奥の手
 




人の腕じゃない。



なまえの耳に飛影の言葉が木霊する。





「...どういうことだ、兄さん。」
なまえが龍を睨みつける。


「...そろそろ頃合いか。」
龍は壊れたドームから差し込む夕日の赤い光を見てそう呟く。

冷たい風が地面を這うように吹きつける。
なまえはゾクリと全身から血の気が無くなるような感覚に襲われる。
そして警鐘を鳴らす本能のままに地面を蹴る。


ザラリ、となまえがいた地面が崩れる。


「...っな!」
なまえが目を見開き龍を見れば、その右腕は黒く、そして禍々しい気を放っていた。


「じ、地面が砂になっちまった...。」

「これは...!
以前、桑原君が戦った四聖獣の白虎が使っていた分子分解の技と同じ...!」
"消す"とはこのことだったのか!

蔵馬の顔に焦りが生まれる。


「これで、腑に落ちないことはないだろう?
死体なんざ回収させない。遺伝子の一つもこの世に残さない。」
龍が言葉を発する。


「...いいや、あるね。その腕はなんだ。

そして、なぜこの場を選んだ。消す機会なら、わざわざこんな人前じゃなくてもあっただろう。
それに、戸愚呂側に付く利点がない。」


なまえは出来る限りの間合いを取りながら龍に問う。



「...この腕はアクマの腕だ。
俺の魂の譲渡を条件に貰った。

次に、何故今か...この腕が馴染むまでに時間が必要だったのと、使える条件が限られているから。

そして何故戸愚呂側にいるのか。
それは魔界に行くためだ。」

龍は淡々となまえの問いに答える。



「魔界...?」

「オーナーの望みだ。
人間界と魔界をつなげる、界境トンネルを完成させること。」


龍の言葉にコエンマは目を見開く。
「そんなことをすればこの人間界は...!」


「...人間は妖怪のエサになるだろうな。
魔界へのトンネルが開通すれば、魔界へ行って俺たちを造った元凶を消し去り、
合成獣の材料であり、私利私欲に命を弄ぶ人間も絶滅させられる。

俺にとっては一石二鳥だよ。」


淡々と発せられる龍の言葉になまえは表情を歪める。


同じ8年。
何故こうも違う世界を選んでしまった。



(あぁそうか...。)



兄さんは犠牲になったのだ。
自分をこちら側の世界に逃がすために。



「...ごめん兄さん。」
ギリッと奥歯を噛み締めながらなまえは声を絞り出す。


「兄さんがこの8年間、こんなことを考えていたなんて知らなかった。」

「...。」


龍は一歩一歩なまえに近づいていく。
しかしなまえは微動だにしない。
そんななまえの様子を見て幽助たちは焦る。


「おい、まさかなまえの奴...。」
死ぬ気なんじゃ...?


「なまえ!!てめぇ約束破ったらこの場でぶっ飛ばすぞ!!」
幽助が今にも飛び出していきそうな勢いで怒鳴る。


「幽助、落ち着いて。
大丈夫。なまえはまだ諦めてない。」

蔵馬の言葉に幽助が視線を蔵馬に向けると、ドン!!という破壊音が鳴り響く。


リングを見れば土煙が上がっていた。

「なまえ?!」

「上だ。」
飛影の言葉に全員上を見上げる。


飛影の言う通り、なまえは頭上の遥上におり、赤い紐の様なものが結ばれたクナイが6本、その両手に構えられていた。


「あんな高いところに…!」

「恐らく霊気を放出して、その反動で上まで飛んだんだろう。」
蔵馬は少し安堵の表情を浮かべる。


なまえは構えていたクナイを龍の周りめがけて打ち込む。
クナイが地面に刺さると同時に強い光が瞬き、龍を閉じ込めるように結界が張られる。

なまえはタンッと地面に着地するが、傷を負い、さらには霊気を殆ど使ってしまった身体はフラフラと揺れる。


龍は右手を振りかざし、結界を破ろうとするが、バチバチと弾かれる。


「よし!あいつになまえの結界は破れねぇ!」

「今のうちに逃げろ!
おめぇもう戦えるだけの霊力残ってねぇだろ!」
桑原と幽助が、あとは任せろ!となまえに言葉を投げる。


しかし、なまえはその場から動かない。
その間にも、龍の右腕によって結界にヒビが入る。


「...逃げる?これからだっていうのに...。」
にっとなまえが不敵な笑みを浮かべる。


なまえは目を瞑りながら深く息を吸い込む。
そしてゆっくりと息を吐きだすと、手首と足首から光る枷のようなものが現れる。


「な、なんだあれは?!」

「まさか...?!」
(俺と同じ修の行か!でもかせている数が違う!!)


幽助の反応に、桑原が知っているのか。と問う。


「あれは、修の行だ。
簡単に言えば、霊力向上ギブスだ。」

「ギブスって...じゃあなんだ。あいつずっとこの大会ハンデを付けて戦ってたのかよ?!」
なんちゅう奴だ。と桑原は冷や汗を流す。



「...開(アンテ)。」
なまえが言葉を発すると、パチンという音とともに呪霊錠が解除される。
そして、眠っていた霊力が一気になまえの身体の中から目覚める。


「な...!」

「あいつまだこんな余力が!こんなごつい霊気初めて見たぜ...!」

目視でもわかる凄まじい霊力に幽助たちは驚きを隠せない。


(これがあいつの本来の力...。)
飛影は自分の右腕が騒ぐのを感じる。


「...っ。」
霊気がどんどん膨れ上がるのと同時に、なまえの肌に切り傷のようなものが出来てくる。


「...!自分の霊気で傷ついてる?!」

「扱える霊気の量が身体の許容量を超えているんだ!」
本来なら一重でいいはずの呪霊錠を何重にもかせていた...まだ何かあるというのか?!

蔵馬はなまえの首元を目を細めて見る。
そこには光る首飾りが現れていた。



(身体はなんとか持ちこたえた...第一関門は突破。
次はいよいよ解放か...。)
なまえは再び大きく息を吸う。
そして...

「解(リベルタ)。」

なまえがこの言葉を発したと同時に、膨れ上がっていた霊気が首元に吸収されていく。
そして、なまえの霊気がどんどん少なくなっていき、静けさを取り戻す。


「こ、今度はなんだ?!」


少しの間の後、桑原の問いに答えるかのように首飾りが弾け飛び、
同時に犬の遠吠えのような音をたてながら、なまえから黒い何かが出ていく。


(霊気は足りた。第二関門も突破...次が最大の難関か...。)
なまえは自分から出てきたものを見据える。



幽助たちは、目を見開く。
そこにいたのは真っ黒な体毛をもった狼のような獣だった。


「な...なんじゃこりゃ?!どっから出てきた?!」

「これは...犬神!間違いなくなまえの体から出てきたんだろう。」
蔵馬が桑原の問いに答える。


あの幾重にもかせられていた呪霊錠は、犬神を封印している鍵を解くための霊力を蓄えるものだったのか...!
そして、幻海さんから離れて呪術師の元で修行していたのも、犬神の力をコントロールするため...


蔵馬は犬神の姿を見て納得する。



「しかし、何故犬神がなまえの中に...。」
コエンマが言葉を発する。

「おい、さっきから犬神って...。」
なんだよ。と幽助がコエンマに問う。


「蠱術...呪詛の一種で特定の動物の霊を使役するものだ。
犬神は飢餓状態の犬の首を切り落とし、その霊を自分に憑かせて使役するものだという。
怨念が深いほど、強力な力を発揮する。」

コエンマの話を聞いて、ゲッ。と幽助と桑原は顔を歪める。


「安心して。あの犬神はなまえが造ったものじゃない。
かなり実体化しているところをみると、遥か昔に誰かが造ったものだ。」
恐らくなまえが犬の首を斬っているところを想像しているであろう2人に、蔵馬が補足する。




黒い犬神は何も言わずにその場に鎮座していた。








奥の手 fin.2013.9.14



前へ 次へ

[ 60/88 ]

[back]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -