digimon | ナノ

02 「実は膝に矢を受けてしまってな……」妖精!ピッコロモン

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 ――ゴーン。カーカー。
 寺の鐘のような音が鳴り響き、カラスの鳴き声も相まって哀愁を漂わせる。
 私達がとてつもなく長い階段を登り切った頃には辺りはすっかりオレンジ色に染まっていた。
 みんな息を切らし疲れきっていたので階段のすぐ側で座って休んでいると、そこでピッコロモンはまた厳しい言葉を吐く。そりゃあ悪手じゃろ、ありんこ。


「これくらいでバテるとは情けないッピ」

「これくらいってレベルじゃねーぞ!」

「うるさいッピ、師範の言うことはちゃんと聞くッピ!」


 スパルタでビシバシしごくピッコロモンにそんな冗談は通じないようだ。このピッコロモン容赦せん!
 そうしてひと休みした後、私達はピッコロモンの家だという建物に向かった。道中からその建物を見ると、夕暮れに佇む姿はどこをどう見ても恐ろしい敵が居そうな館にしか見えない。


「あっこれ進○ゼミで見たことあるやつだ!」

「ゼミで一体何習ってんだよ」

「気味悪いな……」

「食事の用意もできてるッピ!」

「うわぁ!メシぃ!」


 その一言でゴマモンがキラキラと目を輝かせ、私達も期待に胸を膨らませながらピッコロモンの後に続いた。南を甲子園に連れてってー!











 ――ゴーン。再び鐘の音が響く。
 ピッコロモンに連れられて家に入ると、その建物は円形でドーナツのように真ん中が空洞になっており、その真ん中に巨大なピッコロモン像が置かれていた。どういう趣味や。
 一発ギャグでその像と同じポーズをしているピッコロモンにゴマモンが恐る恐るたずねる。


「ねぇ……メシは……?」

「その前に次の修行だッピ」

「そんなことだと思った……っ!」

「世の中クソだな」


 連れて来られたのは食堂でも部屋でもなくただの廊下だ。それを聞いたゴマモンはガックリと床にへたれる。キャベツさえ無いなんて……!
 それにゴマモンだけでなくみんなも同じ気持ちだった。


「ピーチグミを囮に……アップルグミを食べる!」

「グミなら僕も持ってるよ。あ、ないんだった……」

「気遣いありがとうタケルきゅん……ちょっとトイレ探してくる!」

「トイレグミ食うなよ!?」

「行こうとしてるところ悪いがトイレにグミはないッピ」


 冒険当初のタケルのリュックにはお菓子がたくさん詰め込まれていたのを思い出す。
 だが残念なことに、既にそれらは全て食べてしまってリュックは空になっている。
 菓子類と非常食で始めはなんとかなっていたが、食料が尽きてからはサバイバル生活でその場しのぎの食事ばかりだ。常に飢えとの戦いを強いられている今の私達の食事事情はとても厳しい。
 デジモンカレー(甘口)食べたい。


「ルホルバロホルバソビカッピ!トブカラトドカヌシタカッピ!」


 そんなアホな会話をしていると、ピッコロモンがまたあの魔法の呪文を楽しそうに唱える。
 ぽん!と可愛らしい音を立てて現れたのはバケツや雑巾などの掃除道具だ。


「全員でこの床を雑巾がけだッピ!」

「ぞ、雑巾がけ!?」

「え〜っ!?この廊下全部でっか!?」

「うそぉ〜!?なんなのよぉ!もう!」

「掃除なんて……そんな悲しいこと言うなよ……」

「ある意味さよなら宣言よ……」


 さらっと言っているが、一目見てもこの家は相当広いことが分かる。この人数全員でかかってもかなりの時間がかかるだろう。
 全員の凄まじいブーイングも聞こえていないというようにけろっとしているピッコロモンは、太一とアグモン、加えて私の方にも振り返った。


「キミ達はスペシャルメニューだッピ。ワタシと一緒に来るッピ。君達もついて来るッピ」

「スペシャルメニュぅぅ〜……」

「実は膝に矢を受けてしまってな……」

「仮病は駄目だッピ。早く来るッピ!」


 やっぱりきたか、とがっくりと肩を落す太一とアグモン。階段登りに雑巾がけ以上のスペシャルメニューだ、一体どんな修行をやらされるのか分かったものじゃない。
 そう言ってピッコロモンはさっさと行ってしまい、残されたみんなも覚悟を決めて各々掃除道具を手に持った。


「しょうがない。やろう……」

「あたし雑巾がけなんかお家でだってやったことないのに〜……」

「これホントに修行なの〜?」

「ただ掃除させられてるだけだったりして……」

「メシーーーーーーーッ!」


 反論してもピッコロモンは全く聞く耳を持たないと分かったので、みんなは渋々とぶつくさ言いながら掃除を始めた。ゴマモンに至っては渾身の叫びだ。
 みんなの声が遠くになっていくのを聞きながら、私と太一は渋々ピッコロモンの後をドナドナされるのだった。











「キミ達はちょっとここで待ってるッピ」

「はあ」

「太一くんアグモン頑張ってね〜」

「うう……薄情者〜……」

「私語は慎むッピ!」


 とある部屋の前で私とインプモンを残し、ピッコロモンは太一とアグモンを連れてどこかに行ってしまった。

 そのまま訳も分からずただ突っ立って待っていると、少ししてピッコロモンだけが戻ってきた。


「おまたせッピ」

「あれ、太一くんとアグモンは?」

「あの子達は今スペシャルメニューをしてるッピ。それより、キミに渡すものがあるッピ」


 一体どんなスペシャルメニューを課してきたのだろうか、不安ばかりが過ぎる。
 そう言いながらピッコロモンが側の扉を開けて入って行った。私達も続いて部屋に入ると、そこは薬品室のようだった。
 ピッコロモンはとある戸棚から小さな小瓶を取り出すと私に差し出す。先程言っていた傷薬とやらだろうか。


「ワタシが調合した特別な薬だッピ。それを傷に塗ればどんな怪我でもたちまち治るスバラシイ薬だッピ」

「自分で言うのか……」


 小瓶を手に説明するピッコロモンにインプモンがジト目を送る。インプモンの気持ちは分からないでもないが、私達に無償でここまでしてくれるピッコロモンには感謝しないといけない。
 手のひらに渡された怪しい色の小瓶をまじまじと見る私と反対にピッコロモンは自慢気に鼻をならして笑う。


「ふふん、事実だッピ。これを二、三回ほど塗ればキミの怪我も完治するだろうッピ」

「なにそれ高値で転売しなきゃ」

「その意気や良し、覚悟はいいッピ……?」

「ありがとナス!大切に使わせてもらいますお役人さん!」

「ウム、よろしい」


 ピッコロモンはの後ろに見えた般若に思わず心のダムが決壊しかけた。ドキドキで壊れそう。

 これでしばらく足を引っ張っていた背中の傷が治れば、私も再びこれまで通りみんなと並んで戦える。
 怪我人だとみんな私に気を遣っていたが、治ってしまえば多少無茶をしても怒られまい。やったぜ。


「それじゃ、薬が塗り終わったらワタシに着いてくるッピ」

「へ?今すぐ?」

「ぼさっとしてないで早くするッピー!」


 いいからテーピングだ!と言われたとおり傷に薬を塗って処置をしてから、私達は再びピッコロモンについていく。

 連れられて来たのは家を出てすぐ側にある洞窟だった。中を覗いてみるが明かりがないため中の様子は分からず、手の届く先からは暗闇だけが続いている。
 こんなおどろおどろしい場所で一体何をするというのだろうか。まさかとは思うが……と嫌な予感がしてピッコロモンを振り返る。


「へイ!リッスン!」

「着いたッピ。さぁこの中に入るッピ」

「真っ暗じゃねーか、やなこった」

「もしかして……スペシャルメニューですかーッ!?」

「……その通りだッピ」


 私の言葉にそこに気付くとはやはり天才か、と言わんばかりにピッコロモンはにっこりと返すと、手に持つ槍で私達を洞窟の中へ叩いて追いやる。なんだその意味深な三点リーダは!ダイレクトアタック!?
 べしんと槍で尻を叩かれ、驚いて一歩踏み出した途端。


「いやいやいや冗談ですよ師範スミマセンっうわおおおお!?」

「うわああああ!?」


 突然私達の足元の地面が泥濘のように軟らかくなり、ぐらりとバランスを崩す。
 驚いて必死に藻掻くがそのまま私とインプモンは底なし沼のような地面に引きこまれてしまう。


「ピ、ピッコロさああああああん!」

「必ず戻ってくる、それがキミ達の修行だッピ」


 私達の悲鳴に混じって遠くでそう呟いたピッコロモンの声が聞こえた。
 それについては理解したが、どんどん落下していく私達はいきなりのことに慌てふためいていてそれどころではなかった。おのれゴルゴム!












「……あれ?」


 ふと意識が浮上した。
 気が付くと私とインプモンはゴンドラに乗って水上を漂っていた。
 舟に吊るされて揺れるカンテラがぼんやりと光り、辺りを包む真っ白な霧の中を照らしている。


「なんだ、ここ……海?」

「知っているのか雷電!」

「知らねーから聞いてんだよハゲ!」

「ハゲに厳しいインプモン……」


 起き上がり舟から辺りを見回しても濃霧が視界を遮っている。
 洞窟から落ちてきたのなら地底湖などが考えられるが、ピッコロモンの結界などの力を見た後だとそうではなさそうだ。ワープだとか異空間だとか、そういうもっと違う何か別の力が働いているような気がしてならない。
 修行は受けて立つが、それならそれでちゃんと説明してくれないと困る。
 ちょっと男子やめなよ〜っ!灯緒ちゃん困ってんじゃん!


「ピッコロモンは何も教えてくれなかったけど……」

「これも修行ってことかよ。一体ここで何をしろってんだ」


 私達の声がゆるやかに響く以外、辺りは静まり返り波の音とカンテラが揺れて軋む音しか聞こえない。
 勝手に流されていくこの舟は一体どこに向かっているのだろうか。神秘的な雰囲気の中でどこか心地良いのだが、そう呑気に言っていられる状況ではない。


「どうしよう、本格的に困ったぞ。とりあえず……」

「とりあえず?」

「寝る!」


 勢い良く寝転べばスパンと頭を叩かれた。恐ろしく速い手刀、俺でなきゃ見逃しちゃうね。
 するとゴトンと音をたてて舟がぐらぐらと揺れる。どうやら波の揺れではなく、舟が何かにぶつかったようだ。


「うわっ舟が!」

「陸だ。いつの間に……」

「本当だ、随分近代的だけど」


 振り返ると、そこにはいつの間にか陸地があった。
 近代的な建物が並ぶ私達の世界のような風景をしている。久しぶりに見たためか、どこか懐かしく感じられる光景だ。
 ただ舟で流されていても仕方がないと考え、私とインプモンは陸に上がることにした。
 私達は舟を降りて河原から傾斜を登ると公園のような所に出る。


「あ、誰かいる!」

「あれは……お前、か?」

「わしじゃよ……え?」


 公園の入り口付近のベンチに一人座り、膝に包みを乗せている幼い女の子がいた。
 目を凝らして見てみるとその子は私にそっくりの顔立ちをしている。

 そこでここは昔住んでいた東京の街並みだと気付く。そしてなんとなくだがスペシャルメニューの意味を察した。
 ……まさかスタンド攻撃を受けている!?


「あれ絶対ドッペルゲンガーだー!やだ!小生やだ!」

「いいから行けよ!進まねーだろ!」

「お前他人事だと思って……!ええ行きますよ行きますとも!」


 私は恐る恐ると今とは全然雰囲気の違う自分に話しかける。他人として自分を見るなんてどうも気味悪くて落ち着かないが、ここで何もしないわけにもいかない。
 えーっとえーっと、と何を言えばいいのかとあれこれ考える。


「キミ可愛いねL○NEしてる?」

「出会い厨やめろ」

「あ、間違えた。キミ一人?」

「うん」

「えーっと……隣いい?」

「どうぞ」

「………………」


 それだけ言うと幼い私は座っている位置を少し端にずらしてくれた。
 そこに私は腰掛けるが、インプモンは目の前の二人がとても同一人物だとは思えないと考えているのがあからさまに顔に出ていた。そしてその顔のまま動揺しつつ私の横に座る。そのおぞましいモノを見た顔やめろ!

 だが、確かに私が見ても物静かで利口で深入りしない、中々に気味の悪い子だ。
 そう思っていると私の視線に気付いたのか、はたまた向こうも私に何かを感じたのか幼い私は私をじっと見てきた。もうこれワケわかんねぇな。
 えーとここからどうしようか。そう視線を彷徨わせれば、ふと膝の包みに目が行く。


「何持ってるの?」

「お父さんのお弁当。今日も"やきん"だから作った」

「その時期か、そうなんだ」

「やきん?ってなんだ」

「ああ、えっと……どこから説明すればいいやら」


 私以上に頭上にクエスチョンマークを浮かべているインプモンは、流石に話についていけないらしく私を小突く。
 この際、いい機会だ。インプモンには話しておこう。


「話せば長くなるんだけど……」

「今北産業」

「ずっと居たよね!?まさかドッペル!?」


 昔々……と言うには古くない程の、まだ記憶に新しい頃の話だ。

 数年前、私がまだ東京に住んでいた頃の話。
 その頃の私は父と二人暮しだった。
 私は日頃働いてばかりいた父の代わりに家事は全てやっていた。
 後から祖父母から聞いた話で当時は知らなかったが、闇金だの違法の借金だのという随分危ない話だったらしい。そのため、文字通り死ぬ物狂いで働かなければ自分と娘を養っていけなかったのだろう。


「やみ?しゃっき……?」

「とにかく危ない橋渡ってたってこと!」


 父はいつ寝ているのかと思う程、いつも仕事に出ていた。
 朝起きても姿は無く、学校から直帰して夜遅くまで待っても帰ってこない。数日顔を合わせないなんてザラだった。それほどまでに家には居なかった。
 だから進んでやった。
 この年齢では働くことはできないし、それ以外で力になれるのはそのくらいしか思いつかなかった。
 それがどのくらい父の負担を減らせれたかは分からないが、少なくとも父は笑ってくれた。目に隈を作り、頬が痩せこけた顔で。


「小さいのによく頑張るねえ」

「お父さんだからできるの」

「そうかー、えらいね」


 わしわしと幼い私の頭を撫でてやると驚いた顔をして私を見上げてきた。
 この頃の私の頭の中には一体どんな思いが詰まっていることやら。今の私には既に分からない。もう当事者ではないのだ。
 目が合った直後、幼い私はハッと何かに気付いて弁当の包みを抱えてベンチを飛び降りる。そのまま駆け足で公園の入り口へ走っていき、入り口の直前でこちらを振り返った。


「もう行かなきゃならないから、さよな――」

「うん、またね!」

「また?」


 私が手を降ってそう言うと、幼い私は大きな丸い目を更に丸くした。
 また、なんてないだろう。


「――またね」


 だって私なのだから。

 同じように手を振り返してそう言い残し、幼い私は霧の向こうへ消えていった。
 幻だったのかなんだったのかは結局分からないが、私は自然と口角が上がった。交わした言葉はごく少ないものでも、心が通じあったような、そんな気がした。


「うーんなんて純粋なんだ!今の私に聞かせてやりたい!」

「何言ってんだお前」

「そうだったそうだった、こうして毎日待ってたんだよなあ〜」


 足手まといの自分が情けなくて、少しでも何か出来たらと必死になっていた。ただひたすら私は力になりたかった。
 遊ばず勉強せず、またねなんて言い合うような友達も作らなかった。それよりやらなければならないことがたくさんあったから。
 それを誰も良く思っていないことは知っていた。だが私はそうしたかったのだ。我ながら馬鹿だと心底思う。
 もしかすると、この頃が一番意思が強かったかもしれない。

 ――そうか、そういうことなんだ。


「あの時とは変わりたいと願ったけど、変わらなくてもいい所もあるんだろうな。前の私ならそれに気が付けなかったかもしれないね」


 前というのはデジタルワールドに来て、みんなと出会って冒険をするまでの私のことだ。
 この冒険が私を変えたのだ。
 同じ冒険をする仲間達も冒険の道すがら少しづつだが成長していく。それは良い所はそのままに、悪い所はたくさんの栄養を受けて確実に良い方へ成長している。
 そんなみんなの光を受けて変わっていないように見えても私も少しづつ変わっている。


「……きっと、そういうことなんだよね?」


 不意に、以前見た夢を思い出した。
 いくら変わったように見えたって芯は変わらないと父は言った。
 私は、私だと。


「灯緒?」


 思わずあれこれ思い出していると、インプモンがどうしたのかと心配そうな顔で私を見上げていた。


「大丈夫だよ!もっと大切なものはここに残ってるから!」


 とん、と親指で己の胸をさす。

 自分の芯になる心の奥底。
 そこに眠るのは大事な人との思い出だったり、大切な仲間達への思いだったり、たくさんの私を構成する原動力が眠っている。
 こればかりは譲れない。


「これが噂のスペシャルメニューとやらなら、随分心に来るものがあったよ」

「そうか、なら結果オーライだな。オレもその……お前のこと知れたし……」

「……デレだ!デレ期が来たぞーッ!!」

「茶化すなハゲ!」

「また髪の話してる……」


 冗談めかせばインプモンはすぐに顔を真っ赤にした。いやはや、最近はデレが多くでほくほくですよ!
 そんなインプモンもずっと言い出せなかったことがあったのを先日のように思い出す。過去と決別し、私を信じてここまで隣に立ってきてくれた唯一無二の大切な相棒。
 恥ずかしくてつい茶化してしまうけど、本当は一番感謝している。感謝しきれない程だ。


「とまあこんな奴だったワケだけど……」

「オイ、唯一の相棒をこんな奴なんて言うなよな」

「……殿中!殿中でござるー!殿がご乱心でござるー!」

「茶化すなってんだろーが!毟るぞ!?」


 あまりにも急なデレの配給にむせてしまう。
 インデレがこんなに破壊力を持っていたなんて、おのれインプモンあざとい!シリアスシーン?させねーよ!
 ため息を尽きつつ不敵に笑うインプモンと頷き合い、感慨深く思いながら昔の私が霧の中に消えていった方に振り返る。
 その瞬間、私の首から下げていたタグが突然光り出す。タグが反応するなんて理由はひとつしかない、近くに紋章があるのだ。


「えっまさか!?」

「紋章だ!」


 一体紋章はどこだろうと驚きつつ辺りをしきりに見回す。
 すると、ふわりと宙に浮き上がったタグが一際眩しく輝いたと思うと、過去の私が消えていった方向から紋章が吸いよせられるように降りてきた。
 紋章はゆっくりとタグに納まるとようやく光がおさまる。
 ついに手に入れた己の紋章を手にとってまじまじと見る。このまるで炎を模ったような模様が私の紋章なのだ。


「やったねインプちゃん紋章が増えるよ!」

「おいやめろ。これでまたすぐ次の進化ができるな!」


 こんな謎の場所で紋章を手に入れることができるとは。まさかピッコロモンは紋章があるということを知っていて私達をここに誘導したのだろうか。
 なんにせよ、意外にもあっさりと紋章が手に入ったのだ。思わずこれにはインプモンもにっこり。
 予想外の収穫に喜んでいると突然どこからともなく声が響いた。


『――――きゃあああああ!』

「今のは!?」


 ぐわんぐわんと幾重にも重なって靄の中を響き渡るのは、聞き慣れた仲間達の悲鳴だった。
 切羽詰まった悲鳴から察するに、どうやら私達がいない間に地上で何かが起こっているらしい。
 場所が場所なのでいまいち夢現な感じがするが、悲鳴となってはこんな所にいつまでもいる訳にはいかない。


「みんなの声だ!急ごう、みんなが危ない!」

「ああ!」


 インプモンも頷き、私達は急いで停めていた舟に乗り込んで声のする方角へ漕ぎ出す。
 私の意志に従うように、オール無しに舟はぐんぐんと仲間達の悲鳴が聞こえる方へ進んでいった。













 舟が突然止まったと思えば、そこは既に元のピッコロモンの結界の中であろうジャングルの地面に乗り出していた。後ろを見ても水はなく、やはり先程の空間は特別なものだったのだと理解する。

 それよりも、今はみんなの元へ急げと悲鳴を便りに木々の間を走り抜ける。
 すると私達の横を同じように走る影が草木の間から見え隠れした。誰だろうと走りながら見ていると、その二つの影は太一とアグモンだと分かる。


「太一!アグモン!」

「灯緒!ここは俺達にまかせろ!」


 そう声をかけながら私を見る太一の瞳は、先程別れるまでのものとは違うことに気が付く。
 きっと太一もスペシャルメニューとやらで何か大切なものを掴んだに違いない。
 力強い目が私を射抜いた。


「……合点!この勝負、太一に任せた!」

「サンキュ灯緒!行くぞアグモン、進化だ!」

「うん、分かった太一!」


 太一の声に強く頷いて応えたアグモンは、いとも簡単に以前と同じように眩い光を放つとグレイモンへ進化を遂げた。
 燃えるようなオレンジの巨体が眩しい。


「アグモン進化!――グレイモン!」


 グレイモンはビリビリと空気を震わす力強い咆哮を上げ、こちらに背を向けて炎を吐いているティラノモンに向かって突進していく。
 不意打ちにティラノモンがよろめいて攻撃の手を止めると、近くで仲間達の嬉しそうな声が湧き上がる。やはりみんなはティラノモンに襲われていたようだ。


「グレイモンだ!」

「アグモン進化できたんだ!」

「メガフレイム!」


 みんなの声援を聞きながら、グレイモンは必殺技の激しく燃える火炎弾を放った。巨大な火の玉は見事に的に命中し、ティラノモンは押されて後ろの木々を巻き込みながら倒れた。
 この様子ならグレイモン一匹ですぐに軽く倒せるだろう。
 その様子を太一と見ていると、前方に同じく善戦するグレイモンの勇姿を見守っている仲間達とピッコロモンを見つけた。全員無事のようで安心し、太一と私達はみんなに駆け寄る。


「太一!それに灯緒ちゃんも!」

「ああ!」

「ヒーローが遅れてやって来たぞ〜!」


 私達の姿を見つけるとみんなは嬉しそうに迎え入れてくれた。
 再会に喜び、再びヒーローのグレイモンを見上げ全員で私達の為に闘っているグレイモンを応援する。


「いけ〜!そこだ〜!」

「やっちゃえやっちゃえ〜!」

「よろしくお願いしまーーす!」


 グレイモンはゆっくりとティラノモンの巨体を持ち上げていく。
 そして、ティラノモンの体に巻かれたケーブルを引きちぎりながらジタバタと藻掻くティラノモンを勢い良く地面に叩きつけた。
 地震かと勘違いしてしまう程の揺れが起こり、力尽きたティラノモンは木々の中に倒れ姿は見えなくなる。
 みんなの危機を救い、元の調子を取り戻したグレイモンに全員が心から惜しみなく歓声を上げた。ジークグレイ!


「やったあ〜〜〜!!!!!」

「勝ったッ!第三部完!」











 はじめはどうなることやらと思った厳しい修行も無事乗り越えることができたようだ。
 ピッコロモンは満足そうに私達を見ると、これで今回の修行を終えると告げた。


「本当に……ありがとうございました!」

「お世話になりました!」


 元気よく声を張って太一とアグモンはピッコロモンに丁寧にお礼を言う。
 太一とアグモンの二人もスペシャルメニューでとても良い修行ができたのだろう。吹っ切れた表情がとても清々しい。
 そんな二人の様子を見てピッコロモンも深く頷いた。


「うん。キミ達の修行はこれで終わったわけではないッピ。人生全て修行ッピ。負けずに頑張るッピ」

「はい!」


 ピッコロモンの激励の言葉を胸に、私達は結界の外へと歩き出した。
 こんなにも選ばれし子供達に尽くしてくれる良いデジモンもいるのだ。たくさんの期待を背負っているのならば私達もそれに応えれるように頑張らねば。
 こうして私達はピッコロモンの修行を終え、再び旅を始めたのだった。



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