digimon | ナノ

01 「いつもダダ滑ってる私を見習いなよ!!」レアモン!東京湾襲撃

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「見て見てすごーい!工場のライトアップだよ!工場萌えーー!あっちには大きいビルだ!セントラルトーキョー!」

「なあ、ところでさぁ」

 東京湾の海から見るビル群は、自分にとっては普段見ることがない風景なので貴重だ。
 波に揺られながら観光気分で忙しなくビルや建造物を見ていた灯緒に、ふと太一が声をかけた。

「結局灯緒は一体どうすんだ?今日はもうみんな家に帰るつもりだけど」

「…………………………アッ」

 楽しい楽しい東京観光旅行の最中に、すっかり重要なことを忘れていた。
 目指す先は全員自宅であり、灯緒だけが今この東京内に住んでいないという大変重要な事実をことも、あろうことかすっぽりと頭から抜けていのだった。夕陽に照らされながら、私達は蒼白になり眼の前は真っ暗になる。わあ、まるでさっき見ていた工場のようにカラフルだぁ。

「……誰か泊めてあげれる人いないの?」

「……………………………」

「今日の一泊だけでいいので!明日はちゃんと帰りますんで!このままじゃホームレスと一緒に橋の下で夜を明かすこもになります!どうか!この私めにお情けを!お慈悲を!お代官様あああ!」

 灯緒の涙ながらの叫びは、夕陽に向かって寂しく鳴いているお腹を空かせた子犬のようだった。いや、子犬にしてはうるさすぎる。
 と、後にインプモンは呆れながら語ったのであった。











「ただいまー!」

「こんばんはー!」

 久しぶりに純粋なドキドキを感じながら声を張り上げた。
 文無し宿無しの灯緒を慈悲深い心で招いてくれたのは、なんと光子郎だった。
 昼間にもしかすると……と言っていた彼は、言葉通り一旦親に掛け合ってみます、と言ってくれたのだ。もし無理そうなら、と他のみんなも一応親に確認をとってくれるそうで、一方的に迷惑をかけてばかりで申し訳なくなる。
 そして今いるのは、ごくごく普通の一般的なマンションの一画。ここが泉宅であるそうだ。

「あら」

 鈴のような声の綺麗な女性が奥から出てきた。もしかしなくても、この方が光子郎のお母さんらしい。如何にも優しい奥様といった風貌の人だった。うそー!光子郎くんちのママ若ーい!さながら心の中は授業参観日だ。

「キャンプ、中止になりました」

「そうなの?」

「それで、その……こちらなんですが」

「突然お邪魔してすみません、私矢吹灯緒といいます!光子郎くんとは仲良くさせて頂いてて!」

「あら、そうなのね。はじめまして」

 にっこりと微笑みを向ける光子郎の母と対面すると、更に緊張が走る。ついいつもの癖でべらべらと変なことを口走りそうになるが、光子郎の手前そんな醜態を晒して「うそ……うちの子の友達、変すぎ……!?」と思われてしまってはあまりにも申し訳がないので、既の所で踏みとどまろうと努力する。ステイッ!ステイッ!まだだっ!

「灯緒さんも今日一緒にキャンプの予定だったんですが、急な中止だったので、家が遠くて帰れないそうなんです」

「他の友達にも頼ったんですけど、どうしても今日の宿が見つからなくて、その、急で申し訳ないんですけど今日だけでもお泊りさせて頂くことってできますか……?」

 あわあわとそれらしく話を繋げて、光子郎の母の様子を伺う。そわそわしている光子郎もあまりに決まりが悪そうなので、やっぱり未成年をいきなり預かるなど難しいよね……と不安になる。
 心臓のドキドキが煩くて静まれ〜!と念じている私とは裏腹に、お母さんは女神のような言葉をくれた。

「そうねぇ。うちは構わないけど、小さい女の子を預かるわけだし……ご両親にも事情をお電話しておきましょう」

「ほ、本当ですか!?やったー!ありがとうございます!ありがとう光子郎くん!」

 助かったああー!思わず隣の光子郎の両手を掴みブンブンと振る。このまま最悪自分だけ野宿にでもなるんじゃないかとヒヤヒヤしていたところだ。
 ホームがレスな方々に混じってアンダーザブリッジになってしまうところだったー!セーフ!

「本当に急におしかけてすみません!じゃあ、お電話貸していただけますか?うち両親じゃなくて祖父母なんですけど……」

「ええ、もちろんよ」

 にこにこと微笑む光子郎の母が女神様に見える。お母様とお呼びしたい。この一宿一飯のお礼は後程きっちりみっちりお返ししなければ!
 全身で喜ぶ私の横で、光子郎はまだどこか居心地悪そうだ。自分の家なのに一体どうしたんだろうと思えば、光子郎の母もそう気が付いたらしい。

「なに?」

「どうも、ご心配をかけました」

 光子郎は礼儀正しくそれだけ言うと、自室であろう部屋へ行ってしまった。
 今頃、外に待機させていたテントモンを部屋の中に入れているところだろう。光子郎曰く、パートナーデジモンの中でもテントモンは特に誤魔化しがききにくい風貌をしているのだから、極力安全策を取りたいそうだ。確かに私達の成長期の中では一番ゴツい外見で、しかも一見はでっかいテントウムシなので尚更驚かせる可能性は大である。
 扉の向こうに行ってしまった背中を見ていると、光子郎の母がスリッパを用意しにこやかに迎え入れてくれる。あまりにも丁寧で気後れしてしまいそうだ。

「はい、どうぞ上がって。電話はこっちよ」

「ありがとうございます!えっと……番号番号……」

 光子郎の母に連れられて廊下のすぐの所にある固定電話を示した。
 早速自宅の固定電話の番号をプッシュし、呼び出し音が鳴り出す。今頃家ではどんな感じなんだろう。とんと私の姿が見えないことに、遅くまで遊び呆けてやがるあの不良娘!とうとう反抗期か!などと怒ってないだろうか。不良娘の自覚はある。
 柄にもなくドキドキしながらコールを聞いていると、

「あ、おじいちゃん?私達、灯緒だけ――」

『遅い!!!』

 キーーーン!と耳を劈く大声に流石の灯緒も、隣の光子郎の母も聞こえているようで目を白黒させた。背中にぶら下がっているインプモンも恐らく何事だと顔を顰めているのが想像つく。

『今何時だと思っとるんだ!夏は日が暮れるのが遅いけぇ、明るさ関係なくはよう帰ってこいといつも言っとるだろうに!どこおるんじゃ、迎えいくけぇ』

「ごごごごめんなさーい!あ、いや、実は今日は帰れなくて、斯々然々訳あって今東京にいるんだけど……」

「あら?光子郎ー?」

「は、はい!」

「どうかしたの?」

『聞いとるんか!!』

「はい!!喜んでえええ!!」

 怒鳴られている横で、光子郎の部屋からバタバタと謎の物音が聞こえることに対し光子郎の母が声をかけていた。
 大方、テントモンの隠れる場所でも作っているのだと予想するが、それにしてもいつも冷静沈着な光子郎も親の前では特に子供らしさが際立つ気がするなぁと少し微笑ましく思った。………はぁ。現実逃避である。
 何の音だろうと至極自然な疑問を持った光子郎の母が、扉越しに声をかけると少し焦った声音が帰ってきていた。

「どうもしません!」

「そう……」

『……まぁ、灯緒は聡い子じゃてばあちゃんも言っとるで、悪い事だけはせん、何か理由があるんやろ。今日のところは東京に泊まってき。奥さんに変わってくれんか』

「ちかころ!誓って悪いことはしません!はいお母様、電話どうぞ!」

「はい、お電話変わりました。泉と申します。うちの子が娘さんにお世話になっているそうで……」

 慌てて電話を変われば、光子郎の母はペコペコとお辞儀をしながら祖父と話していた。あとは保護者同士の話となり、お互いに会釈しながらの電話になっていることだろう。
 祖父の怒号に耳がまだキンキンする。解放されなければ鼓膜が逝ってしまうところだった。

「な、なんとか難関はクリアしたかな。帰った時にまた色々とツッコまれそうだなぁ……」

「ざまあみろ、帰ってもこっ酷く叱られろ」

「貴様労るということを知れー!ていうかシィーッ!」

 真後ろから聞こえる嫌味な声にこのガキンチョが!と思うが、明日にでも帰るとするならすぐそこに説教が待っているわけで、祖父の怒りの形相を想像するとげんなりしてしまう。
 もちろん、自分の身を案じての怒りなので逃げずに甘んじて受けるが、やっぱりお説教はお説教。嫌なものは嫌である。
 電話を終え、光子郎の母から良かったわねぇ、と微笑みをもらうことでSAN値を回復した。良かった、何事もなく許可が降りたようだ。きっとお母さんの物腰の柔らかな雰囲気が和ましてくれたに違いない。祖父は綺麗な女性に弱いのだ。いや、それは私も同じか。
 光子郎の部屋をノックしようとすると光子郎本人が出てきた。

「あれ?どうしたの、今からどこか出るの?」

「すみません灯緒さん、急ぎ買い物に。……ちょっと、太一さんの家に行ってきまーす」

 光子郎はそれだけを簡潔に小声で伝えてくると、夕飯の準備をしようとキッチンへ向かったお母さんに声をかけた。何か急に必要なものでも思い出したのだろうか。

「今から?」

「参考書を譲ってもらうことになって。すぐ帰ってきます!」

「いってらっしゃーい!」

 はて、どこかで2人はそんなことを話していただろうか。全く気が付かなかった。
 ていうか、光子郎くん参考書必要なのか?と思う程の秀才なのに、ちゃんと勉強してるんだなぁそりゃそうか、と失礼なことを思う。だってあの我らが誇る参謀だよ。外国なら飛び級もいいとこでしょ。彼が地球の未来を担う存在だと信じて疑わないよ私は!

『確かに、2匹の怪獣が映っているように見えますねぇ』

「かっ怪獣!?」

 玄関から出ていく光子郎を見送ると、廊下からリビングに続く方から聞き捨てならない一文が耳に届く。
 ドキーッと心臓が吃驚してニュースキャスターの声につられてテレビを見ると、そこには先程のイッカクモンとゲソモンがぶつかり合っている所をバッチリ撮られていて、思わず吹き出しそうになる。
 流石速報、早すぎる。戦闘中周りも結構な数の見物客というか目撃者がいたし、この話が広まるのも早いのだろう。

『果たして、本当に怪獣なんでしょうか!?光が丘で目撃されたという巨象や火の鳥との関連も気になるところです!』

「ウゲェーッ!まずいよめちゃくちゃニュースになってるよ……」

「そりゃあれだけ暴れればなー」

「でもこれからもヴァンデモンと戦うとまた絶対被害出るよねぇ……まずいよ東京が焦土と化したら……」

 抱っこしているインプモンとひそひと声を抑えて話す。ニュースキャスターに気にならんでいいです!とツッコミつつ、他にもデジモンの影響と思われるニュースが流れてこないかと、やはりテレビが気になってしまう。
 一応、怪獣関連から普通の一般ニュースに切り替わったことで少しホッとした。

 それに、友人宅マンションの綺麗なダイニングキッチンで、そのお母様と二人きりなのが地味に気まずい。何も話さないのも沈黙がつらいし、かと言ってお母様と何を世間話すればいいのかという問題に立たされる。こ、コミュニケーション障害〜〜!
 テレビの音と調理する音以外の沈黙が流れた後、ちらりと光子郎の母の方を見ればお母さんと目が合いニッコリと笑い返されたので、こちらもえへへと咄嗟に愛想笑いをしてしまった。本当に綺麗なお母さんだなぁ。

「晩御飯だけど、灯緒ちゃんはアレルギーとかそういうのはないかしら?」

「はいっなんでもおいしくペロっといけちゃいます!あ、ていうか晩御飯までご馳走になる流れになっちゃっいまして、ありがとうございます……!」

「いいのよ。光子郎が友達を連れてくるなんて腕がなるわ」

 ふふふ、と思わず笑いが溢れてしまったような様子の母は本当に嬉しそうで。その言い方からもしかしなくても光子郎はあまり友達を家に招かないんだろう。
 光子郎は積極的でないだけでしっかり人と話せるタイプだけど、無意識に壁を作りがちというか、周りも逆に取っ付きにくいのかもしれない。話したら本当にいい子なのになぁ。

「ねぇ、灯緒ちゃんは光子郎とはキャンプで会ったの?何年生?」

「そうです!今日のサマーキャンプで偶然一緒の班になって。私小さいけど一応中学生でして、でも私より光子郎の方がすごくしっかりしていて!」

 緊張すると逆にぺらぺらと出任せに言葉が出るわ出るわ。自虐も交えてへらへら笑っていたが、それを聞く母はどこかほっとしたような表情をした。
 さっきの様子から見るに、普段からあまり積極的には話さないのかもしれない。まあ、このくらいの年齢になってくると母親と話すのは男の子は恥ずかくなってきたのかもしれないね。なんていったって、そろそろ思春期ですから。なんて呑気に思った。
 そういうことなら、恐らくあまり最近の光子郎のことを知らされてなくて心配してるんじゃないかと即座に思い至った。そりゃ心配だよねぇ。

「光子郎くんって本っ当にすごいんですよー!みんなが知らないようなこともなんでも知ってるし、機転も利くし、真面目で礼儀正しいし、かわいい!私もみんなも何度もたくさん助けてもらってるんです!つい頼りっきりにしてしまいそうなくらい!」

「…………そうなのね。嬉しいわ、光子郎にも仲の良いお友達ができて」

「いいえ!私だけじゃないですよ、たくさん友達はいます!」

『さて、次はスポーツです』

「たっただいまー!」

「おかえりなさい!」

 何故か少し顔が赤い光子郎くんがリビングに顔だけ出して、すぐに部屋へ戻っていく。話すのに夢中だったけど、もしかしてさっきの一連の話を聞かれていたのだろうか。よーし、また直接言ってやろう!陰口より褒め口をたたけ、だ!
 そそくさと行ってしまった光子郎の手には一つビニール袋を持っているのを見て、私は何を買ってきたのか不思議に思って様子を見に行く。
 すると光子郎は、自室の扉の内側からノブの横に鍵を取り付けているところだった。置いてあるパッケージを拾い上げて見る。

「へぇー、この鍵を買ってきたの?」

「はい。本当はこんなことしたくないんだけど……」

「じゃあ、なんでしはるんです?」

「僕がいない時、お父さんやお母さんが部屋に入ってきて、君が見つかったら困るでしょ」

「ああ、そうでんなぁ」

 なるほど、そういうことか。そんな所まで考えていなかった。あなたの心をアンロック!
 確かに、デジモン達の中でも特にテントモンはビジュアル的にも隠れる場所をすぐ用意するのが難しいだろうし、いた仕方がないのかもしれない。これがもしモチモンならぬいぐるみのフリでもして平気なのにね。
 その辺りの進化の融通がもっときけば楽なんだろうけど、そう上手くはいかないのがデジモン達だ。

「ところで!」

「なに?」

「さっきからええ匂いがしてきてますなぁ〜!お母はんは光子郎はんの為に美味しいもの作ってはるんでんなぁ。ほんまええお母はんでんなぁ」

「うん、とってもいいお母さんさ。でも……」

 テントモンの褒め言葉に、光子郎も口元に笑みを浮かべた、と思ったが。
 言葉は続かず、光子郎は黙ってしまった。以前から光子郎は時々こうして自分の思考に耽ってしまうことがある。私達よりも随分色んなことを知っている光子郎だが、大抵こういう時は大体答えが出ないような難問を頭の中でぐるぐる回しているのだろう。
 そんなナウローディング状態の光子郎に、テントモンも不思議に思って声を掛ける。

「でも、なんでっか?」

「……!いや、別になんでもないよ」

「光子郎、灯緒ちゃん」

 我に返った光子郎が、また下手な笑顔を向ける。きっと何かあるんだろうけど、家族間のことを詮索する程野暮じゃない。時間が解決してくれることもあるし、本人たちが話し合うことでいともたやすく解決するこど往々にしてある。
 そんな風に灯緒は廊下側から話していると、お母さんもやってきたところでその話は中断となった。部屋の扉は半開きだが、コンコンと扉をノックして気を向かせる。

「あっはい!」

「ご飯ができたわよ。二人共いらっしゃい」

「すぐ行きます!」

「ところで、他にお友達?」

「!?」

 お母さんが部屋を見渡そうとして、思わず私達らドキッとする。みんな声は抑えて話していたが、デジモン達の声が聞こえてしまっていたようだ。
 ほら、通話してたとかなんとかで誤魔化さないと!と光子郎にアイコンタクトを送るが、彼は彼でテンパってるようで顔が引き攣っている。我らが参謀は不意を付かれた時は危ない。

「気のせいかしら?灯緒ちゃんじゃなくて、他の人の声が聞こえた気がしたんだけど……」

「まっ!漫才の練習してたんです!今度子供会で演芸コンテストがあるんで!ですよね、灯緒さん!」

「ままま漫才!?お、おおともさー!!ワイのツッコミが冴えわたるでェ!!」

 こ、光子郎さん!?咄嗟に誤魔化すにしても苦しい。苦しすぎるよ!都会の子供会ってそんなのあるのかな!?驚きすぎて、思わずノッてしまった。
 さすがのお母さんも想像つかないのかビックリしていた。うん、私も光子郎くんの漫才は予想外でしたよお母さん。














「魚屋のおじさんを驚かしたらな、声あげよった」

「ほぉ〜、おじさん驚かすなんて大人しい顔してニーチャンもやるやん!どないな声あげたん?まさか『ぎょ!』なんて古典的なこと言わんやんな?」

「ぎょ!」

「………………。ってなんでやねん!そこで捻らんともう巻き返せないやろがい!どうも、ありがとうございましたあああーっ!!」

「…………………………」

 まさかの漫才ネタを引っ張る羽目になった光子郎が、漫才を披露することになってしまった。私と。即興なので私は居た堪れないこの空気を無理矢理終わらせた。
 そしてご両親の沈黙が痛い。とても痛い。光子郎がこういうことをするキャラじゃないと付き合いが日が浅い私でも分かるのだから、両親の方はさぞ驚いていることだろう。

「………………すいません、面白くなくて」

「駄目だよ光子郎くん、滑っても自信満々な態度取っておかないと辛いのは私達だよ!いつもダダ滑ってる私を見習いなよ!!」

「でも……いえ僕には無理でした……」

「そんなので日本一の漫才師になれるって思ってるのかーっ!芸の道は厳しいんだぞ!二人で夕日に向かって語り合ったじゃないかっ!!」

「灯緒さん、あの、もう漫才終わってますので……」

 茹でダコのように真っ赤になって落ち込んでいる光子郎に隣の私まで辛くなってくる。やっぱり配役間違ったんだよ!私がボケを引き受けるべきだったんだぁぁ!
 慌てて「そんなことないよ!」「とっても面白かったわ!」と困り顔で言うご両親を見ると、余計にいたたまれなくなってしまう。お母さんもお父さんも優しすぎるくらいだ。

「最高だよ最高!光子郎が漫才をやるなんてなぁ」

「本当に!お母さんびっくりしちゃった」

「あはは……すいません」

「おいおい、何も謝らなくていいんだよ」

「そうよ。嬉しい驚きなんだから」

「あ、はい!……あ」

 はっとして何かを思い出したのか、光子郎は自分の分の食事を途中で切り上げた。そこで、ちらりと光子郎からのアイコンタクトをもらう。
 そろそろ夜も更けてきていい時間だ、光子郎の部屋で待っているテントモンとインプモンもお腹を空かせている頃だろう。

「あの……残りは自分の部屋で食べてもいいですか……?」

「あ!すみません、私も夜食用にしてもいいですか?」

 そう言って光子郎は自分の分の食事をトレーに乗せ始める。ついでに私も一緒に申し出て、お母さんからラップをもらい、お米を包んでおにぎりを作る。
 私が作りましょうか、と優しく声をかけてもらったが大丈夫です!と私はこんな素敵な女性が作らないであろう、おかずまでも混ぜ込んだ見るに絶えない爆弾おにぎりを作った。
 腹にたまりさえすれば良いという意識の低さの現れだ。大丈夫大丈夫、インプモンなら食べられるって。知らんけど。

「もちろん構わないけど、嫌いなものだったら残していいのよ?」

「いえ、嫌いだなんて!お母さんの作ったものは全部好きです!」

「あら……」

「ありがとう、お母さん。お母さんには本当に感謝してます!」

 少しおずおずとした言い方のお母さんの言葉に、光子郎は意外にも強くきっぱりと宣言した。お母さんほ方も少し目が潤んで、目の前で家族愛を見せられた気がした。
 ううう、泣かせるなぁ!ずびっ!こういう家族の話に私は滅法弱いんだ……!

「ちょっ、灯緒さん……なんでそんなに泣くんですか……」

「それは違うよ!これは海のように深い母の愛という名の塩が目に滲みたんだよ!魚だけに、なんちゃってワッハッハ」

「……………………………」

















「光子郎はん、えらい嬉しそうな顔してまんなぁ」

「そうかい?」

 部屋に戻ると、テントモンはすぐ光子郎の様子に気が付いた。さっきのお母さんとのやりとりから、少し上機嫌なのは私にもなんとなく伝わってくる。にまにま笑っていると、案の定気持ちが悪いとインプモンに脛を蹴られて悶絶した。

 とまあ色々あったが、光子郎の部屋で残り物のご飯をデジモン達に分けて晩御飯第二ラウンドである。流石にお腹が空いていたようで二匹ともがっついていたが、やはりというか爆弾おにぎりは不評中の不評だった。
 テントモンはお腹いっぱいになって、ムニャムニャと寝てしまった。慣れない人間界で疲れたのだろう、インプモンも船を漕ぎだした。良い子はもうおねむの時間だ。
 デジモン達をそっとしておきながら、光子郎はパソコンを起動したので横から覗く。

「何するの?」

「ゲンナイさんがパソコンをアップデートしてくれたので。いっぱい機能つけてくれてるなぁ。えっと」

「へー!じゃあこれはなに?」

 デスクトップに並ぶアイコンをクリックした途端、愉快な音楽と共にスカートを履いたユキダルモン、もんざえモン、ヌメモンたちが踊ってるムービーが再生された。
 可愛いんだか可愛くないんだか……いや可愛いけども!需要があるってコト!?デジモン界もディープだなぁ……。

「これだけ……?じゃあ、これは?」

 その隣のもう一つアイコンをクリックすると、今度はチューモンがバルーンを膨らましているムービーで、最後にはバルーンが爆発した。爆発オチってサイテー!

「こんなのいらないのに……」

「何を思って入れたのかゲンナイさんに小一時間問い詰めたいね」

 流石の光子郎もフォローできず顔を覆った。あまりにも容量の無駄すぎて。文字通りのスペックの無駄遣いとはことことだ。
 でも他でもない色々とお世話になったゲンナイさんが厚意で付けてくれた機能だと思うとあまり文句も言えないし……。一体何を思って実装してくれたんだ、おちゃめか。あり得る。

「他のは……?」

 3度目の正直、隣のアイコンをクリックすると、今度はデジモンの姿はなかった。そこに表情されたものは見慣れたものだった。

「東京の地図だ!あれ、これは……」

 地図上に赤く点滅表示されているポイントをクリックすると、途端にゲンナイさんのミニアイコンが喋りだした。
 なるほど、これはものすごく便利な機能だ。こんな時でなければ、手放しでゲンナイさんを称賛しているところだが、スピーカーから流れたのは緊急事態だった。

『大変じゃ!未確認デジモンが芝浦に上陸したぞ!』

「なんだって!?」

「未確認デジモン!?そんなのヴァンデモンの仲間に決ってるじゃん!みんなを呼ばなきゃ!」

 夜なのでなるべく物音を控えながら、慌ててみんなに電話をしようと頷く。電話自体は廊下にあるので、声を秘めてながらも先ずは太一の所へ電話をかける。すぐに太一のお母さんだろう女性の声が電話に出た。

「あ、八神さんのお宅ですか?泉です。太一さんいらっしゃいますか?」

『いるけど……起こす?』

「いいです……どうもすいませんでした」

「うーん、まぁこの時間じゃあね……。他のみんなは?」

 夜といってもまだそこまで夜は深くないが、疲れている体には逆らえない。既にぐっすり寝ているのなら尚更、無理に起こすのも気が引ける。
 光子郎は受話器を置くと、またすぐ連絡網の紙をめくり番号を打ち込んでいく。

「あ、夜分すいません。空さんは……」

 空も駄目。
 それでも光子郎はすぐにまた電話を繋げる。

「ヤマトさんいらっしゃいますか?……どうもすいませんでした……」

 ヤマトも駄目。
 恐らくもうみんな休んでる時間なんだろう。
 それから全員に順番に電話をかけたが、親が出ても本人は寝ているか、既に電話に出ないお宅もあり。まさかの全員就寝に思わずため息をつきながら、ついに光子郎はそっと受話器を置いた。
 ……だが落胆している暇も今はない。さてどうするか、と思案しているところでテントモンが起きてきた。

「どないしたんでっか?」

「正体不明のデジモンが、芝浦に上陸したんだ。太一さん達に連絡したんだけど、みんな寝てて……」

「昼間の道中で疲れてたんでっしゃろなぁ」

「だよねー……起こすのもなんか悪いし」

 こうなると、もう私達しかいない。まだ一人じゃないだけマシだろう。光子郎も同じくそう思ったらしく顔を上げた。言わずもがな、芝浦へ出発だ。

「よし、僕たちだけで行こう!」

「そうでんな!相手にもよりますけど、ワテらだけでも何とかなると思いまっせ」

「オッケー承知之助!それじゃ、明日みんなに報告して驚かせてやろ!」

「はい!」

「ほらインプモンおっきろー!出動だよ!」

「んー……コンビニくらい一人で行ってこいよ……」

「寝ぼけてる場合かーっ!」

 とっぷりと暗い夜でも外に出るため、テントモンは光子郎の緑のパーカーを着てできるだけ体を隠しつつ、私はまだ眠たそうなインプモンを小脇に抱えつつ私達は芝浦へと向かった。



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