すれ違う足を止める
 




彼は前に"救われてばかりだ"と言っていたが
それはまったくの逆だ。

まるで義務のように生きていた自分に
自分の"意思"を教えてくれた。


師範が一度死んだときだって、兄と戦ったときだって、今見ている夢だって
きっと"仕方ない"と割り切って、自分の心に蓋をしていただろう。
ただ過ぎる時を、何も思わず見ていただけだろう。
そんな自分に、自分の気持ちと向きあうことを教えてくれた。


志保利さんと幸せそうに笑う貴方をみて、自分も幸せを感じだ。
他人のことを自分のことのように感じることだって、知らずに生きていただろう。


―――ずっとお互いの何もわからないままなんだろうな―――


そんなたった一言で、こんなにも心が痛むことだってなかった。


そして得体のしれない恐怖。
日を追うごとに、自分の知らない感情に支配されていく。

いつからの恨みなのか
何に対しての憎しみなのか
誰に対しての殺意なのか

自分のことがわからないことがこんなにも怖いと思わなかった。
そんな夜陰の中で浮かぶのはいつだって...






















「答えろくそばばぁ!!!!」

幽助の怒号がアトリエに響き渡る。


それでも幻海はぴくりとも眉を動かさずただその怒号を受け止めるだけだった。
そんな空気に耐えきれなくなったのか、城戸は電話機を投げ捨て勢いよく土下座をする。
その事態に幽助は余計に混乱していく。
その中で蔵馬は少し呆れたようにため息をつく。


「少々悪趣味な自己紹介...
そんなところでしょう?師範。」

「まーな。だがこれは趣味でやったわけじゃないよ。
こいつらの能力を肌で感じてほしくてな。」


今、魔界への穴が何者かによって開かれようとしていること
そして、その影響で蟲寄市の一部の人間に特殊能力が開花するなどの影響が出ていること


幻海の口からその事実を聞き、皆驚愕の色を隠せない。
そんな折、焦った様子のコエンマから連絡を受ける。
そして事態が切迫したものだということを一同は知る。


話しは一旦落ち着き、海藤の魂を幻海が元に戻す。
皆の様子に海藤は計画通りに話しが進んだことを察する。


「あ!そういえば、なまえちゃんは?!
あんたなまえちゃんの魂とったんだろ?!
なんて命知らずなんだい!!」

そう言い、ぼたんが海藤の肩を両手でつかむ。


「...いや、あれは、その...嘘だよ。」

海藤の言葉に桑原とぼたんは目が点になる。
そして幻海の方を見る。


「そもそもなまえはここにきとらん。」

幻海の言葉にさらに桑原とぼたんは目が点になる。


「黒い犬が言ったんだよ。あの赤髪の子の魂とったって言えば面白いことになるからって...。」

おかげでとんだスリル感は味わえたよ。

そう言う海藤は蔵馬を見ながらどこかげっそりしていた。


その事実を知り、蔵馬は先日のなまえの言葉を思い出す。
確かにあの犬神と一緒にいれば心身ともに疲れそうだなと。
なまえが人質にとられるなんて、ありえないと思いつつ実際に自分もどっと疲れた。



2日後に蟲寄市の様子を見に行くことにし、この日は解散になった。





真夜中、積もった雪から発せられる冷気を足元から感じながら岐路につく。




どこかで自分だけなのだと思っていた。
彼女が寄りかかるのは。

それがまさか、自分の百分の一くらいしか生きていない少年にその役割をあっさりと代役されるなんて思ってなかった。

さも信じているのは俺だけというような顔をしながらその裏で彼女は隠し事をする。
今回の件もそうだ。
彼女は今起きていることも、これから起きることも全て知っているに違いない。
母さんの時もそうだった。


隠されているものを暴きたくなるのは最早性分。
こちらの手の内を明かさないとわからないことだってある。
"あの言葉"は半分嘘で、半分本心だった。
それでまさか、彼女があんな表情を浮かべるだなんて、思いもよらなかった。




「...そんなに俺は頼りないかな。」

そうこぼし、振り向けばなまえがいた。
よほど急いできたのか、長い髪は下ろされ寝間着は少し乱れていた。
そしてそのまま駆けよってきた勢いで胸に飛び込んでくる。
そんな行動に驚きつつもしっかりと抱きとめる。



「どうしたの?お酒でも飲んだ?
それとも、怖い夢でも見た...?」

自分よりも幾分か小さい冷えた体を包み込み、乱れた髪を梳いてやる。
するとぎゅっと俺の上着を掴んでくる。


「蔵馬...俺...」

「何...?」


胸に顔を埋めたまま話されるのがじれったくて、すっと顔を上に向かせる。
暗いせいか、いつもと違う深紅色の瞳と目が合う。
頬も薄ら紅潮し、うるんだ瞳が真っ直ぐに俺を見る。


「俺、蔵馬のことをちゃんと知りたい。
だから...」



「...だったら、全部見せてよ。




本物の君を。」




そっと首筋から肩に指を這わし、逃げられないようにぐっと腰を引く。
するとさっきの態度とは違い、あわあわと慌て始める。
そして...



「耳、隠れてないですよ。」

頭の上から出ている立派な獣耳にふっと息を吹きかける。
すると、真っ黒な尻尾も現れる。


「これはこれで、俺としてはなかなか楽しめるんですけどね。」

尻尾に手を這わせれば、声にならない悲鳴をあげ、みるみるうちに黒い獣に姿を変えていく。


「...。」

「アトリエでのお返しです。」


そう言えば、目の前の黒い犬はくつくつと笑い声を立てる。


「お前もなかなか鬼畜だねぇ。
こんな極寒の中抱こうってのかい。」

「まさか。本物なら持ち帰るのみですよ。」


売り言葉に買い言葉。
そう返せばこの色狐め、と悪態が返ってきた。


「それより、何の用ですか。わざわざこんな手の込んだこと仕掛けてきて。」

「本物ならよかったか?」

犬神の言葉に少しの沈黙が生まれる。


「話しをはぐらかさないでください。いくらあなたとはいえ、怒りますよ。」

少し怒気の含んだ目で見据えれば、犬神は肩を竦めた(ように見えた)。


「ちょっとした親切心じゃないか。
お前の家から帰ってきてからあの娘、何故だか元気がないんだ。」

「...だから?」

「お前と何かあったんだと思ってな。
まぁ、いうなれば偵察さ。」

そう言い、飼い主思いな忠犬だろう?と楽しそうに言う犬神に、深いため息が出た。
確かにこれは疲れるな...。

これ以上付き合ってられないと思い、再び家路に足先を向ける。


「何を恐れているんだ狐よ。」

その言葉にピタリと歩みを止める。


「長い時を生きる間に傷つかない方法を考えるのが人一倍上手くなったか。」

「...何が言いたい。」

冷たい冷気が行きかうのは、恐らく雪のせいだけじゃない。
先ほどと打って変わって犬神から発せられる気はとても重たいものだった。



「怖いのだろう。愛しい者が自分を置いてどこかに行ってしまうのが。
恐れているのだろう。その者なしには立っていられなくなることを。

その気持ちはよくわかる。
どんなに守っても、どんなに忠誠心を誓っても皆私を置いてどこかに行ってしまうのだからな。」


ゆっくりと犬神の方を振り向けば、再びなまえの姿があった。


「俺とお前が出会ったのは必然でも運命でもない。
ただの偶然だ。
そんな偶然をどうするかは、お前の自由だ。」

そう言い、なまえの姿をした犬神はくるりと踵を返す。
そして思い出したかのように振り返る。



「あぁ。そうそう。
知らぬが仏。後悔後先立たず。

全てはお前のためだよ。」

その言葉だけを残し、ふわりと消えていった。




前者の意味は、隠し事をするのはなまえが俺を思ってのこと。
後者の意味は...まぁ、そのままの意味なんだろう。


なんとも食えないやつだ...
最後になまえの姿であんなことを言うなんて。


ふっと思わず笑みがこぼれ、今度こそ家路に向かって歩き出した。














「あの狐はどうも獣耳としっぽをご所望らしいぞ。」

「は?」


翌朝、犬神がなまえへそのことだけを報告していたことを蔵馬は知らない。









すれ違う足を止める fin.2014.2.11



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