二つの忘れ形見
 



それから程なくして、政府の遣いの者が現れヤナギさんはこの本丸から去った。
ヤナギさんと一部の刀剣は別れの惜しさに泣いてしまい、何とも居心地が悪かったのは言うまでもない。

何とかここにいる刀剣男士総出で送り出したが、一体何人いるのやら、名前を覚えるのが大変そうだ。



そうして今、その刀剣達を目の前にとある一室で身を正す。


「…今日からここの審神者の代理をさせていただくことになる、なまえと言います。
至らないことが多々あるかと思いますが、よろしくお願い致します。」

と、頭を下げるとほんの少し、何名かが動揺したのが空気でわかった。


「あの、主殿…頭をお上げください。」

そう言ったのは青い髪の青年…確か一期と呼ばれていた。


「君は僕たちを自由に扱える立場にある。
そうかしこまらなくていいんだよ。」

と、歌仙さんが困ったように言う。
いくら刀といえど彼らは神様だ。
にも関わらず、私に従うというのだから妙な気分になる。


「そうですか…なら先にお伝えしておきましょう。
何人かは既にご存知でしょうが、私はここの世界の者ではありません。
そして私の世界では今、大きな戦いが起ころうとしています。
ですから私は、ここにずっと留まることはできません。」

シーン…と私が話さなければその場は沈黙に包まれる。


「帰る方法がわかり次第、すぐに私は私の世界に帰ります。
ですが、ここに来たのも何かの縁…ここに居る間はあなた達と共に戦い、次の方に引き継ぐまで、誰一人欠けぬように努力致します。」


どんな戦いにも死はつきもの。
恐らくこの刀剣男士達も例外ではないはず。
私の未熟さで、誰かが傷付くのだけは避けたかった。

と、再度頭を下げると何人かの刀剣も同じように頭を下げてくれたのが気配でわかる。
どうやら、神様も十人十色のようだ。


「…ときに主よ。
その者達は紹介してくれんのか?」

朗らかに微笑みながらそう切り出したのは…三日月という名の刀剣。
この刀剣より大きなモノが居るはずなのに、存在感はこの中で群を抜いている。


「すみません、長く共にあるのですが…お恥ずかしながらこの刀の名を私は知らないのです。」

「ふむ…そうかそうか。
ならば彼等に名乗ってもらうか。」

どれ、俺が手伝ってやろう。と、徐に三日月さんは立ち上がり側までくる。
恐らく"顕現"させるということなのだろう。


「彼等は別の世界の刀だが…顕現させて大丈夫なのかい?」

そう心配気に伺うのは、萌黄色の着物を纏った神社に所縁のありそうな刀剣。
そんな彼の言葉に三日月さんは笑みを崩さず、大丈夫だろうと呑気に言う。


「よし、主よ…では初仕事といこうか。
主は刀に心で呼び掛けてくれ。
そうすれば、その呼びかけに彼等は答えてくれる。

あとは俺が、その刀に宿る魂を具現化させる。」


いまいち信じられないことだが、ものは試しだ。
腰から鞘ごと抜き取り畳に置く。
すーっと深呼吸し、目を瞑り鞘に触れる。


もし…と声を心の中で掛けた途端、走馬灯のように場面が駆け巡る。
驚きに目を開けると眩い紙吹雪…桜の花弁が舞っていた。


そしてそこには、先程まで居なかった
黒い着物を纏った人物が佇んでいた。


舞い散る桜の花びらは、光の粉となりとけてゆきそして…










「よっ。
鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」


真っ白な髪に金の瞳。
キラキラと舞う光は儚気な彼の姿と相俟って、何とも幻想的な光景が目の前に広がった。

これが、イタチさんがくれた刀…



「やぁ…久しいなぁ鶴丸。」

「お、三日月か!
話しは聞いてたぜ。まさか刀が喋れるようになるとはなぁ。」

「鶴丸!まさかあなたとは!
しかし、ぼくのしってる鶴丸とはだいぶちがうような…?」

はっはっは、と軽快に笑う鶴丸さんの近くに
ピョンピョンと軽い足取りで、子どもの姿の刀剣が寄ってくる。


「今剣までいるのか…っと、岩融に石切丸、それに光忠。
知った顔が結構いるなぁ。」

と、金の瞳を輝かせ楽し気な表情を浮かべる様子は、何とも無邪気で少し拍子抜けしてしまった。

そして鶴丸さんが視線を下にしたためパチリ、と目が合う。
一瞬目を見開き、そして突然しゃがんだかと思えばバシバシと私の体を両手で挟みながら叩き始める。


「あっはっは!こりゃ驚いた!!
喋れるだけでなく、きみにもこうして触れられるのか!」

初めての人の身体の感触を心底楽しんでおり、手加減がわからないのか、少し痛い。
というより私自身状況にまだ心がついていけていない。

先程まで畳にあった刀の一振りが無くなっていることから、本当に顕現されたのだろうが、自分の刀がこんな事になるなんて誰が思うだろうか。


「そうだ!きみにはもう一振りいるだろう?
早く起こしてやろう。」

パッと、視線を畳に置きっぱなしのもう一振りに向ける。
何というか、気の移りが早いというか落ち着きがないというか…


流されるがまま、もう一振りの刀に触れる。
呼びかけてみるも、鶴丸さんの時のように反応がない。
困って鶴丸さんの方を見ると彼も首をうねっている。


「何だぁ?まさか拗ねてるのか?」

「すねてる…?」

「色々あって、こっちの刀は数年程なまえの手から離れてたんだ。」

今剣君と三日月さんが不思議そうに覗き込む。
いつの間にやら他の刀剣も近寄ってきており、ちょっとした見世物になっていた。


もう一度、呼びかけてみる。

もし、あの時里に戻してしまったことを怒っているのなら直接謝りたいと。


すると、先程と同じように走馬灯が駆け巡る。
これは刀の記憶なのだろうか…?

そっと目を開けるとやはり眩いばかりの桜が舞う。


現れたのは洋装を纏った、これまた儚気な青年。
ゆるゆると、薄っすらと開けた瞼からは黄金色の瞳が覗く。


「ふぁ〜…、…おや?君は…」

「あ、兄者?!」


突然の声に驚きそちらに目を向ければ、顕現した刀剣と同じような装いの、薄緑色の髪の刀剣が驚愕の表情を浮かべていた。
兄者というから兄弟刀なのだろう。


「あ…と、肘丸?だったかな。」

「じぶんのおとうとのなもわすれたのですか、髭切!
薄緑ですよ!」

「違う!膝丸だ!」

と、二人に突っ込まれた髭切さんはやはりまだ眠いのか、ぽやぁっとしていた。

しかし、世界が違うというのに刀達の記憶は同じらしい。
何とも不思議な…


「どうやら、ただ寝てただけのようだな。」

「はっはっは、彼奴らしいではないか。」


鶴丸さんは呆れ顔、三日月さんは相変わらず朗らかに笑っている。

膝丸さんや今剣君達に囲まれていた髭切さんが、徐にこちらに視線を向ける。
そしてゆるゆるとしゃがむと、バスン!バスン!とやはり私の身体を両手で挟むように叩く。
鶴丸さんよりも、一撃一撃が痛い。


「おぉ、これが生身の人間の感触かぁ。
うんうん、あんなに小さかった子がねぇ…人間の成長は面白いなぁ。」

ふふふ、とほんわり笑う様はとても穏やかで。
これが元は私が振るっていた刀だとは信じがたい。

ダンゾウ様に貰ったこの刀で、私は本当に沢山の命を奪ってしまった。
彼の穏やかな顔を見ていると、罪悪感は増すばかりだ。



「あー!僕もあるじさんにそれやりたーい!」

「あ、俺も!」

「こら!乱、鯰尾!失礼だろう!」


と、一気にワイワイと賑やかになった空間に戸惑いを隠しつつ
感じる痛みにやはりこれは夢ではないのだと、改めて思い知らされた。



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