02 「いつも、いつも、いつ〜で〜も〜」追撃!日本へ急げ!
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やって来たのは、昨日も楽しく散策した相変わらずおどろおどろしい空気のヴァンデモンの城。
城内をドスンドスンと大きな足音を立てるのは数匹に及ぶデビドラモンたちだ。元々居た個体なのか、またはテイルモンの放った元石像の刺客かは分からないが、とにかく数だけはかなりいる。
彼らに気付かれないよう慎重に、私達は鉄の扉を少し開けてその様子を見つつ、身を潜めながら相談する。
「どうする?」
「まいったな……」
「私にいい作戦がある」
「なんですか?灯緒さん」
ふふふ、と腹の立つ含み笑いをする灯緒にみんなの視線が集まる。本人だけが知らないが、ここにいる全員が灯緒の言わんとする言葉に大体予想がついていたが、仕方なしに待った。
「作戦はただ一つ……『全力で戦う』だ!どや」
「いつものだな」
「いつものね」
「いつも、いつも、いつ〜で〜も〜」
「急に歌うよー」
「ほんなら、ワテに任せてんか!」
芸の無い灯緒の作戦に誰一人真剣に考えていなかったが、ここで唯一張り切って宣言したのはテントモンだ。今の灯緒の一連の流れで一行の緊張感は解け、テントモンは光子郎を見て頷くと、颯爽と飛び出して行った。
「行きまっせー!テントモン進化!――カブテリモン!――カブテリモン超進化!アトラーカブテリモン!」
「キャーッアトラーカブテリモンかっこいい〜〜!こっち見て!ウィンクして!」
「そない褒められると照れますわ」
やる気満々で一気に完全体進化まで果たす。話には聞いていたのだが、初めて見る紅紫色が特徴的な、まるで重機のような巨大な甲虫の姿にライブ会場ばりに声援を送る。
その巨体ではこの城内は狭く動きづらいだろう、現に目の前の扉はアトラーカブテリモンにとっては狭すぎて通ることができない。私達だけその扉を通り抜けると、外に残されたアトラーカブテリモンはぐぐっと全身に力を込める。
突然視界の端にぞろぞろと走る一行と謎の巨体を捉えたデビドラモンがこちらに気付き振り向くが、
「ホーンバスター!」
アトラーカブテリモンのそそり立つ大きなツノが眩しいくらいに光り、デビドラモンめがけて扉ごと破壊しながらそのツノを突き刺し突進する。その凄まじい熱量と衝撃に頑丈な石造りの城全体をぐわんぐわんと揺らした。
「今のうちです!」
「ホーンバスタァァーーッ!」
「うわあああーー!」
「ポピーーーーー!」
アトラーカブテリモンがデビドラモンを押さえつけている間に、一行は廊下を走り抜けて目的地へと向かう。それを見送ったアトラーカブテリモンが再び必殺技を放つと、そのあまりの衝撃と揺れに体制を崩し、全員で階段で転げてしまう。くらえ!超必殺、飛鳥文化アタック!
続いてぽよんぽよんと柔らかそうな音が聞こえた方を見ると、早くも退化したモチモンが階段を転がって落ちてきた。慌てて光子郎がモチモンをキャッチするが、そんなに近くにいなかったはずなのにここにいたのは何故だろう。
「モチモン!」
「どうしたんでっしゃろ……」
「空間の歪みが治ったのかも」
「それなら好都合!さあ、油断せずに行こう!」
「ああ!先を急ごう!」
とにかく合流もでき、アトラーカブテリモンの活躍のお陰で私達は難なく敵の目から免れ、廊下を走り階段を下りあの扉の前までやってきた。さて、問題はここからである。
扉を前にしてうーんと唸っている太一が徐に地面にカードを並べ始める。昨日ゲンナイから譲り受けた、あの色んなデジモンがそれぞれ描かれているカードだ。
「なあに、これ」
空が首を傾げる。その目の前で太一が地面に並べたのは、まずゴマモン、ユニモン、アグモン、アンドロモン。
「良い奴」
その横に固まってガジモン、ドリモゲモン、デジタマモン。
「悪い奴」
そしてそのまた横にはトノサマゲコモン、クワガーモン。
「汚い奴」
「最後ただの悪口じゃないか、たまげたなあ」
「だってなー、俺はこれしか考えらんねえや」
「そうかぁ?」
太一の予想を見て、次に眼鏡をクイッと上げながら丈が並べるのは、ゴマモン、アグモン、エレキモン、ガジモン。次にデジタマモン、ユニモン、アンドロモン。そしてドリモゲモン、トノサマゲコモン、クワガーモン。
「小さいの、普通の、大きいの!」
「うーん……貸してくれ」
ちょっと自信ありげに並べた丈の予想に、今度は頭を掻きながら困った顔のヤマトが名乗り出た。
「これでどうだ?弱い奴、まあまあな奴、強い奴。でもハズレがどれか分かんないなぁ」
「住んでる場所よ!陸とか海とか」
ピン!と閃いた空がそう言い、続いてミミがしゃがんでカードをあれこれと並べ替え始める。
カードを囲んで意見を言い合う子供達を尻目に、光子郎は一人扉に近付いていくのに後を雛の如く付いていく。先日は全く気が付かなかったがそのすぐ側に立つ石板へと近付いた。これが例のカードを設置するものらしい。
「どないしましたん?」
「ヴァンデモンが魔法で封印を解いたということは、きっと石板の絵も魔法に関係しているはずだ」
「これがカードを置く石板か、色々掘られてるね」
「ああ〜ん、なんか違う!」
後ろで悩むミミの声を聞きながら石板を見る。昨日はゴタゴタしていて見れなかったが、石板には細かく何かの図が沢山彫られている。
真ん中には九つに区切られた四角の中に、上の列から順に星が一つ、二つ、三つと描かれ、四角の枠の外に獅子の顔、獣人、猿。左に三つの丸が描かれている。所謂表のような形で、この表の枠の中に当てはまるカードを配置するのだろう。
光子郎は眉をひそめながらじっと考えている。
「このマーク、インターネットのオカルトのページで見たことある。しし座といて座は十二星座にある。でも猿座はないよなぁ……あとこの星は……」
「うーん、でもデジモンにいきなり星座って関係あるのかな?」
「それも問題ですね、何か共通点があるのか……」
「わかりまっか?」
「分からない……でも絶対意味があるはずだ」
すると、不意にドドドと壁が崩れ落ちるような音と僅かな揺れを感じた。それは遠くから聞こえたが、そこそこ大きな音であったのでここにいる全員聞こえていた。何事かとそれぞれが顔を合わせる。
「何の音?」
「なんだろう」
「なんか、やな感じ……」
「ボク見てくる!」
タケルの腕の中からパタモンが飛び出して、大広間を抜けて階段を上ってく。とりあえず様子見はパタモンに任せよう。
「これならどうだ?」
「うーん、そうねぇ……」
「無駄だよ」
うんうんと全員で悩むが、それらしい答えは出てこない。ただ地面にカードを広げてああでもないこうでもないと考えていると、不意に丈が言った。
「そんなぁ、無駄って言わないで!」
「例えそれらしい分け方が出来ても、何の根拠もないじゃないか」
ミミが咎めるも、丈は更にキッパリと言う。事実正論なのだ、丈は諦めなどではなく冷静に考えた結果だろう。
「それはそうだけど――」
言葉を遮るように、先程と同じくらい遠い距離からドドド、と大きな音が聞こえた。しかし、先程のようにただの音ではなく、明らかに大きく鋭い地響きになっている。
そこで、様子を見に行っていたパタモンが戻ってくる。何やら慌てた様子で短い手足をばたつかせながら、
「大変ー!城が崩れてくよ!」
「なんだって!」
「ああっワテのせいかも!ワテがさっき天井壊したから……」
「ファインプレーの末の結果論なんだから気にしない気にしない!」
「うう……」
パタモンの言葉に全員が衝撃を受ける中で、モチモンは申し訳無さそうに声を上げた。あの時の状況を考えると敵が闊歩する中を潜り抜けるのは至難の業で、一点突破しか手がなかったのだから気に止むことはないと足元にいるモチモンに笑いかける。
「とにかく、通路は塞がれちゃってる!」
「もう戻れないってことか!」
「それだけじゃないわ、ここだってもうすぐ――」
ドドドドドド、とまた大きな音が響いた。確かにこれはただの音ではなく何かが崩れていくような瓦礫の音だ。それは徐々に大きく、近づいてくる地響きにみんなが体を強張らせた。
だがここで委縮していても仕方がない。退路が断たれたのなら、ここにはもうゲートという出口しか私達には残されていない。袋のネズミならその袋をぶち破れってんだ!
「こりゃあ、何がなんでもゲートを抉じ開けないといけないね!」
「そうだけど肝心のカードが……」
「――太一」
「なんだ?」
収まらない地鳴りが響きわたる中、突然丈が口を割った。向き直った丈の瞳には普段以上に真剣さを含んだもの。
「僕はお前に任せる!」
「な、なんだよ急に」
丈は真っすぐな瞳で太一を見ていた。急な指名に太一はぽかんとしながら何を言い出すのかと聞き返す。
「無責任で言ってる訳じゃないぞ。とにかく僕は、太一を信じる!」
「えぇ?」
「――俺も!」
すると、今度はヤマトが一歩前に出て丈に並んだ。突然の言葉にぽかんとしている太一に、二人して強く語りかける。太一以外の全員も驚きの視線をヤマト達に送る。
「こういう時だ、リーダーの決断に従おう!」
「おいおい、いつから俺リーダーになったんだよ」
「お前がいなくなった途端、俺達はバラバラになった。そんな俺達をまた集めてくれたのはお前じゃないか!」
ヤマトはがしっと太一の肩を力強く掴む。それは以前の喧嘩腰のようなものではなく真っ直ぐで真剣そのものだ。やはり、この離れ離れになっていた短期間で一番仲間としての関係が変わったのは丈とヤマトかもしれない。以前ならそこまで深く関わり合う事も無かったが、並んで立つ二人に今は強い信頼関係が見える。
だが太一は眼差しを見ても尚まだ納得がいかない様子だ。
「それは、たまたま――」
「そんなのどうでもいいっ!!」
「ミミちゃん……」
「なんとかしておうちに返してっ!!」
――――ドドドドド…………。
太一の言葉を遮ったミミのソプラノが大広間に木霊する。崩落の音を遠くに聞きながら、今までであれば、あわてふためいてただ恐ろしさに彼女は騒いでいただろう。だが、それから顔を上げたミミの表情は先程の言葉とはかけ離れていた。
「――ってあたし今まで言ってたけど、それじゃダメなのよきっと。もうワガママ言わない!」
「……そうね!あたし達が変わらないと何にも変わらないわ!」
想像していなかった言葉を紡ぎながらにっこりと笑うミミに、隣で聞いていた空も拳を握りしめて鼓舞する。いつも一番元の世界に帰りたいと思っていただろう自分に素直で直情的なミミが、今は仲間を想いながらそれを心から言っている。
そしてそれは、ここにいる全員にどんどん伝染していく。信頼という希望の光が糸のように子供達全員に繋がっていくのを、実際に目で見るように。
「だから僕は、仲間を信じるんだ!今朝だって灯緒君に言われたばっかりだしね!」
「宣言がちょっと遅いくらいだよ丈くん先輩!仲間なら一蓮托生、当然でしょ!」
「みんな……」
「タケルもそう思うだろ?」
「うん!もし別の世界に行ったって、みんな一緒なんでしょ?だったら僕、怖くなんかない!」
「そうだな!」
「光子郎くんは?」
「あ、はい!僕は前から太一さんを信じています」
「やってよ、太一!」
皆の声が一つになって響く。それは地鳴りなどには決してかき消されない、仲間としての最上の決意表明だ。言葉通り、みんなの想いが一つになった瞬間だ。恥ずかしい言葉禁止!なんて言わせない!
「――わかった!」
みんなの信頼を乗せた視線を一手に浴びて、顔を上げた太一。迷いのある表情が勇敢な瞳に変わった瞬間はこんなにも清々しい。
「もう一度確認しときたい。ホントに、俺の判断に従ってくれるんだな」
目の前に塞ぎ立つ扉を見つめる太一は、今一度言葉を投げかけた。
もちろん、それは仲間たちにとっては愚問中の愚問であり、満場一致で全員が深く頷いた。
「――よし!じゃ決めた!光子郎、お前が選んでくれ!」
「…………僕ですか?」
太一が勢い良く言い放った言葉に、呼ばれた本人は予想していなかったらしく、きょとんとしつつも驚いて太一を見返した。
確かに無理に自分で考えずに潔くブレーンに託すのも良い考えだと思う。今まででもコンピュータや科学分野の知識が豊富な光子郎に助けられた場面は多々あった。所謂太一は適材適所の考えて光子郎を指名したのだ。
だが、光子郎はこんな重要な大役を引き受ける事に戸惑っている。
「でも」
「太一さんがそう決めたのなら、あたしそれがいいと思う!」
「頼むよ、光子郎!」
「光子郎さん!」
「でも、もし間違ったら……」
「誰もお前を恨まないって!」
「信じてる!」
「お前は日本一の漢だ!自信を持て!」
「そ、それはどうなんですか……」
「――というわけだ」
太一の次は、今度は光子郎が仲間たちの視線を浴びる番になった。視線は真剣そのものだが、みんな笑っていた。
地鳴りが響いて、今いる場所も不意に天井が崩れて生き埋めにでもなってしまうかもしれないというこんな状況に、笑みを浮かべて視線を送る。
困惑の色は、徐々に決意に変わっていく。
「さてと」
「光子郎はん、パソコンでなんや分かりまへんやろか」
「パソコンで……。インターネットが使えたらオカルト関係の人に聞くこともできるんだけど……」
光子郎は慣れた手つきでパソコンを起動し、カードに描かれたデジモンの種類を確認しながら、今までのデジモン達のデータと照らし合わせる。早速役に立ったそれは、今朝ゲンナイが改造してくれたデジモンアナライザー機能だろう。
「……え?なら……猿は……」
何か気付いたらしい光子郎は、目的のデジモンのデータを探す。開かれたページはレオモン、ケンタルモン、エテモンの三匹。
「これだ!でも意味は……属性!」
開かれた詳細ページには姿の他にも書かれている。レオモンは成熟期のワクチン種、ケンタルモンは成熟期のデータ種、エテモンは完全体のウィルス種。それぞれ異なった属性が出てきた。ここで、光子郎の目の色は確信に変わる。
「デジタマモンとトノサマゲコモンに遭った人!」
「あ、僕だ!」
「デジヴァイスを!」
丈のデジヴァイスをパソコンのスロットに差し込むと、パソコンの画面にデジタマモンとトノサマゲコモンのデータが表示された。
途端、光子郎の目が見開く。
「もしかしたら……!」
「わかったのか?」
「説明します!」
パソコンを置いて小石で地面に石板に描かれている表を同じように書いていく。
「いいですか?これを見てください。ライオン、射手、サルはそれぞれレオモン、ケンタルモン、エテモンを意味します。これらは異なる属性を持ってます。つまりワクチン、データ、ウィルス。次に星の数ですが、これは上から成長期、成熟期、完全体を意味していると思われます。そしてカードを当てはまるところに置いていくと――」
言葉の通りにデジモンの属性を見ながら置いていくと、先程までの曖昧な予想たちとは違う、確信的なカードの並びになった。
「ピッタリ合うぞ!」
「すごい光子郎くん!」
そして最後ゴマモン、アグモンの二枚が重なって置かれる所で皆の視線が止まる。
「でも、ここが二枚になるんです。どっちかが余分だと思うんですが……わからない。すみません、皆さんの期待に応えられなくて」
「何言ってんだ!よくやったよ!」
「流石我らが参謀の光子郎くんだよ!」
「皆さん……」
悔しそうに落ち込む光子郎とは裏腹に、仲間たちの内で自然と拍手が湧き起こる。ここまで核心を突いた答えを導き出したのは他でもない光子郎で、光子郎でしか出来なかったことだ。皆は当たり前のように笑っていた。ブラボー!おお、ブラボー!
「後は太一が決めて」
「わかった。光子郎、助かったよ!ありがとう!」
「ん?あ、あ?」
カードを太一が受け取ると、不意にパラパラと落ちてくる砂にパルモンが何かと天井を見上げた。まさか本当にそろそろ天井が崩れてくるのでは、と釣られて上を向くと、そこには予想外の光景――無数のデジモンの姿が急接近してきていた。
「――――!!」
「なんだアイツは!?」
「ちょっと待って下さい!」
光子郎はすぐさまパソコンで目の前のデジモンのデータを開いた。
八本の足に九個の目と目を引くドクロマーク、ドクグモンというらしい。成熟期、ウィルス、昆虫型、そして必殺技はスティンガー・ポレーションとまででてきている。デジモンアナライザーのお陰で何から何まで丸わかりだ。やったぜ。みんなもデジモンゲットじゃぞ!
「ヴァンデモン様の城を荒らす者は、あ、生かしちゃおけねえ〜!」
「うわあああーーー!」
ドクグモンは歌舞伎のような独特の節の口調で叫びながら、尻から出されている糸でするすると急接近してくる。蜘蛛は虫を食べてくれるから益虫っていうけど、食べてくれる虫はつまり私達という訳だ。って、そんなことになってたまるかー!
「おいでなすったな!行くぞみなの衆!」
「インプモン進化!――フレイウィザーモン!」
「ゴマモン進化!――イッカクモン!」
「パルモン進化!――トゲモン!」
「ガブモン進化!――ガルルモン!」
「フォックスファイヤー!」
無数のドクグモンに向かって、進化したデジモン達で応戦する。だが、数が圧倒的すぎるため全てを一度に倒すことができないのは一目瞭然だった。それならば、今私達がすべきなのは一瞬でも早くゲートを開いて城から抜け出すこと。どっちにしろ退路は絶たれ今にも城が崩れそうな状況だ。
それをすぐに理解したコロモンが太一を急かした。
「今のうちに早く!」
「ああ!」
「チクチクバンバ〜ン!」
「ハープーンバルカン!」
石板に太一が先程光子郎が導き出した答えの通りにカードを並べていく。その後ろで大量のドクグモンを迎えうつが、あまりの数に全てに応戦しきれず、その隙を縫って数匹のドクグモンが空へと向かってくる。
「きゃあ!」
「空が危ない!ピョコモン進化!――ピヨモン!」
「ピヨモン!」
「マジカルファイヤー!」
「フレイ、ピヨモンを援護だ!」
相手は一つランクが上の成熟期だが、ピヨモンは空を守ろうと果敢に立ち向かう。突然の進化に予想外だったのか何とか退けることは出来たが、それは成長期以下のデジモンに油断していたためであろうし、次はそう簡単にはいかないだろう。
フレイウィザーモンを側に付け、再び迫ってくる敵へと応戦する。その間も石板の前に立つ太一は、
「どっちなんだ……?アグモンか、ゴマモンか」
「太一さん早く!」
「どっちでもいいから!」
「そぉ〜は、あ、させねえ〜!はああ〜〜〜!」
カードを設置する太一を背後に守りながら応戦するが、それも敵の数を考えても限度がある。私達の目論見に気付いたのかドクグモンは奥の手と言わんばかりに気合いの声を上げながら口から糸を噴射した。蜘蛛なのに尻以外からも糸が出せるとはまさか蜘蛛じゃないな!?
「っう!」
頑丈な無数の蜘蛛の糸はガルルモン、トゲモン、イッカクモンという巨体成熟期を三匹を捉え、空中に浮かせる。ギチギチと体に糸が食い込む程強く縛り上げられれ、何とか脱出しようと藻掻くが見た目とは違い中々糸が千切れない。
その間にドクグモンは複数ある目をチカチカと光らせ、次の瞬間口から怪しげな紫色の煙毒を噴射する。
「スティンガー・ポレーション!」
「痺れるぅ〜〜!」
「次は、あ、子供達ぃ〜!」
「ガルルモン!」
「頑張ってー!」
「イィヤアアアアーー!」
ドクグモンは次の標的に狙いを定め、雄叫びを上げて突進してくる。
ここで、ヤマトのデジヴァイスと呼応するように毒霧を浴びたガルルモンの体が神聖な青色に包まれていく。
「ガルルモン、超進化!――ワーガルルモン!」
咆哮が響き渡り、トゲモンとイッカクモンを縛り上げている糸を切り裂き二匹を解放する。ガルルモンが進化したという完全体デジモンのワーガルルモンは、ボルドー色の太く鋭い爪を持つ二足で立つ、蒼き毛並みの人狼の姿をしていた。格闘特化なのか、手にはメリケンサックを、膝や肩には金属のアーマーを装着している。
その一連の動きは目で追うのも難しいほど素早く、そしてむしろ速度を上げながらパートナーを狙うドクグモンへと飛びかかった。
「ヤマトーッ!」
ドクグモンを壁に叩きつけ、解放されて地面に落ちてきた二匹は力を使い果たしゴマモンとパルモンに戻ってしまう。
いよいよ形勢が苦しくなってきたことに、全員が太一に振り返った。このままじゃ明日の朝には無残な姿で発見されてしまう!
「太一ぃ!」
「まだか!?」
「どっち!?」
「――決めたッ!こっちだ!」
太一は勢い良くカードを裏返しに二枚叩きつけ、見えない状態で出鱈目に右側のカードを返した。一か八かの一発勝負と出たのだ。鬼が出るか蛇が出るか――太一が手にしたのは、
「開け、ゴマモン!!」
「頼む……!」
「開いてぇ!」
ゴマモンのカードを石板にセットする。みんなの必死の声や祈りも、背後からの戦闘音も、全てのノイズが扉の前でぐわんぐわんと木霊する。開いて、ケラマーゴ!
――すると、視線を送る先でゆっくりと青白い光が薄暗い大広間に差し込んだ。ゴリゴリと地面を擦る音を立てて、目の前の巨体な石の扉が開いていく。青白い光は、賭けに勝った勝利のものだった。
「開いてく!」
「やったあ!」
「行くぞーーー!」
太一の声を合図に、子供達はデジモンを抱えて眩しい光へと飛び込んでいく。ほぼ全員が扉を潜った所で、最後までドクグモンを食い止めているワーガルルモンにヤマトが叫んだ。
「俺達も行くぞー!」
「地獄に道連れだぁ〜〜っ!」
「カイザーネイル!」
「キエアアアアアアーーー!」
ワーガルルモンが腕をひと振りすると、真っ赤な閃光が爪先から飛ばされる。その衝撃波は並大抵のものではなく、すっぱりと斬れたのはドクグモンだけでなくこの城全体をも真っ二つにしてしまうほどの凄まじい威力を持っていた。
これで目の前にいる敵は一層した。ドクグモンを倒したものの、壁や天井も見る見る間に崩れており、早くゲートへ行かねば今にも生き埋めになってしまう。
「ヤマトくん、早く!」
「ああ!ありがとう、ツノモン!さあ行くぞ!」
ワーガルルモンから一瞬でツノモンへと退化した小さな体をヤマトが素早く捕らえて支える。
徐々に閉じていく扉に、最後に飛び込んできたヤマトとツモノンを視界の端に捉えながら、大滝に飲まれるような感覚とぐるぐると回る視界に全員が悲鳴を上げながら意識が途絶えた。
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