01 「オ゛ア゛ア゛ーッ!」闇の城 ヴァンデモン
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さらさらと心地よい水音を立てて流れる穏やかな川辺。
ヴァンデモンの危機から逃れた私達一行は、この日の食料を得るべくこの澄みきった安全そうな川に留まっていた。幸い川にはいくつも魚の影が見え、川のすぐ近くには森が広がっているため食べ物には困らない。そう全員で相談し、私達は魚を捕る班と森で木の実などを採る班とで分かれていた。
その魚を捕る班は丈、太一、灯緒、ミミで前者三人は川に入ってそれぞれ魚を捕っているが、その傍でミミだけは腰を下ろしてぼんやりと川を眺めている。
「使えるだろ、この袋。レストランでくすねておいたんだ〜」
「へぇ〜真面目だけが取り柄と思ったら丈もやるじゃん」
「まあね!」
へへへ、と得意気に手元のビニール袋を見せて笑う丈にニヤリと笑って返すゴマモン。
二人は灯緒と合流する少し前に、デジタマモンとベジーモンが営む定食屋で社畜のように働かされていたらしい。途中ヤマトとガブモンがやって来るものの、そのままヤマト達も巻き込まれしばらく二人と二匹は数週間も馬車馬の如く働かされていたという。デジモン界もブラックの波やでェ……。
「メガネから盗賊にジョブチェンジか、ナイスぅー!」
「ジョブチェンジしたわけじゃないしメガネはジョブじゃないし盗賊なんて人聞きの悪い言い方しないでくれよ!」
「その怒涛のツッコミも今は懐かしき日々よ……フフ、怖いか?」
「いや全く」
「全く灯緒はこんな時でも相変わらず能天気だな」
「『ノーてんき』が『とくせい』なもんで」
こうして過ぎ去った辛い事を笑えるは今の平穏な時間を取り戻したからこそだ。
そんなアホなやり取りはさて置き、一拍置いて丈がチラリと視線をやるのは先程からずっと座り込んでいるミミ。
「……ミミくん、元気出せよ」
「……でも……ヴァンデモンが現れたってことは、またエテモンの時みたいに逃げ回らなきゃいけないんでしょ……」
「それはそうだけど……」
先日のヴァンデモンとの邂逅からすっかり恐ろしさに身を震わせているミミに、適当な言葉で元気付けれることもできない。あれだけ強大な力をまざまざと見せつけられてしまっては無理もない話である。
灯緒と合流する少し前まで、ミミはパルモンと共にゲコモンやオタマモン、トノサマゲコモンなどが住まう大きなお城に厄介になっていたそうだ。姫だと歓迎されて厚意に塗れた温かい生活をこれでもかという程経験したからか、余計にこれからの過酷な未来を想像しては縮こまっているようだ。
元気づけようにもどう声をかければいいのか困り果てた丈は、横の太一に助太刀の視線をチラリと送る。アイコンタクトを受け取った太一は握り拳を作って笑いかけた。
「なに、当分の間さ!なあ灯緒!」
「そうとも!エテモンだって木っ端微塵にしてやったんだ、ヴァンデモンも同じようにギッタギタのケチョンケチョンのコテンパンにしてやろう!」
「ギッタギタのケチョンケチョンのコテンパンってきょうび聞かねぇな」
「そうよそうよ!いずれガツンとやっつけてやりましょ!」
明るく笑う太一に同意する灯緒と、パルモンも元気付けようと気合いが入った様子でミミに笑いかける。途中のインプモンのちゃちゃは放っておこう。
特に根拠がある訳でもないがそのやる気満々に言い切る私達に、ミミもどこか心が軽くなったのか口元に笑みを浮かべる。
「……そうね」
「太一さーん!」
すると、森の方角から急に呼び声が響いてきた。
何事かと全員が声の方を見ると、草木の間から駆け足で光子郎がこちらへ走ってくるのが目に入る。何やら慌てた様子だが、木の実班に何かあったのだろうか。
「どうした?飯の支度出来たのか?」
「まさか敵襲か!?皆の者、であえ、であえーい!」
「違うんです!ゲンナイさんが!」
「ゲンナイ?」
「ゲンナイだって?」
予想外の人物の名にこの場の全員が驚いて光子郎へ振り返った。
光子郎に連れられて急いで来れば、既にそこには仲間達全員が集まっていた。
太陽の光が遮られて薄暗い森の中、例のホログラム器具を囲むようにして全員が円形に集まる。
そして既にそのホログラム器具からはあの白髭を蓄えた小柄な老人、ゲンナイの姿が映しだされていた。
「これはこれはお久しぶりです〜うちの子達がいつもお世話になっております〜」
「ほっほっほ、いやいやこりゃご丁寧に」
「やいジジイ、今度は何だってんだ」
挨拶も抜きに太一がゲンナイへ進み出る。
今までゲンナイが私達選ばれし子供達とコンタクトを取ってきた時はサーバ大陸や紋章・タグの存在、次への進化の仕方など全て極めて重要な情報を提供してくれたのだ。信用はしているが、次は一体何を告げられるのか検討もつかない私達はそわそわと彼の次の言葉を待つ。
「うーん。良い報せと悪い報せがあって、どっちから聞きたいかな?」
「良い話は後に残すって手もあるけど……」
「がっかりするのがオチだから良い話から聞こうぜ」
良い悪いと言われてもそもそも何に関することなのだろう。特に言うことも無いし、とヤマトの言葉に全員が頷いた。どっちにしろ最後にはどちらも聞くのだからどっちだっていいというのが本音だ。早バレはいけないが情報解禁はよ!
「分かった。で、良い話からしよう。実はな、お主達の仲間が見つかったのじゃ」
「仲間?選ばれし子供達?」
「そう、実は選ばれし子供達は全部で『9人』だったのじゃ」
「ええっ!?」
「ナ、ナンダッテーーー!?」
衝撃の事実に全員に電流が走る。ゲンナイは至極さらっと言ったが、こちらは身構えていたものの予想外の言葉だった為驚きを隠せない。
まさか私達以外にまだ仲間がいたとは。確かにこの今の私達全員で選ばれし子供達全員だとは今まで誰も言っていないが、そもそも誰もそれについて気にしていなかったのだ。それに、どうしてそんな大事なことが今更分かったんだろう。
「ねぇねぇ、それって私達の仲間ももう一匹いるってこと?」
「そうなるわね」
「大事なことは9人揃ってでないとこの世界の歪みは正せないということじゃ。ということはお主達の世界の歪みも正せない。言っとる意味は分かるか?」
「勿論さ」
「うん」
誰一人欠けずに『選ばれし子供達』のメンバー全員の力がないと二つの世界は救えない。
理屈は分かるが、それならこの世界に来た最初の時点で私達と出会わなかったのはなぜなのか、そちらが気になって仕方がない。所謂イレギュラーだ。特別な臭いがプンプンするぜーっ!
みんなはまだ見ぬ仲間にわくわくと目を引く輝かせている。
「でもどんな人かなあ」
「会えるんなら早く会ってみたい!」
「で、そいつは今どこにいる?名前は?」
「名前は〜……えーと、えー…………知らん」
太一の問いにわくわくしながら答えを聞いていればこれである。
ゲンナイさんのことだからこんなこったろうと思ったよ!もういい!お前はいつからそうなった昔はそんな奴じゃなかった!ズコーッと吉本ばりのズッコケを全員で再現する。どっ。
「ジジイッ!」
「知らないの?おっくれてるゥ〜!」
「お前は何を知ってんだ」
「すまん。じゃが何処に居るかは分かっておる。日本じゃ」
「日本?」
「それどこ?」
「太一達が元居た世界だよ」
「そうか、アグモンとインプモンは行ったことがあるんでしたよね」
「うん」
「ああ」
こくりと頷く二匹は、他のデジモン達から羨ましそうな視線を受ける。
しかし最後の一人が現実世界にいるとなると、今の私達ではどうしようもない。以前の一時的な現実世界への帰還は恐らく偶然の中の偶然が引き起こした産物であり、私達が意図的に元の世界に帰ることは出来ないのだ。以前ゲンナイも元の世界への帰り方は知らないと言っていたが、彼も知らないどこかに帰り道のようなゲートでもあれば話は別なのだが。
「でも、それじゃ会うことは出来ないなぁ」
「そう簡単に現実世界には戻れないしね」
「あーあ」
「そんなガッカリするでない」
はぁ、と溜め息をつく私達を前に気休めの言葉をかけるゲンナイは全然気にしていない様子である。ガッカリさせたのはどこの誰だ。ざんねん!えらばれしこどもたちの ぼうけんは ここで おわってしまった!
「貴重な情報だったけど、これじゃあんまり良い話とは言えないよお爺ちゃん」
「あ、そうだ。で、悪い話ってのは?」
「今言った報せはヴァンデモンも知っておる。奴め先手を打って日本へ行き、その子供を探し出して倒そうと今兵隊を集めておるんじゃ」
「えっ!?ヴァンデモンが日本に!?」
何を隠そう、結局はいわゆる由々しき事態だったのである。ヤマトの言ったとおり、いやそれ以上にどっちにしろ『がっかりするのがオチ』だったじゃないか!
「――という訳で日本に繋がるゲートはこの城の中の何処かにある筈じゃ」
そうゲンナイの言葉につられて見上げるのは目の前に禍々しくそびえ立つ強固な城壁。
これはヴァンデモンが住んでいるという城、つまりかの宿敵の根城だそうで、ゲンナイの案内でここへやって来たのは小一時間ほど前のことである。鬱蒼とした薄暗い森の中にある洋風の城は、絵に書いたような悪者が待ち構えるダンジョンそのものだ。
そして、この城の中にまさかの現実世界へのゲートがあるというのだ。
「ヴァンデモンが僕達のことをピコデビモンに任せっきりだったのはゲートを開く準備で忙しかったからですね」
「その通りじゃよ」
ゲンナイと一行のブレーンである光子郎の話に耳を傾ける。
曰く、灯緒とインプモンとは面識が無かったが、他の子供達はみんなヴァンデモンの金魚のフン――ピコデビモンと何度か会っていたらしい。親切なデジモンのフリをして近付いてきたらしいのだが、それも全て選ばれし子供達を足止めし妨害する為だったというのだ。何処までも卑怯な輩である。ピコデビモンもヴァンデモンも。
「でも……何してるんだろうアグモン達。俺達の潜入の手助けをする為に変装して入隊したのはいいけど、一向に動きがない……」
そう太一が呟き、すぐ側の城壁の窓を今か今かと見上げる。先に潜入したアグモンとパルモンの二匹を待っているのだが、今は作戦に従ってじっと彼らを待つしかない。
それよりも、変装した二匹の姿を思い出して思わず顔が笑ってしまう。パンチアグモンとレゲエパルモン……新種デジモンかな?あたしそういうの嫌いじゃないわ!
それから数分、数十分――と経っても中々アグモンとパルモンは姿を現さない。戦っているような派手な音や声も聞こえないということは身は安全だろうと推測できるが、進展が無いのか何か手こずっているのか。ただ今は待つことしかできないのがもどかしいのは灯緒にも良くわかる。
いつも通り、せっかちというかじっとしているのが大の苦手な太一がじわじわと痺れを切らしてきてしまう。
「まだかよ!」
「焦るな」
「あっ」
冷静でいるヤマトの諌める言葉の直後、ヒュッと空を切る音が聞こえたと共に見たことのある蔓が真上の城壁の窓から飛び出した。蔓はするすると伸びて私達のすぐ側で下の地面まで届く。
いの一番に気付いたミミがパァッと明るい顔を真上へ向けた。
「パルモン!」
「待たせちゃってゴメン!」
「ええんやで」
「やった!」
蔦が伸びる窓から顔を出したのはパルモンで、隣にはアグモンもいるようだ。
太一を始め私達は待ってましたと言わんばかりに次々にパルモンの蔦を掴んでは登っていく。こちら選ばれし子供達、侵入を開始した。スネーーーク!
「いいか、儂の通信は城内まで届かんからお前達たけが頼りじゃ」
「了解であります!」
「任せとけ!」
「ヴァンデモンの計画を阻止し、日本にいる仲間を守るのじゃ〜!」
「次、早く!」
後ろの茂みの中からのゲンナイの声援を聞きながら私達は順にパルモンの爪の蔦を登っていく。
――そして、闇の城攻略戦が開幕した。
「インプモーン!そこだ、そこでインド人を右に!ああっ窓に!窓に!DVD!DVD!ワーーッ無敵要塞ザイガスがあああ!」
「うるせーーーーー!!気付け薬だオラァ!」
「オ゛ア゛ア゛ーッ!」
パルモンとアグモンの暗躍によりヴァンデモンの城の中へと無事に潜入することは成功したが、ここからも地味に厄介なものだった。
敵のデジモンの姿が殆どないことには安心したが、そもそもの城がまるで魔法をかけられているかのように次々に超常現象が起こるのだ。だまし絵のように通った道が繋がってループになっていたり、重力がおかしくなっているのか互いが反対向きに立っていたり。
侵入後すぐに仲間達とそれぞれ別れ、灯緒はインプモンと二人でどったんばったん大騒ぎ!しながら城の中を走り回っているが敵のデジモンにも全く会わず、むしろさっき別れたばかりの仲間達とばったり出くわすばかりだ。超常現象の連続で頭がおかしくなりそうだ。うちゅうの ほうそくが みだれる!
そろそろ頭が疲れてきた所で石橋の廊下で光子郎・テントモンコンビと太一・アグモンコンビを見つけた。助けて勇者さまー!
「そこの御仁達助けてー!SUN値がピンチなの!名状しがたい何かに襲われてるの!」
「そうですね、ここかなり変ですよ。空間が歪んでねじ曲がっています」
「この世界が変なのは今に始まったことじゃないだろ」
「ロスでは日常茶飯事だぜ!」
「それはないと思います。それにしてもここは特別変だ。ヴァンデモンの力が強いせいかな」
「つまりヴァンデモンは神話生物だった……?アッSUN値減る」
「やなこと言うなよ……」
一人思考に耽る光子郎の呟きに太一と灯緒はげんなりとする。力が強いとは、ヴァンデモンは先の戦いでもその片鱗を見せつけてきたが今までの敵よりよっぽどの強敵なのだろう。
「しんわせーぶつってなんでっか?食えるんかいな」
「テントモンくん、逆なのだ……弄ばれた挙句に喰われるのだ、我々がなァ!」
「うるせえ一時的狂気野郎」
「……ん!?」
クトゥルフ話に花を咲かせている灯緒などを横に、アグモンが急にピクリと顔を上げた。
「どうした?」
「誰か来る!」
「え!?」
その声を聞き『誰か』を確認せずに私達六人は橋の影に咄嗟に身を隠す。
そろりと慎重に手すりから覗けば、至る所の壁に置かれているロウソクの火が作る大きな影が浮かび上がっているのが見えた。影はいくつもあり、ぞろぞろと列をなして全部どこか同じ方向へ歩いていくようだ。恐らく、先程ゲンナイが言っていたヴァンデモンが集めているという兵隊達だろう。つまり――。
「出発するんだ」
「後をつけましょう!」
「その通り!行くぞ!」
これを見逃す訳にはいかない。
他の仲間達も物陰に隠れて様子を伺っているのか姿が見えないが、影を見失わない内に今すぐ合流すべきだろう。
怪しげな影を追いながら私達は慎重に走り出した。
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