君がかえる時
 




「憑いた人間の願いを成し遂げる犬神。
本来、個人ではなく家系に憑くと言われている。
犬神憑きの血筋の人間が合成獣を造る際に紛れていたということか...。

しかし、使役者の望みを叶える反面、他者の幸福を犠牲にすると言われている。
犬神を使えば俺を殺すのは容易い。お前はそれでいいのか?」

誰を犠牲にするかもわからないのに...


龍は、静かに座っている犬神を見やる。



なまえはゆっくりと犬神に近付き、一呼吸置いて話しかける。

「お前の望みはなんだ?」

犬神は真っ黒な瞳をなまえに向ける。そしてクツクツと笑う。


「そんなことを言う者は初めてだよ...それは私の台詞なんだがな。」

なまえはそうか。と静かにこたえる。


「6年間、お前の中に居たがなかなか願い事もしてくれず、全くつまらないものだったよ。
おまけにお前の霊気はなんとも淡白で味気ないものだった。」

犬神はゆっくりと腰をあげ、その力強い四肢で立ち上がる。


「久々に濃い味が喰いたい。
そうだな...あの腕なんか丁度いい。」
そう言い、犬神は舌なめずりをする。



犬神の言葉を聞き、龍は結界を破り右腕を構える。
犬神はこの会場を見定めるようにぐるりと見やる。
そして、犬神の周りに気の流れが集まり、それは鋭い刃のような形になり、一斉に龍を襲う。



「うお!なんかよくわからねェが、凄い霊気だ!」

「霊気...というよりも、この会場に流れる気の流れを集めて使っているんだろう。
魔性使い戦でなまえが霊力なしで呪術式を使えたのも、自分の血を媒体にしてこの会場の気を使ったんだ。」

(しかし、これほどの式神を使役するとなると、術者にもかなりのリスクがあるはず...。)
コエンマはなまえを見やる。






腕の一本か二本は喰われる覚悟はあった。
しかしその予想は外れ、言いもしていない自分の望みを犬神は実行している。

(何故...?)
なまえは怪訝な表情で犬神を見る。


「...なまえの霊気を長年喰い続けて邪念が消えたか。厄介だな。」
犬神の攻撃を避けながら、龍は隙を窺う。


「消えた...?薄まったの間違いさ。
邪念が消えてしまえば私の存在も消えてしまうからな。」

ズズズっと、犬神から黒い邪気が現れる。
するとそれに呼応するように、なまえの体を黒いオーラが纏う。


「ぐっ...?!」

「なまえ!」

なまえは激しい頭痛と吐き気に襲われる。
しかし、身体を守ろうと本能的に霊気が練られ、邪気が相殺される。
すると、犬神の邪気も静まっていく。


「...こういうことだ。私とあの娘の精神は繋がっている。
邪念に染まれば染まるほど、それは自分自身の首を絞めるのと同じなんだよ。」

龍に話しかけながらも犬神はお構いなしに攻撃を仕掛けていく。
だがそれを龍は軽い身のこなしで受け流し、両者どちらも引かない攻防戦が続いていた。


(このままじゃ埒が明かない上に、俺が持たないな...。)
なまえはじわりじわりと、全身に汗が滲んでくるのを感じる。


「...なんだ娘。もう体力切れか。」
犬神が攻撃を止め、なまえの傍に降り立つ。

「こちとら霊気を使い過ぎた上に、血を流し過ぎて貧血なんだよ。」
なまえがじとりと犬神を睨む。

「仕方ない...私の力を貸してやる。但し、5分でカタを付けないと、死ぬぞ。」
そう言い犬神は獣の姿から黒いオーラに形を変え、なまえの中に入っていく。


すると黒い気の流れがなまえの周りを流れ出し、風が舞う。


そして黒い気が静まり、姿を現したのはなまえに間違いはなかったが
獣のような耳と尻尾が生えており、瞳も深紅色から犬神と同じ黒色へと変わっていた。


「おいおいおい。あいつ何でもありかよ...。」

「あの姿はまるで...」
妖狐に戻った蔵馬...!




なまえの目には今まで見えなかった会場や人の気の流れが見えていた。
そして身体の傷も完治していた。


(なるほど、あの腕を闇雲に攻撃しても意味がないな。
肩の付け根部分に結合部分がある。あれだけを壊すしかない。)


なまえはぐっと右手に力を集中させ、霊気を集める。
そして、一気に龍との間合いを詰め、結合部分を壊そうと試みるが、龍も右腕で応戦する。



「いつもよりもスピードが格段に上がってる!明らかになまえが押してるぜ!」
いける!と幽助たちはなまえの勝利を確信していた。


(これでも埒が明かないか...!ならば!)
なまえは左手にも霊力を集中させ、龍の右拳を握り、動きを封じる。
しかし、バチバチと激しい音を立て、なまえの左手が龍の腕による破壊と、犬神による治癒を繰り返す。


それにお構いなしになまえは龍の肩の付け根に思いっきり右手を突き刺し、"核"のようなものに触れる。

(これか...!)

なまえはそれを引き抜こうと全身全霊の力で引っ張る。


「っぐ...っぁあああぁああっ!!!」
龍は痛みに叫ぶが、なまえを阻止しようと左手に短刀を取り出し、なまえの右肩に突き立て手前に引く。


「っぐ!!!!」
なまえは痛みで顔が歪むが、犬神の高い治癒能力でその傷はふさがっていく。





「っぉおおおおぉおお!!!!!」



ズボリと龍の肩から抜いた右手には黒い核が握られていた。
それと同時に犬神がなまえの体から飛び出し、なまえはそのまま地面にドシャリと倒れる。
飛び出した犬神の口には悪魔の右腕が咥えられていた。



「っぐ...う...っ!」
龍は激しい痛みに肩口を左手で押さえながら跪く。


「両者ダウン!カウントを取ります!!」
呆気に取られていた司会も慌ててカウントを取る。



「なまえ?!まさか死んだのか?!」

「...いや、まだ生きてる!だがしかし...!」
もう立つ力は残っていない!

蔵馬の顔に不安がよぎる。




なまえは全身が金縛りにあったように動けず、全身の血液が勢いよく流れ、頭の血管が切れそうな感覚に陥っていた。

(自分の身体能力を超えた力を出したリバウンドか...!)


なまえは硬直している筋肉を解こうと、息を整えようとする。
すると、そこにフッと影が差す。
そしてポタポタと赤い点がなまえの頬に落ちる。
目だけ向ければ左手に短刀を持った龍が立っていた。




「...。」

「...次に生れたときこそ...必ず...。」




あぁ...ここまでか...

(最後の最後まで兄さんにも何もしてやれなかったな...。)
兄の悲痛な顔を見てなまえは目を閉じる。


次に中身の違う俺と逢ったら、蔵馬はどうするだろうか...。


そんなことを考えながら、もうすぐ来るであろう衝撃に身構えるが、いくらたっても来るはずの衝撃が来ない。

そっと目を開ければ、目の前に癖のある深い赤色の髪がうつる。



「...くらま...。」
なまえは思わず目を見開く。




「もう、10カウントは終わってますよ。」
蔵馬の翡翠色の目が龍の琥珀色の目をまっすぐに見据える。

「そこをどけ。」
暗い色を宿した龍の瞳が蔵馬を射抜く。




「どきません。」

「死にたいのか。」

「死にません。なまえも殺させません。」




蔵馬の言葉に龍の眉間にしわが寄る。




「俺たちのことを何も知らないで口出しするな、妖怪風情が...。」

「確かに貴方達の過去も、気持ちも俺に全てわかることはできない。
でも、これだけはわかる。貴方は、本当はこんな形でなまえを殺したくないはずだ...!

でなければ、そんな辛そうな表情するはずないでしょう?!」

蔵馬の言葉に龍は一瞬目を見開くが、すぐにまた冷たい瞳に戻る。


「わかった口をきくな...。
俺達の情報が存在する限り、俺達に自由はないんだよ。


妹を殺すことなんて初めてのはずなのに、体が知ってる...。
"俺"は今まで、何十回と何百回とこいつを殺してきた...!」
だから次こそ俺たちの存在を消し去り、終わりにする...!


そう言い龍は左腕を振り上げる。





「...そうやって君は疲れてしまったんだね。」

蔵馬の言葉に龍はピタリと動きを止める。




「君は、何十回と何百回と...そして生まれて十数年、誰にも頼らず、ずっと妹たちを独りで守って疲れてしまったんだ。





だから、今度は俺に守らせてくれませんか...?」


龍となまえが蔵馬の言葉に目を見開く。




「俺は妖怪風情だから、この身が朽ちても、きっとこの先まだまだ生き続けます。

だから千年先、なまえが土に還るまで...守らせてくれませんか...?」

蔵馬はただ真っ直ぐに龍を見上げる。



カランと無機質な音を立てて、短刀が地面に落ちる。



「...たぶん、そんなこと言ってくれたの、あんたが初めてだよ...。」


ドサリ、と龍はその場に座り込む。








君がかえる時 fi.2013.9.15



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