追い風を背で受ける
 





部屋から出て、ホテルの廊下を歩く。

試合なんて今日はないのに。
準々決勝は昨日のうちに終わっていた。



光に包まれたなまえを見たとき、このまま消えてしまうんじゃないかと思った。

思わず掴んだ腕が柔らかく、細いことに驚いた。
そのまま強く握ればぐしゃりと潰せそうなほど、脆く、優しい腕だった。



これ以上はいけない。

彼女を知ってはいけない。



欲しいものほど触れずに愛でるのが、宝も女も一番良い。
触れてしまえばいずれ飽きるか、そのまた逆か。



そうやって記憶がダメだ、ダメだと気持ちを制する。





――――「その子なら、大丈夫よ。」



魔性使いチームとの戦いが終わり、幽助に肩を貸してもらい、
飛影になまえを運んでもらいながら部屋に向かっていると後ろから声が聞こえた。



「あっ...おめーは!!」

さっきの色女!と幽助が声を上げる。



楊花はどーも。と言いながら俺に向かって小瓶を投げてよこし、それをパシリと受け取る。



「即効性の解毒薬よ。2回分入ってるわ。
全部飲ませれば、明後日の準決勝には間に合うわ。」

そう言い、腕を組みながら壁にもたれる。



「わざわざ、どうしてこれを...?」

先ほどなまえの呪術式で妖気を吸い取られたのが堪えているはずだ。
しかもこんな敵に塩を送るような真似なんて...



「毒のせいでベストが出せませんでした。なんて言い訳されたくないからね。
それに、さっきの貸しよ。」

そこまで言って、楊花は元来た道を戻ろうとする。


「楊花!」

俺の呼ぶ声にピタリと止まる。


「...ありがとう。」

「...じゃぁね。」

お互い臆病ともさよならね。


その言葉を残し、音もなく消えていった。――――――




臆病...か




ホテルを出て、近くの浜辺へ行く。


冬の海はどこか重たい色をしていた。




そしてふと、目の端に赤色が映る。

なまえ?!部屋にいたはずなのに...!




そちらに顔を向け目を見張る。




なまえと同じ色の少し癖のある髪を、同じく高い位置で結い、黒に近い藍色の和服を着た男が海に目を向け立っていた。



その時、以前なまえが聞こえたと言った声のことを思い出した。



男がこちらを向く。

琥珀色の切れ長の瞳と視線が交る。



海からの冷たい風が勢いよく吹き、目を細め伏せる。
次に見たときは、もうその男はいなかった。




























一方、ホテルの部屋でなまえは座禅を組んでいた。


己が気を巧みに操り、自然の気の流れを読む。

これが出来なければ、自分の中の"モノ"を正しく扱えない。
そのために2ヶ月間修行をし、霊気を上手くコントロールする力をつけるため、常に霊気を小さく見せている。



ふと、なまえはこちらに近づいてくる気配に目をあける。
桑原の他に5人、1人は妖気。



しばらくすると、コンコン とドアをノックする音が聞こえる。



「おーい。蔵馬、なまえ、いるかー?」

桑原の呼びかけになまえはガチャリとドアを開けて応える。



「おお。...てなまえ、おめぇ動いて大丈夫なのかよ?」

「一晩寝れば大丈夫だ。」

なまえの言葉に、おめぇもタフだよな。と桑原はこぼす。



そんな桑原をずいっと押しのけぼたんが出てくる。

「久しぶりだねぇなまえちゃん!覚えてるかい?」


突然声をかけられたことに驚きつつも、なまえは特徴的な水色の髪を見て思い出す。

「飛影が暴れてた時の...。」


そうそう!霊界探偵助手のぼたんだよ!

とにこにこしながら話す。


「なまえさん、あの時はありがとうございました。」
と、螢子がぺこりとお辞儀をする。


幽助やぼたんさんから話は聞いてて、お礼を言わないとと思ってたんだけど...
と申し訳なさそうに話す。



「ここじゃなんだからよ、部屋入っても大丈夫か?」

という桑原の言葉になまえは承諾し、部屋に招き入れた。



各々適当に座り、自己紹介をしていく。
なまえはあらかた蔵馬から聞いていたので、顔見知りと言えば顔見知りだった。
そして、皆口々に幽助と桑原から話しは聞いていると言う。


一体何を話したんだ、という視線を桑原に送るが本人は口笛なんか吹いて誤魔化している。

そして桑原の様子から、今日は試合なんてないことをなまえはなんとなく察した。



「...蔵馬は今朝出て行っていつ戻るかわからないけど...。」

蔵馬に用事があったんじゃないか?となまえは桑原に問う。



「そりゃ蔵馬君に聞きたいこともあるけど、なまえちゃんの見舞いに来たんだよ。」
と、静流は桑原の代わりに答え、ずいっと酒を出す。


「そうそう、毒抜くには酒が一番!」
と、朝からすでに出来上がってる温子が並々とグラスに酒を注ぐが、さすがに螢子が止めに入る。


しばらくすると、静流・ぼたん・桑原も酒を飲み饒舌になっていく。
賑やかな人たちだな、と思いながらその光景を見ていると、いきなりガシリと肩を組まれる。


「そういえばさぁ、蔵馬君とは最近どうなのよ。
なんにもないことはないでしょう?」
と、目の据わった静流はにやりとしながらなまえに絡む。


男女が同じ部屋だなんて破廉恥だわ!と温子が大声で言う。

桑原に助けを求めようと視線を向けるが、桑原は雪菜に熱く何かを語っていた。
蛍子もぼたんも興味津津と言った風になまえを見ているので、逃げ場はなかった。



ガチャリ、とドアの開く音がする。


「随分と賑やかですね...。」


「く、蔵馬...!」

なまえは助けてくれ、と目で訴える。


そんな様子を見て、おやおや、王子様のご帰還じゃないか。
と、ぼたんがうふふとこぼす。

温子や静流に鬼絡みされ、固まっているなまえの様子を見て、蔵馬は苦笑する。


「まだ病み上がりだから、お手柔らかにお願いしますよ。」
と、蔵馬はやんわりと温子と静流を制する。


「全く〜随分と大事にしてるじゃないの。
あの時も蔵馬君壊れ物を抱くかのように大切に抱えていたものねぇ。」
と、静流はにやにやと蔵馬を見やる。


静流の言葉になまえは頭に疑問を浮かべる。

そんななまえの様子を見、静流はそろそろ邪魔者は退散しますか。
と、腰を上げる。


それに続き、ぞろぞろと全員出ていき静流がひょいとドアから顔を出し、

蔵馬君、明日は準決勝なんだから今夜はお手柔らかにね。
なんて言葉を残していく。


ガチャン、とドアの閉まる音がしたあと、再び部屋は静寂に包まれる。
しばらくして、なまえは解放感からそのまま大の字に仰向けになり、深く息を吐く。


「人気者じゃないですか。」

「なにか違う気がする。」
と、蔵馬の言葉にげんなりとなまえは返す。



蔵馬は先ほどの事をなまえに話そうと口を開きかけたが、何も言葉を発しず口を閉じた。


それからどちらとも何を話すでもなく、蔵馬は読書を始め、なまえは再び座禅を組み、各々時間を過ごした。







追い風を背で受ける fin.2013.8.17



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