01 「データとは一体……ウゴゴゴ」迷宮のナノモン!
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ピッコロモンのいた結界を後にした私達は、参謀の光子郎が気になることがあると言い、再びサバンナに戻ってきていた。
光子郎がパソコンを起動し、コードやら何やらも取出して何かを始める。それをただ眺めいてる私達にはそれが一体何をしているのかさっぱりである。
「これが?」
「ええ。エテモンが僕達の居場所を知るためのネットワークに違いありません!」
「ひらめいた」
「通報した」
――事のあらましはこうだ。
ピッコロモンの所で修行していたあの日の夜、光子郎とヤマトはそれぞれの紋章を手に入れていた。
ジャングルを抜け結界の外にあった井戸で二人が紋章を見つけた時、謎のケーブルカメラが自分達をこっそりと覗き見ていたのだという。
光子郎の推測によると、この大地に張り巡らされたケーブルで私達を監視をしているのはエテモンだ。先日戦った刺客ティラノモンも体にケーブルを巻いていたし、他にも私達が行く先々に何度もエテモンの罠が待ち構えていた。
それはこのケーブルがあるからだった、というのだ。
「そ、それじゃ僕達がここでこうしてるのも探知されてるんじゃないのか!?」
「ええっ!?じゃ早く逃げなきゃっ!」
「逃げましょ逃げましょ!」
「まあまあ落ち着いて!」
「ここで逃げても、すぐまた探知されるだけだ」
慌てて逃げ出そうとしている丈とミミを空とヤマトがなだめている間も、光子郎はプラグを差し替えてパソコンに繋いだりと作業を進める。
「なにしてまんのや?」
「やっぱり!エテモンのネットワークの情報です。他にも何か掴めるかもしれない!」
「なに?このマーク」
興味深そうに覗き込んでいたタケルがふと気付いて問いかけた。
パソコンの画面の左上の端に何かを知らせるように赤いアイコンが反応している。光子郎もこれには首を傾げた。
「……メール?でも誰から?」
「ゲンナイお爺ちゃんとメル友しようぜ」
「そんな場合じゃない!まさか敵からじゃあ!?」
「開けてみろよ光子郎!」
「はい」
おどおどしている丈を置いて、太一に促され光子郎はパソコンを操作して赤いアイコンをクリックしメールを開く。
パッと画面全体が切り替わり中央に映しだされたメール画面には、大きな文字ででかでかと簡潔にメッセージが書かれている。
「”たすけて!”?」
「ええ!?」
なんの前触れもなく突然の助けを求める一文に全員が揃って声を上げる。光子郎は冷静にそれに続く文を読み上げる。
「”ワタシを助けてくれたら紋章のありかを教えよう”」
「紋章だって!?」
「何者なんだ一体?」
「"かゆい うま"」
「いやそれは書いてません」
このメールの差出人は、一体どういう意図で私達にメールを出したのだろうか。
新たな未知なる人物の存在に、私達は戸惑うしかなかった。
「どうするんだ?もしそれが敵の罠だったら!?」
「まずこちらに信用させておいて、って寸法かもよ〜」
「でもゲンナイさんみたいに味方かもしれないし」
「見捨てるワケにもいかねーだろ!」
「そろそろのはずですが……」
パソコンを片手に先頭を行く光子郎が歩みを緩めた。
私達は例のメールに書かれていた指示に従って荒野まで歩いてきていた。メールの差出人によると紋章のありかを知っており、まさにこの近くに紋章がひとつあるらしい。
まだ紋章を手に入れていない空とタケルの二人はタグを手に持って反応があるかを見ながら歩いている。すると、タケルが声を上げた。
「光った!」
「近いな」
緩やかにタケルのタグが光りを帯びる。その強い光りに紋章の近くである事に気付くと、私達は辺りをしきりに見回してそれらしいものを探す。
すると少し離れた位置の岩壁に不思議な模様が描かれている場所をトコモンが発見した。
「あーっ!タケルこっち!あれだよ紋章!」
トコモンの後をついて走って行く。同時に、近づくごとにタケルのタグの光が増していく。
岩壁に描かれた紋章は太陽から差す光のような形をしていた。タケルがそれに近付くと、岩壁の模様がタグと呼応し黄色の一際眩しい光を放つ。
「僕の紋章だ!」
光が消えるとタケルが手にしているタグに紋章が納まっていた。タケルとトコモンが互いにそれを確かめるように笑いあう。
「やったねタケル!」
「おめでとー!」
「どうやら罠じゃなかったみたいだな」
それが分かってみんなは安心して一息つく。
つまりメールの差出人は本当のことを書いていたことが証明された、ということだ。
これで残る紋章も後は空のものだけとなった。
それも差出人がありかを知っているようなので、本当にゴールは目前だ。
「残り一つの紋章は助けてくれた後に場所を教えてくれるそうです」
「よし!じゃ早速助けに行こうぜー!」
「あ、あれ!」
「どうしたんだスネーク!」
ミミが声を上げ前に真っ直ぐ指をさした。タケルの紋章があったところの岩壁はぽっかりと空洞になっており、その先は洞窟のように道が続いている。
以前の太一の紋章を手に入れた時と同じように思えたが、ひとつ違った。
今回見つけた洞窟の内壁には、無数の模様が刻まれていたのだ。
それに光子郎が真っ先に気付き、一足先に洞窟の中へと足を踏み入れる。
「間違いありません、アンドロモンの街やケンタルモンの遺跡で見たのと同じ文字です!違うのは、この文字だけ……」
その光子郎の言葉でやっと気付いた。
何度か見たこの模様群はこの世界の言語なのだろう。
光子郎はアンドロモンの街でお化け電池を見つけた際に、パソコンにこれらの文字を記憶していた。それがとうとう役立つ時が来たのだ。
こういう時の光子郎はとても生き生きしている。
光子郎は壁の文字を指で擦って消すと、突然薄暗かった洞窟に照明がついたように明るくなった。
「やはり、ここではエネルギーがプログラムによって発生しているんです」
「え?どういうこと?」
「つまりこうやって壁に書いてあるだけのプログラムを書き換えるだけで電気を点けたり消したりできるんです。多分ここもこうすると……」
再び光子郎は壁の文字をパソコンに入力し、プログラムを改変する。するとそれが起動の合図のように、私達の目の前の宙にホログラムが映し出された。平面の四角い地図のようだ。
「おお!ホログラムだ!」
「この付近の地図ですね」
「そ……そんな、壁に書いたプログラムでそんなことができるなんてコンピュータの中じゃあるまいし……」
「……わかりませんよ」
「え?」
意味が分からないと丈が頭を押さえていると、丈よりも神妙な顔をして光子郎が呟く。
「ここは、この世界の全体はデータやプログラムが実体化した世界なんじゃないかって僕は思ってるんですよ」
光子郎の言葉は一見突拍子の無い話のように聞こえるが、今までの冒険でいくつもそれに思い当たるものを見てきた。故に、意外にもその仮説はすんなりと私達の心にすとんと落ちる。
分かりやすい例だと、光子郎なんかはそのパソコンを使ってプログラムを自分で組み、テントモンを進化させた。
それはここに住む彼らデジモン達がデータであること他ならない証拠でもある。
「データとは一体……ウゴゴゴ」
「そういえば前にそんなこと言ってたな」
「ここがデータの世界ってことはあたし達自身も?」
「ええ、実体のないデータのみの存在です」
「実体がない?生身の肉体じゃないってことか?」
「それって幽霊みたいなもの?」
「近いかもしれません」
「じゃあ、ホントの自分はどこにいるんだ?」
「おそらく、まだキャンプ場にいるのでは……灯緒さんも元居た場所にいるのかもしれません」
次々に湧いてくる疑問をみんなが口々に言えば、光子郎は歯切れ悪く答える。その辺りの確証は今の段階の情報では分からないのだろう。
だが確実に私達は少しづつ真実に近づきつつあると確信した。
「デジモン達はまさにデジタルモンスター。データ上の存在だったというわけです」
それぞれが私達のパートナーデジモン達を見る。
デジモン達は光子郎の説明が良く分からないというようにぽかんとしている。彼らは彼ら自身の存在について深く知らないらしい。そういえばアンドロモンの街でテントモンもそのような話をしていたことを思い出す。
とにかく、デジモン達はその名の通りデジタルモンスター、電子的なモンスターだったということだ。
「じゃあここはゲームの中みたいなものなの?」
「そこまで簡単じゃあないけど……」
「メールの差出人もデータなのかな」
「人じゃなければデジモンじゃない?」
「さあ、どうでしょう――ええっ!?」
みんなの疑問を聞きつつ光子郎がパソコンに目を戻した途端声を上げた。
普段冷静な分、光子郎が声を上げるほど驚くなんて思わず見を構えてしまう。
「どうした?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!今みんなに分かるようにします」
光子郎は壁の文字を解析しながら凄まじいスピードでパソコンに情報を入力していく。
まさに光子郎くん無双だ。これ光子郎くんがいなかったら私達とっくに詰んでるな、なんて客観的に思うが実際笑えない話である。
作業を待つこと小一時間、しばらくしてようやく光子郎が立ち上がる。やっと情報処理が終わったようだ。
「全体が見えるように調節しました。これにアンドロモンの街で見たプログラム、それにゲンナイさんから貰った地図を合わせると……」
宙に表示されていた平面の地図は消え、新たに地球儀のような立体が表示された。おそらくデジタルワールドの世界地図だろう。
「広い世界だな。地球と同じくらいある」
「むしろ全く同じなんです」
「えっ!」
「さっきのメールアドレス、つまりメールを出したコンピュータの場所は、あそこです!あそこは僕がよく見に行っていたインターネットのホームページのある場所です」
光子郎は世界地図に印をつける。点滅する場所は大きな大陸だ。
段々話がこんがらがってきたぞ、頑張れ私の少ない脳みそ。
「え?どういうことだ?」
「メールはあたし達の世界から来たっていうこと?」
「それだけじゃありません。あれが僕達の地球、そしてそのネットワーク。この世界のものと重ねると……」
光子郎が操作し、表示されている二つの地球儀が重なる。二つはなんのズレも差も無くぴったりと一つに合わさった。
一体何が起こったっていうんだ、私達は驚きの声を上げる。
「ネットワークの形が全く同じ!」
「……え?つまりどういうこと?」
「ここはデータだけの世界……つまりゲームやコンピュータの中と同じ世界なんですが、地球から遠く離れたどこかというわけではなく僕達の地球のコンピュータネットワーク、そのものなんです!つまりこのデジモンワールドは僕達の世界と同じ場所にある、地球の影と言ってもいい世界なんです」
「地球の……」
「影?」
――つまりここは、この世界は。
「ここは……地球だったのか!」
――衝撃の事実である。
私達の世界とデジタルワールドは同じ世界に存在していた。別世界でも異世界でもなかったのだ。
だが基本的に、この2つの世界は交わる事はないはずだ。こうやってそれぞれの世界の住人が誤ってもう一つの世界に来てしまうことは稀なのだろう。
前にここが別世界だと面白いな〜なんてアホ面下げて私は言っていたが、とてもここまでの予想していなかった事実にはさすがにどっと疲れを感じる。
「はえ〜、まさかある意味同じ世界だなんて思わなかったな」
「え?じゃあすぐに元の家に帰れるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。すごく近いけどここは地球そのものじゃない」
説明を聞いても頭にはてなを浮かべていたタケルがヤマトに訊ねる。簡単に分かるように説明するには難しい内容だ。
一方、丈は今の結論に頭を抱えてしゃがみこんだ。こんな事態になっていたなんて想像もつかなかったのは誰も同じだ。しょんぼりと肩を落とす丈にゴマモンはにこにこと笑いながら励ます。
「ますますどうしたらいいのか分からなくなった……」
「んも〜何言ってんだよ!オイラがついてんじゃないか!」
「へ……」
「空〜よく分かんなかったけど、すぐに戻っちゃうの?」
「ううん。私達がこの世界でやらなきゃいけないことがあるみたいだから、それが終わるまでは戻れないわ」
眉を下げて寂しそうな目をしながらピヨモンは空に寄り添った。対して空は優しく説明する。
空の言うとおり、私達は"選ばれし子供達"としてこの世界に来たのだ。
以前レオモンが話してくれたこのデジタルワールドを救うことが使命なら、まだ成し遂げていない。むしろまだその使命とやらの理解さえも出来ていないので、帰るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「グッジョブです!と灯緒は惜しみない称賛を贈ります。ここまで分かっただけでもすごい収穫だよー」
「そうだな!とにかく、メールの差出人を助けることが先だ!次はどこに行くんだ光子郎」
「それは、メールについてきたプログラムを実行すると……」
今やるべきことに太一が意気込む。そうだった、今はまずメールの差出人をなんとかしなければ。
光子郎がパソコンを操作すると、直後洞窟の先に光が現れる。突然洞窟の向こう側が外に続くように変化したらしい。
「あ!奥が!」
「外が見えるよ!」
「今度は何が起きたんだ?」
「あの外に差出人がいるはずです!」
「ええ!?こんな近くに?」
「いえ、さっきのプログラムで空間を繋いだらしいんです」
「なるほど、どこでもドアか!」
なんと便利なことか!本当にデータで何でも出来ることに驚きつつ、洞窟から外の様子を見ようとみんなで顔を覗かせる。
私達がいる洞窟の穴はスフィンクスの口に繋がっており、外は一面の砂漠が広がっている。そして砂漠の真ん中には逆さまになったピラミッドが突き刺さっているようにそこにあった。
また砂漠か、と思っているとどこかで聞いたことのある音が砂漠に響いた。隠れながら太一が単眼鏡を取り出して辺りを探る。
「あれは――エテモンだ!」
「えっ!?」
見覚えのあるトレーラーだと思えばヤツだった。まあ、あんなに特徴のあるトレーラーなんて忘れたくても忘れないか。
太一はそのまま様子を見ていると、トレーラーは逆ピラミッドの前で止まりエテモンが逆ピラミッドの中へ入っていくのが見えたらしい。太一はみんなにそれを伝えると、私達は来た方の洞窟の入り口に向かった。
私達は洞窟を拠点にして一夜明かすことにした。
どういうことかというと、翌日私達はメールの差出人に会いにピラミッドを目指そうと決めたのだ。
あのピラミッドの中にメールの差出人がいるらしいのだが、同じくピラミッドにはエテモンやその手下もいるようだ。
無数の星々が瞬く下、私達は念に念を重ねて計画を練る。
――翌日。
そろそろ出発しようという時に、光子郎と空が離れた所で話しているのが聞こえた。
「そうですね。僕達はデータといってもかなり膨大で緻密なデータです。これだけのデータをこの世界に移し替えたのなら元の世界に戻る時にもフィードバックされるはず」
「つまり、生身の肉体を持ってるのと全然変わらないってこと?」
「そう考えた方がいいです」
「じゃあやっぱり今がデータだからって投げやりになっちゃいけないわね」
二人は随分と真剣な話をしていた。
つまり二人はこの世界はゲームの中のような夢のような話ではなく、れっきとした現実であると再確認していたようだ。
そのあたりの事はこれまで通り用心していれば問題ないだろう。電子的な世界とわかったためだろうか。何か気がかりでもあるんだろうか。
――とにかく、もう既にみんなは出発の準備をして洞窟内で待機している。話の途中で悪いが空と光子郎に声をかけよう。
「空ちゃーん、光子郎くーん!そろそろ行くぞーい!」
「おーい!何やってんだよ早くしろよー!」
「今行く!」
「さあ光子郎くん、ケラマーゴ!」
「はい、わかりました!」
念の為にと閉じていた砂漠へ続く洞窟の道を消していたので、昨日したように光子郎はパソコンを起動して再びプログラムを実行し逆ピラミッドへの道を開く。
そして、私達は砂漠へと踏み出した。
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