極める者
 




「なまえ...。」
蔵馬はなまえに呼びかけ、幽助に支えてもらいながら腰を下ろす。



「3回目...。」
ぽつりとなまえがこぼした声に蔵馬がえ?と聞き返す。


「蔵馬に殺された回数。」
その言葉に今度は蔵馬が大きく目を見開く。


暗黒鏡の1回と、この武術会にきてからの2回。



会場は相変わらず殺気立ち、あと3勝というコールが沸き上がっていた。
こんなに五月蠅い声が聞こえないほどに意識は死んでいた。


心臓の鼓動がだんだんと落ち着いてきたのがわかる。
蔵馬の傷口に手を伸ばし、霊気を送り治療する。

少しずつ塞がっていく傷に、蔵馬が生きていることを実感する。




「うるせーぞ!試合に負けて勝負に勝ったってやつで...
生き残りゃこっちのもんよ!!」
桑原が会場の観客に怒鳴る。


「わかってないな。」
戸愚呂・兄の言葉に会場が一斉に静かになる。


「忘れたか?優勝チームのメンバーにはそれぞれ褒美がもらえることを。
俺の望みを教えてやろう。


お前ら全員の死だ。」


その言葉に再び会場から殺せコールが沸き起こる。




「そうだな...なまえ。お前の目の前でその狐を殺してやろう。

このリングの上で。あのときのように。心臓をえぐり出してな!!」
ひゃはは!と戸愚呂・兄は笑いをあげる。



「...やれるもんならやってみろ。」
なまえは肩越しに振り向きながら戸愚呂・兄を殺気の籠った目で睨みつける。

そして実の兄を見る。
兄は依然腕を組み、無表情で立っている。


(本当に、何を考えている...?)
ここまで言われて、何故何もモーションを起こさないのか。
なまえは兄の表情に疑問を覚える。




「俺の望みも教えてやろう。」
飛影がすっと前に踏み出す。



「この大会の黒幕全員の命だ。
二度とこんなくだらんゲームに呼ばれんようにな。」

そして、あれで我慢してやる。と視線をリング上に移す。
そこに立っていたのは全身を鎧で身を纏い、大きな斧をもった武威だった。



上着を脱ぎ捨てた飛影の右腕には包帯が厚く巻かれていた。


「ゲッ...!あいつ、まだ右腕が治ってねーんじゃねーかよ!!」

「いや...!あの巻き方は忌呪帯法を使っている!」
ちょっと基本を無視しているが...と蔵馬が言う。



司会の開始の合図が出た瞬間、武威は先制攻撃をしかける。
しかし飛影はいつの間にかその背後に回っている。



「本気を出せ。反撃する気も起らん。」

その言葉に武威は先ほどよりも早く飛影との間合いをつめ、大きな斧を飛影に向かって振り下げる。
しかし飛影は片手で斧を受け止め、炎でその斧を溶かす。


「本気でこいと言っているんだ。いい加減ムカついてきたぜ。」

「なるほど...鎧をつけたままで勝てる相手ではなさそうだ。」


静かに低い声がその鎧から発せられる。
そして順々にその身に纏ってた鎧を取っていく。
地面に落ちていく鎧からはズシンズシンと鈍い音がする。


「鎧は普通、外からの攻撃を防ぐためにつける。
しかし、俺は少し違う。

自分の力を抑えるために着ている。」


その言葉通り、武威の体からバトルオーラと呼ばれる気が放出され、その気によって武威の体が浮かぶ。


それに応えるように飛影も右腕の包帯を解く。


「飛影が包帯をとるぞ!おい蔵馬!!イジュタイホウってなんなんだよ!!」

「武威の鎧と同じさ...自分の力を抑えつけているんだ。
出したら自分でも止められないほどのすさまじい力を。」
そんな力がぶつかり合えば、こんな会場消し飛ぶぞ...!


飛影の腕には黒龍の模様が浮かんでいる。
そしてすさまじい妖気がその右腕から漏れ出す。


「...幽助、コエンマさん。俺の後ろにいてください。」
なまえの言葉に少し離れたところにいる、幽助とコエンマがなまえに視線を向ける。


「巻き添えを喰らう前に結界を張ります。あまり広い範囲を張るのはちょっと疲れるんで。」

なまえの言葉に2人は素直に従う。
そしてコエンマが口を開く。


「しかしなまえ。さっきの鴉の時も結界を張り、
蔵馬の治療もしてその上そんな結界を張ったら...。」
その先は言わずに口を閉ざす。


「大丈夫ですよ。むしろ今、ある程度霊力を削っておく必要があるんです。」
その言葉に幽助たちは目を見張る。


「おい、それってどういうことだよ?」

「これ以上は言えない。兄さんも耳がいいから。」

「「兄さん?!」」
桑原と幽助がなまえの言葉に驚き、戸愚呂チーム側にいる赤髪の少年を見る。




そして思った通り、会場中を黒龍波が色んなものを壊しながら暴れまわる。
そして黒龍波を極めた飛影は、武威が跳ね返した黒龍を自身に取りこむ。
その後、圧倒的な力で飛影は勝利を収める。



「よっしゃ!これで1勝1敗だ!!すげーな飛影!!」

「無敵じゃなーかオメー。残り全部戦っちまえよ。」


桑原の言葉にそれは出来ないと飛影が返す。


「極度に酷使した妖力と肉体の回復のため...数時間完全に"冬眠"する。
これだけはいかに技を極めてもどうしようもない...。」
そう言いながら飛影の瞳はゆるゆると閉じていく。



「いいか、頼りない貴様らをあえて信用してこの技を使ってやったんだ。

もし、起きた時...負けて...たら..。」

承知せんぞ。という言葉を舌足らずで言いながら飛影はドテっと仰向けに倒れる。




「...ぷっ。」

「ぶっ倒れる時まで威張ってやがる。」
幽助と桑原は飛影の言動に思わず笑いをこぼす。



「うーむ...それにしても
寝顔だけ見ると、さっきまであれほど暴れていた奴とは思えん。」

コエンマの言うとおり、飛影のその顔は幼い子供のような表情を作っていた。
そんな様子をみて、桑原は落書きしたろか。と呟く。


会場を見ると至る所に穴があき、リングは最早原型をとどめていなかった。
すると戸愚呂・弟が"いいもの"を見せてもらったお礼に、前の闘技場からリングを運んでくるという。


数時間後、戸愚呂は本当に前の闘技場からリングを運び、ご丁寧にも壊れたリングの破片も片付けてリングを設置する。
これに先ほど飛影の戦いで静かになっていた会場が再び熱気にあふれる。






「なぁおいなまえ。お前さっき兄さんって...。」
幽助の言葉に座禅を組んでいたなまえがパチリと目を開ける。


「8年前まで一緒にいた実の兄さ。この武術会も共に戦った。
なんであちら側にいるのかは俺も知らない。」
兄を見れば腕を組んで目を瞑り、胡坐をかきながら壁にもたれている。


「お前、どうするつもりだよ。」
幽助の言葉になまえは暫く考える。


「...とりあえず、コエンマさんの背中のブツは没収しないといけないな。」
なまえの言葉にコエンマがギョッとする。


「おい、お前それって...。」

「兄さんには勝てない。」


なまえが静かに、しかしはっきりと言葉を発する。
それに幽助はガッとなまえの胸倉をつかむ。



「てめぇもう諦めてんのかよ!!」

「おいおい浦飯!」
落ちつけよ!と桑原が止めに入る。




「でも、生きることは諦めてない。」
なまえの深紅色の瞳が真っ直ぐに幽助をうつす。


「...へっ。それを聞いて安心したぜ。」
幽助がすっと掴んでいた手を離す。
その数時間後、飛影が目を覚まし、会場の整備も終わり、再び試合が開始される。



静かに龍が目をあける。
そしてすくりと立ち上がる。


「おや、もう行くのかい?」

「...もう十分、準備はできたんで。
それに...ここにいるのもそろそろ限界なんですよ。」
龍は暗い琥珀色の瞳で戸愚呂・兄を見る。




「これ以上いると、殺したくなる。」





そんな龍の視線を受け、戸愚呂・兄はケタケタと笑う。



兄の様子を見て、なまえも立ち上がる。
なまえ、と蔵馬に名前を呼ばれ振り向く。



「さっきの言葉、信じてるよ。」
翡翠色の瞳がじっとなまえを見つめ、なまえも返事の代わりに柔らかい表情を返す。


「あ、そうそう。」
コエンマが思い出したように口を開く。


「幻海からの伝言だ。
幽助の阿呆が家の廊下を壊したらしい。
帰ったら直すように。とのことだ。」

コエンマの言葉に、お前それ今言うか?!と幽助が突っ込む。


なまえがじろりと幽助を見る。

「帰ったら手伝えよ。」
その言葉を残し、リングへ上がる。



前を見れば兄も同じくリングに立ち、こちらを見据えている。

幾分か伸びた身長に、逞しい体つき。
同じ8年間を過ごしても、こんなにも男と女で体格差がでるのか。

ふっとなまえは自嘲気味な笑みをこぼす。



力も早さも体力もあちらが数段上。
しかも何を仕込んでいるかわからない。


だが、自分にも奥の手はある。
さて、どうやってこの戦いを終わらせるか...



冬の冷たい夕暮れの日差しが、壊れたドームから差し込んでいた。







極める者 fin.2013.9.4



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