digimon | ナノ

01 「ギップリャ!?」熱血不敗!ティラノ師匠

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 目を開けていられないくらいの辺り一面を覆う眩い光と、上下感覚が分からなくなる程の浮遊感に揉まれた後の、次に目を開けた瞬間。

 目に飛び込んできたのは豊かな緑に覆われた山々ではなく、土色ばかりの岩肌が剥き出しになっている随分と荒れ果てた土地。
 その異質な光景のど真ん中にいつの間にか私達は立ち竦んでいた。
 驚きと呆気に取られた感覚にぱちぱちと目を瞬かせ、数秒かけて目に入ってきた情報を処理しようとゆるゆると目を動かし始める。


「――戻って来れた、のかな」

「みたいだな」


 ――ん?
 安堵の呟きに返事をしたのは、随分と低い位置からのものだった。
 それだけでなく、声自体が今までの聞き慣れたものよりずっと高いトーンの声。自分の隣にいるということは一緒にゲートを潜ったインプモンで間違いないはずなのだが。
 声の主に何があったのかとチラリと声がした方向――足元を見ると、そこにいたのは濃い紫色をしたまんまるのシルエット。


「……も、もしかして………………インプモンさん?」

「……だったらなんだよ」


 震える声で恐る恐る訊ねる。すると一等身のそれは途端に口をへの字に曲げて、ムスッと拗ねたような口振りで答える。
 その姿はコロモンやトコモンなどの小さな一頭身デジモン達と似通った雰囲気を纏うデジモンだ。濃い紫色の体はインプモンと同じ色で、白色だった顔の部分は茶色をしている。小悪魔のようなイメージはそのままなのだが、形も相まって色味がどこか美味しそうに見える。
 ――つまりはゆるキャラやマスコットのような、可愛いちびデジモンがそこにいた。結構呑気してた灯緒もこれにはビビった!


「クッソ可愛いやんけ!お前こんなちっこかったのか!ギザかわゆす!」

「だーーーーーッもううるせえッ!」

「ギップリャ!?」


 ワッショイと抱き上げれば牙を向いて威嚇される。威嚇はともかく、中身は全く変わっていなくて安心した。
 どうやら『ヤーモン』という名前のデジモンで、インプモンの前の段階の姿だそうだ。
 恐らく、かなりの力を消耗した為にインプモンの前段階――幼年期まで一時的退化をしてしまったのだろう。完全体になるためとそれを維持するのには思ったよりも沢山の力がいるようだ。
 それが分かっても可愛さに夢中になってぐりぐりと撫で回していると、とうとうプッツンしてしまったヤーモンにタックルを喰らうことに。
 そうして空気の読めない一悶着の後、やっと本題へと入る。


「つーか、そんなことはいいんだよ!それよりここは何処なんだって話だろーが!」

「アッハイ」


 今までデジタルワールドで旅してきた中を思い浮かべても、一度見れば忘れないくらいの独特な雰囲気を醸し出すこの風景には特に見覚えもない。今まで一度も来たことのない場所だ、ということしか分からず二人してハテナを浮かべる。
 とにかく、うだうだと言ってここに留まっていても仕方がない。今私達がやらなければならないこと、それは太一やアグモン達――選ばれし子供達みんなと合流をすることだ。
 現状手がかりも何も全くないスタートだが、それで諦める理由もない。一刻も早く仲間達みんなを見つけなければ――と頭によぎるそれぞれの顔を思い浮かべる。


「それにしても、なんていうか変な雰囲気のとこだね。廃れてるっていうか寂れてるっていうか」

「随分土地が荒れてるな。こんなトコ見たことねぇ」


 両脇に数メートルに及ぶ高さを誇るゴツゴツとした岩壁があり、その岩肌や崖上には枯れた大木やカサカサの水分の無い草がぽつぽつと点在しているのが見える。
 その岩壁の谷間に沿ってしか歩くことができない狭く限られた道を目的地も定めずに歩き始める。そんな道の真ん中でキョロキョロと忙しなく眺めていたその時、


「――――バッカモオオオオオオオン!!!!」

「ぶ、部長!?警部!?いやお父さん!?」


 突如、二人の背後から乾いた地面を震わす程のとてつもない大声が響く。
 ビリビリと鼓膜を震わす程の大音量に、驚いて飛び上がり慌てて声がした方へと振り向く。少し離れている岩壁に挟まれた道の先にその声の主はいた。
 亀有の某部長でも大怪盗を追う警部でも某磯野家の父でもなく、巨大なデジモンが仁王立ちでこちらを見ていた。そのデジモンの風貌は何度か見たことのある姿なのだが、その見たことのあるデジモンとは少し異なっていることに気付く。


「えっと……ティラノモン?」

「お前達、そこは時急域だぞ。早くこちらに来んか!」

「え?というかなんで……」

「四の五の言うな!早くと言っとるのが分からんのかこのボンクラがぁ!」

「はい喜んでー!」


 突然の謎のデジモンの登場に訝しげに見ていれば、急かすというよりまるで熱血先生が生徒に叱咤するように一喝される。そのあまりの迫力に灯緒は反射的に返事をして慌ててヤーモンを小脇に抱え、急いでそのデジモンの方へとつんのめりながらも走った。
 シャトルランのように走り抜け、すぐに側まで来る。大声のデジモンのその巨体とどこか猛者を匂わすただならぬオーラを纏う彼の姿に、灯緒は息をきらしながらも思わ圧倒されて間抜け面で見上げてしまう。
 そのデジモンは一見いわゆる赤い身体の緑の背を持つあのティラノモンなのだが、その姿とは異なり「一回り大きい巨大な黒い身体の傷だらけのティラノモン」のような風貌をしているのだ。
 失礼であるにも気付かずに彼をまじまじと見ているのに対し、青空を映した大きな双眸が私達をジロリと捉える。


「ふむ……。お前達、此処らでは見ない顔だな。何故あのような場所にいた?」

「へい、おっしゃる通りあっしらは旅の者でさあ。気がついたらあそこに迷い込んじゃったみたいなんですけど……」

「旅か、ならばあの場所を知らなくても仕方がない。あそこは『時急域』という、他の土地と違い時間の流れが急激に早いという非常に稀有な地域だ。時急域で時を過ごした者は須らく寿命をひどく早く迎えてしまう。この辺りに住むデジモンたちも避けて通る危険地帯だ」

「えっ、時間の流れ?急にものすごくファンタジーになってきたね」

「……なるほどな、だからあんなに荒れてたのか」


 ええ〜っ!とマスオさんばりの驚き方をする灯緒に対し、ヤーモンはすぐに合点がいったらしくあまり驚いていない様子だ。
 流石に慣れてきたとはいえ、いきなり時間の流れとかいう素敵SFワードが飛び出せば現代人もびっくりぽんや。


「うむ、理解が早くて助かる。そして今お前達がいるこの場所は『時静域』と呼ばれ、反対に時間の流れが極端に遅い。こちらに居ればまず安全だ」


 流石は未知の裏世界デジタルワールド。
 軽く一月は居るが、この世界は私達の想像できないようなものがまだまだある。というより、いちいち驚いて疑ってかかっていたらキリがないレベルである。それがデジタルワールドクオリティ!


「時にお前達、名はなんという」

「人に名をたずねる時はまず自分から名乗るのが礼儀じゃねーのか」


 ツーン、と顔を背けてヤーモンが返事をする。おいおい、この子ったら今自分が幼年期だってことを忘れてませんかね。
 今ならどんな敵でも襲われてしまえばひとたまりもない、ましてやその相手がこの強者の匂いがプンプンするデジモンだ。完全体に進化出来たことに対して内心めちゃくちゃ喜んでいる表れだろうが――いや、やっぱりこの子反抗期なのかしら。
 その自信に満ちた態度に何を思ったのか、ティラノモンは一瞬静かになる。その反応に思わずドキリとしてしまうが、こちらのそんな思いを杞憂だと言うようにティラノモンは大声で笑い飛ばした。


「――――。フハハハハハ!そのなりでこのワシを前に物怖じなく生意気な口を叩くとは、お主気に入ったぞ」

「…………」


 強者の余裕、あるいは上の者としての器。まさに熟年の卓越した考えを持っているデジモンなのだというのをひしひしと感じる。
 その妙に嬉しそうな様子に、今度はヤーモンが一瞬静かになったと思えば思いっきり面倒臭そうに顔を顰めた。
 後日談によると、この時目の前のティラノモンに灯緒と同じ暑苦しい雰囲気を感じた故のしかめっ面らしい。地味に失礼だな君!?


「ワシはティラノ師匠。この古代卿――時静域と時急域を統括する長よ」

「これはこれはご丁寧に、私は矢吹灯緒。で、こっちの生意気なのはヤーモン。どうぞよしなに!」

「――ふむ。その肝っ玉もいい」


 どこか目の前の彼が以前好意的に私達を助けてくれたピッコロモンを思い出すような雰囲気を纏っていることに、灯緒も自然と口角が上がる。勘でしかないが、このティラノモンもきっと私達選ばれし子供達の力になってくれる貴重な存在かもしれない。
 ティラノ師匠が灯緒とヤーモンをその空色の瞳で見定めるように一歩近付く。少し近づいただけで顔を見上げるのに首が痛くなる程の大きさだ。もちろんそう感じるのは大きさだけではないのだろう。


「どうだお主ら、ワシの元でひとつ鍛えてみんか?」

「急ぎの用があるんだ。悪ぃが他あたれ」

「そうそう、ソーナンス!私達はぐれた仲間達を探してるんですよ!私達みたいに人間とデジモンのコンビの集団なんだけど、師匠は見たことない?」


 正論だが心の底ではただ面倒臭いという理由でバッサリと切り捨てただろうヤーモンはさておき、その言葉に灯緒はぽん!と手を叩く。
 そう、何としても私達は一刻でも早く子供達みんなと合流しなければならないのだ。
 みんなとはぐれて自分達だけ元のリアルワールドへ戻り、あれからどのくらいの時間が経ったのかも、今この場所があのピラミッドのある砂漠からどの辺りの位置であるのかも、あの後離れ離れになってしまったみんながどこにいるのかも。全てが全く検討もつかないのが現状だ。
 手がかりは全くのゼロから始まってしまったのだ。そんな中ただ一つ、目の前の頼れそうなデジモンとの出会いは本当に幸運だったと言えよう。
 藁にも縋る思いとはまさにこの事と灯緒はティラノ師匠を見上げて訊ねると、対して彼は首をひねり、


「人間とデジモンの……。お前達、もしや選ばれし子供達か?」

「なんと、選ばれし子供達をご存知で!?」

「うむ、勿論だ。今やこの世界の命運は選ばれし子供達にかかっているのだからな。だがワシが見た選ばれし子供達とやらはお前達が初めてだ。――そういうことであればワシも協力を惜しまぬ。ワシの弟子達に探させよう」

「本当!?願ってもない申し入れ、ご協力感謝します師匠!」


 自分でも分かるほどパアッと表情を変えれば、ティラノ師匠も深く頷き返した。どうやらティラノ師匠は灯緒が先程感じた通りの、理解のある味方側のデジモンだった。みんなとはぐれている今、私達を理解してくれる仲間のデジモンの存在は非常にありがたい。
 こうして話はとんとん拍子に進み、奇跡的な出会いの縁で私達二人はティラノ師匠の元、この時静域で修行をすることになったのだった。











 ――と言っても、やることと言えばティラノ師匠の出すスパルタ特訓メニューをただひたすら受けるというものだ。
 『特訓メニュー』という形式はピッコロモンの時とあまり変わらないが、同じ響きでありながらそのスパルタ具合は段違いだった。
 階段登りや掃除なんて今聞けば可愛らしいぐらいだがそういったものではなくもっと実戦的なもので、打ち込み、大岩動かし、パンチングマシーン、走り込み、滝修行など――本当のプロ仕様トレーニングマシーンを使うという超本格的トレーニングなのだ。エイドリアーン!
 しかも特訓を受けるのがまたヤーモンだけなのである。ティラノ師匠が灯緒の怪我を知るや否や、灯緒は怪我の療養に専念しろと言うのだ。ピッコロモンの怪しい薬のお陰で早くも傷口がもうほぼ治っているとはいえ、念の為しばらくは様子を見ろとのこと。
 なので灯緒はスパルタメニューでひいこら苦しんでいるヤーモンの特訓姿を傍観する形で応援するしかないのである。


「ヤーモン頑張れ〜!出来る出来るやれば出来る頑張れ気持ちの問題だどうしてそこで諦めるんだ諦めんなよシジミがトゥルルって頑張ってんだNEVER GIVE UP!」

「外野は黙ってろ!それよりこんなことしてて本当に大丈夫なのかよ……ちゃんと見つけられるんだろーな」

「お主らが心配するような事などない、何せここいら辺の者を総動員しているからな。並大抵の数ではないぞ」

「ごはん食べろ!」

「うるせえっつってんだろ!!」


 またこうしている間にティラノ師匠が宣言してくれた通り、地の利と人脈のあるティラノ師匠が他の弟子たちなどに言って他の子供達を探してくれているらしい。
 それは大変良いのだが、それよりも数時間もしない内にヤーモンがやってられっか!と逃げ出しそうな雰囲気である。
 そんなこんなで数時間――ここは時静域のため外ではおよそその経過時間の半分以下――そんな心配をしていた矢先、打ち込みトレーニングをしていたヤーモンの身体が光を帯びたことに灯緒はもちろんティラノ師匠も珍しいのかおおっと目を張る。


「おお、進化とな」

「ああー……可愛かったのに……」

「お前そればっかだな……」

「よし、なら内容を変えよう。修行じゃあ!」


 まんまる可愛らしいシルエットが見慣れたインプモンの姿へと変わり、寂しさ故に灯緒は少しガッカリするが、すぐにやはりインプモンの姿の方がしっくりくるなと勝手にガッカリして勝手に満足気に頷く。うん、あの子憎たらしい顔が一番可愛いな。白いから頬が紅くなるのがとても分かりやすくて面白い。
 なんにせよ無事進化できたことで体調その他諸々調子がいいことも分かったし、いつ敵が襲ってきてもその上の進化も難なくできるだろう。
 進化に喜ぶのもつかの間、すぐにティラノ師匠の厳しい鞭が飛んでくる。なんだかんだでやる気を見せるインプモンと、灯緒はにやけた顔を隠さないまま、こうして再び修行の身となったのだった。



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