救世主はどこにもいなかった
 


ドスっと鈍い音が耳に響く。

終わったか…。

そう思い、目を開けると創造主が口から血を流していた。


「…?」

ぶらんと先ほどまで締め付けていた手が離れる。
一体何が起きて…



「やっとお出ましか。」


その声の方を見ると、銀髪に金色の瞳、暗闇でも浮かび上がる白い衣装を着た蔵馬がいた。


「…まさかお目にかかれると思わなかったよ…。
伝説の…」

「黙れ。貴様はここで殺す。」

氷を直接当てられてるような殺意が空間を満たす。
蔵馬が一振り腕を振るえば、創造主は瞬く間にバラバラになった。


「…。」

「…やはり影か。」


バラバラになった途端、みるみるうちに姿形を変え鬼の死体となった。


何が何だか頭がついていかない。
きっと酸素が足りてないせいだ。

スッと音もなく白い足が視界に映る。
両頬が何かに包まれ、グッと上を向かされる。


「助けるのが遅くなってすまない…。」

「蔵馬…?」

金色の瞳がキュッと苦しげに細められる。
そしてその逞しい腕に包み込まれる。
銀色のサラサラとした髪が頬を撫でる。


「もう…大丈夫だ…」

「何が大丈夫だ。全然大丈夫じゃない。
お前、もう少しで死ぬところだったんだぞ。」

少し剣を含んだ、悲しい声だった。



「大丈夫…、死んでもまた創り直せるから…っ」

ガッと肩を掴まれ、壁に押さえつけられる。
ギリギリと、爪が食い込む程に肩を掴まれる。


「お前…自分が何を言ってるのかわかっているのか…?」

「…今までだってそうだったんだ。
次だって同じ"なまえ"が生まれるさ。」


そう言うと、耳のそばで盛大にバキッと板の穴のあく音が響く。

あーあ、もう家の中ボロボロじゃないか…。



「っふざけるな!
いくら姿形が同じで、名前が"なまえ"であったとしても
今、俺の目の前にいるなまえじゃない!
馬鹿にしてるのか?!」

怒りの篭った瞳が自分の目を射抜く。
こんなに怒ってる蔵馬を見るのはいつぶりか。


「…蔵馬も、さっき聞いただろ。
創造主の予定では、もう俺は死んでる頃だ。
予定が狂ってるとはいえ、俺の寿命も永くはない。
遅かれ早かれ、創造主に…」


創り直される。


その言葉は続かなかった。
蔵馬の顔が近過ぎてピントが合わない。
それに口が塞がれている。
何に…?



スッと蔵馬の顔が遠ざかり、ハッキリと蔵馬の顔が見える距離になる。


「…次なんてない。今の君が最後だ。
言っただろう?千年先まで君を守るって…。」


スーッと銀色の髪から赤い髪へ変化して行く。



「俺は、今目の前にいる君を…なまえを…あいし」


言葉を紡ぐその口を自分の手で塞いだ。
聞いてはいけない。
本能がそう告げていた。




「蔵馬、冷静になれ。
あと数年…もしかしたら数日ももたない命かもしれない。

そんな死にかけに、何を与えたって蔵馬に返ってくるものは…」


何もない。


そう言おうとしたのに、今度はぎゅっと抱きしめられ、その肩口に埋まった口では何も言えない。

グッと蔵馬の肩口を押すと、意外にもすんなりと離れた。




「…何の真似だ。」


「例え数年でも、数日でも関係ない。
それに君から見返りなんて求めてない。


ただ、俺は…君を愛したいだけだ。」



揺るぎない翡翠の瞳がただ、自分をじっと見る。
その瞳から磁力に引っ張られているかのように、目をそらせなかった。



「なんで…。」


「理由なんて、君だから。
それだけだよ。」



そんな理由…
だって、いくら蔵馬が愛してくれたって自分は…



「蔵馬は、この先最低でも50年は時間がある。
それに、このまま人間として生きるなら、志保理さんのためにも、家族だって作らなきゃならない。

俺は、この先ずっと蔵馬と共に時間を過ごすことも
蔵馬の家族を作ることだってできない。
目に見えてる選択肢を選ぶ必要なんてない。
それくらい、蔵馬ならわかってるはずだ。」


傷つくのは俺じゃなく、間違いなく蔵馬だ。
千年先なんて、一体自分と共に過ごす何倍の時間を蔵馬は一人で過ごさなきゃならないんだ。



「わかってるさ…そんなこと。
だから、自分の気持ちに嘘をつき、壁を作って蓋をしてきた。

でも、無理だった。
いくら蓋をしたって、溢れてくるんだ。
そして気づいたんだ。

愛することができない苦しさを。
だから、例え君が拒絶しようと俺の気持ちは変わらないよ。」

今まで我慢してた分、むしろ余計に気持ちが膨らんじゃうかもね。


そう言い、イタズラ気に笑う。




あぁ、もうこの人は…


「明日にでも死ぬかもしれないんだぞ。」

「うん。」

「もしかしたら、あと数時間後に死ぬかもしれないんだぞ。」

「そしたら、うんと愛さないとな。」

「もしかしたら、予想外に長生きして、この先蔵馬に他にいい人が出来たら邪魔になるんだぞ。」

「毎日毎日、ハラハラして君を見てるんだから、他所に向ける目はないよ。」



これ以上、何を言っても無駄なことが
蔵馬の顔を見てよくわかった。



「例え君があと数時間後に俺を置いて行ってしまっても
君があるものをくれれば、それだけで俺は満たされるよ。」

しとっと、蔵馬の指が唇を這う。
途端に顔に、身体に熱が高まり出す。



どんどん頭が冴えてきて
羞恥心に負けて逃げようとするも、蔵馬がそれを許してくれない。


今までこんな面と向かって向き合ったことがあったか。
今まではバレないように、自分の気持ちをその背中にぶつけてただけだ。
なのに、なのに…



嬉しくて、泣きそうだ。


そう思った矢先、蔵馬の顔が滲み、頬に暖かいものが流れ落ちる。
蔵馬がギョッとしたのが気配でわかった。



「ちょ…え…?
すまない、やっぱり強引過ぎた。
そんな、なまえが泣く程嫌だったなんて…」

「っ…嬉し泣きだ阿呆…!」



ギュッと蔵馬の服を掴み、胸元に顔を埋める。
あーー、もう、本当に死にそうだ。
だって、蔵馬が、こんなにも…



「それは、なまえも同じ気持ちでいてくれてるってことでいいんだね?」



うん…。と、小さく、くぐもった返事をする。
それでもバッチリと蔵馬の耳には届いていたらしい。
ふふっと笑う声が聞こえ、ギュッと抱き締められた。



「バカだなぁ、俺も。
もっと早くに素直になってればよかった。」

後悔なんて後にも先にもこれだけだ。


その言葉と共に、徐々に睡魔に頭が支配されていった。









救世主はどこにもいなかった 2014.8.9 fin



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