彼女の意地
 


魔界から帰ってきてからというもの、あれだけの騒ぎがあったというのに早くも日常に戻っていた。

授業の終わりを告げるチャイムを聞き、既にしてあった帰りの支度をひっさげ誰よりも早く教室を後にする。


あ、南野君もういっちゃった。


という言葉を背に、安堵の溜息を吐く。

学生最後の夏。
教室には落ち着きがない。


向かう先は小さな図書館でも、山奥の屋敷でもない。
学校から20分ほど歩いた繁華街にある路地裏。
そこに目当ての場所があった。


「お、案外くるの早かったな。」

と、迎えてくれたのはカウンターで煙草を咥えた
まだまだあどけなさの残る友人。

その隣の椅子をひき、座る。
芳ばしい香りが充満する店内は、普段であれば食欲を擽るには十分なものだ。


「塩ラーメンにしようかな。」

「大将!塩ラーメン!!」


幽助が声を上げればその店の大将は小ざっぱりした声を返す。

そうしてテキパキと注文の品を準備する後ろ背を見ていれば、カチリと幽助が火を灯し、本日何本目かはわからない煙草に火を付ける。


「螢子さんに怒られるんじゃないですか?」

「いい、いい。もうそれ以前の問題だ。」


ふぅ〜と、白い煙を吐く。
煙草の臭いは苦手な方だが、今は何となく落ち着く。


「そっちは?」

「…幽助の方がよく知っているのでは?」

そう言うと、チラリと幽助がこちらを見やる。
そうしてまた白い煙を吐きながら、燃え屑を灰皿に落とす。


「あいつが俺に弱み握らせるタマかよ。
いつも通りの鉄仮面ぶりだ。」

「そうですか、それはまだまだお許しは貰えそうにありませんね。」

「おお、おお。
千年分の知恵を働かせても無理なもんなんか。」


じりじりと、灰皿に煙草を潰し新しいものを取り出す。
そうして再びカチリと火を付ける。


自分とて、こんなことで手こずるとは思ってもいなかった。
昔であれば、使える手はいくらでも使ったし
そもそもこういう面倒ごとは、とっとと切っていただろう。

だがしかし、同じように振る舞えない。


それは人間の愛情を知ったからなのか
相手がなまえだからなのか
理由は曖昧なものなのだけども。


そんな風に悶々と考えていれば
お待ちどう!と、大将が頼んでいたものを出してくれた。















チリンチリン…と涼やかな音を鳴らすのは
赤い金魚が二匹描かれた風鈴。

山の上にあるこの屋敷は下界より涼しい。


シャクシャクと、師匠に貰った西瓜を頬張る。
存分に夏を一人謳歌する。



ひとりで…



ミーンミンミンミン…と蝉の声が虚しく頭の中を通り過ぎる。

どれくらい、蔵馬とまともに会っていないだろう。
全ては自分が頑なに避けているのが原因なのだけども。


我ながら、女々しいことをしたと思う。
特防隊と共に結界を張るなんて蔵馬に伝言を残したのは、特防隊と自分が一緒にいると強調するためだ。

勘のいい蔵馬なら、そこから合成獣の件が絡んでいると察するかもしれない、と。


結局のところ、あの大竹とか言う隊長は最後の最後まで私と目を合わせず下界を去って行ったわけだが…


ふわりと、花の香りが風に乗って運ばれてくる。
それはその辺に咲いている花の香りではない。


「…。」


その香りから逃げるため、最後の西瓜の一欠片を口に入れ、足早に縁側を去る。

そうして街に降りるために山の中を歩くが、ピタリと足を止める。



…迂闊だった。


そこらじゅう、360度視界に入るのは植物。
全て蔵馬の支配下におけるわけで、いわば全てが蔵馬の目となり耳となるわけだ。

その状況に気付き、息を整えそして思いっきり地を蹴り猛ダッシュする。

案の定、ざわざわと植物達が蠢き出す。
そこに僅かながら蔵馬の妖気を感じるのだから、いよいよ向こうも本気を出してきたらしい。

突然目の前に大きな植物が地面から飛び出てくる。
明らかにこの自然界にはない、自分の意思を持っている大きな植物。
魔界の植物呼び出すなんて、ちょっと本気過ぎやしないか。

それに若干口が引き攣るが、伸びてくる無数の蔓を避けるために飛び退きそして麓に向かって一気に山道を駆け下りる。


街に出られればこっちの勝ちだ。
流石に街中で妖気を使うことはないだろう。


目の前に蔦の壁が出来るあと一歩。
気持ちの良い程のタイミングで、硬いコンクリートの道へと着地する。



蔦の壁は意味をなさないことを理解したのか、大人しく解けていくのをほんの少し見届け、街へと足を進めた。










彼女の意地 fin.2018.3.22



前へ 次へ

[ 86/88 ]

[back]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -