狐の子守唄
 







赤い月の夜。


こんな日は何かが起きる。




そんなことを考えながら幻海は、朧げな赤い満月を眺めていた。









どしゃっ






裏庭でそんな音がした。





やれやれ、言わんこっちゃない...


そう思いながら幻海は重い腰をあげた。













裏庭に行くと、2つの黒い影が地面に伏していた。


風にのって鉄の匂いがする。




一つの影が、幻海をその目に捉えると


「こいつを頼む。」



その言葉を残し、風とともに消えていった。



突然のことに幻海が少し驚いていると、もう一つの影が身じろいだ。



その影に近付くと、深紅色のまなこが幻海を仰ぎ見る。



外傷はなさそうだ。


しかし、明らかに健康な子供の姿ではなかった。




「名前は...?」



「なまえ」



掠れた声で、しかしはっきりとなまえはそう答えた。











それから、なまえの回復を待って事情を聞くことにした。



初めは幻海を警戒してくるだろうと思っていたが、全く逃げ出す素振りはなかった。



飯を食えと言えば飯を食い、寝ろと言えば素直に従い寝床に着いた。



おかしい、いくら世話を焼いているといっても見知らぬ人間相手なら少なからず警戒するはずだ。



なまえはあまりにも幻海に従順過ぎた。



「何故、警戒しない?」


思った疑問をなまえに問うた。



「ニンゲンには従えと言われているから。」

思ったよりも凛とした声が返ってきた。



「お前は何者だ?」

























「...合成獣(きめら)。」





庭のススキが冷たい風に揺られ、穂がさらわれていった。

















「他にも聞けば、どうやら裏社会の人間に飼われていたらしい。

暗黒武術会にも参加させられてたらしく、そこで双子の妹が殺された。

こやつをここに置いていったのは、兄だそうだ。」



それ以上は聞いておらん。
何か聞きたいことがあれば、直接聞けばいい。



そう言い師範は茶をすすった。











...十分だった。


人間や妖怪の惨い所業は、幾度となく見てきて慣れていた。

自分自身も盗賊時代、名を上げるためにたくさん残虐な行いはやってきた。





それなのに、なまえの顔を見ているとどうにもやるせなくなった。






「...どうしてそこまで話してくれたんです?」


ズズズっという茶の啜る音が聞こえる。






「あたしもそう長くない。いつまでもなまえの傍にはいてやれん。


一人でもそやつの理解者がいてほしい。そんな老いぼれの戯言じゃよ。」



忘れるなら忘れてくれて構わん。

今日はもう遅い、部屋は好きに使っとくれ。



そう言って、師範は廊下へ出て行った。











なまえを見ると眉間に皺を寄せ、苦渋な表情を浮かべる。





昔の夢でも見ているの?

このままずっと、夢に囚われてるつもり?

もう首輪は外れたんだよ?









そっと夢幻花の花粉を風にのせる。


きらきら、きらきら。

粉は輝きながら舞う。




せめて今日あったことだけでも忘れて安らかにお眠り。





「おやすみなさい。」



そう言い俺も瞼を閉じる。






相変わらずススキはサワサワと乾いた音を奏でていた。








狐の子守唄 fin.2013.7.29



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