digimon | ナノ

01 「汝の或るべき姿に戻れ!レリーズ!!」氷の追憶アイスデビモン!

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 覚えているのは夏の香りと空の青さ。


「…………う」


 目蓋に当たるまばゆい光に目が痛くなって、思わず手の甲を額に当てながらゆっくりと目を開ける。

 私は地面に仰向けで倒れていた。

 懐かしい夏の香りがする。辺りをじんわりと震わす程のたくさんの蝉の声と、青々とした木々の木漏れ日を浴びながら起き上がる。
 ええっと、私は何をしていたんだっけ。


「気が付いたか」

「インプモン」


 思考を巡らす前に、すぐ横に座っていたインプモンが声をかけてきた。既に起きていたインプモンの普段と変わらない姿を見てほっと胸をなでおろす。
 そうして落ち着いた頭で周りを見渡してみれば懐かしい風景が広がっているのに気が付く。
 しばらく見ていなかったが間違いない、ここはデジタルワールドに飛ばされる前に私が見ていた風景だ。


「まさかここ……元の世界?」

「そうなのか?」


 私の言葉にインプモンがきょとんとして首を傾げる。デジタルワールドの住人なのだ、当然の反応だろう。
 立ち上がって土を払いながら私は後ろの建造物に振り返る。
 やはりそうだ。私は現実世界に戻って来たのだ。


「うん、ここ私がデジタルワールドに飛ばされた場所だよ。墓参りしてたんだ」

「っつーことは、これ墓なのか?」

「◆ここにねむるは あなたのゆうき。よくたたかい きずつき たおれた。」

「目の前で縁起でもねぇこと言うなよ!」


 キレのいいツッコミを聞きつつお墓に向かって合掌する。そうして私から視線を外し目の前にあるお墓をインプモンはまじまじと見る。
 そこには木漏れ日を浴びる敷地は軽く掃除されており、水や仏花が置いてある。この光景はデジタルワールドに行く直前のままだ。

 そうだ、もちろん覚えている。
 この蒸すような暑い夏の日に、私は一人でひいこら言いながら山の中腹まで登り、ようやく我が家のお墓まで辿り着き墓参りをしていた。そして疲れた体を休めながらふと空を見上げ、太陽に目が眩んでいたその時だ。隕石もといデジヴァイスが私の脳天に直撃したのだ。
 運が良いのか悪いのか、そこで私は気を失ったという訳だ。


「……最後すっかり忘れてたけど思い出したぞ!デジヴァイス痛かったわばっきゃろー!誰の陰謀だ!?」

「ある意味運いいよな。全然これっぽっちも羨ましくはないけど」

「そんな運いらん!不運キャラじゃあるまいし!なぜじゃあぁああああ」


 もしここが私達の元の世だとすればデジタルワールドからどうやってここに飛ばされたのか。

 それを考えるとやはり最初に思い浮かぶのは、気を失う前の最後に見た光景。エテモンを倒した際の爆発で生じた空間の歪みに太一とメタルグレイモンが吸い込まれていき、それに私も飛び込んだ、というものだ。
 おそらく、メタルグレイモンの高エネルギーの攻撃と元々エテモンの体にも生じていた空間の歪みが衝突した結果、想像以上の激しい歪みが起こりブラックホールのように吸い込まれ、どういう原理かは不明だが空間を超えて私達はこの世界に飛ばされたと考えるのが妥当だろう。

 もちろん超理論であるのは理解しているが、それで現状に辻褄が合う。そもそも、デジタルワールド自体が超理論の塊の世界なので今更と言えば今更なのだが。


「あ、そういえば太一とアグモンは?一緒に吸い込まれたなら近くにいるんじゃあ……」

「お前が白目剥いてる間にそのへん少し見てきたけど近くに誰もいなかったぞ」

「墓場で白目とか完全にホラーサスペンスだな!しかし、うーんそっか……」


 流石はインプモン、抜かりはないようだ。
 近くにいないとなると考えられるのはこちらの世界の離れた別の場所にいるか、はたまた実はデジタルワールドに残っているか。どちらかの真偽を確かめたいが如何せんその術はない。
 どちらにせよ、先にブラックホールに吸い込まれた太一とメタルグレイモンもこちらの世界に帰ってきている可能性に賭けたいのかのが本音だった。


「つってもここでウダウダしてたって仕方ねぇ。これからどうする?」

「……とりあえずここが現実世界なら確認も兼ねて家に行こう!太一達もこっちに戻ってるかもしれないし、それも確認しなくちゃね」


 まずは現状把握が最優先だ。仲間達がいない今、頼れるのは己のお世辞にも賢くない頭しかない。ここでも私は仲間達に頼りきっていたんだなと痛感する。
 そんな思惑を他所にして私が言った言葉にインプモンも頷き、私達は急いで山道を降りることにした。











「って誰一人も連絡先知らないじゃねーか!!!!」

「んだよマジ使えねぇな」

「今は返す言葉もないざんす……」


 自宅に着き、電話機を手にとった瞬間最悪の事態に気付いてしまった。
 デジタルワールドにいた時は常に一緒に行動していたためにすっかり忘れていたが、私はメンバー全員の連絡先も分からないし私から連絡を取る手段が無いのだ。
 逆に私以外のみんなはそもそも友達で顔見知りの仲なので連絡先など普通に知っているだろう。自分のぼっちイレギュラー感を思い出され精神的にも泣きたくなった。


「本格的に私らだけか……なるほどSUNDAYじゃねーの……」


 だが自宅に着いたことで家も近所もいつもと変わらない様子なのを目の当たりにし、私は本当に元の自分の世界に帰ってきたのだと確信する。
 カレンダーを見たところ今日が八月一日なのは間違いではないようだし、デジタルワールドに飛ばされた日の当日に帰ってきたようだ。もうわけわかめ。
 こうなったらキンッキンに冷えてやがる麦茶を一気飲みするしかない。麦茶!飲まずにはいられないッ!


「せめて電話番号でも聞いてりゃあな〜〜べらんめぇっ!」

「なんで酔っ払いになってんだよ」


 かーッとオッサンのように麦茶を飲み干す。久しぶりの麦茶は五臓六腑に染み渡るぜ!麦茶最高!
 デジタル世界に何ヶ月もいたためただの麦茶でさえ今の私には感動モノだった。無尽蔵に手に入ると分かるとテンションが上がりに上がって他にも何かないかと冷蔵庫を覗く。しばらく食事らしい食事もしていなかったのだ、見る物全てが美味しそうに見える。ああ、お腹減ってきた。
 私が冷蔵庫漁りをしているその間、インプモンは珍しいものが多いのかキョロキョロと暗い室内を見渡していた。


「なあ、誰もいないのか?」

「ああ、いつも今の時間は畑か田んぼに行ってるんだよ。農家は忙しいからね〜」

「のーか?」

「仕事がお米や野菜とかの食べ物を作るお家ってこと!そうか、お昼か……」


 壁にかかった振り子時計を見ると丁度昼の12時を回った頃を指している。山を降りてきた時間を込みで計算すると、こちらの世界に戻ってきてから軽く30分を経とうとしていた。
 丁度いい、昼飯時だしご飯を食べながらこれからを考えよう。そう思い立てば私はパパッと作れそうなものを冷蔵庫から取り出して机に並べた。


「食べながらデジタルワールドに帰る為にはどうすればいいか考えよう!腹が減っては戦が出来ぬ!そう、アサガオ会議だ!」

「素直に腹が減ったって言えよ、めんどくせえ奴だな」

「ツンデレの代名詞にだけは言われたくないね!?」


 確かに自分の言葉や表現は無駄に遠回しだと自負しているが、面倒臭い奴の代名詞のツンデレ属性を持つインプモンにだけは言われたくない。
 料理をするその前に、デジタルワールドにいた間着っぱなしであった汗や砂にまみれた服を変えよう。いくら農家だといってもこんなひと昔前のお百姓みたいな格好をいつまでもしていられない。お里が知れてよ!
 駆け足で自分の部屋に行き、新しい服に着替えて再び台所へ戻ると開口一番にインプモンは憎まれ口を叩いた。


「デデドン!どうよ?星何個?」

「……似合ってるぜ、子供みたいで」

「子供で悪かったな!」


 というか中学生はまだ子供の範囲だろ!と、頻繁に小学生に間違えられる容姿の私は盛大にツッコんでおいた。













「おまたせちゃん〜。さあ食べよう!ほしたべよ!」

「……これ、本当に食えるのか?」

「いちいち失礼だなお前は!食ってみろほっぺたもげるから!」

「それじゃ毒物及び劇物じゃねーか!落ちるだろもげねーよ!」


 小一時間後、出来上がった簡単な料理を皿に盛りちゃぶ台に並べる。献立は夏真っ盛りメニューで、ピーマンやナスを甘辛く炒めたものと冷やしトマト。そして夏といえばコレ、そーめんだ。
 インプモンと机を挟み向かい合う形で座り、いただきます!と手を合わせる。インプモンと二人で昼ご飯だ。今まではずっとみんなといた為に、こうして二人だけで食事というのもなかなか珍しい。


「はあ〜美味しい!こんなちゃんとした料理って言えなくても今までが今までがだったから凄く沁みる……夏野菜最高やでぇ……」

「基本木の実とか果物で、後は魚とかだったしな。まあオレらはそれが普通なんだけどな」

「そう考えるとデジモンってかなり野性味溢れるな、人間より動物寄りっていうか」

「知能は全然変わらねーと思うけどな。オマエを除いて」

「それ上じゃなくて下の意味で言ってるよね?知能が」


 知ってたけどね!と不名誉に胸を張る。
 デジタケやブルーリンゴなどが多かっただろうか。海や川ではデジジャコにデジマスが主だった。それらは不味いことはなかったが舌が肥えている現代人には中々新鮮味もありつつ物足りなさもあった。そういえばデジカムルまでは食べたことがない。いつか食べてみたいなぁ。

 簡単な料理を噛み締めながら縁側から覗く外の景色に目をやる。
 田んぼや畑など生い茂る緑が広がり、夏の焼けるような暑い日差しが相変わらず降り注いでいる。聞こえるのは盛大な蝉の声と時々揺れる風鈴の音だけで寂しいので、私はなんとなくリモコンを手にとってテレビの電源を入れた。


『――8月1日、お昼のニュースです。最初は連日お伝えしている異常気象のニュースです』

「あ」

「なんだ?」


 気まぐれにテレビをつければタイミング良くぴったりニュースがはじまった。例の最近問題とされている異常気象のニュースからだ。
 ふとデジタルワールドに飛ばされる前にも連日よく放送されていたのを思い出す。実際デジタルワールドに飛ばされる前は実に今日に当たるので何ら変化はないだろう。
 そう特に意識もせずニュースキャスターの声に耳を傾けながら観ていると、映像が変わった瞬間目に飛び込んできたのは思いもよらないもので。私は思わず目を見開いた。


『東南アジアでは依然として全く雨が降らず水田が枯れて住民にとって深刻な問題となっています』

「メラモン!?」


 元は田園風景だったであろう場所の映像に薄っすらとぼんやりと写っていたのは、以前ミハラシ台で出会ったメラモンだった。いや、同一デジモンであるかはわからないがとにかく私の知っているメラモンというデジモンの姿だった。
 一体どういうことなのだろうか。意味が分からず驚きのあまり私とインプモンは固まったまま、そのままテレビに釘付けになる。次々に流れる映像に驚きを隠せないまま。


『中東では記録的な大雨による洪水、北米大陸では真夏というのに雪で覆われています。その他、アメリカ環境保護局のレポートによりますと、現在ニューヨーク市の200倍にあたる――……』

「シードラモンに、ユキダルモン……」


 ニュースの映像が切り変わり各地の異常気象が起こっている地域を写す度、そこにはぼんやりとだがデジモンの姿が確認できた。
 何故デジモン達がこちらの世界のニュースの映像に写っているのだろうか。まさかテレビが壊れていて、なんてこともあるまい。
 デジモンはデジタルワールドの住人であるはずなのに。デジタルワールドと現実世界はとても近くに存在する世界だが、厳密には全く別の世界であると以前光子郎も言っていた。ならお互いその世界にいることが通常だ、決して他の世界に姿を現すことはない。
 それなのに今起きた事は一体どういうことなのだろう。


「灯緒、今のは本物のデジモンで間違いねぇ。こっちの世界に干渉してやがるんだ」

「つまり……本来交わることの無い世界同士が接触していることで、デジモンが現実世界に干渉していて……それが原因でここ最近の異常気象が起きているとしたら……?」


 メラモンは日照り、シードラモンは洪水、ユキダルモンは大雪。
 個々のデジモン達の性質にあった異常気象が起きているとすれば、デジモン達の存在がこちらの世界に影響を及ぼしているのは明白だった。
 もしそれがこのまま続いてしまえば遅かれ早かれ、想像の範囲内ではあるが恐らくこの世界のバランスがおかしくなってしまうのだろう。また干渉する方であるデジタルワールドの方も自身に何も影響がないとは思えない。行く先が分からずとも何かしらの悪い方への変化は訪れるだろう。つまり両方の世界の危機なのだ。
 きっと、選ばれし子供達という私達の役目は―――。


「これをくい止めるのがオレ達の役目、ってことか。やっと見えてきたぜ」

「……なるほど、ねぇ。ぼんやりとだけど全体像が見えてくると、私らが成すべきことって随分と重たいじゃんか」


 ここに来て、この情報はかなり貴重だと己の勘が言う。
 現実世界でこのことを知った今、ぼんやりとだが私達選ばれし子供たちがすべきことが徐々に見えてきた。以前レオモンから聞いた島の伝説やゲンナイの話が真実を露わにしたのだ。選ばれし子供たちがデジタルワールドを、デジモンたちを救う、救世主なのだと。そしてそれに現実世界が加わっただけのこと。
 ――そうとなればここで私達だけがのんびりとしている暇はない。皿を持ち上げかき込むようにして急いでご飯を平らげる。腹が減っては戦はできぬ!


「こうしちゃいられない!このことをみんなにも知らせないと、早くみんなの元に戻らないと!40秒で支度しな!」

「でもどうやって行くんだよ?行った時も戻ってきた時もどうやったかわかんねーんだろ?」

「それはえっと、うーん……デジタルワールドって言うくらいだ、光子郎くんもコンピュータネットワークがどうのこうの言ってたし……つまり媒介となるものは……」


 考えろ、考えろ、考えろ。
 今や選ばれし子供達はどちらの世界の危機を救わねばならない時なのだ。全ては私達の手に委ねられているという状況なら、全身全霊をかけてそれに応えるのが筋だ。思考停止は許されない。
 そう心で言い聞かせつつも、残念なことに私は自分で気付いている。私は思考を止めはしないものの人より飛び抜けて賢いわけではない。ただ前を見て必死に懸命に走るだけが取り柄だった。
 いつも頼りきっていて不甲斐ない、申し訳ないと思いつつも、こんな時に光子郎くんがいてくれればどれだけ心強いだろうか。そう思い光子郎を頭に浮かべた瞬間、彼がいつも持っていた物がハッキリとうつる。


「パソコンだ!」












「ワトソンくん、ちょっとこっちへきてくれないか」

「誰だよ」


 そう言ってインプモンを連れてやって来たのは、家から出てしばらく田んぼ道を突き進んだところの山の麓。
 途中、ご近所さん達に偶然出会う度に挨拶をされた際、慌ててインプモンを高性能な喋るぬいぐるみ扱いして切り抜けたりと中々大変であった面白可笑しいエピソードはここでは割愛しておこう。
 そこはいわゆる廃材、廃品回収の物置場だ。広い敷地内にジャンク品がこれでもかと積み上げられている、普通の人は寄り付かないゴミ捨て場。
 通い慣れたその場所を私は迷わずその中を突っ切るように進んでいく。


「なんなんだ、ここ?ゴチャゴチャして汚えところだな」

「私の秘密基地さ!ホラホラホラ〜こっちこっち!」

「……ナニコレ」


 じゃん!と両手を広げてポーズを取る私の背には、元が何か分からないような大きな機械を積み上げて壁を作り、屋根代わりに防水のシートをかぶせただけの秘密基地と呼ぶにはかなり無骨な秘密基地だ。
 ポカンと、というよりは呆れたような表情のインプモンをそこに置いて私は扉のつもりの布を捲り、さっさと秘密基地の中ヘ入る。


「ようこそ!歓迎しよう、盛大にな!」

「いいのかよ、こんな所でこんな変なモン作って……」

「変なモンじゃない!秘密基地は全国のおこちゃまのロマンだ!」

「おこちゃまって認めやがった」


 秘密基地、と言って誰もが憧れる理想の秘密基地は木の上に建てられたログハウス調の秘密基地だろう。それとは随分かけ離れてはいるが、贔屓目に見ても私一人で一生懸命に作ったこの秘密基地も、メカメカしい重厚な雰囲気もあって中々いい線を行ってると思う。


「まあ聞けよ!土地はうちの土地だからヘーキヘーキ」

「え、うちの土地……?」

「せやで。ここだけじゃなくて辺りの山も我が家の土地だよ。田舎の地主で土地だけはあるんだ。だからかなり広さはあるんだけど、残念ながらお金にはならないけどね」


 そんなことをぼやきつつ、実際土地だけはあって助かったと思う。その土地の中にこうしてジャンク置き場があったのも。
 私がここへ来る度こっそりコツコツと改築改造を繰り返し、長い年月をかけてようやく一人でここまで居心地の良い秘密基地を作ったのだ。我ながら自慢の基地である。
 そんな秘密基地自慢もいいが、ここに来た意味を成さなくては。そう改めると私はこの秘密基地内だがそこそこに広い空間の隅に置いていたものをインプモンに見せる。


「元はジャンク品だけどパソコンもあるんだよ!これが本命。実は我が家にはパソコンが無くってね。これを使おう!」


 パソコンはあるのはあるのだがそれは完全仕事用だと名打ってあるので、所有者が留守の今無断で使うことは私にはできない。
 隅に置いてあった旧式のノートパソコンを抱えて部屋の中央へ。元々はこのジャンク置き場に転がっていた代物だ。旧式ではあるが見た目はまだ綺麗なものだったので、どうにかすればまだ全然使えるのではと思い基地内に放置していたのだ。まさかこれがこんな大事な場面で役に立つかもしれないとは、偶然ではあるがこれを拾った当時の私に感謝したい。


「以前、デジタルワールドでだけど電源や電波がちゃんとなってなくても光子郎くんのパソコンが使えたことがあってさ」

「それがこのパソコンにもできるといいが……。賭けだな」


 そう目論んではいるが保険のため以前これも何かに使えそうだとジャンク置き場に転がっていた自家発電機を作動させる。
 そうしてパソコンを開いて設置し思いつく限りの準備を終えたところで、私は画面に向かってデジヴァイスを突き出す。


「汝の或るべき姿に戻れ!レリーズ!!」

「……何にも起きねぇな」

「ぐぬぬ。掛け声が悪かっただろーか……まだだ、まだ終わらんよ!」


 よっ、はっ、ほっ、アチョーと次々に変なポーズをしながらパソコンの何も反応のない真っ暗な画面に食いつくが、しばらく経っても画面に自分の馬鹿している姿が映るばかりだ。もちろん、デジヴァイスの方も変化はない。
 ただ気持ちだけが前に行って無駄な動きばかりするものだから当然私は息を切らす羽目になってその場に尻餅をついた。


「くっそー!全然ダメか……パソコンまでは良い線行ってると思ったんだけどなー何か他に決め手があるのかな」

「どうだろうな、パソコンよりデジヴァイスの方が何かあるんじゃないかと思うけどな。聖なるヴァイスなんて言うくらいだろ」

「そうだよね。そういえば初めてインプモンを見つけた時……会った時だって、デジヴァイスの反応があったからだし」


 だから何かあった時、デジヴァイスを信じたい気持ちがあるのだ。
 事実、一番初めにデジタルワールドに飛ばされた時や毎回の進化の瞬間、暗黒の力の浄化など様々な場面で反応を見せるキーアイテムだと思わせる代物だ。だから今回ももしかすると役に立ってくれるのではと期待はしていたが。


「でもなんの反応もない、か。仕方ない、別の方法を考え……」

「待て。――急に寒くなったぞ」

「え?……そういえば、なんか妙に……」


 顔を上げればインプモンが布の扉に睨んで立つ。
 確かに言われた途端、涼しい風が入り口の布を揺らして入ってくるのに気が付く。もちろんクーラーも無い秘密基地内は蒸し暑いし、外からやってくる地面で更に加熱する熱風もある。
 それを考慮すればこんなに涼しい風、基凍えるほど刺すような冷たい風が吹き込むなんて明らかにおかしい事態だ。
 まさかテレビでやっていた異常気象のように、それがここでも急に発生したとでもいうのだろうか。何にせよ異常であるには変わりない。確かめなくては。そう思いインプモンと顔を見合わせて互いに頷くと、同時に布を勢いよく押し開けて外へと飛び出した。
 目に飛び込んだのは、白銀に覆われた世界だった。


「な、なん!?」

「こんな短時間で……!」


 ついさっきまではあんなに真夏日で蒸すような暑さが立ち込めていたというのに、一体何が起きたというのだろう。
 私達が急いで外へ出ると、季節外れもいいところの雪がかなりの勢いで吹雪いていた。ごうごうと唸る横殴りの暴風に粉雪が混じっているため視界は白く狭く、既に辺りにはある程度雪が積もっている。降り始めてまた間もないはずなのにこれだけ早いとかなり激しく降っていたらしい。


「こなああああゆきいいいいいい!ねぇこっこーろまーでしーろくー」

「うるせえ。温度差で風邪ひきそう。いいから行くぞ!」


 最近のこういった異常気象は先程ニュースで見たようにデジモンの仕業だろう。大雪の地方でカメラに写っていたのはユキダルモンであったが。とりあえずデジモンが原因だろうと目星をつけて吹雪の中に足を踏み入れる。
 雪が目に入らないように手を額に当てながら、インプモンと離れないようにして雪道を行く。
 直後、秘密基地から少し距離のある電柱の上にどこかで見たような覚えのあるシルエットに気が付いた。


「あれは……アイスデビモンだ!」

「デビモンだぁ!?全く、何でこう縁があるのかね。もう関わりたくないんだが!」


 もうデビモンにはいい思い出なんてひとっつもない。忌々しく見上げるとそこにはアイスデビモンという名の通り、白く冷たい色をしたデビモンそっくりの姿をしたデジモンが立っていた。所謂色違いデジモンだ。
 どうやらアイスと名につくように、今この吹雪がアイスデビモンが起こしている異常気象だと確信する。このままの調子で激しく吹雪されるとそれこそ異常気象のニュースのトップ入りを果たしてしまうだろう。なんとしても止めなければ。
 まだこちらに気付いていない奴に向かってインプモンが走りだす。


「行くぞ灯緒!」

「おーよ!この喧嘩、お前にまかせた!」

「インプモン進化!――フレイウィザーモン!」


 私がデジヴァイスを取り出すと同時に、颯爽と進化を遂げたフレイウィザーモンがアイスデビモンへ突進していく。
 吹雪で視界が遮られている中でも、目敏く進化の光でこちらに気付いたアイスデビモンがフレイウィザーモンに振り返る。明らかに敵意を放つフレイウィザーモンを敵だと判断したらしくその細く長い腕をゆらりとした動作で構えた。


「――――」

「このまま雪を降らされちゃ地元の農作物に深刻な大打撃だ。絶対にそんなことさせてたまるか!地元の爺ちゃん婆ちゃん達、オラに力を分けてくれーっ!」

「農業事情はよくわかんねーけど……とにかく倒す!」


 吠える私達をなんの感情もない目に写すアイスデビモンの真意は伺えない。どことなく、デジタルワールドで出会ったデジモンたちと比べて生気が感じられないのだ。それが真実であるのか、アイスデビモンがそういうデジモンであるのか。
 そんなことを考えいても埒が明かない。とにかく、とフレイウィザーモンはその腰の二本のマッチ型杖を前に突き出して構えると、杖の先端から炎の渦がアイスデビモンを飲み込もうと迫る。


「お前はオレにとって過去の愚かしい幻影なんだよ!とっとと失せやがれ!ファイヤークラウド!」

「――――」


 眼前に灼熱が迫りつつあっても涼しい顔のまま。その紅い瞳はどこかフレイウィザーモンではないどこかへと向いているようで。
 そこで弾かれるように気付いた。


「――待て、1匹じゃない!」

「ぐぅっ!」

「フレイウィザーモン!」


 咄嗟に声を上げたが一歩遅かった。
 前のアイスデビモンに気を取られていたフレイウィザーモンの横腹を、突如として姿を表した二匹目の別のアイスデビモンが長い腕で叩きつけた。
 フレイウィザーモンが不意打ちに防御できず、呻きながらふらつく。それを見ても尚余裕の現れかアイスデビモンの動きは緩やかだ。


「二体、かよ……っ」


 打撃を食らった位置に手を当てつつフレイウィザーモンが二体を睨みつける。まさかアイスデビモンが二体だとは思いもよらなかった。だが二体いることでこの妙に凍てつく激しい吹雪の理由も伺える。
 一対二。恐らくアイスデビモン一体の力がフレイウィザーモンと同等だろうが相手は二体。地の利も既に白銀の世界に塗り替えられ相手側の得意とする状況では圧倒的に彼らが有利。
 フレイウィザーモンは戦況が悪いと本能的に察知する。


「――――」


 一秒だったか一分だったか、はたまたそれよりもずっと長い時間だったのか。フレイウィザーモンの苦痛を浮かべながらも鋭い眼光とアイスデビモンの凍てつく双眸が二つ、牽制し合うようにぶつかる。
 どちらが先に動くのか。一瞬の隙を見逃すまいとお互い神経を尖らしていたが、先に動いたのは片方のアイスデビモンだった。
 だがその動きは私もフレイウィザーモンも全く予想のしていなかったものだった。そのアイスデビモンはそのボロボロの翼で羽ばたいた直後、眼前のフレイウィザーモンを無視し、一瞬にして私の目の前に迫ったのだ。


「っ!?」

「灯緒っ!」

「――――」


 あまりにも予想外の動き、突然の接近に動揺する。
 目の前に立つ真紅の瞳を持つアイスデビモンの纏う空気は凄まじい冷気を帯び、無防備な私の全身を凍えさせる。その禍々しさを間近で見せつけられ、アイスデビモンから目を離せずにいたその一瞬。
 気が付いた時には既に私の両足は膝のあたりまで氷で覆われ、氷の地面と一体のようにくっつけられた。動かそうにも堅く冷たい氷はびくともせず、身動きが取れない。しまった、と思った時も既に遅く。


「冷たっ!?いきなりダイレクトアタックか!こなくそ……っ」


 馬鹿なことを口にしているうちも体温が奪われ、みるみるうちに氷が膝から上へと範囲が伸びていき下半身が覆い尽くされていく。
 体を揺すってそれらを壊そうと焦りを見せる私に追い打ちをかけるのか、目の前のアイスデビモンはその長い腕を持ち上げ、私の頭へかざすようにそれが伸ばされる。まさかみんなと離れ離れになった途端、こんなところで絶体絶命だなんて。ぎり、と噛み締めた口内から血の味がした。


「邪魔だ!どけ、どけろッ!灯緒ッ!」

「フレイウィザーモン、先にそっちのアイスデビモンを倒すんだよ!こっちはなんとか……」

「馬鹿なこと言ってんじゃねえッ!」


 するから、と言う前にそれが分かっていたのかフレイウィザーモンが言葉を被せて言い放つ。
 私の身の危険に焦りをはりつけた必死の形相でこちらへ駆けるフレイウィザーモンの前を、途中もう一体のアイスデビモンが立ちはだかった。勢い任せに杖を振るうが力の差は互角、進みも下がりもしない攻防戦。
 どちらにせよ、二体まとめて相手は結果は見えている。だからこそ、こちらに何か手を下そうとするもう一体はこのまま私に引きつけ、目の前のもう一体に集中して相手をする。それが一番の手だと思ったのに。


「お前はまた、自己犠牲に酔うのかよ!オレがお前についていくって、守るって決めたその覚悟を!簡単になかったことにするのかよ!馬鹿!とんだ馬鹿野郎だ!」

「――――!」

「いい加減大人しく守らせろ!本当は全然強くない馬鹿なお前をオレに守らせろよ――!」


 必死に杖をふるって火花を散らすフレイウィザーモンが、私に言うのではなく子供が喚くように次々に言葉を吐き出していく。積を切ったその本心を、私は返すことができなかった。
 意図的にそうしたのではない。凍える体は言うことを聞かず、震える唇からはただ弱々しく息が漏れるだけ。ただ寒さだけでそうなっているのではなく、どうやらアイスデビモンが手のひらから放つ冷たい冷気のオーラが私の脳内を揺らしているようだった。
 これが、アイスデビモンの必殺技だろうか。その意識さえもどんどん遠のいていって、


「――灯緒ッ!灯緒、灯緒……!」

「…………」


 ぼんやりと、目の前が霞んでいく。
 そして世界は白に覆われた。



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