背中合わせ
 



「...もしかして、緊張してる?」

俺の目線に合わせて、蔵馬が何処か面白げに顔を覗き込んでくる。


「...当たり前だろ。こういうの、初めてなんだから...。」

何だか気恥ずかしくてふいっと蔵馬から顔を背ける。
すると、頭上からクスクスと笑い声が聞こえる。


「そんなに緊張しなくてもいいのに。
ほら、いくよ。」

そう言い蔵馬がガチャリと扉を開ける。



「なまえちゃんいらっしゃ〜い!」

蔵馬が扉を開けるや否や、志保利さんが満面の笑みで迎えてくれた。
その笑顔を見てほっとする。
本当にちゃんと病は治ったのだ。


お久しぶりです。と挨拶をし、志保利さんに案内されるがまま家に上がらせてもらう。

こうして人の家に遊びに行くのは初めての体験で、何だかそわそわする。
リビングに案内され、どうしたらいいかわからず立っていると、はい座って。と蔵馬に肩を押され、コタツに入る。

志保利さんは何か準備をしてくれているらしく、台所の方に行ってしまった。
おそらく焼き菓子を作ってくれてるのだろう、部屋中に甘い香りが漂っている。


不意に隣から視線を感じ、そちらに顔を向ければ案の定蔵馬がじっとこちらを見ていた。
意図がわからず怪訝な表情を蔵馬に見せる。


「いや...なまえがうちのコタツに入ってるのが何だか新鮮で。」

そう言いながら蔵馬はリモコンを手に取り、テレビを点ける。


いや、そんな蔵馬の姿も十分新鮮なんだが...


そうこうしてるうちに、志保利さんが焼き立てのクッキーと飲み物を持ってきてくれた。
部屋にさらに甘い匂いが広がる。


「口に合うかわからないけど、どうぞ食べて。」

その言葉に、いただきます。と一言添えてクッキーを一口食べる。
程よい甘さが口に広がり、思わず美味しいと言葉をこぼすと、志保利さんはとても嬉しそうに笑ってくれた。

その後、色々と談笑しいつの間にか夕方になっていた。
志保利さんが入院していた時のお礼と、夕飯をご馳走してくれた。
夕飯のハンバーグも凄く美味しくて、こんなものを毎日食べてたら、なかなかの美食家になってしまうんだろうなと思った。

ご馳走になってばかりなので、せめてお皿洗いだけでもと申し出たが、志保利さんにやんわり断わられてしまった。
その断り方がどこか蔵馬と似ていて、やっぱり親子なんだなと思いながら蔵馬を見ると、お客様は座ってていいんだよ。とまたもやコタツに戻されてしまった。

暫くまたコタツを囲んで談笑してると、いつの間にか時計の針は9時を過ぎてしまっていた。


「やだ、もうこんな時間!
なまえちゃん、お師匠さんが心配してるでしょう?
ごめんねこんな時間まで。」

「いえ、全然大丈夫です。むしろこんな時間までお邪魔してしまってすみません。」

そう言い立ち上がると、志保利さんと蔵馬も立ち上がり、玄関まで見送りに来てくれる。
靴を履き、お礼を言おうと振り返ると蔵馬も靴を履く準備をしていた。


「送って行くよ。こんな時間、何があるかわからないからね。」

そう言い、意味深な視線を送ってくる蔵馬に何も言えなかった。


「そうよ。こんな時間に女の子が一人で出歩くなんて危ないわ。
...お師匠さんのところで頑張ってるみたいだけど、あまり無理せずにね。」

志保利さんは少し困ったように笑いながら、頬に出来た傷を優しく手で包んでくれた。
あぁ、やっぱりよく似てる。


いつでもいらっしゃい。
そう言って優しく微笑み、玄関先まで見送ってくれた。









冬のしんとした夜道を2人で歩く。
街を抜ければ人の気配はなく、蔵馬と自分の足音しか聞こえない。
街の明かりももう見えない。



「...蔵馬、そろそろこの辺で大丈夫だ。
今日はありがとう。志保利さんが作ってくれた焼き菓子、師範も喜ぶよ。」

立ち止り、自分より幾分か背の高い蔵馬を見上げそう言うが、蔵馬は何も言わずただ前だけを見ていた。
どうしようもなく、遠くに見える空を見ればくっきりと、三日月が浮かんでいた。
このままここに突っ立てるだけじゃ、ただ体が冷えていくだけだ。もう一度、蔵馬に話しかけようとすると、蔵馬が突然歩き出した。



「蔵馬、もうこの辺で...」

「...俺も、怖い夢を見たよ。」


きっと普通の人間じゃ、何を言ったか聞き取れないくらいの声量だが、自分の耳にははっきりと聞こえた。
ゆっくりと蔵馬がこちらを振り返る。




「...君が、俺のことを忘れてしまう夢。」



意外な言葉に思わず目を見開く。
そんなものが怖い夢なのか。
そんなこと...



「ありえない。

それよりも、死ぬ方がもっと現実味があるだろう。
まさか、そんな夢を蔵馬が怖いと思うなんて思わなかった。」

そう言いながら蔵馬の隣りへと歩みを進める。



「悪い夢は人に話せば正夢にならないって言うしな。
俺が蔵馬を忘れるなんてこと、ありえないよ。」

何百年も前のことを覚えているこの脳が、こんなやさしい記憶を忘れるわけがない。
むしろ蔵馬のほうがいつか自分のことを忘れるんじゃないか。
今度は立ち止ったままの蔵馬を俺が振り返る。
蔵馬はただ、じっと俺の顔を見つめるだけで何も言わない。そんな蔵馬に俺も何も言えず、ただ蔵馬の次の行動を待つ。
あぁ、また身体が冷えてきた。



「...遠いね。」



ただ一言、たったそれだけの言葉が理解出来ず、変わらず蔵馬の次の言葉を待つ。



「君と俺は、お互いのことを誰よりも見てるはずなのに...きっとずっとお互いの何もわからないままなんだろうな。」



蔵馬の低くもなく、高くもない声が冷たく湿った空気にじんわりと溶け込む。
前半の言葉を嬉しく思うも、後半の言葉でじわりと冬の空気が何処かに染み込む。


「...今晩遅く、雨が降るらしい。
やっぱり、この辺で帰った方がいい。」

幸いなことに、一緒にコタツに入りながら見ていたテレビの天気予報で、キャスターがそんなことを言っていたのを思い出し、そう口にする。



「...そう。わかった。気を付けて。」

「蔵馬こそ気を付けて。ここまで来てくれてありがとう。」



そう言い蔵馬に背を向ける。
夜の道には自分の足音だけが響いていた。









背中合わせ fin.2014.02.05



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