神様の住処
そんなこんなで気持ちは誘拐された気分だが、これ以上話しても無駄だと再び悟り、大人しく屋敷に上がる。
刀剣男士はこの加州という者以外にもいるらしい。
こちらを伺うような気配がチラホラと感じられる。
こんのすけ、という奇妙な狐と加州という成年はとある部屋の襖の前で立ち止まる。
「新たな審神者さまを連れて参りました。」
「おぉ…入ってくだされ。」
サッと加州が襖を開けると、そこには布団から上半身を起こしている老爺とお付きの刀剣男士がいた。
審神者と言うから神主的なものは想像していたからイメージ通りだった。
「失礼します。」
「いやぁ…こりゃまた若い娘さんをよぉ捕まえてきたのぉ。」
ほっほっほ、と朗らかに笑う様は絵に描いたような老人ぶり。
思えば木の葉にいる老人達は皆達者だから、こんな老人らしい老人は初めて見たかもしれない。
「おおそうだ。歌仙に茶を淹れてもらおうか。
獅子王。」
獅子王と呼ばれた金髪の青年はスッと立ち上がり、縁側の方へ出て行った。
縁側の向こうには竹林が広がっている。
「いやいや、突然すまんなぁ。
加州やこんのすけから事情は聞いていると思うが、ワシはこの有様でな…ここを引き継いでくれる審神者を探しておったんだ。」
カコン、と鹿おどしの軽快な音が遠くから聞こえた。
「なかなか良いのが見つからんかったが、いやぁまさか、お前さんのような娘さんが来てくれるとはなぁ。
これでここも安泰じゃ、なぁ加州。」
ほっほっほ、と再び笑う。
その度に何故か刺々しい自分の精神が丸くなっていく気がするのだから侮れない。
「すみませんが、私はその審神者とやらを引き継ぐ気はありません。」
「…。」
周りの空気がほんの少し張り詰めた。
「ご存知かは知りませんが、私はここの世界の者ではありません。
私の世界でも戦いがあります。
その為に、一刻も早く戻らねばなりません。」
ここで断言しておかねば、二度とあちらに戻れない気がした。
私は、仮面の男と戦わねばと、再度心の中で唱える。
ここは神の住まう神域。
下手な言葉は言霊として捕まえられてもおかしくはない。
「ほっほっほ、こりゃ一筋縄ではいかんかぁ。
あわよくばと思うたんだが、一本取られたのぉ。」
「…しかし、そうは言ったものの、私も元いた世界への戻り方がわかりません。
その糸口が見つかるまでの間、あなたの代理として戦うことはいたしましょう。」
"時の川"とやらを見つける為には、事情を知っているこの狐がいた方がいいし、闇雲に知らぬ世界を一人で動き回るのもリスクがある。
それに、歴史修正主義者とやらを倒していけば何かわかるかもしれない。
「わかった。
お前さんにもお前さんの都合があるじゃろて。
無理強いはいかんものなぁ。
こんのすけよ…」
「わかっておりますヤナギさま。
次の方を引き続きお探ししましょう。
では主さま、お勤めについては前任者であるヤナギさまから詳しくお話があります故、私はこれにて。」
そう言って、狐はドロンと煙と共に消えた。
しかし気が早い。
まだこのヤナギさんという方がいるというのに、私を主などと…
「そうだ、そうだ。まだ名乗っておらんかったな。
私はここの前任者…まぁヤナギと呼んでくだされ。」
"呼んでくれ"というのは、本当はヤナギという名でないということなのか。
「審神者は政府の管理下にあり、こんのすけ経由で政府から様々な任務が届けられる。
まぁ、基本的には時間犯罪者…"歴史修正主義者"と名乗る者達の取締りだ。」
「政府…とは、何者です。」
「うーん…お主の世界ではどういったものかのぅ…。
まぁ、国の政治を取り仕切る偉いさんたちの集団だ。」
国の政治…うちで言うと火の国の大名みたいなものか。
「まぁそのお偉いさん達から任務を受け、歴史修正主義者と戦うのだが、この報告書を出すのがまた面倒でなぁ…」
「話しが逸れてるんじゃないかい、主。」
横から入ってきた声に視線をやれば、薄紫色の髪の男が、縁側にいる。
その手には盆を持っており、湯のみから茶の香りが漂ってきた。
「おおすまんすまん。
あぁ、これは歌仙兼定という。
歌仙の淹れた茶は別格でなぁ、これをもう飲めんと思うと…」
そう言うとヤナギさんはグズグズと泣き出した。
それを加州さんは宥め、歌仙さんは苦笑いしながら茶を運んでくれる。
「…ありがとうございます。
とりあえず歴史修正主義者と戦うことはわかりました。
それで、その者たちは一体どこにいるのです?」
「歴史修正主義者は、時間を遡り至る所に現れ過去の歴史に攻撃を行う。
その兵軍を時間遡行軍と称するのだけど…
時間遡行軍を検知できるのは政府だけで、命を受けて僕たちは時間遡行軍の討伐に向かう。
僕たち自身も歴史を遡ってね。」
「歴史を…遡る…」
「その歴史を遡るには、審神者の力が必要なんだよ。
因みにこの本丸があるここは、政府が作り出したどこの歴史にも属さない場所なんだ。」
何とも摩訶不思議な話しに若干頭がついていかないが、ここは飲み込むしかない。
しかし、歴史を自由に行き来できるなら私の帰り方も見つかるはずだ。
まだまだ聞きたいことはあるが、それはここにいる刀剣男士達に後々聞けば良いだろう。
ティッシュで盛大に鼻をかむヤナギさんに視線を戻す。
口を開こうとしたその時、パタパタと廊下を駆ける足音が近づいてきた。
「主まだいる?!」
スパンと障子を軽快に開いて顔を見せたのは、黒色の長い髪を一つに結わえた軍服姿の少年だった。
「こら鯰尾、部屋に入る時はきちんと声をかけなさいと何度も言っているだろう。」
「ほっほっほ、良い良い。
それにしても鯰尾、随分遅かったなぁ。」
鯰尾と呼ばれた少年の後に、青色の髪の軍服姿の青年が、こちらに気付き丁寧にお辞儀をする。
それに軽く会釈を返す。
「あ!もしかして新しい人?
っていうか、違うよ主!
主が遠征先間違えて甲州じゃなくて白河に飛ばし…」
「鯰尾。先にきちんとご挨拶をしなさい。」
ピシャリ、と再び青い髪の青年が鯰尾さんを嗜める。
「はっはっは、まぁ一期よ、今日くらい大目に見てやれ。」
「三日月殿…」
今度は藍色の髪の着物姿の男と、その隣に白髪で鯰尾と同じような軍服姿の少年が現れる。
「おお皆無事に帰ってきたのだな。
えらく帰ってこんから心配しておったのだが、そうか、白河に飛ばしておったか…。
そうそう、こちらが今日からここの審神者になってくれる方だ。」
と、人が増えたことでワイワイと賑やかになる。
ここには一体どのくらい刀剣男士がいるのかはわからないが、ひとまずここから退散した方が良さそうだと判断する。
「とりあえず、大体の事情は飲み込めました。
少し屋敷の中を見たいのですが、いいですか?」
「あぁ、すまんすまん。
今日からお前さんの城だ。好きにしてくれて構わん。
歌仙、案内してやってくれんか。」
「いえ、ほんの少し見るだけなのでお気になさらず。」
と、膝を立てた歌仙さんを制し部屋を出る。
廊下を出て外に出ると、春日和の陽射しが降り注ぐ。
それにほっと息を抜く。
やはり慣れない神気が集まると少しばかりキツイものがある。
それに…
「…。」
どのくらい共に過ごしたのかはわからないが、もう二度とヤナギさんと刀剣男士達は会えないのだろう。
部外者の私がいては心置き無く別れを惜しめないだろう。
(今生の別れ…か)
戦えなくても死ぬまでここにいてあげればいいのに、と最後に見たあの人の顔を思い出し、無意識に腰に携えている刀の柄をそっと撫でていた。
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