憂鬱な夜に
 



(疲れた…こんな日は仕事が多くて困る。)



赤い月が出る夜は、妖怪たちが高ぶるらしい。
いつもより厄介な輩が多い。

巻き込まれたく無ければ下界にはあまり行かないことだな、


と師範に言われたのは数日前。


そんな日に限って依頼が多いのだ。

しかもやっと終わったと思えば、妖気に混じって人の血の匂いもする。


放って置くわけにも行かないので様子を見に行けば、路地裏で食後の妖怪を発見。

人の血の匂いは大方この妖怪が原因だろう。

こちらにはまだ気付いてないので、問答無用で始末した。




今度こそ帰れる。そう思った瞬間、背後から微かに漏れる妖気。


まさかもう一匹いたなんて…


ここで逃がすわけにもいかず、霊気を込めたクナイを投げる。


(ちっ、避けられたか)


思うが早いか、再び刀を抜き妖怪を始末しようとした。


しかし驚いたことに、人の姿をしている。


化けの皮を剥がしてやろうと思い、手加減なしで刀を振るが

刹那の差でひらりとかわされる。
(何か言った気がするが、そんなもの聞いてる暇がなかった)


(厄介な…)


そう思いながら、壁に追い込むも抵抗する気配もない。


その真意を確かめるべく、トドメを刺すのは後回しにした。


何故抵抗しないのか?


と問うと


「仲間じゃない」


と言う。


その言葉に偽りがないか確かめるために
殺気をより一層放つも、その翡翠色の瞳に揺るぎはなかった。
完全に自分の勘違いだとわかり、刀を納めると

「信じるのか?」

と聞いてきた。


放たれる妖気といい、おかしな妖怪もいたもんだなと思った。


あまりにも"人間くさい"のだ。


人間と共に暮らしてでもするのか。
だとしたら頬についた傷を見れば心配するだろう。


そう思い詫びの意も込めて傷を治し、
思いの外早く完治したので、今度こそ帰ろうとすると名前を聞いてきた。


真意がわからず、少し振り返ると

「仕返しなんてしませんよ。」

と肩を竦めながら言う。


そんな不思議な妖怪に興味を持ったのか、思わず名前を口に出してしまった。
(見ず知らずの者に名前をあまり教えるなと師範に言われたことがある)


自分だけ知られるのは癪だったので
名前を聞けば


「蔵馬」



と返ってきた。


蔵馬…と心の中で反芻し、今度こそ家路についた。












家(というよりも屋敷)に着くと
気が緩んだのか、ドッと疲労が押し寄せる。


返り血を浴びた身体を洗い流そうと、井戸で水を浴びていると


「また仕事かい。
こんな日はあまり外に出るなと言ったろう。」


と背後から師範の声が。


「こんな時間に血塗れで帰って来られちゃ寝れやしないよ。
仕事は御天道様が出てる間にしな。」


年寄りはなかなか寝付きが悪いんだからね

と言いながら部屋に戻って行った。



悪名高い霊光波動拳の幻海。


俺は未だにちまたでそう呼ばれる理由がわからなかった。
(だってあの人は必ず俺が仕事から帰ってくるまで起きてるんだもの)



そんな師範のために、仕事を減らそうかと思ったそんな夜。

何となく、あの蔵馬とかいう妖怪も賛成してくれるような気がした。














憂鬱な夜にfin 2013.7.3



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