digimon | ナノ

02 「そうかそうか、つまり君はそういう奴だったんだな」迷宮のナノモン!

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「ピラミッドには普通は見えない隠し通路があるそうです」


 パソコンの画面に目を通しながら光子郎がみんなにそう告げた。
 今回、まだ罠であるかもしれないという可能性が拭えない為、私達は視察組と待機組に分かれるという作戦を取ることにした。ピラミッドにはメールの差出人と、加えてあのエテモン達がいるのだ。
 用心するに越したことはない、という事だ。


「今回はあくまでも差出人を助けて空くんの紋章を手に入れることが目的だからな。余計な戦闘は絶対しないように!」

「わかってるって!」


 丈が太一に口酸っぱく言う。勇敢な太一は戦闘をしたがる可能性が大だからだろう。と思えば丈はこちらにくるりと振り向いた。


「灯緒くんも聞いてる!?」

「えっおいどんもでごわすか!?」

「当たり前だろ、君が一番はっちゃけそうなんだから!」

「おっそうだな」

「自覚あるじゃないか!」


 ビシッと人差し指を頭に突きつけられてハッキリと丈に言われる。丈の中では太一と並んで私も問題児らしい。いつから問題児でないと錯覚していた?
 すぐ横の出口で外の様子を伺っている視察組を見て、タケルは残念そうに見送る。滅多にない別行動なのだ、みんな口にはしないがお互い不安だし心配にもなる。


「僕も行きたいのにぃ」

「ワガママ言うなタケル」

「みんな気を付けてね」

「しっかりやってくるのよ」


 やんわりとタケルに注意するヤマトに、隣のミミは心配そうに眉を下げている。
 視察組は太一、光子郎、丈、空、私だ。残りのヤマト、タケル、ミミはスフィンクスの洞窟で待機することになっている。
 パルモンの視線を受けながらゴマモンも力強く頷いた。先程丈も言っていたように今回は極力敵を避けるつもりなのだ。基本無理はしないだろう。作戦、いのちをだいじに!


「大丈夫大丈夫!」

「泥船乗ったつもりでどーんと待っててよ!」

「いやそれ沈むからな灯緒」

「大船な!じゃ、行ってくるぜー!」

「いってらっしゃ〜い!」


 待機組の声援を聞きいて、私達は洞窟から下の砂漠に飛び降りた。目指すは逆さまのピラミッドだ。
 そのピラミッドの前に停まっているトレーラーの横を通りぬけ、太一を先頭に砂漠の山に身を隠しつつガジモン達の目をかいくぐりながら進む。
 一旦止まり、光子郎が差出人からのピラミッド内の地図を見ながらナビゲートしてくれる。


「こちらの側面に隠し通路があるはずです」


 急いでピラミッドの壁のすぐ側に移動する。なんとかピラミッドには辿り着いた。まだまだこれからだ、気合入れないと!
 と、光子郎が作業をする横で構えていると、


「ん?」

「ふぁあ〜……!」


 太一が何かに気付いたのか壁の角から表を覗くと、ぎょっとして急いで引っ込んで壁に貼り付いた。
 それを不思議に思ったアグモンが声をかける。


「どうしたの太一?」

「エテモンだ!」

「えっ!……!」

「……ん?だぁれ?」


 驚いて思わず声が出てしまった丈はすぐにまずいと察し、急いで口を押さえる。
 だがエテモンに声が聞こえてしまったようでこちらの方向を振り返った。慌てて息を潜めて壁に貼りつくが、このままここでこうしていては見つかってしまう。くっここでクラッシュ万事休すか!?


「どうしよう空?」

「声出さないで!」


 バッと勢い良くエテモンが先程私達が居た場所を覗き込んだ。その直前に私達は光子郎に続いて間一髪で隠し通路に入り、じっと息を潜める。


「――――……」


 誰もいないと分かるとエテモンはくるりと向きを変えて元の道を振り返る。


「――フン、気のせいだったかしら」


 グーグーパー。
 エテモンの背中に向かって太一が馬鹿にしたようにジェスチャーをした。いや突然一体全体何やってんだい。
 今ので一瞬ドキッと心臓が跳ねたが、それでも私達の存在には気付かなかったがなんとなく気配を察したらしいエテモンはずかずかと大股で歩いて行く。


「ン!?何だか分からないけど誰かに馬鹿にされた気分〜!ムカツク〜ッ!あー歌でも歌って気晴らししましょー」


 そう言い残して今度こそエテモンの声は遠ざかっていった。
 それを確認すると私達はようやくホッとため息をつく。太一はもう一度外を覗いてエテモンが確実に去ったことを確かめると笑いながらみんなに伝えた。


「行ったよ、もう大丈夫」

「馬鹿なことやらないでよ!見つかったらどうするの!?」

「大丈夫大丈夫!」

「いやあスニーキングミッションってハラハラするね!」

「もう灯緒ちゃんも呑気なんだから!変な事やらないでよ!?」


 なんてことないと笑う太一に空が注意する。だが太一はそんなお小言はさらりと聞き流してしまう。
 飄々としている太一と心配そうな空。二人共いつもと変わらないように見えるが、こんなに目に見えて衝突するのは珍しいなと思った。幼馴染とはこんな感じなんだろうか。
 兎にも角にも、とりあえず第一関門突破ということで私達は薄暗い隠し通路を慎重に歩き始めた。


「これが隠し通路か」

「意外と普通だね」

「ここにあるのは見た目のデータだけで中身がないんです」

「へぇ〜」

「どれ?あっイタタタ……」

「通路以外は中身のデータがありますから注意してくださいよ」

「ああっアグモンの可愛い手が腫れてあんなに大きく!」

「最初から大きいよ!うう……」


 アグモンが勢い良く壁を叩くと、その後に光子郎が声をかけた。だがそれも遅く、アグモンはヒリヒリと痛む手を押さえながら涙目になっている。なるほど、どうやら本当にちゃんとした壁のようだ。

 そのまま注意を怠らないように通路を進み、それほど長くない階段を降りると、右手の壁が一部半透明になって向こう側が見えるようになっているのを見つけた。


「こっちからは外が見えるんだな?」

「そうですね。でも向こうからは見えないはずです」

「へぇ〜」

「あ、ガジモンだ」

「静かに!」


 隠れて息を殺し、ガジモン達が通り過ぎて行くのをじっと待つ。こちら側が見えなくても音などで気付かれてしまうかもしれないからだ。

 そして思わず息を呑んだのは、ガジモン達が目の前を通り過ぎた直後だった。
 何を思ったのか突然太一は半透明の壁をすり抜けて、右を歩いているガジモンの尻を蹴っ飛ばした。そしてすぐに隠し通路に戻って隠れる。太一くん、ちょっと大胆すぎやしませんか!?


「!!?」

「っで!オイ、何のつもりだよ!」

「何?なんだ?」

「とぼけるな!今蹴っ飛ばしただろ!?」

「やってねーよ!」

「白々しい……お返しだい!」

「なっ!何しやがる!」


 片方のガジモンが相方に蹴られたと思い込み、そのまま二匹は取っ組み合いの喧嘩に発展してしまう。
 何も知らずにボカボカと殴りあっているガジモンを見て、マヌケだなあと思うと同時にちょっと可哀想に思った。ガジモン達もエテモン配下でブラック社畜なんだろうか、苦労してるなあ……。


「プクク……!」

「…………」


 それを見届けて太一は計画通りというように笑いをこらえている。
 結局、こちらに全く気が付かなかったガジモン達をそのままに少し歩いて離れてから、空が太一にまた怒鳴った。


「どういうつもりよ!あんなことして見つかったらどうするの!?」

「空くん声が大きいよ……」

「なんかあったら太一くんのせいだかんね〜」

「大丈夫だって!心配しすぎなんだよ空は。どーせ俺達はデータなんだからさっ」

「太一!あなたねぇ……っ!」

「空くん!しー、しーッ!」


 太一の改めようとしない態度にカチンときた空が言葉を続けようとして、そこで丈が止めに入った。怒鳴りたい空の気持ちはよく分かるが、隠し通路にいるとはいえ敵に聞こえてしまっては計画はおじゃんなのだ。

 というか、聞き捨てならない言葉が聞こえたのは気のせいだろうか。
 データはデータでも私達はちゃんとここにいるのに太一は何か思い違いをしているようだ。ああ、だからさっきからいつも通りだけどいつも通りじゃなかったのか。

そうこう言っているうちに広い部屋に出た。
 部屋の真ん中辺りに部屋を分けるように金網がつけられている。近づいて見てみると、そのフェンスは全体がバチバチと弾けるような音を鳴らしている。


「これ、高圧電流でも流れとるんとちゃいまっか?」

「ひええ、おっかないなー!」

「ですが、隠し通路の入り口部分だけはただの見た目のデータのはずです」

「ということは、それ以外の部分は電流が……?」


 なるほど、随分と厳重な隠し通路だ。侵入する不届き者は誰であろうと容赦しない、という作った者の厳しい考えがひしひしと伝わってくる。
 冷や汗をかきながらゴクリと喉を鳴らしてフェンスを見る丈に、太一はにやにやと笑いながら肘でつっついた。


「ビビってんな丈〜?」

「当たり前だろ!?」

「臆病すぎるんだよ丈は!で、入り口はどこにあるんだ?」


 太一の言葉にムキになって返す丈を放っておいて、太一が光子郎にたずねる。問いかけをパソコンで確認して光子郎が該当の箇所を指差した。


「えーっと……ここです」

「そうか」

「!!」


 それだけ短く言って太一はスタスタと歩いて行き、なんともなく隠し入り口を通ってのけた。
 あまりにも普通にドアを通るように入っていったので、思わずその場にいた全員が唖然とする。これがゲーム脳か!


「何やってんだよ、みんな早く来いよ!」

「おおおおうよ!いいい行ってやらあ!」

「声震えてんぞ〜灯緒」

「ダッサ、コミュ抜けるわ」

「やめろ!死活問題だからやめろ!おりゃああああ!」


 太一は中々ついて来ない仲間達に声をかけるため再度こちら側に顔を出した。その顔も普段の太一となんら変わりもなくて、度胸があるのか、ただ分かっていないだけなのか複雑な気持ちになる。
 普通に考えても死に隣り合わせの高圧電流とか怖いわ。今だけ平気そうに笑っている太一を恨めしく思った。ちゃーらーへっちゃらー!
 とにかく隠し入り口は分かった。私が勢い良く続いて隠し通路を通り抜けると、残されたみんなも太一に続いて最後の難関を通り抜けた。


「行け!頑張れ丈くん!お前は日本一の男だ!自身を持てえええーーー!」

「外野うるさいんだけど!?」











 高圧電流の部屋を出て少し行くと周りの雰囲気は一変し、機械だらけのコントロールルームのような部屋に出た。
 とてもこの建物の外観がピラミッドだとは思えないほどのハイテクな謎の機械で壁が覆い尽くされている。中々の壮観だ。


「ここが目的地です」

「ここが……」


 ということはメールの差出人がここにいるはず。
 すると、部屋の中央に三角形の透明なケースの中にいる影がこちらを振り向いた。
 なんだろうとそちらに目をやると、それを見つけたテントモンが驚いて声を上げた。


「あれは確かナノモンや!ごっつー頭のええデジモンや」

「ひょっとして、あのデジモンがメールを送ってきたの?」

『その通りだ。選ばれし子供達』


 突然聞こえた無機質な声は、目の前のナノモンと呼ばれたデジモンから発せられたものではなかった。
 じゃあ一体どこからなんだと驚いていると、光子郎がパソコンを見つめながら声を上げる。


「そうか、赤外線ポートに直接データを送り込んでいるんだ!」


 光子郎のパソコンの画面にナノモンが映り、そこからスピーカーを通して語りかけてきたらしい。
 同時にナノモンの左目がチカチカと光っているのを見て光子郎が納得した。やはりメールの差出人はデジモンだったのだ。正解は、越後製菓!


『ワタシはかつてエテモンと戦い、そして敗れた。そして破壊された体のままここに封印され思考能力を奪われた上で、エテモンのネットワークを管理するポストの役割を与えられた。だがある日ワタシは記憶を取り戻し、エテモンに気付かれぬよう少しづつ自分の体を修復しはじめたのだ。外で起こっていることは何でも知り、それに干渉することもできるようになった。だが封印を解除するには外部の協力が必要なのだ――』


 長々と語るナノモンの表情は何の変化もなく心の底は伺えない。
 とりあえずエテモンに復讐心があることは分かった。敵の敵は味方、と言いたいのだろう。だがこれだけでは本当に私達の味方であるかは分からない。
 みんなも同じ考えか、口々にナノモンに問を投げる。


「私の紋章はどこにあるのか本当に知ってるんでしょうね?」

『勿論!ワタシはエテモンすら知らない多くのことを知っている』

「信用できるんだろうな?」

『ワタシとキミ達はエテモンの敵ということで共通している。信じてほしい』

「わかった。で、どうすればいい?」

『こちらの指示に従ってくれ』


 とりあえず今のところはこちらに何か危惧を与えた訳でもない。イマイチ表情がない彼の感情は分からないが、いつまでも疑っていても何かが進展するわけでもないし、みんなはナノモンの頼みを承諾した。
 するとまたナノモンは光子郎のパソコンに指示を送ったようだ。光子郎がそれを見ながらうろうろと歩きまわる。


「太一さん、そこのレバーを倒してください」


 離れた場所の太一が言われたとおりに指定の壁のレバーを下に倒す。すると光子郎の前の壁の蓋のロックが解除されて開いた。そこにはダイヤルがあり、光子郎はそれを指示どおりに回していく。
 ナノモンも順調に進む作業を封印の中から見守っている。


「右5、左8……」

『いいぞ、もう少しだ!』

「これでボタンを押して……。太一さんレバーを戻してください。それで作業完了です!」

「ああ!」

「――そこまでよ!」


 順調に作業が進み、太一がレバーと倒そうとしたその時、制止の声がかかった。
 聞いたことのある声に嫌な予感で冷や汗をかきつつ声の方を見ると、いつの間にかエテモンが部屋の入り口に立っていた。しかもプンスカと怒っている。


「エテモン!」

「あれだけ色んなコトやれば気付くわよ!監視カメラくらいあるんだから!」

「よくも!」

「やってくれたな!」


 エテモンの横には先程太一がイタズラをして喧嘩になった二匹のガジモンもいた。体のあちこちがボロボロになりつつも太一を怒りの表情で睨んでいる。


「あ……気付いてたのね……」

「君のせいだぞ太一!」

「やっちまったなぁ!」


 たらりと汗を垂らす太一に丈が叫ぶ。あのイタズラのせいでこうなったのだ、こればかりは太一のせいだと言い逃れ出来ない。
 そしてエテモンは私達の次にナノモンを睨みつけた。すると急にピリピリと緊迫した雰囲気が二匹の間で流れ始める。どうやら本当に犬猿の仲のようだ。


「子供達がこの大陸に上陸する時、ネットワークがおかしくなったけどあれもアンタね……?」

『あの直前に修理を完了したのだ』

「……それじゃあ後は若いお二人さん同士でお構いなく〜」

「お馬鹿!アンタ達も逃がさないわよ!イイイヤッハアアアア!」


 今の内にとそそくさと扉に向かおうとすると、エテモンはきらりとサングラスを光らして雄叫びを上げながら私達の方に走ってくる。
 ここまできてしまっては、どうあがいても戦闘は避けられないようだ。狭い部屋に逃げ道も無し、ここでなんとか踏ん張るしかない。


「この矢吹灯緒容赦せん!みんな進化だ!」

「上等だ!」

「太一!」


 私達とエテモンの間にデジモン達が割って飛び込んできた。全員のデジヴァイスが光り、順に進化していく。


「アグモン進化!――グレイモン!」

「テントモン進化!――カブテリモン!」

「ピヨモン進化!――バードラモン!」

「ゴマモン進化!――イッカクモン!」

「インプモン進化!――フレイウィザーモン!」


 全員が進化して巨大化するが、今いるコントロールルームも横も縦も申し分ない程の大部屋だ。全員その巨体を思う存分動かせる。
 一斉にエテモンに飛びかかるが、当のエテモンの表情はこの数のデジモン達を見ても余裕だった。――事実、余裕だと確信している。


「フン!邪魔よ!」


 みんなは進化し巨大になった体でエテモンの行く手を阻むが、一番に突進したグレイモンは腕に弾きとばされ、イッカクモンは角を掴まれジャイアントスイングのようにぐるぐると振り回される。その勢いのまま投げ飛ばされ離れた場所に居たカブテリモンとフレイウィザーモンを巻き込んで全員壁に叩きつけられた。
 そのなんとも言えないふざけた外見とは裏腹に、見事な敵捌きを見せるエテモン。パワーもスピードも私達の一つ上の、鮮やかな動きだ。


「うわあああああああ!!!!」

「みんな!」


 みんなが必死にエテモンを食い止めているその間に太一は我に返ったように急いでレバーを上げる。それに闘いながらも気付き、遠くから見ていたエテモンは忌々しそうに舌打ちをした。


「チッ……!」

「己が作った封印の威力、思い知るがいい!」


 これでナノモンの封印は完全に解かれた。
 ナノモンが腕を伸ばしながら叫ぶと、ナノモンを囲っていた三角形の透明な壁はバラバラに分解され飛び道具となってエテモン達を襲う。
 一つはガジモン達にあたり、もう一つはエテモンが拳で砕いた。
 そしてもう一つの封印の壁は、エテモン達を狙っていたが近くにいたバードラモンを巻き込む形で壁に叩きつけられた。
 その結果は、あまりにも予想外だった。


「ピヨモン!?」

「なにするんだ!?」


 かなりのダメージだったようで、バードラモンは封印の壁と部屋の壁に潰されながらピヨモンに戻ってしまった。
 こちらの仲間だと思ったのに、予期しなかった展開にみんなが信じられないものを見る目で驚いてナノモンに視線を向ける。
 仲間だと、信じてほしいなどと言った癖に、ナノモンは早くも堂々と私達の敵となったのだ。一番最悪なパティーンだよ!


「お前たちの役目は終わった!」

「ンッフッフ……こういう奴なのよナノモンって!」

「そうかそうか、つまり君はそういう奴だったんだな」

「ほざけ!プラグボム!」

「ダークスピリッツ!」


 クッソ最低なヤツだったじゃないか!訴訟だ!開廷だ!
 肩をすくめて笑うエテモンに向かってナノモンの指先から小型ミサイルを発射し、対してエテモンは暗黒エネルギーの弾を投げて迎え撃つ。二つの強大なエネルギーがぶつかり合い火柱がたち登る。
 私達を置いて二匹が戦いを始めた今、私達には隙がある。あっちが卑怯な手を使うならこっちだって使ったって文句ないよねええ!?


「フレイウィザーモン!ナノモンを狙おう!ジャンクにしてやれコンチクショー!」

「そうしたいのは、山々だけどな……!」


 イッカクモンとカブテリモンの下敷きになっているフレイウィザーモンが苦笑いをした。一人小さい体格差のせいで自由に動けないようだ。
 あの一撃で三匹まとめてこれとはエテモンのパワーは恐ろしい。なら、なおさら漁夫の利でも不意討ちでもダメージを入れなければ本当に勝ち目などない。


「ピヨモン!」

「ぐあっ!」


 先程から倒れて気を失っているピヨモンに空が駆け寄って体を起こす。揺さぶるがピヨモンはぐったりとしていて起きそうにない。
 直後、そのすぐ側に先程の爆発で吹き飛ばされたナノモンが壁に当たり床に転がる。


「今度もアチキの勝ちね!」

「戦闘力だけの猿が……!」

「えっ?」


 フフフと笑う勝ち誇ったエテモンを、憎々しげに睨むナノモンの目が光る。するとナノモンは起き上がると突然側にいた空とピヨモンを掴んだ。
 その時の空の悲鳴にみんなが一斉に振り向く。


「きゃあああああっ!」

「空ちゃん!?」

「こいつらの真の力を利用すればお前など絶対倒せる!覚悟して待ってるがいい!」


 ナノモンはそう引っかかる言葉を言い残すと、空とピヨモンを引きずって部屋の入り口から出て行く。
 真の力だとかいう謎ワードは飛び出し、一体何がどうなっているのか状況に追いつけなかったが、とにかく空とピヨモンの身が危ないことだけは分かる。
 こうしてはいられない、と思ったのは私達側だけではなかったようで、逃げたナノモンをエテモンが急いで追おうと走り出す。


「待ちなさいって、うっ!?」


 扉まであと少し、というところのエテモンの前をグレイモン、カブテリモン、イッカクモン、フレイウィザーモンが立ちはだかる。
 顔を顰めてエテモンが動揺している隙に、私達は急いでナノモンと空とピヨモンの後を追ってコントロールルームから飛び出した。
 もし空とピヨモンに何かあってしまったら、というようなネガティブな想像を振り払いながら足を目一杯動かす。


「空ぁ!」

「太一ぃーっ!」


 走り抜けて先程の金網の部屋に出ると、空の声が部屋中に響いて聞こえた。どうやらこの先に連れて行かれたのは間違いないようだ。
 目の前のバチバチと音をたてて電流が長れるフェンスのその先に。


「隠し通路に逃げたんだ!」

「確か……あの辺から声が!」


 またここを通らなければいけないのか。躊躇う私達の中で一人、太一は迷うことなく進んでいった。


「待って、ちゃんと確かめないと!」

「どーせ俺たちゃデータなんだろ?失敗したらやり直すだけさ!」

「え?えええ!?太一ストップ!」


 光子郎が隠し通路を確認しようと急いでパソコンを起動する。
 だがその数秒でさえも今は煩わしい。太一はそう言い放つと高圧電流の流れるフェンスに向かってどんどん歩いていく。
 データだとしてもロードできる保証なんてどこにもないのに何を勘違いしているのか。
 颯爽と前を行く太一の左腕を慌てて掴む。


「うわ!なにすんだよ!」

「止めてください!」

「わ、わかった!」


 驚いてる太一の言葉には答えず、光子郎に言われて丈も慌てて太一の右腕をしっかりと掴む。丈と私で無謀にも適当に金網に近付く太一の両腕を掴んで捕まえる。
 すると太一はいきなり何だ、こんな事をしている場合じゃないだろ、と言って私と丈を振り払おうと暴れだした。
 勿論それは最もだ、だが優先すべき事があるんだ。それを太一は理解していない。


「こら離せよ!空が――!」

「まさか太一さん、データだからってゲームの登場人物みたいな気でいるんじゃないでしょうね!?」


 太一の言葉に被せながら厳しく言い放った光子郎に、ようやく太一の様子が変わった。暴れるのを止めて恐る恐るというように、ゆっくりと光子郎を振り返る。
 先程まで考えていたことと、まるっきり180度違うということを認識しなければいけない。それは彼にとって理解しがたいものであったのか、太一の表情は固いものだった。


「…………え?違うのか?」

「全然違います!僕達はここで生きているのと同じなんです。ここで死ねば――」


 光子郎の目は真っ直ぐに太一を見て、そして告げた。


「――本当に死ぬんですよ」

「……なんだって……?」


 太一は大きく瞳を揺らす。ぐらぐらと揺れる瞳には、「死」という言葉の重みが酷く重くのしかかっているのが嫌でも分かった。

怪我は死ねば治る、なんてそんないかにもゲームの中の甘っちょろい世界ではないと、太一は気付いてしまった。
 この世界はデータの中でデータで出来ている。データはデータ。
 だがこの世界は確かに私達には現実だった。紛れもないリアルなのだ。

 掴んでいた太一の腕の力がゆっくりと抜けていく。


「そ、そんな……まさか、本当に死んじゃうなんて……」

「太一……」

「太一くん、危ないよ」

「…………」


 震える声で呟きながら太一は目の前のフェンスを見つめた。それはバチバチと激しい音をたてて電流が流れているのがわかる。
 これに触れてしまえば、本当に。

 実際そうだったら、と私も思った。
 太一も勘違いしていたとおり、本当にゲームみたいに何をしても死んでも全然平気であればよかった。
 だが私はデータだと聞く度に、まだ完全に癒えてはいない背中の傷跡を思い出すのだ。
 あんなに派手に傷を負って、逃れられない私を蝕んだ忌々しき傷跡。痛く苦しかったこの傷が、常に今がリアルだと教えてくれていた。
 思い出す度に自分の馬鹿さ加減に苦くなるこの傷も、不本意ながらも役に立ったと思うと複雑である。


「隠し通路は、そこの1メートル右です」

「………………」


 光子郎の声に従って太一は自分の右側に視線を送る。しかし視線を動かしただけで、太一はそこから動かずに呆然とただ一点を見つめている。
 一度気付いてしまえばもう動けなかった。やはり勇気と無謀は全くの別物だった。

 長いようで短いその直後、私達の背後で爆音と共に後ろの壁が吹き飛ばされる。こちらの事で頭がいっぱいで、完全に不意打ちだった。
 みんな驚いて一斉に振り返ると、派手に崩れた瓦礫の中に倒れているデジモン達の姿を見つけたが、そのみんないつもの姿に戻っている。


「ダメだ、太一……とても敵わない……」

「こうなったらアンタ達だけでも始末してやるわ!」


 ぐったりとしているアグモンが途切れ途切れに言う。私達が束になっても敵は傷一つ負っていないのだ。どれ程まで力の差があるというんだ。
 結局足止めをくってしまったエテモンは、あからさまにイライラしながら崩れた壁から覗いて私達に近づいてくる。
 ――前はエテモン、後ろは高圧電流。最悪の状況に立たされてしまった。
 何か、何か切り抜ける手は無いだろうか。ニヤリと厭らしく笑いながら近付いてくるエテモンを睨みつける。

 途端、私達とエテモンの間の天井が激しい音をたてながら崩れた。


「ええっ!?」

「チクチクバンバーン!」

「フォックスファイヤー!」


 瓦礫と共に上から姿を現したのはトゲモンとガルルモンだった。
 どうやらこの奇跡のようなタイミングで、待機組が助けに来てくれたようだ。
 嬉しさと同時に驚きもあったが、グズグズしてはいられない。二匹の攻撃と天井が崩れた事によって辺りは瓦礫と砂埃が立ち込め、運良く私達はエテモンの視界から外れる形となっていた。
 今が撤退のチャンスだ。それが狙いであったのかヤマトが私達に合図する。


「みんな無事か!?今のうちに逃げるぞ!太一早く!」


 そう言っている間にも太一は一点を見つめたまま動けなかった。ショックなのは仕方がないが一刻を争うのだ、太一はヤマトに腕を引っ張られようやく動いた。
 私も急いでインプモンを抱き上げ、光子郎と丈もそれぞれパートナーを抱えると急いでトゲモンの腕とガルルモンの背中に乗る。そして崩れてぽっかりと開いた天井の穴から抜け出してピラミッドから脱出し、仮拠点のスフィンクスの洞窟へと急ぐ。


「何よこれくらいでアチキが!……あれ?」


 後ろでエテモンの声が聞こえたが、満身創痍の今は奴の相手なぞしていられない。
 逃げ出すことに成功し、私達が既にその場を去っていたのを知ったらしいエテモンの叫びがピラミッドから響いてきた。


「どこ行ったのぉ!?」













「そうか……空とピヨモンは攫われたのか」

「チクショウ……」


 私達は洞窟に戻り、待機組にピラミッドの中で起きた出来事を全員に話した。

 メールの差出人はナノモンというデジモンであったこと、エテモンとナノモンは敵同士だったこと、ナノモンは私達を利用した敵であったこと。
 そして、空とピヨモンはナノモンに攫われてしまって行方が分からないということ。

 みんなが愕然とし、顔を伏せる。


「チクショウ……ッ!」


 太一は流れる涙を拭おうともせず、拳を握り締めて泣いていた。



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