消えていく明かり
「...なるほど。それでここ1ヶ月でそんなにやつれたんだ。」
相変わらず人が全くいない図書館。
蔵馬となまえはいつもの場所に座り、自分の家のごとく寛ぐ。
「特殊能力に目覚めた人間の中には、『自分は神に選ばれた特別な人間』など幻想を抱く阿呆なやつもいるからな。
面倒くさいことこの上ない。」
なまえは頬杖をつきながら、気だるげにため息をつく。
「...それだけじゃなさそうだね。」
蔵馬の言葉になまえは視線だけ蔵馬に向ける。
「数が多いと言っても、相手は一般人と下等妖怪だけだ。
それだけで君がここまで疲弊するとは思えないけど...。」
そう言い蔵馬はじっとなまえを見る。
なまえは視線を下に移し椅子を引き立ち上がる。
「他に理由があるとしたら犬神だな。
それだけだよ...。」
そろそろ仕事の時間だ。
そう言いなまえは蔵馬に背を向け歩き出す。
そんななまえの背中を蔵馬は何も言わず見届けた。
日が落ち街灯のない暗がりの道をなまえは音もなく歩いていた。
蔵馬の言うとおりだった。
ここ最近疲弊しているのは、仕事が増えたことだけが原因じゃない。
大部分は毎日のように見る夢のせいだ。
まるで誰かに記憶を頭に植え込まれている...
いや、むしろ誰かに奥底に蓋をして仕舞ってある記憶を一つずつ引き出されている、そんな感覚の夢だ。
(―――俺たちのこの身体は何百年と変わってないんだよ―――
―――俺たちの死体を回収して造り直してる―――)
ぴたりとなまえは歩みを止める。
「...ここ数カ月、身の周りを誰かに探られている気配がしていたが、俺に何の用だ。」
そう言うと後ろでざりっと砂を踏む足音が聞こえる。
「これはこれは失礼。君にとても興味があってね...。
あぁ、自己紹介が遅れました。
はじめまして。仙水忍と言います。」
その声になまえが後ろを振り向くと、長身のオールバックの男が穏やかな笑みを浮かべ立っていた。
ただの人間が自分に興味を持つはずがない。
それに周辺を探られている気配を感じても、相手を特定できなかった。
この男...かなり厄介な相手だな。
なまえは臨戦態勢のまま、仙水と対峙する。
「そんなに警戒しなくていいよ。
どちらかというと、俺は君と友好関係を築きたい。」
「友好関係だと...?」
仙水の言葉に表情が険しくなる。
「一目見たときから思ったよ。君と俺は仲良くなれるって。」
「さっきからふざけたことを...。俺の何を見てそう思えるんだ。」
「目だよ。」
仙水の言葉になまえはさらに表情を険しくする。
「目は口ほどにものを言う...君のその目の奥には、激しい怒り・憎しみ・殺意が蠢いている。」
その言葉になまえは目を見開く。
「殺したくて仕方ないんだろう?自分をこんな風に創り上げた霊界を、人間を、創造者を。
...絶望しているんだろう?この世界に。」
生ぬるい一陣の風が走り去る。
腐った肉と血の混じった臭いを乗せて。
「自分のために平気で他人をいたぶる人間。
快楽のために平気で自分より弱い生き物を殺せる人間。
そして、いざ自分が痛い目にあうと恥も知らずに被害者ぶる人間。
そしてそんな人間を利用する霊界。
俺にはわかる。君のやるせない気持ち、憎悪、そして...
戦いの中でしか充実感を、生きている実感を得られない君の気持ちが。」
「...。」
この1カ月の気だるさはそのせいだったのか。
一見、自分の思い込みをぶつけてきているように見えるこの男の発言に、何故か妙に納得している自分がいる。
脳みそが思い出しているんだ。
昔の記憶を、感情を。
そして思わず乾いた笑みが浮かぶ。自分たちのことをこれだけ知り、実行に踏み出せるのはこの男しかいない...
「...おまえか。兄さんに悪魔の腕をやったのは。」
なまえの言葉に仙水が目を丸くする。
そして急に腹を抱えて笑いだす。
「君、意外と人の話しを聞かないんだな。
あぁ、そうだよ。俺が君のお兄さんに悪魔の腕を移植する手引きをした。
その時も君と同じ話しをお兄さんにしたんだが、俺の思った通りの反応をしてくれたよ。兄妹でこんなにも違うものか...。」
話しながら仙水は目尻に浮かんだ涙を人差指で拭き取る。
「長話はいい。お前は"何を"しようとしている。」
なまえの言葉に仙水は動きを止める。
そしてにやりと冷たい笑みを浮かべる。
「人間を、この世界に制裁を行う。
...皆殺しだ。」
そう言い、アッハッハッと狂気じみた笑い声を仙水は立てる。
「それはお前の話から薄々感じた。俺が聞きたいのはそれじゃない。
皆殺しするために、お前は何をしようとしている?」
「...君は本当に冷静だなぁ。
そうだな、君にも歴史的瞬間を見てほしいから教えてあげよう。
人間界と魔界をつなげる界境トンネルを開通させるのさ。」
...あぁ、一般人が能力に目覚めたり、妖怪が増えたりしているのはこいつのせいか。
おかしな夢の原因は他にもありそうだが...
そう思い、なまえはため息をつく。
「おや、あまり興味がないのかね?」
「悪いが、今のところ迷惑しか被っていない。
仲間集めなら、他を当たってくれ。」
そう言い放ち仙水に背中を向けた瞬間、爆発が起こる。
間髪いれずなまえは土煙に向かって仕込んでいたクナイを投げつける。
その瞬間、何かがこちらに向かってくるのを感じ腕でガードするが、その衝撃で後方へ吹き飛ばされる。
「どうやら、君の力を見誤ってたようだ。
敵に傷をつけられたのは生まれて初めてだよ。」
笑みを浮かべながら土煙から現れた仙水は、左腕に刺さったクナイを抜き取る。
「...お前が人間界をどうしようが、俺はお前に干渉しない。
その代わり、俺にも構うな。」
なまえの頬には先ほどガードしきれなかった仙水の足技によって、かすり傷がついていた。
「...残念だな。君とは仲良くなれると思っていたのに。」
その言葉を残し、仙水は暗闇に溶け込むように消えていく。
それを見届けた後、なまえは息を吐きながらドカリとその場に座り、頬から流れる血を乱暴に拭う。
「...俺も、人間に恐怖心をもったのは初めてだよ。」
ポツリと呟き空を仰ぐ。
そこに月はなく、真っ黒な空に星が点々と輝いていた。
消えていく明かり fin.2014.1.26
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