それは静かなインフェルノ
 





「とぐろぉーーー!!とぐろぉーーー!!」

先ほどの準決勝とはうって違い、会場は熱気に包まれていた。


相手チーム6人に対して戸愚呂チームはたった3人。
準決勝ということもあり、戸愚呂チームが不利な状況になると誰もが思っていた。

蔵馬となまえを除いて。



今は鴉という全身黒づくめの長髪の男が戦っている。
鴉が少し相手に触れるだけで、爆発音が会場に響き渡る。


「奇妙な技だ。たぶん、敵の体内に妖気を送りこみ
内部から破壊するのだろうが...。」

「または、何かを見えなくしているかだな...。」
なまえの言葉に蔵馬は視線をなまえに移す。



「霊気は洗練すればこんな風に、実体化したものを隠すこともできる。」

そう言いなまえは霊気を右手に集中させ、氷のような刃を作り出す。
そして、なまえが再び右手に集中すると先ほどまであった氷の刃が無くなる。


そのままぐっと右手を握りしめると、血が滴り落ちる。



「イチガキ戦で4人の武術家の霊気を幽助たちが見ることができなかったのと同じ原理だ。

妖気も霊気も同じ"気"であることは変わりないはず。
あの鴉という妖怪も、同じように自分で作り出した物体を隠しているのかもしれない。」


そう言っているうちに、次の試合が始まる。
今度は全身を鎧で身を包んだ男がリングに上がり、斧を一振りしただけで試合は終わる。


そして次は戸愚呂・兄がリングに上がる。
なまえの目が一瞬険しくなる。


「5人目と6人目は決勝まで現れないということか...。」

「...そうだな。」
(恐らく5人目は先日の海岸の...)

蔵馬はなまえを見ながら思い出す。
先日見たなまえと同じ髪色の男を。
そして幻海から聞いた、なまえに兄がいることを。



あっという間に最後の試合も終わり、なまえと蔵馬は会場を後にする。



「...勝算は?」

「...南野秀一の肉体では戸愚呂はおろか、あの2人にも太刀打ちできないだろうな。
なまえ...」

先日の海岸でのことを言葉にしようとし、蔵馬は口を閉ざす。


鴉と武威が2人の行く手を阻むように立っていた。
そして鴉が口を開く。



「観戦者はお前たちだけか...自信たっぷりだな。」

「そうでもないさ。」
そう言う蔵馬の顔には緊張が走っていた。

それはなまえも同じく、握りしめる拳に汗が集まる。



「そう緊張するな、何もしない。お前たち5人が死ぬのは2日後だ。」


「5人...?」


蔵馬がそう聞き返した後、破壊音とともに武威が壁を崩す。
その行動に気を取られている隙に、鴉が目の前からいなくなる。


瞬間、蔵馬は首筋にぞくりと冷たい感触を覚える。





「少々髪が傷んでいる。

トリートメントはしているか?」



いきなりの出来事に、なまえは反応出来ずにいた。



「手入れは十分にした方がいい。人間は傷みやすいからな。」


「貴様!!!」

蔵馬が拳を拳を振り上げるも、鴉は音もなく消える。


「くくく...冗談だ。気を悪くするな。
クールな反面、かなり好戦的だな。やはり私は6人の中でお前が一番好きだよ。」


鴉の切れ長の瞳が、蔵馬を見つめる。
その瞳に言いようのない狂気を感じ、なまえは静かに刀に手を伸ばす。




「好きなものを殺すとき...
"自分は一体なんのために生まれてきたのか"を考えるときのように気持ちが沈む。



だが、それがなんともいえず快感だ...。」


鴉が挑発するかのようになまえに視線を移す。

それに応えるかのようになまえが抜刀しようとした瞬間、
背中が氷で射抜かれたような感覚に陥り、金縛りのように体が動かなくなる。



「あまり挑発しないでください鴉さん...。」


―――決勝戦で待っている――


あの時と同じ声がなまえの頭の中で木霊する。




「くくく、あまりにも健気でいじらしくてな...。
悪く思うな、龍。」


なまえはゆっくりと後ろを振り返る。


「...にいさん...?」

なぜ、ここにいるのか。
なぜ、鴉たちと知り合いなのか。


考えたくもない答えに行きつく。



龍は何も言わず、静かになまえと蔵馬の横を通り過ぎていく。



「2日後を楽しみにしている...。」

龍が合流したのち、鴉がこちらに振り返り
その言葉を残して去っていく。



「っ兄さん!!なんで...っ!!」
その声にゆっくりと龍が振り返る。


「なんでこの武術会に!ましてや何故そちら側にいる!!」
なまえは思わず大声で叫ぶ。


「...決勝戦で待っている。」
その言葉を残し、3人は風のように消える。



「わけがわからない...。」
なまえの呟きに答える解を蔵馬は持っていなかった。

















「なまえ、といったか。あれもなかなか良い瞳をしている...」
気に入ったよ...

そう言い鴉の目が三日月のように笑う。


「貴方も節操のない人ですね。
二兎追うものは一兎も得ず...そういうでしょう?」

「くく...確かにそうだな。
本当に2日後が楽しみだ...。」


歩きながら龍は思い出す。
この道を幾分か背の低い2人の手を引き歩いたことを。


冷たい風が赤い髪をなびかせる。









ホテルの部屋に帰り、なまえはシャワーを浴び、ろくに髪を拭くこともせずベッドに身を沈める。


そして一際大きな妖気を感じる。



(師範...。)
ぎゅっとシーツを握りしめる。



―――何があっても自分のために戦いな――



そう決めたのに

決めたはずなのに



耳に響く心地良いアルトの声
力強く引っ張ってくれた手
薔薇の香り




声変わりのしていない少し高めの声
夕暮れの道を繋いでくれた手
なびく赤い髪




二兎追うものは一兎も得ず





「生き慣れていない...か。」
こんなに自分は優柔不断だったのか。


一度は決めたじゃないか。
この人たちを帰すために戦うと。



冬の夕暮れの日の光が窓から差し込む。













鈴木から裏浦島が使っていた"前世の実"をもらってひとまずホテルに戻る。

妖狐に戻る手はずは整った。
あとは試すだけだ。



だがその前になまえの様子が気になる。



家族同然に慕っていた師が殺され
共に闇を生きた兄が敵となった


8年前に妹が殺されたこの場所で



客観的に見ても普通でいられるはずがない。




(...それでも、これ以上踏み込まないと決めたのにな。)
自分の決断力の弱さに思わず笑みがこぼれる。


ここまで。次こそここまで。


そうやっていくらラインを決めてもどんどん踏み込んでいってしまう自分。


彼女は恐らくいくらでも自分を受け入れ、どこまでも付いてきてくれる。
そんな絶対的な信頼があった。


いつか言った宝石言葉の話し。



でもいくら信頼があっても、いくら大事にしてもどうにもならないことがある。




――――時間の流れ。






人間は妖怪より遥かにその時間が限られている。
南野秀一の肉体も、いつかは朽ちるだろう。


しかし元は妖狐。
この人間の肉体が朽ちた後も恐らく生き続ける。



合成獣は...
きっと限られた人間の時間よりもさらに短い。


人工的に造った生命。
それも遺伝子情報を自然の過程でなく、無理矢理書き換えて。





ガチャリ。
部屋に戻ると明かりは点いておらず、真っ暗だった。


ベッドサイドの電気を点ける。
案の定赤い髪がベッドに横たわっている。





真っ直ぐに自分を映す深紅色の瞳
ありのままを受け止める眼差し



踏み込むほどに心地良さに包まれる



―――臆病とさよならね



怖くないわけがない。
そう遠くない未来、この娘は自分を置いてどこか遠くに行ってしまう。
思い出にすがって生きていけるほど、自分は強くない。



遠い遠い昔に格子の中の人間の女を愛した。
自分が"少し"魔界に帰っている間にその女は消えてしまった。
女を閉じ込めていた格子もなくなり、あるのは石で固められた建物だった。



人は脆く、その命の灯は妖怪から見れば蝉のそれと同じくらい短い。
ずっと共に歩いていくことはできない。

それでも、今だけでも...




深紅色の瞳が開かれる。
俺の顔を見て、大きくその瞳が開かれる。
くらま、とその口から紡がれる。




少し湿った髪からシャンプーの香りが鼻をくすぐった。









それは静かなインフェルノ fin.2013.8.27



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