02 「Exactly!(その通りでございます)」熱血不敗!ティラノ師匠
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「た、大変です〜〜〜〜!」
時静域での短期間限定ティラノ師匠による超弩級にキビシイ修行が始まって、丸2日が経った頃。
ティラノ師匠と灯緒、インプモンの三人でパンチングマシーンに打ち込んでいる最中、どこからか地響きのような音が聞こえるなと思っていた矢先、時急域の方向の谷から徐々にドスンドスンと地面を震わす音が大きくなっていることに気が付く。
「どうした、ブラキモン?」
「時急域の奥に何か隕石のようなものが落ちていくのを見たです〜!」
数分も経たない内に大きな足音を響かせながらやってきたその正体はブラキモンという、これまたティラノ師匠以上の巨体を持つデジモンだった。その名の通り首長竜のような長い首を持ち太く短い四足の姿をしている。
どうやらこの付近の地域はティラノ師匠含め、恐竜などの古代生物のような姿のデジモンが多く暮らしているらしい。
その短い足で必死に走ってきたブラキモンはひどく焦りながら必死の表情でティラノ師匠に訴えるが、対しティラノ師匠は変わらず冷静に返す。しかし、
「もしかしたら悪いデジモンが仕掛けてきたのかもしれないです!」
「なんだと?」
ブラキモンの言葉にピクリと僅かに目を大きくして反応を示す。
ティラノ師匠はこの近辺を納めている長だ。自分達の縄張りの中で何か厄介事があればすぐに赴くのだろう。そしてそれが最近もっぱら多いであろう悪いデジモンとやらであれば尚更だ。
少しの沈黙の後、ティラノ師匠は巨体を揺らして立ち上がる。
「ワシが見てこよう」
「待たれーい!待たれよみなの衆!ここは私達が行くよ!」
ティラノ師匠に大声で静止をかける。ゆっくりとこちらを視線だけ寄越す師匠と、ぱちくりと目を瞬かせるブラキモンの対比が面白い。
インプモンも無事に進化できたのだ。今なら以前と同じように、いやそれ以上に修行の成果や気持ちの昂ぶりなど諸々の事情を含め、それ以上に戦っていけるはずだ。きっとインプモンも今自分と同じように思っていることだろう。今こそ出番だと。
速る思いを胸に秘めつつ、どん、と強く胸を叩いて一歩踏み出す。
「ここのみんなには沢山お世話になってるし、なによりこういうデジタルワールドの危機らしい時はこの選ばれし子供達にまかせたってや!やったるでー!もろたで工藤!」
「まじかよ……まあ、言っても聞かねぇか。だそーだ」
「それは心強いです〜!」
「……ふむ。そこまで言うのならばワシらも止める道理もなかろう。この一件お前達にまかせた!」
力強く頷くティラノ師匠に、こちらもまたガッツポーズで返す。万が一何かあってもこのまさに強者のティラノ師匠達がいれば百人力だろう。
そうしてティラノ師匠とブラキモン達に見送られながら、私とインプモンは時急域へと続くジャングルと荒野の境目へと向かう。
「時急域は天然の迷路だ。何より時間の流れが早い。無理は禁物。くれぐれも気を付けるのだぞ」
「OK牧場!ありがとう、師匠!」
隕石や悪いデジモンなどの不穏なワードもあるが、今はそんな事よりもとにかくやる気元気根気が上回っているのだ。後先考えずに突き進むのが灯緒のやり方だ。
最後にティラノ師匠の許しを聞き届け、二人はすぐさまその場を駆け出した。
この数日のうちに近辺の地理は把握済みだ。元々普段から野山を庭に走り回っていた灯緒にとって、地形把握は数少ない得意分野でありお手の物だった。
それ故に自信満々な様子で灯緒はいち早く時静域と時急域の境目に当たる木々の通路を抜け、時急域へと踏み入れる。
ティラノ師匠曰く、ここは時間が普通より軽く二倍ほど早いらしい。早々に原因を見つけ出さねばどんどん時間が過ぎ去ってしまうことに少々焦りつつ、荒れ果てた道なき道をインプモンと二人突き進む。
「相変わらず別世界みたいな場所だな」
「うーん、随分奥まで来たけど隕石らしいものってどれだ……?」
歩きつつキョロキョロと忙しなく見回してみる。辺りはただただ険しい無骨な山肌ばかりで、これといって特別変わったものや怪しいものは見当たらない。そもそもこの地域自体が変わったものだ、というツッコミを入れたくなる。
しかしいくら見渡しても特別気になる所はない。隕石が落ちてきた、ということなら大きなクレーターなどの目印があってもおかしくないはずなのにあるのは唯の岩ばかりの風景だ。
「つーか、あのブラキモンとやら本当に見たのかよ。それっぽい岩ばっかゴロゴロ転がっててわかんねーよ」
「背……というか、首は長いから何かあったら良く見えるんじゃない?あ、丁度いい大岩を八犬伝!ちょっくらあの岩の上から見てみよう」
そんな時に都合よく、近くに転がる手頃な大きさの岩が目に入った。
丁度灯緒の身長ほどの高さのそれに登れば、大岩がゴロゴロと転がって見通しの悪い周辺を高い位置から見渡すのに便利だろう。そう思い灯緒はその目についた大岩に近付き、よいしょと声を出して登る。
すると、途端に大岩が――いや大岩だと思っていたものが急に動き出した。
「どおおおおおっ!?」
「重い!重いダス〜っ!」
「い、岩がシャベッタアアアアアア!」
「岩じゃないダス!ジブン、インセキモン言うダス!」
岩から転がり落ち、そう声を上げて灯緒の目の前に立った岩はよくよく見ると人を模ったデジモンだということが分かった。
『インセキモン』と名乗ったそのデジモンは、それこそ喋るまでわからない程にその辺に転がる岩とそっくりだ。ただ人型に岩が積み重なっているようにしか見えないが、頭部の窪みの奥に大きなまん丸の瞳が見えていることでデジモンだと判別することができる。
しかし、こんな荒れた岩だらけの土地で適当にその辺に転がっていれば誰だってただの岩だと間違うのは仕方がないだろう、と微妙に婦に落ちない所である。
「折角気持ち良く寝ていたのに邪魔するなダス!」
「ま、待って待って、踏んだことは普通に謝りますごめんなさい!だけどこれは不可抗力なんです!ちょっとハードラックとダンスっちまっただけなんです!俺は悪くヌェ!それに襲ってきた場合、こちらも正当防衛せざるを得なくなるんだよ!」
「…………訳の分からないことを言うなダス!」
「Exactly!(その通りでございます)」
焦ってぺらぺらと我ながら意味不明な出任せの言葉の羅列が口から出れば、それにインセキモンはもちろん理解できないらしく漫画よろしくしばらく目が点になっていた。
だがすぐにふるふると顔を振ってキリッと目を光らせた途端、見た目からは想像できない身のこなしで私達へと飛びかかってきた。
師匠に啖呵まで切って張りきって来たのにいきなり拗れたことになってしまったー!調子に乗るからすぐ終わる〜、と脳内でBGMが流れ出す。
「コズモフラッシュ!」
「下がれ灯緒!進化だ!」
身体の一部である岩石を飛ばす攻撃を前に、応戦するためインプモンが急いで進化をする。
すぐさま眩い光を纏って姿を変え、小悪魔から炎の魔術師が現れた。
「インプモン進化!――フレイウィザーモン!」
「変わったダス!?」
体に纏った灼熱はそのまま岩石を焼き尽くして難を逃れた。今までの戦闘で炎の渦の壁はその利便性にハズレがない。
進化したことを目撃しぎょっとしたインセキモンは、焦りを見せて闇雲に炎の渦に向かって再び石弾を撃つ。
「ファイヤークラウド!」
「コズモフラッシュ!」
だがその石弾攻撃も虚しく、炎の中に閉じ込められ視界が遮られているその隙にフレイウィザーモンはインセキモンの背後に回る。そこで杖を振りかざし――、
「――――ッ!」
「…………」
マッチ型の杖はピタリとインセキモンの鼻の先で止められる。
ここでフレイウィザーモンが攻撃を発動していれば、岩の体の彼にどれだけのダメージになるかは計れないが確実にインセキモンの顔面に攻撃を受けていたことだろう。
突きつけられた杖に視線をやりながら、状況を理解できないらしいインセキモンが恐る恐る口にした。
「な、なんで攻撃を止めたダス……?」
「言ったでしょ、私達の目的はあくまで謎の隕石の調査。君と戦うことじゃないんだよ」
「――――」
ケロリと言ってのけたはいいが、こうもインプモン――フレイウィザーモンと考えていたことが一致していたとは、と密かに驚いていた。
襲ってきたとはいえ、傷つけるまでしたくはないと思っていた所だったのだ。流石だ我が相棒よ。AIBOOOO!
大きな丸い瞳でインセキモンが二人を見つめる。岩の体をしていてもちろん顔も岩で構成されているため、どうも表情も無機物じみている。だがその奥の大きな瞳は光を反射させながらこちらを向いている。
何を考えているのかしばらくの沈黙の後、ゆっくりとインセキモンが口を開くいた。
「……信じてもいいダスか?」
「あたぼーよ!もとより、それがこっちの望むことだよ」
即答しビシッとサムズアップしながら笑いかけると、インセキモンは緊張が解けたのかはぁーっと深くため息をついて脱力した。と言っても岩の体はカチカチで力が抜けているのか見た感じではよく分からないが。
敵意は全く無くなったと見て、フレイウィザーモンも構えていた杖を降ろし灯緒の傍へ下がる。それと同時に、インセキモンは重そうな頭を動かして空を見上げながら話し始める。
良かった、平和的に話し合いで解決が一番だ!
「――ジブン達インセキモン族は空で生まれるダス。そして地上に落ちてきて暫くの間眠るんダス。ジブンは生まれたてだから地上のことは全く知らないダス」
「へえ、そんな種族とかがデジモンにもあるんだ!」
「……なるほどな。で、つまりここは時間の流れが早いから早く目が覚めたって訳か」
フレイウィザーモンが結論を言う。
普通の場所に落ちていればもっと長い期間寝て過ごしたのだろうが、生憎落ちた場所が時急域という稀に見る珍妙な土地だったのが目の前のインセキモンの不運だ。
確かに今見ればインセキモンの仕草はどこか幼稚なものを感じさせる。可愛らしくこてん、と首を傾げる。
「……キミ達、本当に信じてくれるダスか?」
「何回も言わせるなって!もうダチなんだから信じるに決まってるでしょ!Believe Your Brave Heart!」
「――そいつが例の怪しい隕石か。加勢するぞ!」
「おおーーーーっ!!」
――突然、ここにいる3人以外の声がこだました。
その掛け声と共に、目の前に座り込んでいるインセキモンに向かって幾つもの火炎弾が飛んでくる。
あまりにも唐突な攻撃に驚きが勝ってしまい灯緒は動けなかったが、フレイウィザーモンが瞬時に守るように前へ進み出て、杖で火炎弾を弾いた。
「ッ誰だ!」
「なっ何をするダス!?」
間一髪で火の玉を避けたインセキモンが攻撃された方向を見上げて声を上げた。敵意が襲ってきた方向は高く聳える崖の上で、そこから複数の影が動くのといくつもの声がする。
見ると、そこには昨日ティラノ師匠から仲間捜索の要請を受けて集まってきた顔ぶれ達であった。
ティラノの弟子である灯緒から見て兄弟子にあたるティラノモンを先頭に、バードラモンと瓜二つの黒い姿のセイバードラモン、小柄で黒い炎の体を持つダークリザモンがそこにいた。
昨日のことでそれぞれ顔はよく覚えてはいるが、それ程長く話しなどしなかったデジモン達だ。
「ちょ待てよ!いやほんと待って!このデジモンは隕石ではあったけど、別に全然悪い輩じゃないよ!」
「……それは本当なのか?証拠は?」
「しょ、証拠?」
宣言したものの、証拠なんてものはない。
ただインセキモンの言葉や様子からしか得た直感と憶測でしかない。全くの証拠不十分、提示できるようなものは何もないのだ。
えーっと、と言葉を濁らせていると見下ろすように崖上に立つティラノモンは灯緒の様子で察したらしく、ため息をつきながら首を振る。
敵意はもちろんだが、声音に臆病な警戒心と考え方が曲げられない諦めを含めていた。
「証拠がなければそんな話信じられねぇな。お前も元々はどこから来たかも分からないような余所者だ。今の世の中、どこでどう繋がっているか分からねぇからな。悪く思うなよ」
「実は味方同士でした、なんてあったらこっちが困るんだ!」
「そうだ、そうだ!所詮は余所者だ!」
「それは私もごもっともだと思うけど……だけど話も聞かず理由もなく叩きのめして、それで君達は正しいと思えるの?」
「それで我らの時急域が守られるのであれば」
ティラノモンはそう言い切り、その鋭い爪を光らせながらこちらを見下ろす。臨戦態勢のティラノモンに習い、両脇に並ぶセイバードラモンとダークリザモンも構えを取った。
どうやら彼らの意思は表面から伺える以上に堅固なものらしい。
一応は兄弟子に当たる故に戦闘に持ち込みたくはないが、どうにもあの様子では説得は無理そうだと内心ため息をつく。それでもどうにかして戦いを回避できないだろうか、と思考を巡らせる。
そうして一瞬静寂が訪れたことに会話の見切りを察して一番最初に動いたのは、こともあろうかインセキモンだった。
「インセキモン?」
「灯緒……って言ったダスか。さっきの言葉、嬉しかったダス。誰も知らないこの世界で君の優しさがすごく嬉しかったダス。だからここはジブンがジブンの尻を拭うダス!」
産まれたばかりであるはずなのに、灯緒とフレイウィザーモンの前へと出て、すっと立ち、凛とそう言ってのけるインセキモンに場違いにも感動さえ覚える。
しかし、よくよく見れば小さく震えている岩で出来た足を見てしまうとそうも言っていられない。
こんな時こそ、守るべき者の為に立つのは選ばれし子供達であると直感的にそう思った。世界を救うということは私の中ではそういうことなのだ。守るべき者の為に、いつでも、そこでも、どこでも、ここでも!
「インセキモン!大丈夫だよ、どーんとまっかせてちょーだい!君は産まれたばかりだから知らないかもしれないけど――」
そうお得意の啖呵を切り更にインセキモンの前に進み出て、崖の上から敵視した目でこちらを見下ろすティラノモン達に逆に睨みつけながら立ちはだかる。
さあさ、皆さまお立ち会い!ここにおわすは使命に情熱を燃やす小童が一人!その隣には、
「選ばれし子供達ってヤツ、見せてやる!」
「フレイウィザーモン、超進化!――バアルモン!」
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