02 「大胆な暴力は女の子の特権!」闇の城 ヴァンデモン
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「んで、漫画喫茶に行くんだっけ?」
「一人で行ってろ」
「シンプルに辛辣ゥ!」
「いいから行くわよ!」
すぐに全員と合流した後、怪しい影が消えていった薄暗い階段を駆け足で下る。辿り着いた最下層は、西洋風の荘厳な建築と荒い岩肌が混ざった広い空間になっていた。
その中央奥にある巨大な石扉につい目が奪われそうになるが、私達が一斉に注目したのはその扉のすぐ手前、今にも馬車に乗り込もうとしているヴァンデモンの後姿だ。
まさにこれから旅立とうというのだ――日本、光が丘へと。
「待てーっ!そうはさせないぞ!」
「ヴァンデモン、御用改めである!」
いの一番に太一が叫ぶ。
馬車の行く手には十数メートルはゆうにあるだろう石の扉は現実世界へ繋がるゲートだろうか、隙間が開いて光が差している。クイズに答えて日本に行きたいかーっ!
太一だけでなく、このままヴァンデモンを行かせる気は更々無く、私達全員の視線が奴に注がれた。
「ようやく来たか、だが遅過ぎたな。この歴史的瞬間をよく見ておけ」
「ふざけるなーーー!!」
ゆっくりと紡がれる美声が広間に響く。負けじと言い返す太一だが、生憎ヴァンデモンとはまだかなりの距離がある。
彼は私達一行を一瞥し、再びこちらに背を向けた。随分と舐められたものである。レロレロ。
「生憎今の私にはお前達の相手をしている暇は無い。ピコデビモン」
「はい!」
「かまってやれ」
「かしこまりました」
「待てーっ!」
ある程度の小さな声でもよく反響するこの空間では、彼らの会話はきちんと耳に届いてきた。余裕そうな表情をしてはいるが、実際はかなり時間が無いのだろうか。ヴァンデモンは馬車に乗り込み、命を受けたピコデビモン達が私達の行く手を阻む。
灯緒はピコデビモンとはまだ二回目のご対面たが、自分以外の仲間達は幾度も会いそして勝っていることは聞いているので、今更彼など敵ではないだろう。だが、売られた喧嘩は高〜く買うぞ!
「懲りずにまたやる気か!」
「今度は前みたいにいかないぞ!先生お願いします!」
「おうよ!ここから先は通せんぼ〜〜〜!」
「ハッ!?貴殿はおやじっ……」
「娘、それ以上はいけない!」
自信ありげな態度のピコデビモンの声で姿を現したのは一頭身のおやぢだった。
禿頭に生える一本の毛と立派な口髭は、どこか違う世界で見たことがあるような気がするがそれは気のせいにしておいて、とにかく謎の威厳はたっぷりだ。思わず口走った言葉を本人から止められた。嘘じゃないもん絶対どこかで見たことあるもん!トトロ本当に見たもん!
濃い新キャラに一瞬気を取られていた隙に、本命のヴァンデモンの馬車は走り出してしまった。ガラガラと車輪の音を響かせながら眩しい光を放つゲートへと向かっていく。
「邪魔するなー!」
「野郎共、かかれぇーーー!」
「お〜〜〜…………」
先生と呼ばれたデジモンの他にヌメモンなど数十匹はいるデジモン達がずらっと立ち塞がる。ただ先生と比べてどうにも野郎共達は覇気がない。この無気力感、もしやブラック会社なのでは……?
彼らを見たアグモンとパルモンが一瞬迷いをみせる。
「君達とは戦いたくなかったけど、時間がない!」
「許してちょうだいね」
「アグモン進化!――グレイモン!」
「パルモン進化!――トゲモン!」
この城に侵入する際に何かひと悶着あったのだろうか、パンチアグモンとレゲエパルモンは彼らを前に心苦しそうにしながらも、進化の光を浴びて姿を変える。
ずーん、と効果音がつきそうな威圧感を放つ進化後の二匹を目の当たりにして、流石に驚いて足が下がるナニモン達。そして、
「ガブモン進化!――ガルルモン!」
「テントモン進化!――カブテリモン!」
「ゴマモン進化!――イッカクモン!」
「インプモン進化!――フレイウィザーモン!」
次々にパートナー達が進化をしていくと、途端に広く感じていたこの部屋が狭く感じられるどころか圧迫感さえ感じる。なんやこの厨パァ!
自分達と同程度サイズだったデジモンたちが突然何倍もの大きさになって揃って見下してくるのだ、半端じゃない威圧感だろう。目の前の巨体軍団に恐れおののいたヌメモン達はサッと顔色を青くして、敵わないと察したらしく次々に逃げ始めた。
「お、おいお前達!敵前逃亡は重罪だぞ!」
「オレ達国さ帰って大人しく畑耕すだ〜!」
「けえれけえれ!肉畑で捕まえて!」
ばりばりの方言を逃げセリフにして横を通りすぎていく蒼白なヌメモン達は、元々敵意も無かったので可哀想になる程だ。
そして、この場に残ったのは先生とピコデビモンのたった二人。
「お、おい!……あ、降参!降参します!」
「先生!それはない!」
「黙れぇいッ!戦場ではな、タフでなければ生きていけない!しかしタフなだけでも生きていけない!逃げるが勝ちとも言うだろうが!ねぇ?」
「帰るなら帰れ!」
「お邪魔しました〜〜〜!」
「待てい!次元キーホルダー置いてけ!」
すたこらさっさー!とコミカルに走り去っていく先生――ナニモンは置土産にウンチをピコデビモンに飛ばしたのを最後に姿が見えなくなった。憎めないやられキャラは逃げ足だけは速いというお約束である。
そして最終的にこの場に残ったのは、何ということでしょう、ピコデビモンただ一人だった。結局こうなるとはさては仲間内でも人望、いやデジモン望が無いと見た。
「さぁ、どうする?」
「ずっずるいぞ!一対六じゃないか〜っ!」
「さっきまでそっちの方が全然数が多かったってのにその言い訳はないよ先生!」
「そっそんな事知るか!先生ではない!」
「ねぇ、こんなヤツ早いことやっつけて先に進もうよ!」
わあわあ言い合っていると、そこでタケルが至極真っ当な言葉を言い放った。タケルとパタモンは一番ピコデビモンと色々ひと悶着あったらしいが、温厚なタケルがここまであからさまに態度に表すとは、ピコデビモンは相当嫌われているようだ。
まあ、卑怯にも空を襲ったりした時全員その場に居たのでもちろんその気持ちはよく分かるのだが。
「お……お前ごときに言われるなんて……!ちきしょう……!もうこうなりゃヤケだ!ピコダーツ!」
「エアショット!」
「うわああああ〜〜〜…………」
「軌道は綺麗だが着地はまずい、6点」
「そんなに高くないよ、1点」
ピコデビモンは涙目でやけくそに放った注射器共々、パタモンの空気弾に弾かれてそのまま部屋の隅へ弧を描いて飛ばされていく。そしてパタモンが可愛い顔をして辛辣。
「ゲートが閉まっていくわ!」
「遊びは終わりだ!行くぞ!」
「イエッサー!」
目の前の道が開けた所で、その道の先にゆっくりと閉じていくゲートが目に入る。既にヴァンデモンの姿はないが、今追えばまだすぐに追いつけるかもしれない、と私達はピコデビモンを他所にゲートへと一目散に走る。
「だぁわわわ……」
「全く、見てられないわね」
私達が走り出した瞬間、ふぅ、とどこからか溜息が聞こえた。そして、ピコデビモンの前にストンと優雅に降りる白い影。
それは二足で立つ白い毛並みが美しい猫の姿をしたデジモンだった。ピコデビモンを庇うように立つ――と言うよりは私達に立ちはだかる――ということはヴァンデモン一派なのだろうが、今まで姿を現さずにいたのは何故だろう。
「またちっこいのが現れた。シッシッ!どきな、怪我したくないだろ?」
「――――ナメてくれるわね、見てなさい」
アグモン達と同じぐらいの背丈の小さな白猫デジモンに、丈がここぞとばかりに上から目線でジェスチャーをした。その態度に白猫デジモンは美しい海の色の瞳を鋭くすると、その場で姿を消した――いや、素早くジャンプし私達の真上へ舞い上がったことに気付くのにそう時間はかからなかった。
「ネコキック!」
凛とした声と共に繰り出されたのは、その小さな体躯からは想像できない強烈な蹴りだった。目で追うのが精一杯の素早い身のこなしで、その一発一発がこちらのデジモン達の額を次々に乱れ打ちし、しかも威力が衰える事はなくまともに食らったデジモン達は勢いのまま倒れ込んだ。
「なっナンダッテー!?」
「こいつ見かけより強いぞ!」
「パンチよーっ!」
強烈なキックの乱舞を食らっていなかったトゲモンとガルルモンが白猫デジモンへと躍り出た。トゲモンが素早いパンチを繰り出すも、それをまた上回る速さで動く白猫デジモンには一発も当たらずにいる。
「今のうちだ!」
白猫デジモンがトゲモンを構っている間にゲートへと進もうという即席の作戦だったが、白猫デジモンはトゲモンが繰り出す右ストレート攻撃をひらりと躱しつつもしっかりと子供達の動きも見ていた。戦いが一流なら、目ざとさも一流だ。
「そうはさせないわ!」
そう叫んだ彼女の尻尾に着けられている金色のリングが光り、何か必殺技をするのではと身構える。だがそれは直接的な攻撃では無かった。
その光と共鳴して変化を見せたのはこの部屋の壁。ずらりと壁に埋め込まれるように置かれている石像がみるみるうちにデジモンへと変わっていく。
「こ、これは、穏やかじゃないわね」
「当たり前よ、戦いに容赦なんて無いわ。さあアンタ達、行きなさい!」
白猫は灯緒の軽口にもご丁寧に答える。所謂石像に見せかけた侵入者退治の地獄の門番は、まるでガーゴイルのようだ。正体はデビモンを獣型にしたような悪魔姿のデジモン――デビドラモンが咆哮し、数匹が私達の前に立ち塞がる。
「メガフレイム!」
「フォックスファイヤー!」
「メガブラスター!」
「ハープーンバルカン!」
「ファイヤークラウド!」
「チクチクバンバン!」
絶え間なく繰り出されるこちらの攻撃を、白猫デジモンは小さな体と持ち前の素早さで全て避けてしまう。これだけ攻防戦を繰り広げても未だに無傷な彼女に底知れぬ強さを感じる。恐ろしい子!
すぐ目の前にゲートが開いているというのに、白猫デジモンも相手をしなくてはならない状況に焦りながらいると、複数いるデビドラモンの内の数匹の目が赤く光り、目に見える超音波を出し始めた。それは耳障りなだけではなく、
「う、動けない!」
「ぐおっ!?」
「ううっ!」
「いいぞいいぞいいぞ!やれやれやれ〜〜〜っ!」
デビドラモンの超音波はこちらのデジモン達の動きを封じ、その隙を突いて容赦なく鋭い爪を振りかざした。このままでは致命傷を負ってしまうのは明白だ。
どうにかしないと、とデビドラモンを睨みつけた所で目に入ったのは、少し離れた所では非力なピコデビモンが一人うるさく喜んでいる厭らしい姿。うおお、誠に遺憾である!
「っだらぁ!追い詰められた奴が何をするか思い知らせてやれ!」
「ざけんな!何も出来ないか見せてやる!ファイヤークラウド!」
ピコデビモンの態度に灯緒とフレイウィザーモンは同時にピキーンと怒りマークを浮かべ同時に叫び同時にピコデビモンへと向かった。火事場の馬鹿力はいざという時に馬鹿にできないものだ。
白猫デジモンかデビドラモンを標的にすると思いきや、急にこちらに向かってこられたピコデビモンは慌てて逃げ出した。放った炎の渦は超音波を出していた一匹のデビドラモンに当たり倒したが、代わりにピコデビモンは間一髪で助かった。ぐぬぬ。
「どひゃあああああ!なんでこっちに来るんだよ!」
「大胆な暴力は女の子の特権!」
「オエッ」
「俺達も今だ!」
「抱きつき〜ッ!」
パートナーが吐きそうな事にはスルーし、デビドラモンが一匹減ったことによる超音波の弱体化に乗じて、こちらもこのまま負けてなどいられないとトゲモンが踏ん張りながら立ち上がりデビドラモンを複数迎え撃つ。
その近くではカブテリモンが力を振り絞ってデビドラモンを投げ飛ばし、その隙に後方から渾身の必殺技を放つ。ナイス連携!
「メガフレイム!」
「フォックスファイヤー!」
「おっと遅れちゃう!」
「エアショット!――うわあ!」
私達がデビドラモンに応戦していると、徐々に閉まっていくゲートに白猫デジモンは踵を返し、己もヴァンデモンの後を追おうと駆け出した。ゲート付近にいたパタモンがそれに気付いて空気弾を白猫デジモンへと放つが、いとも容易く弾かれてしまう。
「早く!」
白猫デジモンとピコデビモンがゲートのすぐ側まで先に行ってしまった。先にゲートをくぐるだけならともかく、どんどん閉まっていくゲートの向こうから射す光は細くなり、このままでは私達がくぐる前に扉が閉まってしまう。
だが、急ごうにもゲートまでの道を舞い降りてきた二匹のデビドラモンが塞ぐ。歩道が空いているではないか、とはいかない。WRYYYY!
「くっそ〜っ!……あ!」
「太一!」
どうするべきかと悩んでいる間もなく、グレイモンがデビドラモンに体当たりをしてフォローをしてくれる。その一瞬に、目指すゲートへの道が開けた。
「今だ!飛び込めーっ!」
「よし、行くぞ!」
「私も!」
「あっ!」
数歩走れば、グレイモンが倒したデビドラモンとはまた別のデビドラモンが前に立ち唸り声を上げる。部屋中にあった石像がいくつ置かれていたのかは知らないが、かなりの数に次から次へとこのままではきりがない。ゲートに辿り着きさえすればいいのだが、それさえも遠く阻止されるのに流石に焦りを感じる。
「太一!」
グレイモンは抵抗するデビドラモンを押さえつけながら太一へ振り返った。
その時、太一の紋章がオレンジ色の暖かな光りを帯びた。デジヴァイスはもちろんだが、太一の紋章が優しく光る所を見るのは灯緒はまだ二度目だが、何の光かはもちろん知っている。絶体絶命のあの時を救った光をそう早々と忘れる訳がない。
「グレイモン超進化!――メタルグレイモン!」
「や……やった!」
「ギガデストロイヤー!」
胸のカタパルトから放たれたミサイルは目の前にいたデビドラモンを二匹まとめて瞬殺する。相変わらず目を見張るほどの凄まじい破壊力だが、今はそれに感心しているような暇はない。
必殺技の力を使ったメタルグレイモンはすぐに光に覆われてコロモンへと退化してしまい、太一に拾われた。
「ありがとうコロモン!飛び込むぞ、みんな!」
「おう!」
「みんな早く〜!うわっ!」
ゲートのすぐ前でピコデビモンにしがみついているパタモンの声が届いた。
直後、白猫デジモンに弾かれてパタモンは床に転がり、相変わらず息が全く上がっていない白猫デジモンはこちらを一瞥する。
「急げーっ!」
「あんた達を通す訳にはいかないの!」
「私達だって通らない訳にはいかないの!」
「あらそう、でも知らないわ!」
余裕ので笑う白猫デジモンの尻尾にある金色のリングが再び光る。
それは先程と同じくデビドラモンの封印を解くもので、壁の石像がまたデビドラモンとなって私達を囲んでいく。無限湧きはレベリングの時だけでいいんだよ!
「また出た!」
「いやーーーっ!」
ミミの悲鳴と同時に、トゲモンが素早くデビドラモンへとタックルをお見舞いした。潜り抜けてきた背後にはまだ夥しい程のデビドラモンがこちらに向かって牙を向いている。
少しの油断が命取りになるが、パートナー達が非力な子供達を上手くフォローしてくれているのだ。
「ありがとう!」
「もう少しだ!」
背後から迫るデビドラモンも居る中、私達のゲートへの道を塞ぐように次々に前に立ちはだかるデビドラモンを今度はガルルモンとフレイウィザーモンが薙ぎ払う。
もはや戦略もくそもない入り乱れる総力戦だ。格好悪くてもなんでもいい、今は一刻も早くゲートへ向かわなければならないのだ。だが、
「行くぞ!」
「じゃあね〜」
数メートル先にまで迫ったゲートのほんの数センチの隙間から、振り返ってにっこりと嗤った白猫デジモンの余裕の声。それをめがけ、太一は更に加速した。
「うわああああああーーーーーッ!!」
最後の、最後。
扉の先でひらひらと手を降る白猫デジモンの姿を最後に、ゲートから射す一筋の光は――消えてなくなった。
バン!と派手な音をたてたのは扉が完全に閉まった音だった。その直後、太一は勢いをそのままに扉に全身でぶつかってしまった。大きな音と尻もちをつくほどの反動に身体を心配するが、本人はそんなことに構っている脳は無いらしい。思うことはただ一つ。
「太一!」
「そんな……」
「もう少しだったのに!」
「くそ!ちきしょう、このままじゃ9人目が……!」
ダン、と強く拳を打ち付けても、完全に閉まってしまったゲートからは何一つ物音は聞こえてはこなかった。
私達は、みすみすヴァンデモンを日本へ行かせてしまったのだ。
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