人と獣と
 




2人がリングに立ったことで、会場がどよめき始める。


「おい、あれって...。」

「あいつら兄妹じゃねーのか。兄妹喧嘩か?」

「皆さん長らくお待たせしちゃいました!
第3試合、なまえ選手VS龍選手です!!」



始め!!


ひゅっと一陣の風が2人の間を吹き抜ける。
互いに睨みあったまま微動だにしない。
そんな2人の様子を幽助たちは固唾をのんで見守る。


じわりと桑原のこめかみから汗が流れる。
「なんだあの龍って野郎...妙な感じがする。」
妙?と幽助が聞き返す。


「殺気も闘争心も霊気も何も感じられねェ。
"何を考えているかわからない"んだよ。」


「正真正銘"何も考えてない"んだろう。
なまえのように、洞察力に長けている者に程この手の戦法は有効だ。」
相手の能力や性格を敏感に感じ取り、なまえは手を打つ。

ゆえに何も情報が得られない今、なまえは手を出せていない。
蔵馬の額にもジワリと汗がにじむ。





「...決勝まで上がってきた。何でそちら側にいるのか、教えてくれてもいいだろう?」
先になまえが口を開く。


「...8年前...。」
龍が静かに言葉を発する。
全員が龍の次の言葉に耳を傾ける。














「お前、俺の子持ちししゃも食っただろ。」






...は?




なまえが呆気に取られている瞬間、喉元に衝撃が走り、体が宙に浮く。


「っが...!」
あまりにも一瞬の出来事に幽助たちも頭がついていかない。

その間にもギリギリとなまえは首を絞め上げられる。



ドン!!



破壊音とともに土煙が上がる。



「ゲホッ...ゴホッ...!」
なまえは足元に霊丸を放ち、龍の手から脱出を図ったのだった。


「なまえ!大丈夫か?!」

「あの龍って野郎、確かに"子持ちししゃも"って言ったよな...。まさか...」
本当に兄妹喧嘩か?


桑原たち、そして会場全体が戸惑いを隠せない。



「...反射神経は格段に上がったようだな。」
龍が服に付いた土をぱんぱんと払いながら言う。


「...兄さん、それは絶対にない。
子持ちししゃもなんてそんなもの、あの時見たことも聞いたこともなかったろ。」
なまえは喉元を押さえながら龍に言葉を返す。


「そうだ。あの頃、人間に飼われてた時、俺たちが食ってたものは、得体のしれない焼かれた肉にその辺の雑草だった。

後に知ったがあの肉は俺たちが殺してきた妖怪の肉だったそうだがな。」
俺たちが殺した人間の肉は妖怪にやっていたそうだ。


なまえは黙って兄の言葉を聞く。



「何故、俺たちが人間に飼われてたかわかるか?」

「...合成獣だからだろ。」
何を今更...となまえは思った。



「合成獣...?」
幽助と桑原は怪訝な顔をする。



「じゃあ、誰が俺たちを造ったと思う?」
兄の問いになまえは、人間じゃないのか。と答える。


「半分は当たりだ。
人間は口減らしや金のため、信仰のために自分の子供を売ったんだよ。




霊界にな。」




龍の言葉になまえ、そして蔵馬たちも目を見開く。

「待て!!それはどこの誰から聞いた話だ!!
そんな話、ワシは聞いたことがないぞ!!」


龍はちらりとコエンマを見やる。


「だろうな。なんせアンタも生まれていない時代。
今から1000年と少し前の話しか。

霊界がまだ、魔界の一部も統治していない時代だ。」
龍の言葉に幽助、桑原は困惑する。飛影も怪訝な表情を隠せない。


蔵馬は無表情のまま遥か昔の記憶を呼び起こす。
まだただの狐だった頃。
人里近くの山に住んでいた頃。
周辺で多くの動物たちが忽然と消えたことがあった。
その数百年後、大量の残骸が山に捨てられていたことを。



「霊界は、魔界に領土を広げるためにあらゆる手を模索していた。
妖怪に対抗できるだけの武力をどう作り上げるか。

そして下界に腐るほどいる人間に目を付けた。
人の頭脳と獣の身体能力をもった兵士を造り上げれば魔界に対抗できるのではないかと。


人間は神...もとい霊界をいとも簡単に信仰し、極楽浄土を疑いもしなかった。
自分が幸せになるために、"神様への貢物"も何の躊躇もなく行った。」


それから何百年と、霊界は人間の頭脳と獣の身体能力をもつ生き物...合成獣の創作に躍起になった。

何百何千何万もの命を踏み台にして。



「だがあまりにも実らないその計画に霊界はほどなくして諦めた。
そして証拠隠滅のため、実験に関わったモノは全て始末したという。

だが、数名数匹始末し損ねた。」

まるでどこかのSF映画のような話になまえも困惑する。




「実験に関わったモノの中には、人間の科学者もいた。
そいつは残った実験途中の生き物を使って造りあげたんだよ...


合成獣を。」

ギラリと龍の眼光が鋭く光る。
その瞳には激しい恨みの念が籠っていた。



「今の俺たちのような形になるまでそれから何百年とかかった。
だが、人間の肉体では実験を続けられない。

そいつは妖怪に魂を売って実験を続けた。
実験が成功すれば試したくなるのが科学者の性。

そうして売ったんだ、人間界に俺たちを。」


なまえはゆっくりと情報を整理していく。



1000年と少し前に霊界は魔界を統治しようとして合成獣を造る計画を立てた。

その実験の材料になったのは、人間と人間界の生物。
しかし、成功しない実験に霊界は合成獣を造ることを諦めた。

その実験の続きを密かに行った人間の科学者がいて、そいつはその実験のために妖怪になり、ついに実験を成功させた。
その成果を確かめるために成功体を人間界に売った...その成功体が自分達兄妹。


「...自分たちが造られた過程はよくわかった。
だが、それは今兄さんがそちら側に立っている答えにはなっていない。」

なまえの言葉に龍は自嘲的な笑みを浮かべる。



「知ってるか?俺たちのこの身体は何百年と変わってないんだよ。
いや、徐々に成長していっていると言ってもいいか。」


龍の言葉に再びなまえたちは困惑する。



「最初は生まれて3日と命はもたなかったらしい。
それをどんどん改良していくことで俺たちの寿命を延ばしていった。


どうやったか...俺たちの死体を回収して造り直してるんだと。」

くつくつと龍は喉で笑う。



「もう少しであいつの死体も回収されるところだったよ。」
龍の言葉になまえは目を見開く。



「回収しに来た奴は、俺たちを造った張本人だったよ。
その時に全てを聞いた。


...もうこんなくだらない実験に付き合わされるのも飽き飽きだ。
自分の意思で生きることも死ぬこともできない。
だから決めた。

自分たちをこの世から"消す"ことを。」


すっと龍が二本の短刀を取り出す。
なまえはぞわりと悪寒を感じ、無意識に刀を抜き背面に向かって刀を振るう。


キーーーン...という金属音が響く。
それを合図に、断続して金属と金属がぶつかり合う音が静寂の中会場に響き渡る。


そしてドスッと鈍い音が生まれ、なまえは幽助達がいる近くのフェンスに背中から激突する。

「ッゲホッ…っ!」

龍が刺した短刀が左手だけでなくフェンスにまで貫通していた。
そして再びゾクリと悪寒が走り、なまえが身体を左へ避けると、ドスリともう一本の短刀がフェンスに刺さる。
そこは丁度なまえの心臓辺りだった。


「ゲホッ…ッ」
なまえは咳き込みながら左手の短刀を抜く。


(くそっ。問答無用で殺す気か。)

まだ腑に落ちないことがある。
兄をリング外から睨みつける。
司会のカウントが耳に入り、タンッと地を蹴りリングに戻り、そのまま素早く間合いを詰め、蹴りや拳を入れていく。

しかし、それは全て受け止められ脇腹に蹴りが入り、その衝撃でなまえは吹き飛ぶ。


そこに間髪入れず、龍はなまえに向けてクナイを投げる。
なまえは急所目がけて飛んでくるクナイを間一髪で避けるが、グラリと体が傾き吐血する。


「なまえ?!」

「っぐ...っゴホッ」
(さっきの激突といい、蹴りといい、完全に肺をやられた...!)

なまえは霊気を上半身に集中させ、なんとか回復をはかる。



「...なまえが手も足も出ないなんて...。」
幽助が思わずそうつぶやく。

「しかしあの野郎、こんなことしてなまえ殺しても、死体回収するような奴がいたんじゃ意味ねぇじゃねぇか。」
桑原の言葉に幽助が、確かに。と返す。

「あの赤毛の男の右手...。」
飛影の言葉に全員が耳を傾ける。



「あれは人の腕じゃない。」


「え...?」








人と獣と fin.2013.9.10



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