ブラック・ファンタジー
目が覚めて数日、蔵馬の治療のおかげもあって、かなり傷は癒えた。
ただ、何かを思い出せそうで思い出せない。
そんなむず痒い感覚は消えることはなかった。
「そんな顔ばかりしていたら、眉間に皺ができますよ。」
そう言い蔵馬はなまえの眉間に指を当て、ぐいっと広げる。
「...。」
しかしなまえは抵抗せず蔵馬の瞳をじっと覗き見る。
「...俺の顔に何かついてる?」
そんななまえを蔵馬は怪訝そうに見つめ返す。
「...もしかして、師範から何か聞いたか?」
その言葉に蔵馬の目が少し見開かれる。
しばしの沈黙の後、蔵馬が口を開く。
「ごめん。君の寝ている間に、勝手に君のことを聞いた。」
ごめん。と再び口を開きかけた時、眉間をぐいっと引っ張られた。
「眉間、ずっと皺が寄ってたぞ。」
よいこらせ、と言ってなまえは縁側へ移動する。
「...混じってるのは犬の血だよ。」
静かに、でもはっきりとなまえは言葉をこぼす。
「犬から生まれたのか、人から生まれたのか、なんで裏社会の人間に売られたのかなんて知らないけれど...。」
風がなまえの赤い髪をなびかせる。
「もしかして、それであの仕事を...?」
自分の出生を見つけるために、闇に身を投じたのか?
「最初はそうだったよ。色んな"世界"に潜り込んだ。
でも、どこに行ったって"合成獣"についての情報なんて全くつかめなかった。
あまりにも現実離れした話だしな。」
そのうち探すのも面倒くさくなってどうでもよくなったよ。
そう言ってゴロンと仰向けに寝転がる。
「面倒くさいって...。」
「金臭いじじぃ共と血の臭いに嫌気がさしたんだよ。」
飽き飽きした声でなまえは言葉を紡いだ。
合成獣...何故そんなにも情報がない中、なまえは自分のことを合成獣だと言い切れる?
それに犬の血が流れていることも知っている...
合成獣だということが、嘘だとは思えない。
人間離れした聴覚に嗅覚、それが犬の血を引いているのだとしたら納得がいく話しだ。
「何故なまえは自分が犬の血を引いていると知っている?」
「...俺達兄妹の飼い主が言ってた。
残念ながら、そいつは暗黒武術会の勝者に殺されたけども。」
「...。」
あくまで飼い主であって、創造主ではない。
じゃあ、どんな経路を使って飼い主はなまえたちを手に入れた?
妖怪と人の血を引く魔族は現実世界に少なからずいる。
しかし、人と獣が交じり合うのは自然の摂理として無理がある。
とすれば、合成獣創造に関わってるのは魔界か、それとも...
そこまで考えてふと思い出した。
約千年前の記憶。
まだ、ただの狐だったときの記憶。
「蔵馬。」
なまえに呼ばれ意識が現実に戻る。
「もういいんだ。
合成獣だからといって別に不便なことはないし...
それに、知らないほうがいいことだってある。」
「...確かに、そうだね。」
知らぬが仏、触らぬ神に祟りなし。
その時、自分たちに闇の手が迫っていることを知る由もなかった。
ブラック・ファンタジー fin.2013.7.30
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