残照でとける
 




あれから、何も起こらず日は進んでいく。
師範を訪ねてくる人間も日を追うごとに少なくなっていった。


あの日、怪我をして帰ってきた俺を見て珍しく師範が驚いた顔をしていた。
だが、何があったのか聞くこともせずただ一言、飯食って風呂に入って寝ろ。と言うだけだった。








「どうしたんだよその顔。」

ふらりと訪ねてきた幽助が俺の顔を見るや否や、普段から丸い目をさらに丸くして尋ねてきた。
師範もそうだが、俺が怪我をするのもそんなに珍しいことでもないはずなのに何故こうも驚いた顔をするのか。
仙水との一件を説明するのも面倒くさく、かすり傷だ。と一言だけ答えた。



「いや、傷もそうだけどよ...なんていうか、おめーちゃんと寝てんのか?
ひでぇ顔してんぞ。」

「...そうか。」



幽助の言葉に眠りが浅くなっていることに気付く。
仙水に会ってから、さらに夢は鮮明に酷くなっていった。
認めたくはないが、どうやらあの男と"波長"が合うらしい。
これ以上仙水と関われば、自分はいつか人間...幽助たちと敵対することになる、そんな恐怖をあの男にもった。
だから何としてももう、仙水とは関わりを持ちたくない。



そんなことを思い出し、思わずため息をつく。



「なに?そんな怖ぇ夢でも見てんのか?」
カチッとライターに火を灯し、煙草に火をつける。


「...昔の夢だよ。戦争で人を殺したり、ある時は霊界探偵のパートナーとして妖怪を始末したり...最近見た夢では人間にペットとして飼われてた。

大抵の夢は、兄さんが泣きながら俺を殺して終わるんだ。」


俯きながら話すも、幽助がこちらをじっと見ているのが気配でわかった。

言ってしまって後悔した。
こんなことを伝えても何も解決にならないし、幽助を困惑させるだけだ。
忘れてくれ...。その言葉は声にならず、幽助が口を開く。


「兄貴から色々聞いて、それが夢に出てきちまってんだろ。
昔がどうであれ、今生きてんのはおめー以外の何者でもねぇ。
考えすぎなんだよてめーは。」
ガシガシと頭を掻きながら幽助は立ち上がる。


「ったく。こんなこと俺に言わずに"先生"に言えよ。
なぁ"先生"?」

幽助の視線の方に目を向けると、そこにはこちらに歩いてくる蔵馬の姿が見えた。
幽助にしろ蔵馬にしろ、なんでこういつも計ったかのように現れるのか。


「やぁ、幽助。
聞くつもりはなかったんだけどね。如何せん耳がいいもので。」

穏やかに幽助と話す蔵馬だが、顔を合わせることが出来ずにいた。


「いいさいいさ。組み手してもらおうと思ったけど、腕も怪我してるみたいだしな。
バーサンに相手してもらうわ。」

じゃーな!
そう言って幽助は師範の部屋の方向へと歩いて行った。



「...。」

何とも言えない沈黙がうまれる。
蔵馬とはこういった沈黙が時々ある気がする。
その原因をつくるのがほとんど自分だから何もいえないのだが...


ギシリ、と縁側の古い板の音を鳴らしながら蔵馬が隣りに座る。
まだ残っている幽助の煙草の臭いに蔵馬の香りが混ざる。




「前から思ってたけど、煙草の臭いは平気なんだ?」

「...慣れてるからな。」


それだけ答え、再び沈黙。別に蔵馬は怒っているわけではないのに、一方的に気まずさを感じる。



「別に君を責めるわけじゃないし、責める義理もないけど..."あの時"、幽助に言ったように、俺にも言って欲しかったな。」


蔵馬が言う"あの時"とは、数日前の図書館でのことだろう。確かに蔵馬に聞かれたとき、俺は犬神のせいだと答えた。
別に蔵馬を騙そうと思ったわけじゃない。
咄嗟に出てきた言葉がそれだった。
顔を上げれば、何とも読み取れない表情をしている蔵馬と目が合う。


思わず口から、ごめん。という言葉が出る。
何に対しての謝罪なのか、自分でもわからない。
でも、それしか言葉を返せなかった。


そんな俺に対して、蔵馬は少し困った笑顔を浮かべる。



「...話は変わるけど、明日予定はある?」

「いや、特にない。」

「だったら、明日うちに来ないか?」


突拍子もない話しに思わず蔵馬の顔を見入る。
あぁ、そういえば志保利さんが入院してる時にそんな話があったなぁ...


「でも、明日なんて急で志保利さんが困るんじゃないか?」

「あぁ、それなら心配いらないよ。
母さん、いっつもなまえに会いたがって家に呼ぶように急かしてたからさ。」


そう言う蔵馬の表情がなんだか年相応の少年の顔をしていて、思わず顔が緩む。




「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔させてもらうよ。
俺も、志保利さんに久しぶりに会いたい。」

そう言うと蔵馬が不意を突かれたような顔をする。
が、直ぐにその顔から笑みがこぼれた。


「そう言ってくれると、母さんも喜ぶよ。
時間とかはまた連絡するよ。」


じゃあまた明日。
そう言って蔵馬はストンと立ち上がり、夕暮れに向かって歩いて行った。



茜色に照らされる蔵馬の後ろ姿を見送りながら、仙水に"人間界をどうしようが、干渉しない"と言ったことを今更ながら後悔した。










残照でとける fin.2014.2.3



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