愛、哀、曖
 





リングに上がりなまえは、静かに楊花を見据え、先程の蔵馬の声を思い出す。



顔を見ずとも声でわかった。

蔵馬はきっと...




「ふふふ。蔵馬、人違いじゃないわよ。
久しいわね、500年ぶりくらいかしら?

人間界に行ったとは聞いていたけど、まさか色男がそんなに可愛らしい坊やになってるなんてね。」


楊花はクスクスと小さな花のように笑う。



「...余所見をしてていいのか。なまえを舐めてかかると痛い目に合うぞ。」


「痛い目と言えば、随分と痛そうな右手ね。
爆拳相手とは言え、生身じゃさすがにその拳も壊れちゃったかしら?」

楊花は口元に笑みを浮かべながらの右手を見やる。


それに答えずなまえは左手に短刀を構える。



「無口な子ね。お姉さん、子供を虐めるのは好きじゃないんだけどなぁ。」


そう言いながら楊花は右手に妖気を集中させ、薙刀を繰り出す。


(リーチも力もあっちが上手か...なら...)

なまえは足にグッと力を入れ、一気に楊花と距離を詰める。


そして素早く動き背後を取る。



チリッ



左頬に痛みが走り、距離を取る。




「驚いた。随分とすばしっこいのね。」

楊花の爪は伸び、毒々しい赤色をしている。



(毒か…。)

なまえは短刀で傷口を広げ、毒抜きをする。



「賢明な判断だけど…自分の顔に傷をつけるなんて。」

私にはできないわね。とコロコロと鈴を転がしたように笑う。



「蔵馬ったら随分と趣向が変わったものね。
昔は目的の為なら仲間すら踏み台にして、女子供も容赦無く殺していたのに。


まさか、情にほだされ敵に情けをかけるなんて。」


そうそう、女遊びも酷かったのよ。
一度抱いた女は用無しと言わんばかりに殺してたわね。


そう言いながら楊花は笑う。




「自分は殺されなかったいい女という自慢か?」

なまえは冷めた目で楊花を見る。



「あら、そう聞こえちゃった?」

楊花は可笑しそうにクスクス笑う。



「あなたもそうならないように、気をつけることね。」

そう言い、楊花は薙刀を振りかざす。



なまえは刹那でそれをかわし、楊花の懐に入り思いっきり蹴りを入れる。
そして体制を崩した楊花の喉元に短刀を突き付けようとする。


「いいのかしら。私を殺せば、蔵馬が悲しむかもね。」



楊花の言葉に一瞬なまえの動きが止まる。
それを見逃すはずもなく、楊花の爪がなまえを襲い、なまえは右腕でそれを庇う。



「っ。」


「あははははっ。まさかそんな嘘に騙されるなんて、やっぱりお子ちゃまね。」


「なまえ!」

(まずい、あの爪の毒はかなり強力だ!)



「そうやってあの狐を信じて身を削っていくつもり?健気ねぇ。
どうせ要らなくなったら捨てられちゃうのに。」

楊花はクツクツと笑う。



「...そうやって、あんたは蔵馬から逃げたのか。」


「なに?」


なまえは右腕を抑えながら真っ直ぐに楊花を見据えて立つ。



「あんたと蔵馬がどういった関係かは知らないし、勿論昔の蔵馬のことも知らない。
他の仲間や女たちのように、自分も捨てられるんじゃないかと、怖くなって逃げた。」

違うか?と楊花に問う。



「違うわ、私は飽きたのよ。魔界の宝も宝石も蔵馬も。」

楊花はそう吐き捨てる。



「じゃあ、何であんたから薔薇の匂いがするのさ。」

なまえの言葉に楊花だけでなく、蔵馬も驚く。



「さっき蹴りを入れた時に香った。それは紛れもなく、蔵馬の薔薇の香りだ。」

「...嫌な子。随分と鼻が聞くのね。
そう言えばこんなものもあったわね。」


そう言い取り出したのは真っ赤な薔薇だった。
そしてポイッと場外に投げる。



グラリとなまえの視界が揺れる。
そして右腕からジワジワと全身に熱が広がっていく。



「随分おしゃべりしたもの、全身に毒が回ったようね。
このまま放っておいても私が勝つでしょうけど、言われたい放題じゃ気が済まないわね。」

楊花は薙刀を回し、なまえに振るう。


それをフラフラとしながら、なまえは右腕を盾に防ぐ。
なまえの鮮血がリング上に飛散する。

(まだ、足りない...。)

なまえは短刀を強く握り直す。



「...何なのよあんた。
あれだけ聞けば、見る目が変わってもおかしくないでしょ?!」

私と蔵馬の関係も知って、何も思わないの?!


楊花は今までの余裕は無くなり、感情が露わになる。



「例えそれが真実としても、何も変わらない。
それに、俺は蔵馬から出る言葉を信じるだけだ。」

そう言い再びなまえは短刀を構える。



「...もういいわ。蔵馬、あんたは本当に罪な男ね。
随分と良いように飼いならしたみたいじゃない。」

丹念に洗脳したんでしょうけど、死んでもらうわ。


そう言い、薙刀の刃をなまえの心臓目掛けて突く。


「なまえっ!!」


なまえは構わず、地面に短刀を突き立てる。






ゴッ





リングに風が巻き起こり、呪術式が楊花の足元に浮かび上がる。


「なっ...!」


バチバチと言う音を立てて、呪術式は楊花の妖気を吸い取っていく。



そして、力尽きた楊花はその場に倒れる。



「楊花選手ダウン!カウントを取ります!」



ズキンッ

「うっ...っ。」


全身に突如訪れた痛みになまえは膝をつく。


「ここでなまえ選手もダウン!別にカウントします!!」





「何なのよ、本当に...。」

地に伏せながら楊花は呟く。




「蔵馬は...本当にあんたを大切に思っていた。

あんたが、賊を抜けても殺されなかったのがその証拠だ。
ちゃんと、愛されていたはずだよ。」

薔薇の花だって500年ずっと枯れなかっただろう?




「その愛が、怖かったのよ...。」

その愛が偽りだと知れば、私は生きていけない。



そのまま楊花が立つことなくカウントは進みが勝利した。



「なまえ!」

倒れたまま動かないなまえに、幽助が駆け寄る。




「よくやった!今度こそ俺に任せろ!!」

「...。」


なまえは何かを言おうとするが、意識が朦朧としそれはかなわない。


幽助はそんななまえをそっと横抱きにし、蔵馬の傍まで運ぶ。


「...なまえ!!しっかりしろ!!」

「...蔵馬。彼女は...。」



「もういい!今は自分の心配をしろ!」

蔵馬は解毒用の薬草を取り出し、手で揉みなまえの口に無理やり入れる。




「解毒薬だ。今は気休めにしかならないが、飲むんだ。」

蔵馬の言う通り、薬草を飲み込むが全身に再び痛みが走る。



「蔵馬...。彼女は、まだ...。」

あなたを愛している。



その言葉を紡げず、なまえは意識を失う。









愛、哀、曖 fin.2013.8.13



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