変わる心に愛を加える
窓にかかったカーテンを開けると眩しいほどの銀世界が広がっていた。
蔵馬はちらりと後ろを振り返る。
そこにはまだ布団にくるまって眠っているなまえの姿が目に映る。
いつもなら自分より早く起きて座禅を組んだりしているのだが、今まで張っていた緊張の糸が緩んだのだろう、疲労も蓄積していたのか起きる気配が全くない。
(ここ数日、温子さんたちに散々弄られていたのも疲労の一因だろう。)
なまえのベッドに腰掛け再び窓の外に視線を移す。
この様子だと、昼ごろまでに雪はとけそうだな...
そんなことを考えていると、後ろで身じろぎする気配が。
振り返れば案の定、なまえが起き上がって目をこすり、ぼーっとしていた。
「おはよう。」
「...おはようございます。」
寝起きからの一連の動作を見られていたのが恥ずかしかったのか、居心地悪そうに目を逸らす。
「雪、せっかく積もってたけど今日の昼にはとけそうだ。」
「...そうか。」
そう言いなまえは視線を窓の外に移す。
ほんの一瞬曇る瞳。
やはり、ここはなまえにとって辛いことしかない場所なのか。
ふと、寝ぐせだろう、前髪の一部がはねているのが目に入る。
なんだかんだまだ子供だなぁ、なんて思いながらなまえの前髪に手を伸ばし寝ぐせを梳いてやる。
「昨日ちゃんと乾かさないで寝ただろう?寝ぐせがついて...。」
言いかけて言葉を止める。
なまえの顔が俯いてて表情は読み取れないが、頬と耳が赤くなっていた。
あー、そういう反応されるとなぁ...
自分でもわかるくらい、口角が上がる。
すっと両手をなまえの頬を包むように当て、顔を自分の方に向かせる。
すると自然と深紅色の瞳と視線が合わさる。
そして思った通りなまえは困った顔をしていた。
でも、こうしていれば絶対になまえが瞳を逸らさないのを知っている。
つくづく悪い性格をしているなぁと、どこか他人事のように考えながらその深紅色の瞳を見つめる。
「やっとまともに目が合った。最近ずっと逸らしてただろう。」
俺がそう言うと口をへの字にして、ますます困った顔をするなまえ。
まるで飼い犬が悪戯がばれて、飼い主に怒られた時のような顔をしている。
なんだろう、こんな表情されるともっといじめたくなる。
「ね...どうして?」
できうる限りの優しい声色で問う。
すると思った通り、ますます顔が赤くなる。
そしてぎゅっと目を一度つむり、意を決したように口を開く。
「く、蔵馬が...。」
「俺が?」
「こ、こういうことばっかりするから...っ。」
顔を真っ赤にして、瞳を潤ませながら必死に言葉を紡ぐ。
なんだ、こういう顔もできるんじゃないか。
もう少し苛めたいけど、あんまりすると嫌われるな。
そう思い、両手をなまえの頬から離す。
すると張り詰めていた息が解けたのか、ほっと吐息をはく。
「あ、そうそう。今日のお昼過ぎに迎えの船が来るらしい。」
「...そうか。」
冬休みも、もうじき終わる。
明日からまた"南野秀一"としての生活が始まるのか...
ベッドサイドから立ち上がり、伸びをする。
「なまえとの共同生活も今日で終わるのか...。」
ちらりと後ろに視線を移してみればベッドから降りてバスルームに逃げ込むなまえの後ろ姿が。
最初に同じ部屋でも気にしないって言ったのなまえなのになぁ。
なんて呑気に考えながら、まだ温かいベッドに背中から寝転がる。
「よっしゃ。準備いーな。」
身支度を整え、男性陣+なまえはロビーに集合する。
そこへぷーもパタパタと飛んでやってくる。
「おっと。こいつも無事だったしな。
こいつがばーさんのツラになった時はビビったぜ。」
そう言い幽助は、もう一回ばーさん出してくれよとぷーの両頬を両手でぶにぶにと挟む。
「たぶん、もう無理だろうね...。」
「...もうムリ?」
蔵馬の言葉に幽助は目を丸くする。
そんな幽助に蔵馬が、この世とかろうじて通信できる霊界にもう幻海がいないであろうことを告げる。
「...そっか。
ま、いーか!終わっちまったもんしょーがねェーしィィィ!
爆睡便にかえらず!!前向きに生きるべさ!!」
明日から遊びまくるぞ!という幽助に桑原が、今日で冬休み終わりだよバカ。と冷静に返す。
「お前が壊した廊下の修理もしないといけないだろう阿呆。」
「げっ、覚えてたのかよ。女々しい奴は嫌われるぞ。」
女々しいの使い方が違うだろ。そう言いながらなまえは幽助に腹パンをくらわす。
それに幽助は悶絶しながら先を歩くなまえを追いかける。
「ちっ。無理がみえみえで見ているこっちが恥ずかしい。」
「...仕方ないですよ。」
先をいくなまえと幽助の後を追うように、飛影と蔵馬、桑原も歩き出す。
そして螢子たちとも合流し、岸辺で迎えの船が来るのを待つ。
「おっ、きたきた船が。」
「よし行くか。」
「行かれますか」
「行くとしましょう。」
「さっさとな。」
「...。」
いざ凱旋!!おーーー!!と声を張る面々を余所に、なまえは後ろを振り返り目を見開く。
「おいおい。なんて冷たいんだろーね。」
思いもよらぬ声に、幽助たちは驚きながら振り返る。
「年寄りおいて帰る気かい?」
「ば...ばーーさん?!!」
幽助の声と誰かの悲鳴が島中に響き渡った。
変わる心に愛を加える fin.2014.1.13
※原作では暗黒武術会期間中は春休みという設定ですが、話の都合上冬休みとさせていただきました。
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