01 「もうお終いだ!お笑いなんてやめてやる!」デジモン東京大横断!
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「光が丘にいないんなら、急いで他を探そうぜ。ぐずぐずしてると、ヴァンデモンの奴らに先を越されちまうよ」
「でも、ちょっとどこかに遊びに行ってるだけかもしれないじゃない」
いざ、選ばれし子供9人目探し!
──といったところで、事実現状はあまりにも手がかりは少ない。はやる気持ちの太一の声に、純粋に思ったことを口にしたミミ。それにすぐ異を唱えるのは安定の参謀、光子郎だ。
「いえ、それはないと思います。僕達のもう一つの共通点……」
「光が丘から引っ越した?」
「ええ。それが偶然でないなら、やはり9人目も引っ越したと考えるべきです」
「じゃあ9人目もお台場に?」
「その可能性は高いでしょうね」
なるほど、基本的に私達と同条件と考えて宛を探したほうが良い、ということだ。闇雲に探し回るよりは、光子郎の推理を基準に捜索した方が効率も良いだろうし、今までの経験上よっぽど信頼性がある。
「あたしお家に帰りたい!」
「でも、灯緒はどうするんだ?お台場住みじゃないだろ?」
──えっ?
「ウワアアアアアア!!1ミリも考えてなかった!私どーすんの!?ていうかそもそも無一文だから電車賃もない!帰りたくても帰れない!この年で家なき子、ホームレス確定……ってコト!?実家に帰らせて頂きます!って帰る金がないんやろがい!どっ」
「すまん、悪かった。とりあえず落ち着け」
ヤマトの問いかけは純粋な疑問だったのだが、自分のことなのにすっかり忘れていたというか気が付かなかった灯緒は、雷に打たれたようにショックでその場に両手と膝をついた。オメーのお金も家ねぇから!
やれやれ、と逆に頭を抱える子供達と、容赦なく虫けらを見る目をしてくるインプモンに泣きついた。
「インプちゃんアタイを慰めて!」
「うるせーばーか!でべそ!ついでに単細胞!救いようのねぇウジ虫!宇宙一馬鹿の代名詞!」
「何そのボキャブラリー容赦なくない!?その通りだよ畜生!一生治らないからこの際もっと罵ってくれ!うう、だ、誰かお客様の中で……今日だけお泊り可能なお宅と……電車賃を貸してくれるお方はございませんかぁぁぁ!?」
この御恩は一生忘れません!後生ですから!と懇願するが、そうは言っても簡単に承諾はできない。うちはお父さんお母さんが厳しいから難しいかもだの、うちは多分お部屋がないしだの、一番多いのは親に聞いてみないとわからない、という至極最もな意見ばかりだ。ですよねー!
最悪、ここはインプモンに進化してもらって、進化後だと原理は不明だが空も飛べるのでそれで帰る、という手もある。家につくまで進化の力が持てばの話だが。持たなかったら──一体どのくらい歩くことになるか想像つかない。そうなったらもうスタンド・バイ・灯緒だ。しかもこの場合4人じゃなく1人で線路を行くしかない。ぼっちはつらいよ。
「ええと……もしかすると、うちは多分……」
「えっ!?ほんと!?参謀、軍師、いや知の神よ!!」
「その呼び方はやめてもらえませんか……?」
ぽそっと遠慮がちに言ったのは、まさかの光子郎だった。目ざとく聞き逃さなかったので勢い良く光子郎に詰め寄る。ええ、まあ……などと濁しているが、何かあるのだろうか。
とりあえず光子郎のお宅を頼りに、一応みんな一度家族にかけあってくれるらしい。優しさが染みる。
そんなこんなで、一度灯緒も一行と一緒にお台場へ行くことにした。何より文無しだからね!懐がクールビズだぜ!
「まあ、灯緒はなんとかなるだろ。よし、とにかくお台場に帰ろう!」
「うん!若干私に対する諦めの気配を察知したけど行こう!」
持つべきものは仲間だと痛感した。だが、デジモンワールドと同じ感覚でいてはいけない、今は現実世界なのだ。基準を現実に戻していかないと。
うん!と全員一致の声が響いた。
最短ルートで行こうと、最寄り駅の光が丘駅で切符を買うことになったので、駅の改札前までやってきた一行。
丈とミミが路線案内図を見て、目的地までのルートを確認する。子供達でもややこしいなと案内図を見つめ、灯緒は田舎の案内図とは違って情報量があまりにも違うので更に頭がこんがらがる。
「えっと、一番早くお台場まで行くには〜……」
「行き方がいっぱいあってよくわかんない〜」
「相変わらず都会の路線の密集度はすごいね」
「ちょっと待ってください。一番早いのは――」
ごちゃごちゃとたくさんの路線が重なっている線路図は確かにわかりずらい。これだけ路線があるといくつかルートはありそうだが、できれば最短ルートで行きたいところだ。
ミミが愚痴ると、ここでも光子郎がパソコンですぐさま調べてくれた。
「ここから都営12号線で中野坂上まで行って、そこから丸ノ内線と銀座線を乗り継いで新橋に出て、ゆりかもめでお台場に行くルートですね」
「とえいじゅうにのなかのさかうえからまるのうちとぎんざしんば……?ファー」
「灯緒ちゃんどっか行かないで!今からお台場に行くのに!」
「じゃ、とりあえず中野坂上までだな」
ド田舎慣れの民として、呪文のようなルート説明に思わず頭がショートしてしまった。ここはどこ?ほんとに同じ日本?田舎民代表ワイ氏、都会が怖くて泣く。
ショートして煙を吹く灯緒の横でミミがわたわたしている様子など眼中にないその他一行は乗換駅までの金額を確認し、先ずは太一がお金を券売機に入れる。
「ねーね、太一それなに〜?」
「切符だよ。これで地下鉄に乗るんだ」
「ちかてつ?」
「なにそれ?」
コロモンは興味津々に券売機を見つめている。何にでも興味があるようで、コロモンを筆頭にデジモン達はあれはなんだこれはなんだと目を忙しくしていた。興味を持つこと自体は別に問題ないのだが、
「しーっ!頼むからみんな人前でペラペラ喋らないでくれよ。ここはデジモン達の世界じゃないんだ、誰かに見られたら大変なことになるじゃないか!」
「いーい?ここではみんなは私達のぬいぐるみの人形。だから動いちゃだめ。大変だけど我慢してね」
「うん、わかった!アタシ喋らないし動かないよ!空にだっこされてる方がいいもーん、空〜!」
「動いちゃ駄目だって!」
空が真剣に諭すが、それとは裏腹にニッコニコで擦り寄るピョコモン。元気なことは良いことだが、幸い今は券売機付近に一行以外の人はいないが、もし誰かに目撃されて騒がれでもしたら面倒だ。
「まだ存分にインプモンを抱っこできる!YES!I am!」
「テメーいい気になんじゃねえぞ……後で覚えてろよ……!」
「キレすぎでは!?」
私もニッコニコでインプモンに頬擦りすると、悪役のような台詞を吐かれてついでに唾でも吐かれそうなドス声でものすごくキレられた。戻ってきてからずっと抱っこ状態のため、かなりストレスが溜まっているらしい。
他のデジモン達は素直に抱っこされてるのに、というかピョコモンなんかはむしろ嬉しくて仕方がないみたいなのにこの子ときたら!ちょっとくらいデレてくれてもよくない?デレたらデレたで驚きおののきそうだが。
「あーあ、今ここにケータイなりデジカメなりあったら旅の記録に記念写真ばんばん撮るんだけどな」
「? 全員を撮るのってことか?」
「みんなもだけど、インプモンを運動会のホームビデオばりに……インプモンがんばえー!はいたっち!たっち!」
「言ってる意味わかんねぇけどイラッときたオラァ!」
「グフゥ!」
「お前らじゃれてないで行くぞー!」
そして灯緒は悲しきかなこの年齢で借金をし、みんなはそれぞれ自分で切符を購入し地下鉄のホームに降りた。ここでも幸い人影は少なく、デジモン達を気にして気を張らなくてもいいので私達としては助かる。
「洞窟かなあここ?」
「変わった洞窟だなあ」
「おい、静かにしろ!」
ここでも興味津々で見回すデジモン達。かわいい。
直後ピロリロリン、とお知らせのメロディが構内に流れる。そして地下鉄独特の車両が走る音が徐々に木霊してくる。少し風の動きも感じ始めた。
『――電車が参ります。白線の内側まで下がってお待ちください。』
「ん、なんだろあの音……」
「あれ……デジモンの声じゃないか?」
そこへ線路の奥から光が現れた。無論、私達人間はあれが電車のヘッドライトだと分かっているが、
「見て!洞窟の奥が光ってる!」
「間違いない、きっとヴァンデモンの手下だ!」
「あ!?」
「ツノモン!」
デジモン達は知る由もない。そんな勘違いをしたまま、太一とヤマトの腕から飛び出したコロモンとツノモンの二匹はホーム下の線路まで降りてしまう。
そして、その二匹がいることなど気が付かない電車が目の前に迫ってきた。
「うわああああああああーーーー!!!!」
「…………………………」
二匹の悲鳴が電車とともにかき消され、姿も見えなくなった。ここにいる全員が目を見開いて、呆然と通り過ぎていく電車を眺める事しかできない。
「…………………………」
数秒後電車が過ぎていけば、そこには壁沿いに張り付いていたコロモンとツノモンの二匹がよろよろと地面に落ちた姿を発見したのであった。
流石にモン身事故とか笑えないから勘弁して!もし今ケータイなりデジカメなりがあったら衝撃映像になるところだった……と、怒る前に安心してその場で脱力したのだった。
数分後、目的の電車が来て乗り込む。
座席はそこそこ埋まっているが、都会にしてはまだ混んでいる程ではない。クーラーもきいている車内は快適で、全員が座席に座る事もでき、膝にデジモン達を乗せてようやく一息つく。先程のモン身事故未遂はあまりにも心臓に悪かった……。
その中で唯一、太一はこっそり一行以外に分からないようにコロモンも小突いた。
「心配かけやがって、この」
「うわあああ〜〜〜〜ん!」
しかし、それに続く声を上げたのはコロモンではなく、近くの赤ちゃんの鳴き声が響いた。母親が優しくあやしているが、抱かれている赤ちゃんは一向に泣き止む気配がない。あまりにも大泣きなので、他の乗客の目を気にして母親は少し困った顔をしていた。
「ほーら、あばばば〜。もう、いい子だから泣かないで〜」
「あの、どうぞ」
「あら、ごめんなさい」
その時、親子に一番近い場所──座席の端に座っていた空は、席を立ち上がり母親に席を譲ろうと声をかけた。
女性は空の心遣いににこりと笑って席に腰掛ける。なんとか母親は落ち着けたが、その間も腕の中の赤ちゃんはずっと大声で泣き続けている。
「いい子ね、いい子だから泣かないの」
「可愛いですねー!男の子かな?何ヶ月かな?お肌ぷにぷにだね!ほらほらお仕事だよ!泣いて泣いてスッキリしなきゃ!」
「ふふ、ありがとう。でもこの子一度泣き始めると止まらなくて。電車の中だし困ったわ」
そういうところで迷惑だなんて思われない空気ならいいのだが、現代の日本において公共の場のどこでも、とはまだそういかないのが実情だ。こんな当然の事が受け入れられない日本の明日はどっちだ!
変顔をしてみせても、じっと顔を見たと思えばまた泣き出した。な、なん……だと……?強敵現る……!
「私の変顔で笑えないなんて将来有望だよ……もうお終いだ!お笑いなんてやめてやる!東京ドリームなんてクソ喰らえ!田舎に帰らせて頂きます!」
「でも灯緒、金ねーじゃん」
「ウッ言葉のナイフが」
「うわあああ〜〜……う?」
呆れ顔の太一の何気ない言葉が灯緒を襲う!おどけて唸る灯緒などまるで眼中になく、当然他の乗客なども全く気にせずずっと泣き続けていた赤ちゃんの視線が、突如ピタリと止まる。
そして、
「あははは〜〜!」
「!」
目の前に立っていた空が抱えていたぬいぐるみ――ピョコモンの頭のお花の一部をガシリと掴んだ。
それはもう純粋たる化身の赤ちゃん故の遠慮ない力で、何度も何度もぐいぐいと引っ張られる。引っ張られる度に、ピョコモンの顔が痛みに我慢しようとしているのが見て取れる。
一体どうすればと焦る空と、騒いではいないとぐっと我慢し続けるピョコモン。
「……あ、あの〜……」
「あら、ごめんなさい。こーら」
空が母親に助けを求めると、赤ちゃんの行動に気が付いた母親は止めさせようとするが、それは逆効果だった。
むしろ、楽しく遊んでいた赤ちゃんの気分を害したようで、やだやだと叫びながら更に激しくピョコモンの花を引っ張る。更にはぎりぎりと嫌な音も聞こえだし、流石にみんながぎょっとしてその光景をみるが、相手はまだ言葉も話せないような赤ちゃんなのだ。
こういう時、どう対処すればいいのか全く分からない。
「うわあああ〜〜〜!!やあああ〜〜〜!!」
「ひぇっ……」
「こらきっついでぇー……」
「げぇ……痛そー……」
無意識の暴力が罪なきピョコモンを襲う様子を、私達もデジモン達もひええと固唾を呑んで遠巻きに見ることしかできない。
そして止まらない赤ちゃんの悪気のない暴力にとうとうピョコモンが耐えきられなかった。
ぎゅっと目を閉じて耐えていた目を、今度はカッとめいいっぱい開いて、
「痛あ〜〜〜い!!!引っ張らないでえええ〜〜〜〜!!!」
「……………………………………………………………」
──赤ちゃんが、私達が、電車内が、静かになる。
「……あぅ……」
ピョコモンの精一杯叫んだその気持ちが通じたのか、ゆっくりと赤ちゃんがピョコモンの頭の触角を離した。
そして静寂が続く──と思いきや。
「――喋った!あのぬいぐるみ喋った!」
「…………!」
マズイ!
この車両にいる人間の全員の目が、今ピョコモンに注がれている。やんちゃそうな少年は真っ直ぐにこちらを指差しているが、当の空とピョコモンはだらだらと冷や汗が止まらない。
一瞬固まっていた2人だったが、
「…………痛かったの〜!?そりゃ可哀想だったねぇ〜!よしよし!」
こそっと空がピョコモンに何やら耳打ちをする。
「でもねー!赤ちゃんはピョコモンが大好きなんだよ!」
「本当?」
「ホントだよー!だから許してあげようねっ!」
「うん!大声出してごめんね」
「あはははっ!」
機転を利かせた空の咄嗟の腹話術のまねは、それはそれはクオリティが高いものだった。
まさか空にそんな才能があったとは!これは東京ドリーム再来か!?見事な腹話術にスタンディングオベーション!
「……おおー!空ちゃん凄い!流石!」
空とピョコモンの腹話術寸劇に敬意を送り、率先しめ灯緒は沈黙を破ってパチパチと拍手を贈る。ブラボー!おおブラボー!
機嫌を直した赤ちゃんはピョコモンと空を見て楽しそうに笑う。良かった、機嫌も治ったみたいだ。守りたい、あの笑顔。
この光景を見ていた乗客全員の中で、先程叫んだ少年はその父親らしい男性に笑われていた。
「ああ、あれは腹話術っていって本当はあのお姉ちゃんが喋ってるんだよ。面白いだろう?」
「なんだ腹話術か……」
「ホントに喋ってるかと思った〜」
「そんなわけ無いわよねぇ」
男性の言葉に納得したのか、乗客達は再び席に座り直したり元いた定位置へとそれぞれ戻っていく。
ざわざわとピョコモンを話題にする周りの声を聞きながら、予想外の強襲を退けたことへの安堵の深〜いため息を全員がついた。
やっと収集がついたと思いきや、
「欲しい!!」
大声を上げたのは先程の少年。
「パパ!僕もあのぬいぐるみ欲しい!ねぇ、買って買って買ってパパ〜ねぇ〜!」
少年は父親の腕を引っ張って駄々をこね始めた。あーっお客様!いけません困りますお客様!そうは言っても、こちら売り物ではございません!限定物の非売品となっております!
子供がこのだだこねターンに入ってしまっては何ともタチが悪いのだ。最悪地面に寝転がってギャン泣き抗議をするかもしれない雰囲気を悟ったのか、ハの字眉をしたお父さんはやれやれといった風に頭をかきながら空に近寄ってきた。
「あの〜お嬢ちゃん、悪いんだけどそれどこで売ってたのかな?」
「はい!ど、どこって……えっと……!」
まさに一難去ってまた一難。
車内の乗客全員が空を注目していた。あわあわとどう答えようか焦っている空に、私達は固唾を呑んで見守るしか出来ない。
ここはしょうがない、適当なことを言ってその場を乗り切るしかない!だってデジモンたちはヴェルダースオリジナルだから!と内心ハラハラしすぎて混乱している。念よ、空に届けー!
『練馬、練馬です。お出口は右側です――』
誰もが空の言葉を待つ中、丁度のタイミングで次の駅のアナウンスが流れる。
「……ね……」
徐々に速度が落ちてゆき、ゆっくりと電車が止まる。
一体どうしてこうなってしまったのか。一人窮地に立たされてしまった空は、突如舞い降りた言葉を思いっきり叫んだ。
「練馬の大根デパート!!!!!!」
名言爆誕の瞬間である。
「あ、そう!ありがとう!」
待ってました!と言わんばかりに、空の言葉を聞いたここにいる乗客全員がぞろぞろと電車から降りて走っていった。
そこまでしてピョコモン等身大リアルぬいぐるみが欲しいのか……いや、欲しいな。ここにいるデジモン全員分くれ。言い値で買おう。
「どうもありがとう」
事の発端となった親子もようやく席を立ち、空にお礼を言うとニコニコと笑いながら電車から降りていった。まさか彼女もぬいぐるみを購入するのだろうか。
車内は一瞬にして、私達一行のみの貸し切り状態になった。
「さよなら〜」
「………………」
ピョコモンが最後にそう言うとゆっくり扉が締まり、先程と打って変わり私達一行のみとなった貸し切り状態の車内は先程の喧騒から変わり、しんとしていて広かった。
ゆるゆると空も席に座り、そしてここにいる全員が深いため息をついた。
「はああああああ〜〜〜〜〜〜〜…………………………」
「危なかった……」
「一時はどうなることかと思ったぜ……」
「練馬の大根デパートって何……?」
「知らない……」
「いやあ名言だなぁ……」
「疲れた……」
「ホッとしたら眠くなってきちゃった……」
「そうだな……」
「ねぇ、僕達どこで降りるんだっけ……」
「中野……坂上です……」
「なかのさかうえ……」
──プルルルルル……………。
「……ん?あれ……?」
気持ちよく船を漕いでいたのに、どこからか五月蝿い音が聞こえて意識が浮上した。
あれ、ここはどこ?私はだれ?定番文句を頭に浮かべながら、ようやく覚醒して周りをキョロキョロと見れば、みんなも同時に起きたらしく寝惚け顔で見回している。
電車はどこかの駅に停車中のようだ。窓の向こうはホームで沢山の人が行き交っている。
「ここは……」
まだずんと重い目でガラス越しに見えた駅名は、
「新宿だ!」
「げっ!?寝過ごした!」
え!?中野坂上は!?と私達はとりあえず慌てて電車を降りた。
私達全員が気持ちよく寝ている間に目的地をとっくに通り越して、なんと新宿まで来てしまったらしい。
まあ疲れているから寝てしまうのは仕方ないとしても、まさかこれだけの人数いて全員がぐっすり眠りこけてしまっていたとは。仕方ないのだが、よっぽど疲れが溜まっていたらしい。
「え!?パタモン起きてたの?」
「うん」
「なんで起こしてくれなかったの!?」
「だって、喋っちゃ駄目だって言ったじゃない」
「…………………」
いや、唯一パタモンが中野坂上駅に到着の時にたまたま目が覚めたらしい。だが、デジモン達はちゃんと約束を守ってくれたのだ。くれたのはいいが……タケルはがくっと項垂れた。
「中野坂上まで戻る?」
「いえ、確か新宿からでも丸ノ内線に乗り換えができるはずです」
光子郎の案内で、まだここからでもルートがあるとのこと。それじゃあそのルートで行こうとすぐ決まり、乗り換えるためにまた別のホームへと歩き始めた。
流石に中心部新宿ともなれば人の多さが尋常ではない。田舎では祭り行事以外では殆ど見ないような、ものすごい数の人混みをかき分けながら、丈を先頭に案内図まで歩く。
こんな所で万が一はぐれでもしたら、もうみんなの元へ帰って来れる自信がない。なのでインプモンはおんぶ形式に移ってもらい、はぐれても一緒なら安全そうなブレーンコンビの丈と光子郎の服の裾をそれぞれしっかり掴んだ。金魚のフン大作戦である。
「ねぇ太一〜お腹空いた〜……」
「オレも〜……」
「アタシも……」
「我慢しろよ、俺だって腹減ってんだから」
「あたし、ハンバーガー食べたい……」
雑踏の中、方向感覚を失いそうになりながらも近くから声が聞こえる。
ミミの何気ない一言で沈黙が訪れた。
『ハンバーガー』というよく聞くが魅力的なワードは、今の私達には使命よりも更に上を行く、あまりにも脳を支配するパワーワードだった。
「ハンバーガー、かぁ……」
「なんか、随分食べてない気がするな……」
後ろから聞こえてくる会話にうんうんと頷く。
わかる、わかかるぞ……!時折無性にジャンクフードを体が欲する時があるが、あれは一体なんなのだろう。そんな時に食べるハンバーガーやポテトの美味さと言ったら!ああ、そんな事を想像を膨らませていたら、どんどん空腹感が増してきた。ギブミージャンクフード!
などと現実逃避をしているところで、前を行く光子郎の真面目な声にに現実に戻される。
「丸ノ内線結構ありますね」
「はぇー、最早路線図を解読するのも困難だよ。一人だったら行き倒れてるや……」
「灯緒君くれぐれも離れないように。いいかいみんな!ちゃんと僕達の後に付い……て…………」
いつものように号令をかける丈は、振り向いて全員にその言葉を――というお約束の流れかと思ったが、丈の号令は続かなかった。
そして、油の切れた機械のようにギギギ……と音をたてるような動きでこちらに首を戻す。
「ねぇ光子郎、灯緒君」
「なんです丈さん?」
「なに丈先輩?」
「みんなが、いない」
「ええっ!?」
丈、光子郎、そして灯緒の3人はいる。だが、私達の周りには知らない人で埋め尽くされていた。
キョロキョロと慌てて仲間の姿を探すも、視界は一面の人、人、人。あのゴーグルも、金髪も、特徴的な帽子も、限られた視界のどこにも見当たらない。あっまずい、人酔いしてきた……!
「全くどこ行っちゃったんだよぉ〜!」
「そうだ、これを使えばみんなの居場所もすぐに分かりますよ」
すぐさま光子郎がデジヴァイスを取り出した。その手があった!流石参謀!
期待を持ってデジヴァイスの液晶が光らないか覗く。だが、以前仲間達とはぐれた時のように、画面に点滅の反応も電子音も無く、うんともすんとも言わない小さな機械に首を傾げる。
「……あれ?どうして反応しないんだろう。デジモン達の世界ではあんなに反応してたのに」
「こっちの世界に来る時に壊れちゃったんじゃないのかい?」
「そんな……」
「壊れてたら一大事だよ死活問題だよ!」
デジヴァイスをからからと振ってみるが音はしない。単純に特に反応がないだけである。壊れてない……とは思うが、軽く言うがもし壊れていたらものすごくマズいのでは!?進化はどうするんだよ!
ただ特に当てにしていなかった故に適当にそう言った丈が先を歩いていると、ティッシュ配りのコスプレお姉さんが笑いかけてきた。顔面強者しかできない仕事だ……強い……!
「よろしく〜!」
「はむっ」
差し出されたティッシュを受け取ったのは、丈が抱えていたゴマモンである。受け取ったというか、口の前に出されたものを反射的に咥えたというか。
「んぎゃあっ!?」
「あっこれオモチャです“オモチャ”〜〜っ!!」
「いやあ良く出来てるよねこの“オモチャ”〜〜!!」
そりゃぬいぐるみだと思っていたであろうものがまさか自分の手からティッシュを取ると悲鳴も上げるよね。慣れって怖いね。
唖然と見送るティッシュ配りのお姉さんを尻目にダッシュで逃げる。ふとしたことでハラハラして心休まる時が全く無い!ストレス社会によるストレスマッハ!
はぐれた仲間を探しつつ、相変わらず人で溢れる雑踏の中を掻き進み、交差点に指しかかったところで、ふと顔を上げた丈は一点を見つめて大声を上げた。
「あ〜〜〜〜!!あんなとこに!!」
「ええっ!」
交差点の向かい側に建つビルの2階の窓から見覚えしかない影――太一達が見えた。しかも何かを美味しそうに頬張っているではないか。窓の傍の看板を見るとそこは某世界的有名ハンバーガーショップのロゴがでかでかと主張している。
タイミングよく歩行者信号が青になり、そのまま美術品だろうか大きなキャンバスを数人で運んでいる人たちの横を通り過ぎて、横断歩道を走り抜ける。
目指すは、太一達が食しているジャンクフードただ一つ!
「自分たちだけいいモン食べやがって!一文無しにだってちょっとばかし慈悲で恵んでくれたっていいじゃないか!畜生!結局所詮世の中金だ!金は命より重い!腹が、減った!!」
「怒るのか悲しむのかネタに走るのかどれかにしなよ……」
逃げるように先頭を走っていた丈を追い抜き、後ろを小柄な光子郎は人混みに流されないようについてくるのが精一杯で、そして灯緒は真っ先にお腹を鳴らしながら一直線にハンバーガーショップへ突進する。
許せ仲間たちよ、食べ物の恨みは怖いのだ!
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