02 「でも田舎には何もないがあるから!」マンモン光が丘大激突!
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しばらくバスに揺られ、小一時間程後に無事光が丘の近くまでやって来た私達は、藤山先生との約束通りバスから降ろしてもらい、この地に選ばれし子供たちのメンバーが揃った。
久しぶりに踏むしっかりと硬いアスファルトの感触に、なんだか不思議な気持ちになる。デジタルワールドだと一時期山や砂漠ばかりを彷徨い歩いていたことが夢みたいだ。夢だけどー!夢じゃなかったー!
「あれが光が丘団地!」
「ああ」
近くに見える巨大な建造物、団地の建物を見てコロモンが歓声を上げた。
デジタルワールドではこんな都会の風景はほとんど見かけなかったし、大きな建物だらけの景色はデジモン達には物珍しく映るらしい。バスの中でもぬいぐるみのフリをしていたが、内心外の景色を見たくて仕方なかったのだろう。
インプモンも一度人間界に来た時の深緑の田舎の風景を見たきりなので、灰色のコンクリートジャングルにそわそわキョロキョロしている。なるほど可愛い所もあるじゃねーの。
「ごめんな自然の風景しか見せてあげられなくて!でも田舎には何もないがあるから!」
「急になに田舎disってんだ?」
「すごーい!空、あんな大きなお城に住んでたの?」
「お城じゃないわよ。中は細かく区切られていて、とっても沢山の人が住んでるの」
「空も光が丘に住んでたの?」
「うん」
集合住宅の概念が分からないピョコモンは嬉しそうに疑問を飛ばす。他のデジモン達もみんなワクワクが抑えられない様子が微笑ましい。
そのまま会話の流れは思い出話に移っていく。
「俺と空はおんなじクラスだったんだよな!」
「そう」
「第三小学校、一年二組!」
「俺は第四小学校だった」
「じゃ、じゃあ先生を騙すために嘘ついてたんじゃなかったのかぁ」
「光が丘に住んでいたのは本当だよ」
「うん、僕もちょっぴり覚えてる!」
久々の光が丘の空気に触れ、それぞれ光が丘に住んでいた頃の昔話に花を咲かせはじめた。その中でも丈はまだ疑っていたのか石田兄弟を見る。
「僕は第五小学校だった」
「あたしも幼稚園の頃に」
「え?」
「僕もですよ」
「ええ?」
「ほんの少しの間でしたけど」
言い出した太一や空、ヤマト達が光が丘にいたのだと思っていたが、丈、ミミ、光子郎と次々に自分たちも光が丘住みだったことを口にしていく。
あれ、これまさか全員なんじゃ……?と、ここにいる全員もそんな考えが頭によぎったらしい。
ちろ、とこちらに視線を送られる。
「……じゃ、まさか?」
「……う、うん、実は私も以前住んでたことがあるよーなないよーな!」
「そうだったの!?」
荷が重い大トリの発言となったが、何を隠そう灯緒も一時期この辺りに暮らしていた時がある。
別に隠していたわけでもないが、聞かれることもなかったので言うことも特に無かっただけである。──あまり大々的に言うことを憚られることではあるのだが。
「訳あって今の田舎に引っ越したんだけど、その前には偶然ね」
「本当に偶然だな!じゃあ、全員が光が丘に住んでたってことか」
「ただの偶然とは思えないですね」
全員が光が丘出身だと判明したところで、近くにあるコンビニの前に差し掛かるとまたそこで思い出話になった。勿論モノクロモンのようなデジモンの姿など当然ない。ずらりと陳列された商品がガラス越しに見え、ここでも懐かしさがこみ上げる。
折角帰ってきたのだ、何か買いたいなとも思ったが生憎灯緒は無一文だった。一時帰還した時に何かしら役に立ちそうな荷物をまとめて持ってくればよかったなあと今更後悔する。まだ服装だけ着替えてマシにはなったが、現実世界でも無一文とはこの渡る世間はデジモンばかり。こんなんじゃ渡っていけない!冗談きついわ!
「ここ!ここでよくお菓子やジュース買ったんだよな」
「あたしも来たことある!」
「懐かしいなぁ!」
「タケル、お前は覚えてないかもしれないけどな、よくこの辺で遊んだんだぞ」
「でも、なんか懐かしい気がする……」
昨今日本中で見慣れているコンビニを見て、わいわいと楽しそうに懐かしむ今時の子供たちは、傍から見たら稀有なものに見えるかもしれない。
コンビニ自体はどこにでもあるし、同じチェーン店なら大体が同じような外観をしているが、幼い時の記憶でもどこか感覚的なもので覚えているのかタケルの年齢でも分かるらしい。
「光子郎くんはどれぐらい光が丘に住んでたの?」
「確か、一年もいなかったと思いますよ。ほんの数ヶ月かな……」
「短いな。どうしてだ?」
「さあ……」
「ははーん、その質問には僕が変わって答えよう!」
太一が投げかけた質問に、ずずいと丈が割って入る。確かに二番目に年上の丈なら、みんなが幼くて覚えていない事でも知っているかもしれない。
肝心の一応最年長である灯緒は、この話題にはあまり触れたくないのでここは聞き手に回り、自慢げな丈の言葉を待った。
「丈先輩が?」
「でも、その時光子郎とは知り合いでも何でもなかったんだろ?」
「知り合いじゃなくったって見当はつくよ。ズバリ!光子郎一家が引っ越した理由は、爆弾テロだ!」
「爆弾!?」
「テロ、ですか?」
「爆発オチってサイテー!」
想像より物騒な単語が飛び出して、全員が驚いて丈を見た。逆にデジモン達は言葉の意味が分かっていないらしく、きょとんとしている。丈の解説は続く。
「君たちは覚えてないかもしれないけど、四年前にここ光が丘で爆弾テロ事件があったんだ。犯人はまだ捕まってないんじゃないか。うちの両親はこんな物騒な所はごめんだ!ってお台場の方に引っ越したんだ」
「……そうよ!確かうちも同じ!爆弾がどうとか言ってたもの!」
「そういえば、なんかそんなことあった気がする……」
「――違う。あれは、テロなんかじゃないよ」
「灯緒?」
触れたくはないが、そのままスルーもできずに思わず口から洩れてしまう。ただそれは、抱きかかえていたインプモンにしか聞こえていなかったらしく少しほっとした。更には、皆には聞こえなかった灯緒の言葉は、同時にけたたましく鳴り始めたサイレンにかき消されもした。
──テロではない。テロではないが、はっきりと全貌が思い出せず霧がかっているのは否定できないので、それ以上何も言えないのが本当の所だ。
アスファルトをサイレンを響かせたパトカーが数台横切って行くのを目で追う。かなりのスピードで余程急いでいるらしい。
「なんなの?」
「もしかして、ヴァンデモンが?」
今何かしらの事件があれば、デジモンもといヴァンデモンの仕業に十中八九違いない。私達はパトカーが向かった方へ少し走っていくと、そこには現実では起こりえない光景があった。
立ち往生する車の向こうに見えるのは、道路標識や信号機を薙ぎ倒し、車を踏みつぶす巨大な象──マンモス型デジモンの姿が見える。土色の長毛な毛皮に、頭部などの随所が頑丈そうなシルバーに輝く鎧で覆われていて、見るからに一筋縄ではいかない風貌だった。
「ヴァンデモンのデジモンだ!」
「あれはマンモンです!」
「ギャートルズみたいに捕まえるしかねえ!」
マンモンの姿についお腹が空いていたのでマンガ肉食べたいなと思ったが、そんなアホな発言をしている灯緒の横で、すぐさま光子郎がパソコンでデジモンのデータを調べる。
すると先程とは違うパトカーが私達の側に止まった。何も悪い事をしていないのに、パトカーというだけで私達はドキッとして緊張が走る。が、今はそんな事を言っている場合ではない。
「君たち!ここは危険だ、避難してください!」
周囲の人々が慌てふためいて逃げる中、道路でマンモンを見ながら立つ子供達が危険だと思ったようだ。応援に来たらしいパトカーが止まり、警官が声をかけてくる。
いえ私達にはデジモン達という、つおーい味方がついているので、お兄さんたちの方が早く逃げた方が……とも言えずあわあわしていると、
「もしもし、もしもし!至急応援願います!もしもし!おかしいな……」
警察官は無線を手に連絡を取ろうとしているが、無線からはノイズしか聞こえない。電波が悪いのは、恐らくデジタルな存在であるデジモンの存在が少なからず影響しているのではなかろうか。デジモンが現実に存在している今、デジタル機器の使用は完全に信頼できない。
――そこで、散々暴れまわっていたマンモンがふとこちらに振り向き、一際大きな雄たけびを上げた。
「俺達に気付いたぞ!」
「みんな、早く逃げるんだ!」
パトカーはそれだけ言うと、マンモンに車ごと踏みつぶされる前にと急発進で走って行ってしまった。
これは流石に大人だから子供を置いて逃げるなとか、諸々の理由では責められない。生身の人間じゃ到底かなわない未知の巨大生物が街を破壊している、前代未聞の状況なのだから。
「パオオオオオオオーーーー!!」
「こっちにくるぞー!」
「とおーっ!」
「やめろ!相手は完全体、コロモン達じゃ無理だ!」
「ここはアタシに任せて!」
「ピヨモン!」
「ピヨモン進化!――バードラモン!」
すぐさま反応したのはピヨモンだった。進化の後、炎を纏った巨鳥がマンモンの頭上を旋回する。敵の図体は上空からは格好の的だ。
ただ、一般人にも物凄く目立ってしまっているが、この際安全と引き換えなのだから仕方がない。
「メテオウィング!」
羽ばたきに合わせて火炎弾がマンモンに命中するが、頭部を覆う硬いマンモンの鎧と牙に弾かれた火の玉が跳ね返り、流れ弾で近くの電話ボックスを粉砕した。
──そこで、瞬時にフラッシュバックする。破壊されて瓦礫が出来上がっていく、町中でのリアルな光景が。
「…………――!」
反撃にマンモンは近くにあったバスにその牙を突き刺し、軽々と持ち上げるとバードラモンをめがけてぶん投げる。
ここでも、ぐしゃぐしゃに破壊されて横倒しになったバスの姿に既視感を覚える。勿論ここ最近見たものではなく、少し時を遡って──。他の子供達はまだ確証を得ていないが、私にはすぐわかった。それは4年前の光景だ。
突然の頭の中のもやに子供達は気を取られたが、まだ戦いは続いている。加勢したいところだが、周りの被害のことを考えると進化しずらく、バードラモン以外のデジモン達は様子見の状態になってしまっている。
「…………!」
攻防を見ていた空と光子郎は眉をひそめた。何か闘いとは別のことを考えているようだったが、今はマンモンとの闘いに集中だ。
マンモンは向かってくるバードラモンを長く屈強な鼻で弾き、牙の先をミサイルのように発射した。牙はバードラモンの体を掠め、バランスを崩したバードラモンは声を揚げながらマンションの向こうに落下していった。ここからでは姿が見えない。
「バードラモン!」
「――怪獣!」
建物の影に姿を消したバードラモンを追っていくマンモンの姿を見て、ぱちんと泡が弾けたように、唐突にタケルが叫んだ。
「怪獣が二匹!」
「何言ってるんだ、タケル?」
「……そうだ、覚えてる!昔タケルのやつ、怪獣を見たって言い張って、母さんに叱られたんだ!」
タケルの言葉に、ヤマトもハッとして再びマンモンとバードラモンを見る。
ほんとに怪獣見たんだよ、と言うタケルに彼の母は怪獣なんているわけない、夢よ夢、と一蹴するだけだったというのを思い出したという。
「だから俺は何も言えなくて……」
「それはいつのことです?」
「爆弾テロ事件の時だ」
ついに、みんなは爆弾テロ事件と、今見た光景が重なることを思い出したらしい。個人的な感情で触れにくかった話に戻ってきたが、その事件のことがかなり重要なことは理解していた。
ドスンドスンと地響きを起こすマンモンを追って近くの陸橋を上ると、無事だったバードラモンとマンモンが再び戦っている。二匹の戦いを上から見下ろせるその陸橋は、周りの建物や道路より少し新しい建物なのも、関係していたこともじわりと記憶の奥底から浮上してきた。
「ここは――」
「爆弾テロのあった場所だ」
この場所は、私にも覚えがあった。──いや、それこそこのまだ十数年の短い人生の中で最大の転換期となった出来事だった。
「この陸橋が……」
そうこう言っているうちに、バードラモンとマンモンの闘いは激化し、陸橋近くまで迫ってきていた。巻き込まれる前に安全な場所へと移動すると、案の定陸橋にバードラモンの火炎弾が当たり弾ける。
「あの時もこんな感じだった!」
「あの時と同じだ。火の玉が陸橋を壊したんだ!」
「いや、あの時火を吹いたのは飛んでた方じゃない!もう一匹の方だ!」
「そうだ!戦ってたんだ。何かと、何かが!」
「…………」
目の前の光景に感じるデジャヴに、みるみるうちに記憶がよみがえる。巨体と巨体がぶつかりあうのを、この場所で見たことがあるのだ。
そうか、私は思い違いをしていた。今重要なのは『4年前の爆弾テロ事件』ではない。その真相の、デジモンが現実世界で戦っていた、という事実の方だ。
マンモンの鼻をバードラモンが掴みかかる。鼻から冷気が放たれ、それをバードラモンは上半身にまともに浴びてしまう。炎に包まれている体も、至近距離で食らってしまえばかなり厳しい。凍る体がそのまま背後の陸橋をなぎ倒し、大きな破壊音を周囲に響かせて陸橋が崩れていく。
「バードラモン!」
「空……っ!」
窮地に陥ったバードラモンに、空が叫ぶと同時に胸の紋章が光りを帯びた。
「バードラモン超進化!――ガルダモン!」
更に巨体へと変貌したガルダモンめがけてマンモンが遂に最終兵器らしいミサイルを放つと、ガルダモンは側にいた空と太一、コロモンを覆い庇う。
まともにミサイルを受けたが、完全体へと進化した体は非常に屈強で、その体には傷一つついていない。力こそパワー!
「ガルダモン……!」
庇った二人と一匹が無事なのを確認すると、ガルダモンは再びマンモンに向き合った。
ガルダモンとマンモンの姿が4年前の光景と重なる。そこから更に思い出すのは、巨鳥型デジモンともう一匹、そのデジモンは何度も見ているデジモンだったのではないか。
「あの時見たのは、怪獣なんかじゃない。あの時助けてくれたのはグレイモン……?そうだ、グレイモンだ!」
「そうだ!」
「確かですよ!」
「ああ!」
飛び立ったガルダモンの姿は巨体に似合わず身軽で、くるりと空中で体勢を変えるとマンモンをその太い両足で掴む。パニックになったマンモンはガルダモンを振り落とそうと藻掻き走り回るが、がっしりと毛を捕まれ落とすことができないでいる。
「あの日、うちにコロモンが来たんだ。コロモンはアグモンになり、そして……グレイモンになって、もう一匹のデジモンと戦ったんだ。そうだ、間違いない!」
そうだ。太一達とはじめて出会い、そしてはじめてグレイモンの進化を見た時の、あのざわついた感情は――。
マンモンの巨体を軽々と持ち上げ空中へと連れ去っていくガルダモン。周囲のマンションよりもずっと高い位置でその手を離し、重力に逆らえないままマンモンは地面に叩きつけられた。その隙を逃さない。
「シャドーウィング!」
反動で動けないマンモンにトドメを差す。巨鳥の影がマンモンを包み、デジタルワールドと同様にマンモンの姿は砂のように分解され消えた。
力を使い果たしたガルダモンは空中でピョコモンへと退化し、空が慌てて真下へ走りキャッチする。
途端、先程までの地響きや破壊音は止み、遠くから聞こえるサイレンや人々の声以外には、この場にしんとした静寂が訪れる。この場のみんなが数年前の『爆弾テロ事件』に思いを巡らせていた。
「闘いの後、二匹はどこかへ消えていった……」
「そうでしたね」
「それで爆弾テロってことになったのか!」
所謂、大人の事情というヤツである。事件の処理に都合のいい表向きの言い訳だったわけだ。
平和な日本には珍しい爆弾テロという事件の勃発で一時期はその話題で持ち切りだったが、日々の色んなニュースが重なっていく度に徐々に風化していく、よくある事件の一つにすぎない。
ただ、私には世界の全てがひっくり返る程の事件であったことは間違いないのになと、瓦礫の山と化した道路と崩れた陸橋に視線を送る。
「光のやつ、コロモンのこと知ってる訳だよ。あの時会ってたんだ!」
「会ってたの?」
「きっと別のコロモンだよ。でも、最初に太一に会った時とっても懐かしい気がしたんだ」
太一に抱えられているコロモンは、本当に大切に思っていると分かる目を太一に向けていた。
デジモンは死ぬとデジタマに還り、またデジモンとして産まれる。そのため、前世かそのまた先祖か、もしかしたら本当に繋がりがあるのかもしれない。こちらと向こうとで時の流れもかなり違うのだから、そう信じてもいいはずだ。
「懐かしかったんなら、何か関係はあるのかもねぇ」
「……なんか、さっきから随分大人しいじゃんか。拾い食いでもして腹でも痛いのか?」
──ドキリ。
いいや、これはいつもの軽口だ。落ち着け落ち着け。
「私は食いしん坊キャラか!失敬な!何でもないよ、ものすごく個人的な話だから」
「ねぇ灯緒さん、さっきからずっと泣きそうな顔してる。隠し事はなしだよ。僕達仲間なんだから」
「――へっ?」
そこで言葉を遮ったのは、意外にもタケルだった。
というのも、タケルは私達一行がデジタルワールドと現実世界とで離れ離れになっている間に、色々な困難が重なり随分と成長したらしいと話は聞いていた。ヴァンデモンの城でも数多の敵に怖気づかずにエンジェモンと活躍していたのは記憶に新しい。
真っ直ぐこちらを見つめる大きな瞳に、年相応でない強い意思を感じて、これは嘘はつけないとまたドキリとした。いつ、こんなにも成長したのだろうか。
「いや、いやいやいや全っ然泣いてないよ!本当に個人的というか、今この件とは直接は関係ないことだし!無意味に暗くしちゃう話題だから別に言わなくてもいいかなーって」
「……お前、いい加減痛ぇんだよ!無意識に締めてんじゃねー!」
無意識に力を入れ過ぎていたようで、抱えていたインプモンがようやく口を開いて、腕から抜け出した。そういえば、一応以前インプモンには話していたことだったので、先程からの灯緒の煮えきらない態度に我慢できなくなったのだろう。
いや、何もこんな時に話すこともないだろうと、落ち着いた時にでも話題になれば話せばいいかぐらいの認識だったから、と言い訳しか出てこない。
光が丘に来て、記憶が蘇って、つい気持ちが4年前に釣られてしまっていた。無理に見て見ぬフリをしていたのを隠しきれなかった。いつまでも付き纏う影が、視界の端にチラつくのが嫌だったんだ。
目の前の子供達の著しい成長と比べて、私ときたら何だ、その体たらくは。
「つーか、別に言えばいいじゃねーか。今更だし」
仲間なんだろ。と続く言葉は私にしか聞こえないくらいの小声。こちらに振り向いたインプモンは、いつものようにムスッと顰めっ面だった。その普段通りの態度が私をいつもの調子に戻して、安心させてくれる。
「灯緒さん、僕達ちゃんと聞くから。話してみてよ!」
「僕からも。よろしければ話してくれませんか」
「そうよ!灯緒ちゃんのこと知りたいの。だって友達だもの!」
それぞれが既に灯緒の話を聞くつもりでいた。今まで沈んでいた単純な脳が水面へと引っ張り上げられる感覚になった。──大丈夫、みんなに言ってどんな反応されようが、成長している子供達を信じるんだ。今までもこれからも。
「──わかったよ、と言っても別段難しい話じゃないんだけどね。4年前の爆弾テロ事件、もといデジモン同士の戦いだね。あの事件の時、実はたった一人だけ怪我人が出ていたんだ」
「あれ?でも、僕の記憶では誰も被害が無かった気が……」
「事件直後の報道当初はね。でも実の所巻き込まれて怪我を負った人が一人だけいた。んで、それが私のお父さんなんだけど」
世間話のように、軽くいつもの口調で言うも、言葉を聞いたみんなはわかりやすく顔を変えた。眉を顰めたり、驚いて目を見開いたり。優しいみんなをそんな風にさせたくなかったから言いたくなかったのだが。
「だから、つまりは……ここが父の亡くなった縁のある場所ってこと。厳密には何ヶ月も後に病院で、だけど」
ついそんな様々な表情を見ていられなくなって、目の前に広がる瓦礫を視界に入れて誤魔化した。覚悟を決めたつもりでも、つい受け入れられない自分の弱さが情けなくなる。
道路に転がる沢山の瓦礫に巻き込まれるのを避けようと、ハンドルをきって避けた先で瓦礫に衝突しぐしゃぐしゃに形を変えた歪な自動車。それは父の元へ急いで来た自分が見たもの。
待っても待っても家に戻って来ず、私は迎えに行こうとマンションを出たその先で、父はひしゃげた自動車の中で既に意識を失っていた。今の風景は当時とよく似ている。
「ほら、人々の興味があるうちはニュースとか特番とかでばんばん放送するでしょ。でも日々新しいニュースは入ってくるし、日が経つにつれて話題性が無くしていくニュースは、その後の続報も興味を持たれなくなっていく。だから、事件後に被害者に何かあってもニュースに取り上げられないことってよくあるんだよね」
ぺらぺらと、よくもまあ口の回ること。湿っぽい空気が嫌で、よく喋る割には口の中がからからだった。
そうして見向きもされなくなることが、被害者にとって良いのか悪いのか、それは頭の悪い灯緒には未だわからない。わからないが、そのニュースが持ち切りの時に周りがずっと騒いでいるのを物陰からじっと見ていたからか、当時から不思議と自分は落ち着いてはいた。現実味を感じていないとも言えるかもしれないが。
今は、そのこと自体はそれなりに受け入れられていると信じている。ただ、
「事故からかなりの日が経って怪我人が重篤になって、死んでしまっても、もう誰も興味関心なんて持っていないから知らないのも当然なんだよね」
いつもの軽口のように言うつもりが、少しうまく笑えなかった。
話し始めると意思に反して口が止まらないということは、即ち心の奥底ではまだ未練がましく思う所がある証拠に他ならない。一生付き纏う可哀想な被害者の娘というレッテルを捨てたいのに、事実まだ子供の私はすっぱり切り捨てられていないのだ。
「……ほ、ほら〜!湿っぽい空気になっちゃったじゃん!こんな陰気な話題やめやめ!私達は今早く行かなきゃならないんだから、のんびりくっちゃべってる暇はないんだってば!LET'Sお台場〜!」
さっさと話題を切り上げようと、無理矢理いつも通りの調子に戻すも、全員が俯いていた。ほら、今からヴァンデモンの計画阻止という大義の為に行動せねばならないというのに、無駄にみんなの気力を削いでどうするんだ!
「灯緒」
「うん?」
「話しにくかっただろうに、話してくれてありがとうな」
「……やめてよ〜!そんな風に気を遣われるなんて、私のキャラじゃないってば!ほら、私って馬鹿でアホだし、いじられて光るタイプというかさ!いや自分で言うなってツッコミ大歓迎……ちょ、太一くん?」
わしゃ、と突然灯緒の頭に手を置いたのは太一だ。お兄ちゃんがいるとするならこんな感じなんだろうか、と突然のことにふと考えが変な方へ飛んだ。それでも太一は少し乱暴な力の入れ具合で、わしゃわしゃと灯緒の髪をボサボサにしていく。
第一、私だけが悲劇のヒロインぶって辛いわけじゃない。みんなそれぞれが言っていないもの、言えないもの、抱えているものはあるのに、自分だけ吐き出して甘やかされるなど、これでは不公平だ。私だって、みんなの支えになりたいのだから。
「…………と、年下扱い禁止ィーー!誰が豆粒ドチビかー!!わ、私、一応一番年上なのに、何がどうしてこーなるの!?」
「わははは!すっげぇ頭!元気出たか?」
「う、ぐぬぬ……!」
そんな優しくされるともう四の五の言わずに、元気を出すしかないじゃないか。優しいみんなの視線に顔がカーっと熱を帯びているのが分かる。人体自然発火だあああ!
わかった、わかったよ!今までお荷物になりたくない、支えになりたい、一緒にいたいという欲望ばかりが私を突き動かしていたが、これからもやってやる!優しいみんなに付き纏ってやるんだからなー!と、緩くなる口をぐっと堪えながら負け惜しみを心の中で叫んだ。
――と、その時。瓦礫ばかりとなった街に再びウーウーとけたたましいサイレンの音が大きくなる。パトカーがまた戻ってきているらしい。
「って、悠長にしてたらパトカー来そうだよ!?」
「まずい!捕まると色々聞かれるぞ!」
「すぐには帰してくれないですよね!」
「逃げるんだ!」
走り出すや否や、もうすぐそこまでパトカーや消防車などが走ってくる姿が見えた。ここにいて捕まりでもしたら、私達が遭遇している夢物語のような話を信じてもらえるかどうかから始まるし、何を聞かれるかわかったもんじゃない。
私達は話を慌てて切り上げて、マンモンとの戦いでめちゃめちゃに破壊されたその場から一目散に逃げた。
「灯緒さん、大丈夫?」
「ありがとうタケルくん、大丈夫だよ!お陰で元気勇気100%だって!」
「いや……頭がすごいことになってるぞ」
「太一くんが犯人ですが!?」
ガッカリしてめそめそして元気になったと思ったのに、思い切り振り向けば太一はすまねぇ!と笑った。思いっきりわしゃわしゃされた頭は非常に滑稽だったらしい。アフロヘアーになってしまう、そして鼻毛真剣の使い手になっちゃう!
パトカーのサイレンがまだ遠くで反響して聞こえるものの、一先ず落ち着ける場所として川辺の土手に移り、円陣を組んで情報を整理する。
「いいよもうハジケリストで!はい、とりあえず情報を纏めましょ!参謀殿、どうぞ!」
「え!あ、はい。前々から不思議に思ってたんです。キャンプにあれだけ子供が来てたのに、どうして僕達だけが選ばれたんだろうって。でも、今日謎を解く手がかりがやっと掴めました」
「四年前の事件……!」
「ええ。僕達には四年前既にデジモンと会ってたという共通点があるんです」
情報を丁寧に整理していく光子郎の言葉に、全員考えが一致していた。偶然というには、あまりにもみんなのプロフィールが合致していたという訳だ。
揃いも揃って爆弾テロ事件もといデジモン同士の戦いの目撃、そして光が丘からの引っ越し。中々これらが8人纏めて経験しているとは偶然と片付けられない。
「それじゃ、ひょっとして9人目も……」
「間違いなく、あの事件の目撃者のはずです!」
「だったらもうヴァンデモンが見つけちゃったんじゃないの?事件を見てたんなら、光が丘の子だろ?」
「それはちゃいまんな。マンモンがあないなところ一匹でウロウロしとったっちゅーことは、他の連中は9人目を探してあちこち行ったっちゅーことですわ」
モチモンの言う通り、仲間もおらずマンモン一匹でいたところを考えると、恐らくお台場を中心に東京中にヴァンデモンの手下たちがうろついているのだろう。
さて、情報整理は済んだ。後は、ヴァンデモンよりも早く9人目を見つけ出すことが最優先だ。
光が丘に来てどの程度情報を得られるかと思っていたが、これは予想以上の収穫だった。情報以外でも、4年ぶりの光が丘は成り行きとはいえ灯緒にとっても当時を鮮明に思い出すために、一度訪れて良かったのかもしれない。
そんな思いを胸に、再びパートナーを抱きかかえた。
「見つけるんだ!あいつらより早く、9人目の選ばれし子供を、俺達の仲間を!」
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