狐がつまんだのは
 






――――...ぇ...きて...



誰?



ねぇ...おき...ばぁ...




もう少し寝かせてよ




ゆきが...せん...しようよ...



雪が積もらないとできないって何度言ったらわかるん...



―――――――――










「...っ!!」


ガバリっと勢いよく起きる。



心臓の鼓動が速い。
今まで滞っていたかのように、血が一気に体を駆け巡る感覚。


その感覚に追いつけず、息が上がる。




「はぁっはぁっ......あ?」





見慣れた天井、見慣れた部屋であることは間違いない。

でも微かに香る薔薇の匂い。
なんでこんなところで...

蔵馬...?




答えはそれに行きつきそっと耳をそば立てると、人の声がする。


師範が一人で話してるとは思わない。
(プロレスの試合中継があったときは、テレビに向かって野次を飛ばしてたけども)




とりあえず、様子を見に行こう。
そう思い、立ち上がると目眩がした。



重力に逆らえず、障子に向かって倒れ込む。

(やばい、師範にしばかれる)



スローモーションで障子が近付いてくる。

その衝撃に構え目をつむる。



するとスパンッという小気味の良い音がし、同時に薔薇の香りが鼻をくすぐる。






「何してるんですか...」



そんな呆れた声が頭上から聞こえる。




「...蔵馬こそ、なんでここに?」


そう言いながら障子を確かめる。
良かった、無事なようだ。そのことにほっと安堵する。



「気絶したお前さんをここまで連れてきてくれたんじゃよ。」


いつの間にか、師範がいた。

障子が無事でよかったな、と障子を見ながら言う。



「...重ね重ねありがとうございます。」

「いえいえ、良かったです。障子が無事で。」



そう微笑む顔が笑っていないように見えるのは気のせいということにしておこう。



「そういえば、幽助たちは?」



「あのあと幽助は朱雀に勝って、無事に虫笛を壊せましたよ。」


霊力を使い果たして、3日間眠ってましたけど。


そうか。と返事をして、ハタと気付いた。





「俺は何日間眠ってた...?」


「5日間と半日じゃ。
その間そこの"先生"がずっと見舞いに来てくれとったよ。」

手当もしてくれたしな、ちゃんと礼を言うんじゃぞ。



そう言って師範は廊下の向こうに消えていった。










「とりあえず、布団に戻ろうか。」

そう言って、ひょいと俺を抱き上げそっと布団に戻してくれた。




「...ありがとうございます。」

「いいえ、どういたしまして。」



............。





「決して死ぬつもりはなかったよ?」


そう言うと蔵馬は片目だけパチリと開いてこちらを見る。



「霊力は俺の精神に左右されるから...
予想外に動揺して、その...なんというか、いつも通りの力が出なかったんだ...」



しーん。

再び気まずい沈黙。



怒ってるのか?なんで何も言わないんだよ。



そう思いちらりと蔵馬を見ると、下を向いて肩を震わせている。




え、そんなに怒ってるのか?


体中に冷や汗が流れる。



「...くっ。」


く?



「...っ..くくくっ、あはははっ。」



...笑いが起きるほど怒ってるのか?


自然と俺の顔は引き攣る。
そんな蔵馬に身構えていると



「あぁ、おかしい。
俺は何も言ってないのに、君が急に言い訳めいたことを言うから...。」

まるで浮気を弁解する男みたいですね。


と笑っている。




なんだ、からかっていただけか...

そのことに安堵する。





「でも、君がちゃんと起きてくれてよかった。
あまりにも死んだように寝てるから、もう起きないかと思ったよ。」


これでも心配してたんですよ?

と、少し眉毛がハの字になる。




「すまない...世話を焼かせたな。」

蔵馬こそ傷が浅いわけじゃないのに、5日間もこんな山奥まで毎日来てくれたんだ。


申し訳なさでいっぱいになった。




そしてふと思い出す。そういえば夢を見ていたはずだと。




「...俺は、寝ている間うなされてなかったか?」


「うなされる?何か怖い夢でも?」



「いや...気のせいだった。」

忘れてくれ。


そう言うと蔵馬はまた少し笑みをこぼす。




確かに夢を見ていたはずなんだ。
あの鎌鼬と戦ったときにも、何か見たはずなのに...。


何も思い出せない。



なんだか狐につままれたような感じがする。

目の前に狐はいるのだが。



じゃあ、そろそろ帰りますね。また明日来ます。



そう言って蔵馬は部屋を出て行った。


外はすっかり茜色に包まれていた。



立派に穂をつけたススキがサワサワと揺れている。








狐がつまんだのは fin. 2013.7.28



前へ 次へ

[ 31/88 ]

[back]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -