digimon | ナノ

01 「チョベリグって感じィ!」マンモン光が丘大激突!

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 リアルワールド──私達の住む現実世界に無事帰還した選ばれし子供達一行。
 おー!と円陣を組んで意気込んだのはいいものの、さてここからどうすべきか。私達はひとまず祠の前で現状を整理することにした。
 辺りには木の下など所々に雪が積もっているおかげか、それなりに山奥だからかは分からないが、時折涼しい風が吹いてきて居心地が良い。これなら真夏のキャンプだって苦じゃないな、と久々の現実世界の空気を堪能する。ラジオ体操第一!身体を開いて深呼吸ー!ひっひっふー!


「まさか、ヴァンデモンがもう9人目を見つけてるってことは無いわよね……」

「計算では、ヴァンデモンが光が丘に出現してから僕達がここに現れるまで、一分と経ってないはずです。時間の流れが違いますから」

「時間の流れが違って助かったよね、不幸中の幸い?」


 光子郎の言葉に全員が頷く。
 太一と灯緒が一度現実世界に戻った時も、ほんの数時間も居なかったのにデジタルワールドでは数ヶ月経っていたそうだ、と聞いた話を思い出す。その時は残りの皆には酷く迷惑をかけたが、今度は逆にその時間の流れの違いに助けられたというのも皮肉である。
 デジモンワールドでの体感ではヴァンデモンに1日遅れをとっているものの、現実世界ではほんの数分程度の誤差程度でしかないらしい。つまり、有り難いことに運はこちらの味方だったようだ。


「問題は、どうやって光が丘まで行くかだ。ここからだと結構距離あるぞ」

「でも……本当に今日はあの、キャンプの日なのか?何ヶ月も向こうの世界に居たのに」

「そうよね、時間の流れ方が違うって言われてもなんかピンとこなくて……」


 丈やミミは眉をひそめながら辺りを見渡すが、別段変わったものはそれこそ真夏の雪くらいしかない。また、こんな山奥では時間の経過が分かるものなんて太陽の位置くらいのもので、わりかし真上にある太陽を見てもピンと来ないのも無理もない。
 うーん、人に聞ければ簡単に分かるのにな、と考えた所でピン!とくる。


「ティンときた!ねえねえ、皆ここでキャンプしてたんでしょ?近くに誰か知り合いとか居るんじゃないの?」

「それだ!キャンプ場の方見てくる!まだそんなに時間は経ってないはずなんだ!」


 灯緒の言葉に更にピン!ときた太一は、みんなの返事も待たずにさっさと階段を駆け下りていった。いつも通り、思い立ったら一直線な彼だ。
 だが、一足先に太一が階段を降りていくのを見送るでもなく、残りの全員もぞろぞろと連れられて歩き始めた。
 怪訝な表情で振り返った太一へ向かってデジモンたちも階段を飛び跳ねながらぴょんこぴょんことゴム鞠のようについていくと、


「わっ!」

「コロモン!」


 コロモンがバランスを崩し、階段の下にいた太一はすぐさま振り向き見事キャッチ。
 後ろを振り返った太一が、ここにいるメンバー全員が着いてきていたことに気がつく。カルガモの親子というよりは、まるで勇者の後ろをぞろぞろ歩くRPGのようだ。棺桶にはなりたくはないが。


「みんなで来ることないだろ」

「そんなこと言ったって……」

「僕は班長として……」

「やっぱり気になりますから。僕らがいない間にどうなっているのか」


 それぞれが言い訳じみた事を口走り、どことなく全員がそわそわとしている。数カ月もの間デジタルワールドに居たのだ、無理もない。


「こいつら誰かに見られたらどうするんだよ?」

「あっそうか、すっかり違和感無くなってて忘れてた!」

「あのなぁ……」

「八神ー!」

「!」


 太一が指摘するやいなや、私達の中の誰の声でもない、灯緒は初めて聞く声が響く。低い大人の男性の声だ。それは前方の階段下の離れたところから太一の名前を呼んでいた。


「先生!」

「藤山先生だ!」


 呼吸を乱して階段を駆け上がってきたのは中年の男性。太一達の先生ということは、サマーキャンプの引率で来ている学校の先生ということだろう。明るくてお調子者そうな、それでいて怒ったら厳しそうな雰囲気の男性だ。


「先生ー!」

「馬鹿も〜〜ん!!後片付けもせんでこんな所でなにブラブラしている!!」


 こちらとしては数カ月ぶりの感動の再会の気分で、藤山と呼ばれた先生に笑顔で駆け寄っていく太一。
 だが、生憎一世一代の大冒険をしてきた子供達の高揚した気分など微塵も伝わる訳もなく、いきなり怒鳴られて思わず太一は尻もちをついてしまった。たが、その様子からはどことなく、日頃からお互いに怒り怒られ慣れている感じだと予想できた。


「えっ、そ、それは〜、その……」

「後片付けって?」

「わっ!?」


 ポロッと声を零したコロモンに、太一が慌てて口を抑える。幸い、目の前だというのに藤山先生は太一ばかりを注視しており、コロモンの声には気が付かない。一連の流れを後ろで見ていた一行は内心ホッとする。


「この雪でキャンプは中止と決まっただろう。他のみんなは帰り支度をはじめているぞ」

「そ、そうでした!はははは………」

「なんだ?その薄汚いもんは?」


 ここで、私達が抱えている謎の物に気付いたらしい。藤山先生が言う『それ』は、十中八九デジモンのことだ。太一の腕で口を塞がれて大人しくしているコロモンをまじまじと見ては首を傾げた。
 大人しく、といっても流石にそれが生き物だとは藤山先生は夢にも思っていないだろう。私達が始めてデジモン達と対面した時を思い出した。懐かしいなぁ、もう多少変なことが起こっても新手のデジモンか!?となるだけでそこまで驚かないし、自分達が慣れてしまった分逆に新鮮な反応を見てみたい気もする私がいる。初見さんいらっしゃい!


「おもちゃか?」

「そうそう!ははは!」

「──ワテらのどこが薄汚いねんむぐぐ」

「駄目ですよ口きいちゃ」

「人形のフリしてろ」


 藤山先生の悪気のない辛辣な言い様に、ついムッときたモチモンを光子郎がそっと制した。同じようにヤマトも何か言う前にツノモンの口を封じた。
 デジタルワールドではサバイバル生活を強いられていた事だし、洗濯はおろか常日頃から身なりを綺麗にすることも中々出来ずにいたので、私達も含めデジモン達は薄汚い……いや結構汚いかもしれない。汗、砂、土、泥、その他諸々色んなものまみれだ。いや、土は綺麗なもんだべ!


「これはその、ぬいぐるみなんです!」

「見れば分かるって」

「捨ててあったのを見つけたのよね!」

「そ、そうそう!山の奥深く、人も通わぬ辺境の地に捨ててあったのを艱難辛苦の上にようやく手に入れたのですっ!」


 なんとかして誤魔化そうと、全員で冷や汗を流しながら口々にあることないことを唱えた。特に丈は無駄に小難しい言葉を使う辺り、かなり混乱していると見た。
 ある意味、辺境の地に行って来たというのはあっている訳なので嘘はついていない。何せ人類未踏の地に行っていたのだから!ウェルカムニューワールド!


「人も通わない所に捨ててあったのを、どーやって見つけたんだ?」

「それぐらい大変なところにあったってこと!そーだよな、みんな!」

「そ〜〜!!」


 全員がニコニコと笑いつつ、口を揃えて太一に全力で同意する。ひくひくと口角が釣りそうなくらいだ。
 と言っても、藤山先生はふーん?と声をもらしただけで、そこまで気にしている様子ではない。それはそうだ、まさかこのぬいぐるみ達が生きて人語を喋るだなんて、普通は想像しないだろう。


「ほ、ほら、妹のヒカリが急に来れなくなったでしょ?だからキャンプ土産にと思って!アイツこーゆーの好きだから」

「ああ、風邪引いてるんだったな」

「もう良くなりました!俺のオムレツ食わせてやったから!」

「お前が?」

「……!」


 ば、ばかー!それは時系列的に考えて矛盾している!まずい!オムレツは美味しいが!と口には出さずにツッコんだ。
 コロモンも何か察したのかもぞもぞと動いた。一度現実世界に戻った時の出来事だとすぐに気がついたのだろう。時間軸がおかしいことに太一もすぐにハッとして、また愛想笑いを貼り付けて口をひくつかせた。長く笑顔を貼り付けていると、いい加減顔の筋肉がつりそうだ。


「キャンプに来る前に、そういうことですよ。へへ、へへへへ……」

「妹のお土産かぁ……。ん?あれ、君はどこの子だ?」


 と、しみじみとして視線を上げた所で、藤山先生の視線のターゲットになったのは階段の上側に居た灯緒だ。
 もちろん初対面なのでこうなるだろうと構えていたが、一体何から話せばいいのかちゃんと決めておくべきだったな、と心の隅でアチャーと苦笑いする。
 引率の先生なのだからキャンプのメンバーなどという嘘は通じないし、一体どうしたものか。急にグルグル目になって滝のように汗が吹き出した。ウニョラー!


「は、はい!ご指名に預かりましてどうも!はじめまして、矢吹灯緒といいます!オラ5歳!皆とはさっき会ったばっかりなんですけど色々とそう本当に色々とありまして!なんというかもうマブダチみたいなズッ友的な!めちゃめちゃ気が合っいましてですねへへへ!!」

「どうどう、落ち着くんだ灯緒くん」

「おいもっとフツーにしろ、フツーに……」


 丈からのツッコミに加え、横からヤマトに小突かれる。緊張すると自分でも何を言っているのか分からなくなるのが私の悪い癖だ!自分でも非常によく分かっている悪癖なんだー!
 藤山先生は緊張を察したのか、灯緒に視線を合わせるように少し屈んでにっこり笑った。これは子供に対して安心させようという子供慣れした大人の対応、つまりちっちゃい子扱いである。曲がりなりにもこの中で一番年上の中学生に対してのその扱いが、小学生低学年レベルであると気付いたミミや太一がぷくくっと笑っていた。ち、ちくしょう!覚えてやがれー!


「へえ、じゃあこの辺の子なのかな?」

「えーっと、いやあ、そういうわけではないんですけども……!私もここに今流行りのゆる〜っとソロキャン的な遊びに来たようなもんなんです!こう、フラフラ〜っと自分探しという名の流浪の旅に」

「一人で!?まだこんなに小さいのに、お父さんお母さんは何して……」

「ええっと!この辺りで会ったんですけど、どうやら迷子みたいなんです。だから近くまで案内してあげようと思って」

「そう!そうなんです!いやあ優しい子達に会ってラッキークッキー八代○紀ですわ!危うく一人で幻覚のプリンス達とドキドキなサバイバルするところでしたワハハ」


 あばばと口がこんがらがっている灯緒を見かねた空の助け舟に感謝する。そう!その設定で油断せずにいこう!みんなが気を利かせてくれて本当にありがたい、だって胸にジャッジメントチェーン埋め込まれてるから嘘はつけないんだよ!


「そうなのか、良かったねいいお友達ができて。安心安心!じゃあ君も気を付けて帰るんだよ」

「はーい!ははは……!」

「それじゃ、帰り支度が出来たら全員駐車場に集合だ」

「はい!」

「グズグズするなー!」

「は〜〜い!」


 元気よく全員で声を合わせて返事をすると、そう言って先生はさっさと行ってしまった。なんだかんだで面倒みの良さそうな人当たりの良さそうな先生で助かった。
 ようやく嵐が去って、ほっと胸をなでおろしていると太一がへらっと笑った。


「灯緒敬語話せたんだな!藤山先生ってそういうとこ厳しいんだぜ〜。あーヒヤヒヤした!」

「なにをー!?そりゃあ最近の子供は日本語が乱れているとかなんとか言うけどそのくらい普通にやる時はやったるわい!チョベリグって感じィ!」

「今アホみたいに乱れてんぞ」


 太一の言葉を聞いて、アホな発言連発しても結果なんとか誤魔化せて良かったとつくづく思う。
 というか、ある程度敬語ができなくても灯緒を実年齢よりもかなり下に見ていた様子から、多少変なことをやらかしても、まぁ先程の太一のようには怒られないだろうなぁという気がする。
 太一が先生からすると怒りやすいキャラというか。そういう子クラスに一人はいるよね。


「でもどうやって光が丘に行くのー?」

「ヘヘッ、いい方法があるんだ!」


 わざわざ来てくれた先生には悪いが、こちとら栄誉ある選ばれし子供達として、やらなければならない超重要な優先事項があるのだ。
 光が丘へ急行するため、太一はまた得意気に笑顔を見せた。











 キャンプ場の側の駐車場に辿り着くと、そこは大勢のキャンプ客で賑わっていた。一つ想像と違うのは、夏なのにここも真冬を思わせる一面雪景色だということだ。
 自分も一時的に現実世界に返ってきた時に、アイスデビモンとの遭遇で吹雪に遭ったこともありみんなの話を疑っていた訳ではないが、本当にこの真夏の時期に雪でサマーキャンプが中止になるという嘘みたいな話が起こっていたんだなぁと、この景色で実感する。
 麓の駐車場には、子供達が乗ってやって来たというカラフルなバスがずらりと並んでいる。その周りには子供の割合が多いが老若男女の人影がいくつもあった。


「いいか?他の人間の前じゃ絶っ対に喋るんじゃないぞ?」

「うん」

「わかってるって!」

「ぬいぐるみのふりしてればいいんだよね?」


 きゅるん、としたポーズのパルモン。うーん、サイズ的には抱き枕レベルの大きさだけど、可愛いからヨシ!
 デジモン達には全員ぬいぐるみのフリをしてもらうことになったので、長距離移動中のバス内など、私達以外の人がいる所ではずっと我慢をしてもらわなければならない。見るものみんな新鮮で騒ぎたい所だろうに、ちょっと可哀想だ。


「インプちゃんも大人しく良い子にしててよ〜」

「オメーに一番言われたくねぇ言葉だな」

「ぐうの音も出ない正論!」


 抱っこちゃんのようにインプモンを抱える。流石に場所をわきまえているのかされるがままだが、ぎゅーっと強くしたりぐりぐりしたら軽く蹴りを入れられた。
 アグモンやガブモンなどのガッシリ体型タイプの成長期に比べて、インプモンは軽く小柄な姿のため、こういう時に役に立つとはありがたい。とりあえずぬいぐるみ抱っこ体制で行く。仕方ないと諦めさせての合法的抱っこである。今日はインプモンで優勝していくわね!


「は〜〜……」

「うわぁ太一ぃ!」

「だから喋るなって言っただろ!」

「でも、あんなに子供達がいるんだもん」


 バスの周りに集まる大勢の子供達に、デジモン達は目を白黒させている。それだけならいいが、素直で直情的なデジモン達は思わず声を上げてしまった。
 デジモン達にとっては見るもの全部が興味の対象らしく、つい声が漏れるのも無理はない。この様子ではデジモン同士の戦いなどと違う意味でハラハラしそうだ。


「人間の子供ってあんなにいたの!?」

「これぐらいで驚いてもらっちゃ困るわ。世界中にはこの何万倍、ううん、何百万倍もの子供がいるんだから」

「えええ〜〜っ!?」

「何百万人もの空……!?」

「あたしは一人っ!」


 ピョコモンが恐ろしいことを妄想しだして、思わず空がツッコミを入れた。確かに、これで驚いていたら魔都TOKYOの人波ビッグウェーブど真ん中にでも行った時どうなってしまうことやら。
 ところで年二回開催されるコミケという人波に揉まれに揉まれる祭典があってだな……。


「インプモン、私も一人だから安心してね」

「心底安心した。この世界が崩壊するとこだったぜ……」

「崩壊!?」

「街に行けば大人も子供ももっともっと沢山いるんだよ〜〜」

「えーっ!!」

「えー!みっちゃーん!」

「いった!」


 タケルの言葉に驚いていたデジモン達の声よりも、更に大きな声を上げたのはミミだ。キラキラと目を輝かせながらパルモンを押し退けて、押されて倒れるパルモンも全く眼中無く、ミミはバス近くにいるとある女の子グループに一直線に走っていく。


「会いたかったぁ〜っ!」

「へ?さっきからずっと会ってるじゃん」

「どうしたのー?」

「さあ?」

「たー子ぉ!元気してたー?あははははっ!」

「ちょっとミミ〜……?」


 私達、いやミミからすれば数カ月ぶりの感動の再会だが、いきなり強く抱きつかれた友達はきょとんとして、いよいよミミがおかしくなったかとでも言うように困惑していた。
 ミミの嬉しさが込み上げてくる気持ちも分かるが、それよりも尻もちをついたパルモンがプンスカと怒っている。それはそう。


「ったく、ミミったらぁ……!」

「こっちじゃ時間は経ってないってあれ程言ったのに……」

「気持ちは分かりますよ。でも、早く光が丘に行かないと」

「そうだよ、善でも何でも今は急げ!早くバスに乗らなきゃ!」

「よーし……。先生!藤山先生!」


 友達と談笑しているミミは>そっとしておこう。それよりも私達がやるべきことはヴァンデモンがいるであろう『光が丘』に行くことだ。
 光子郎の言葉に頷くと、太一はバスの運転手と話していた藤山先生に駆け寄る。というか、めちゃくちゃキャンプ部外者の私もバス乗せてもらいたいところなのだが、果たして許可してくれるだろうか。もし無理なら一人だけ別ルートで光が丘に行かなきゃならないことになると思うととてもつらい。


「途中下車していいかな?あと、こいつ……灯緒もバスに乗せてってくんないかな」

「途中下車?ダメダメ!先生はみんなを連れて帰る義務があるんだ。君は親御さんと来てないって言ってたな。まだ小さいのに危ないじゃないか」

「はいっ!その点はものすごくベリー非常に反省してます!そこでよろしければ帰りの方向が同じなのでついでにバスをご一緒できないかと!」

「うう〜ん……心配だし、それなら仕方ないな……」

「やっぱチビだから……ぐえっ!」


 えっ快諾!?そんな簡単に良いの!?あまりにもぽんと了承を得られて拍子抜けしてしまった。小さい子扱いされていたと思えば、私は一体どう見られているんだ。正真正銘の着の身着のままの児童だぞ!いや生徒だぞ!と内心キレながら、こっそり悪口を呟いたインプモンに首絞め技を決めた。
 私のことは意外にも問題ないということだが、藤山先生が返事を渋っているのは太一の方だ。


「そんなこと言わないで、ね、頼むよ。光が丘団地の近くでいいからさ!」

「光が丘?なんでそんな所に?」

「えっと、そこに私の愛しの我が家、マイホームがあるんです!」

「俺は、そ、その、昔住んでたんだ!ちょっと懐かしくなったもんで」

「わかった、君はそこで降ろしてあげるよ。だけど八神はなあ……」

「お願いします!」


 ここにいないミミを除く、みんなで揃って先生に声をかけた。デジモン達を抱えながら、藤山先生に深く頭を下げる。
 とにかく今私達は一刻も早く光が丘に行かなければならないのだ。頭だっていくらでも下げてやる!手のひらだってくるっくるドリルだ!


「お前らもか」

「はい!」


 一同に懇願され、それでも許可を出せずに腕を組んで唸っている藤山先生。
 引率の先生として、許可し辛いラインだというのは重々承知だ。だが、帰りのバスなので最終目的地に帰るまでの途中下車は基本可能なはず。むしろ灯緒に許可を出してくれた時点で希望はある、と信じたい。
 と、ここで予想外に助け舟を出してくれたのは、すぐ側にいたバスの運転手のおじさんだった。運転手は手の書類を確認しながら、


「光が丘だったら近くを通るなあ。関越自動車道から外環道路に入る時に大泉を通りますから、そこからだと光が丘まで歩いて行ける距離ですね」

「!」

「じゃあ運転手さん、そこで降ろして!」

「こら!まだ許可した訳じゃないぞ!」

「えー」


 運転手のルート提案にパァッと顔を明るくした私達だが、そこにすかさず割って入ってくる藤山先生。運転手さんは良い人じゃないか!先生の鬼!悪魔!高額納税者!


「先生お願いします!どうしても見ておきたいんです。両親が離婚する前、家族仲良く暮らしてた場所を!」

「お兄ちゃん〜〜ッ!」

「タケルッ……!」


 突然ヤマトとタケルが、目に涙を浮かべながらひしっと抱きしめ合う。なんて美しい家族愛なんだ……!これで情を動かされないなんて絶対おかしいよ!
 先生も流石に少しウッと唸り、同時に丈もハッと目を見開いていた。あれ?


「先生、お願いします!光が丘で降ろしてください!僕が責任を持って送り届けますから!」

「……ま、6年の城戸がついてるなら大丈夫か……。ちゃんと親には連絡しとくんだぞ。そっちの君も」

「はい!ありがとうございます!」

「ありがとうございます!助かりますー!」


 ここで優等生の丈の活躍だ。学校ではピカイチの優等生なのだろう、普段の行いが良い方向に向いて、丈の先生から信頼されていることがよくわかる。
 丈のダメ押しのお陰で、ようやく先生は折れてくれた。やったねバッチリ好印象!


「わかったわかった……」


 やれやれ、負けた負けた。といった風に先生は退散してしまった。なんだかんだで良い先生じゃないか、良かった!
 先生が去った後、太一はまだひしっと抱きしめあっていた兄弟に半笑いで声をかけると、やっと兄弟二人も笑いながら離れた。


「…………──やった!おい、いつまでやってんだよっ!」

「どーゆーこと?」

「ああでも言わなきゃ、許可してくれそうも無かったからな」

「えへへへ」

「じゃあ、お芝居だったのか……?僕はてっきり本当だと思って先生に必死で訴えたのにぃー!」

「まあまあ、上手くいったからいいだろ〜」

「そうそう!結果丈くんのお陰みたいなもんだったじゃん!流石優等生!」


 ずれた眼鏡を直しつつプンスカと怒る丈を、太一がどうどうと抑える。普段クールなヤマトが思いっきり涙するというあんなに分かりやすい芝居だったのに、すんなりと騙される丈先輩マジ先輩。
 そんなこんなで私達が先生から許可を得ている間に、ミミは友達らと一緒にバスに乗り込んでいた。ミミはすっかり私達やデジモンのことは忘れているようだ。


「あははは、え〜そうなの〜!」

「もーっ、ミミったらアタシのこと忘れて……!あっ待って!」

「しー!」


 パルモンが慌てて追いかけようとするが、それをこちらが慌ててストップをかける。ぬいぐるみという設定なので、そのまま行ってはマズイ。バスの中では座席にいるのも大きすぎて不審に思われそうなので、成長期の大きなデジモンは頭上の荷物置きスペースに、幼年期デジモンはそのまま膝や席に持ち込む形にした。
 ちなみに、インプモンは成長期だけど比較的小さいのでそのままお膝コースである。律儀に声を出さないを守っていることをいい事にベタベタしていたらまた蹴られた。コイツ、足癖悪すぎないか!?
 時間になってバスも発車し、バスに揺られながら無言で地味な戦いを繰り広げている私達を尻目に、光子郎や太一はデジヴァイスやパソコンをチェックしていた。


「大丈夫です。こっちの世界でもちゃんと作動します」

「そうか」

「デジヴァイスも反応してるわ」


 隣に座る空のデジヴァイスがピピピと音を立てている。私もポケットから自分のデジヴァイスを出してみると、同じ反応を示していた。黒背景の画面には赤く点滅する丸があり、恐らくそれが示しているのは9人目の選ばれし子供だろう。
 示してはいるが、目的地の光が丘へは出発したばかりだ。まだまだ遠いんだろうなぁ。


「なんだお前ら、今そんなのが流行ってるのか?」

「い、いやぁ別にそういう訳じゃあ……!」

「ちょっと見せてみろよ」


 太一のデジヴァイスを見つけるやいなや、何故か興味津々な藤山先生。こういうおもちゃとか好きなんだろうか。いや、デジヴァイスはおもちゃではないデジモンの進化のに必要な大事な道具なのだが、そんなことを説明できる訳もなく。


「あーっ駄目!」

「ケチケチすんな。光が丘で降ろしてやるんだから」

「う、はい!」

「お、流石武ノ内。誰かさんと違って素直だなあ」


 デジヴァイスを取られそうになって抗議する太一だが、先生はそんなことは全く気にしておらず、ずいっと太一を押しのける。それを見かねた空が藤山先生にサッとデジヴァイスを差し出した。まあ、先生ならそんな無茶して壊したり変なことはしないだろうけど、流石に空も顔が強ばって乾いた笑いを浮かべた。


「見せるぐらいいいじゃないですか」

「何か悪いデジモンに襲われてる気分になってさ……」

「藤山先生が悪いデジモンですか?」

「ちょっと分からなくもないけど、でもいい先生っぼいよ。私も簡単に乗せてくれたんだし!」

「いーや、悪い悪い!だって宿題とか忘れたりするとすぐマッサージ攻撃とかするんだぜ」


 ――――ぽん。


「!!!」

「最後の方だけ聞こえた〜……」


 太一の背後でニヤリと笑う藤山先生。そして、先生はそのマッサージ攻撃を太一に存分にこれでもかというほど食らわした。もちろん太一は抵抗できずに涙目になって笑い転げる。その様子もみんな見慣れているのか、どっと笑いがバスの中を包んだ。
 なんだか、笑いに包まれているといつもの日常が戻って来たように錯覚するが、腕の中にいるインプモンの存在を感じると、これからもまだ戦いが待っていると、笑いながらもこれから行く場所に思いを馳せた。
 ──これから行くのは、四年ぶりの光が丘。



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