夕暮れに逢瀬
 


「あまったれんじゃないよ。
自分のケツぐらい自分でふきな。」

俺が茶盆を持って部屋に入った時、ちょうど師範がそんな言葉を幽助に吐き捨てていた時だった。


"あの後"から、幽助がどこか上の空で心ここに在らずなのは薄々勘付いていた。
先祖の血が覚醒し、魔界に行って、彼の中の価値観が変わりつつあるのだろう。

人間界では、彼はエネルギーを持て余してしまっているのだ。


「仮にお前がこの世の全て嫌になってぶっ壊そうと思っても
もはやあたしに止める力はないしな。」

カチャカチャと、ゲームのコントローラーを操作する手は止めず、二人は画面に集中しつつ、互いの話しは聞いている。

その二人の背を見ながら、茶盆を机の上に置く。


「人は自分の気分次第で壊せるものをそれぞれ持ってる。」

その師範の言葉が一倍大きく耳に入った。
それが何故だかはわからない。


「壊したかなったらその前にここに来な。
まずあたしの命をくれてやる。」

「アホらし。考えたこともねーよ。
それにな…」

幽助の視線を察し、そちらを見る。
すると丁度目が合う。


「ばーさんに何かしようものなら、確実にこいつにしばかれるだろうからな。」

「当然だろう。
むしろ師範に手を出す前に暗殺するさ。」

そう返せば、ポイっとコントローラーを投げ出し
あーおっかねぇ姉弟子だ。と、わざとらしく吐く。


まぁそう返したものの、実際"あの"幽助相手じゃ俺も止める力はないのだけども。
でも万が一、彼がそちらに目覚めてしまったのなら…

大切な人の、数少ない理解者と殺しあうのなんて真っ平御免だ。
頼むぞ、幽助。と心の中でそう諭し、部屋を後にした。












夕暮れ時、師範から頼まれたものを買うために街を歩く。
目当ての店に入れば、制服を着た女子高生らしき子が何人かいた。

「…あれ、」

使いのものを探していると、背後でそんな呟きが聞こえたが、さして気にせずにいたら、あのぉ…と近くで呼び声が聞こえた。

それに振り向けば、さっきの女子高生達がいた。


「君、南野君とよく一緒にいる子だよね?」


南野、南野…一瞬誰かと思うが蔵馬の名前だ。
よくよく思い出すと、この制服は蔵馬の学校のものだ。
訝しげな表情に見えてしまったのか、その女の子は突然ごめんね、と謝りを入れてきた。


「その…君は南野君の妹さん?」

赤い髪の毛のせいで、よく兄妹(姉妹の時もある)に間違われるのだけども、この人達も勘違いしてるらしい。


「いや…そういうわけじゃあ、ないのだけども…」

「あ、そうなんだぁ。似てるから妹さんかと思ってたぁ。」

私たち勘違いしちゃってたねぇ、とキャッキャと話す。
この子達が、いつも蔵馬が引き留められるという女の子達だろうか。


「あのね、よかったら…連絡先教えてくれないかな?」

「えーと、く…南野君の?」

自分の連絡先なんて知っても彼女達に得にはならない。
ならば蔵馬本人のだろうとそう問えば、目の前の彼女達は頬を赤く染める。
どうやらドンピシャだったらしい。


「悪いけど、本人に了承取らなきゃなんとも…」

「大丈夫よ、南野君とは同じクラスなの。」


先程とは違い、グイグイとくる女子高生達。
困った、本人に了承取らないといけないのは本心だが、それ以上に…




「なまえ、何やってるの?」

突然聞こえた渦中の人物の声。
そして会うのを避けていた人の声。

思わずビクリと肩を揺らしてしまう。


「え?南野君?!」

女の子の1人が声を上げる。
そして店内に入り、近づいてくる蔵馬にその目はキラキラと輝きだした。

「ごめんね、この子とよくいるの見かけて…妹さんかなと思って声をかけちゃったの。」

「えーと…南野君の…連絡先を知りたいんだって…」


"南野君"と呼ぶと、蔵馬は不穏な笑顔をニッコリと浮かべる。
それに女の子達は頬を染めるが、自分はタラタラと背中に冷や汗をかく。


「やだなぁなまえったら。
いつも秀一って呼んでるじゃないか。」

「え…」

予想だにしない蔵馬の発言に、今度は女の子達の笑顔が凍てつく。
怖い怖い、なんだこの空間は…!!


「あ、あはは…」

「あのぉ…南野君、この子とのご関係は?」

もう笑うしかない。
こんな緊迫した空気は武闘会以上かもしれない。

ダメ元で蔵馬に助けを求めるよう視線を投げる。
それに気付いた蔵馬は極上の笑みを浮かべる。
あ、ダメだこれ。




「なまえは、俺の恋人ですよ。」




店内に悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。



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