルモンスター、略してデジモン。デジデジモンモン育てるモン。
モンスターといってもこの子たちは大人しいし何より話せるし、先程の巨大クワガタの方がよっぽどモンスターだと思う。
そんな感じの事を考えている私は置いておいて、光子郎とテントモンはまたさっきのような漫才みたいなノリの会話をする。
「デジタルっていうような電子的な感じはしないなぁ」
「え、電気でっか?ほれ!」
「うわっやめろよ!」
面白いなぁこのコンビ。冷静かつ好奇心旺盛な光子郎とマイペースなテントモン。凸凹コンビに見えて実はとても気が合いそうな感じが微笑ましい。
その二人の手前ではタケルとパタモンの癒し系コンビがにこにこと上機嫌に話している。
「パタモンって、さっき飛んでたよね?」
「飛べるよ、ほら!」
「すごーい!……でも歩いた方が早くない?」
タケルの問に自慢気にパタモンはその体に対して中々に大きなオレンジ色の翼を懸命に羽ばたかせる。バサバサと音をたてながら空中を一生懸命に飛ぶが、かなり飛行速度が遅いパタモンを見てタケルはあっさりと掌を返すようにツッコミを入れた。
そんなほのぼのコンビのを見て発言したのはピヨモンと空のお姉さんコンビ、と思ったが。
「あたしの方が早いわよ!ほら!」
「……どっちも変わらないわよ」
颯爽と飛び出したピヨモンはパタモンの横を同じく必死に翼を動かして飛ぶが、ほとんどパタモンと同じくらいののろのろ速度だった。今にも落ちそうなふらふらと危なっかしい二匹に空は苦笑している。
空は面倒見のよいお姉さんな感じだがピヨモンはそうでもないらしい。むしろ無邪気で可愛らしいタイプだ。
「パルモンってなんだか植物みたいよね」
そして私の目の前を歩くカワイ子ちゃんコンビはまた別にほのぼのな会話をしている。
「そうよ。光合成もできるのよ」
「すごーい!やってやって!」
「……ミミ、光合成って分かってる?」
「え、よく知らないわ。どんなことなの?」
「いやあ、あたしもよく知らないんだけど……」
「って本人が知らないのー!?」
あまりにもぽわぽわした天然な会話だったからついツッコミを入れてしまった。私はいつからツッコミ要因になった!私は自分で言っちゃうがボケだ!
どうやらこのコンビはボケとボケのおそろしく歯止めがきかないコンビなのかもしれない。
「え、なんかよくわからないの。難しくって」
「灯緒ちゃんは知ってるの?」
「いや、そう聞かれると答えにくいんだけどさ」
うおお、そんなキラキラした目を向けないでー!
いざこういう風に聞かれるとなんて言えばいいのかわからない時ってあるよね。
「こう、なんていうか、植物の呼吸みたいなもので、えぇと、あー気孔から二酸化炭素を吸って酸素を出すやつ、で、それで光合成は太陽の光を体内の葉緑素が……」
「……ごめん。灯緒ちゃんが言ってるコトよく分からないわ」
「ごめんなさい灯緒、あたしも」
アッー!
私がショボンと自分のトーク力の無さに落ち込んでいると先頭を歩く太一が口を開いた。
「なぁ、ここにはデジモンしかいないんだよな」
「そうだよ」
「さっきのクワガーモンもデジモンなのか?」
「そう」
クワガーモン?名前から察するに、さっきの巨大赤色クワガタのことかあぁぁぁああっ!待て待て落ち着こう、ひっひっふー。クワガーモンっていう名前今初めて知ったよ。そのまんまだった。
そしてやはりクワガーモンもデジモンだった。クワガーモンのような図体の恐ろしい見た目ならモンスターと言われればとてもしっくりくる。
同じく太一とアグモンの会話を聞いていた光子郎とテントモンは、その言葉に思考を巡らせる。
「あんなにでっかいのがいるなんて……他にもいるのかな」
「ここにはデジモンしかいませんて」
うーん、と歩きながら考えこむ光子郎とは反対に、普通の様子で光子郎の言葉をあっさり切り捨てるテントモン。
すると光子郎はふと何か気付いたように、私の方を見る。
「そういえば、灯緒さんはパートナーのデジモンはいないんですか?」
「パートナーのデジモン?」
「はい。僕とテントモン、太一さんとアグモン、といったように僕達一人一人にデジモンが一匹パートナーとしているらしいんです」
そう言われれば確かにみんなコンビみたいに一緒にくっついている。
パートナー――いや、そんな感じのデジモンには会ってないしなぁ。クワガーモンしか会ってない。
……まさかクワガーモンか!?倒しちゃったけど!
「うーん、分からないなぁ。いないんじゃないかな」
「そうですか……」
「光子郎はん、灯緒はん。そのことなんですけど……」
「何?テントモン」
私と光子郎の会話を聞いていたテントモンは少し言いずらそうにしていたが、意を決して言葉を発した。
「実はちゃんとおるんや。灯緒はんのパートナー」
「え、本当!?」
テントモンの言葉を聞いて、私は驚くより先に嬉しくなった。
まさかとは思ったけど本当にいるんだ、私のパートナー!
「えっどこ?その子今どこにいるの?」
「そ、それはワイも知りまへんのや。すんまへん」
驚きのあまり私はテントモンに勢いよくたずねると、その迫力に押されるのと変わらず言い難そうにするテントモン。
ここでやっと一行みんなが立ち止まってこの話を聞いていることに気付いた。
「その子は太一達が来る少し前まではボク達と一緒に待ってたんだ」
「でもいきなりどこかに一人で行っちゃったのよ」
「多分、待ちきれなかったんだろうね。そういう性格のやつだったから」
アグモン、ピヨモン、ガブモン達が申し訳なさそうに言う。いくらいなくてもみんなにとってはまだ大切な仲間なんだ。
「そうかー……。それは悪いことしたなぁ」
「えっなんで?灯緒は何にも悪くないよ!」
「いやいや、悪いって極悪だって。そうやって待っていてくれてたのに、私来るの遅すぎたんだから」
そうだ、『待つ』というのは希望がある反面、絶望もある。それは私がよく知っていることじゃないか。
「それじゃあ私、パートナー見つけなきゃますます罪が重くなっていくから。絶対見つけてやるんだからな!」
私がガッツポーズを見せつけながらそう言って笑うと、デジモン達も安心したように笑った。
そうだこの程度、まだまだ不安材料なんてないんだから。
それから小一時間。
変わらず同じ風景の中、しばらく川沿いの道を歩いていくと突然ピタリと止まったガブモンがくん、と鼻を動かした。
「海の匂いがしてきた」
その呟きのすぐ後に川で泳いでいたゴマモンが嬉しそうに声を上げる。そこでようやく私達も海の匂いを感じ取れた。流石デジモン、人間よりよっぽと素晴らしい身体能力の持ち主たちだ。
耳をすませばざざーん、と波の音も聞こえてきた。ようやくの目的地に内心胸をなでおろす。
「見えたよ!海だーい!」
←/【BACK】/→