世界に望まれた
 



チチチ、と小鳥のさえずりが耳に入る。
あぁ起きなければ、と瞼を開けようにもまだ重い。

まだ脳みそが起きていないのかと、仕方がないともう一度眠ろうとした。


「…さま!主さま!起きてください!」

甲高い、小鳥とは違う声に意識は再び外へ向く。

主さま?
そんな風に呼ばれる知人が私の周りにいただろうか。


誰ぞ知らぬ人間が呼ばれてるに違いない。
再び眠ろうとした。



ふに、

「主さま!寝たふりはいけませんよ!
ほら起きてください!」


頬に妙な感触。
そして明らかに近くなった声。
多少の苛立ちを覚えながらも瞼を上に持ち上げる。


「…。」

「やっと起きてくれましたか!いくら起こしても起きてくれなかったので心配しました。」

「…。」


私は幻術にでもかかってしまったのか。
私の膝の上には得体の知れない生き物が陣取っていた。













喋るおかしな狐に半ば拉致られるように連れられてやってきたのは、和造りの屋敷の前だった。

いや、こんな細(こま)い動物に拉致られるというのもおかしな話だが、あぁも一方的に甲高い声で話されれば黙って着いて行くしかなかった。

まぁどうせ夢ならば勝手に覚めるだろうし、幻術であれば解く糸口を探すまで。

しかしまぁ、全く見覚えのない景色が広がるばかりだな…




「…さま!主さま聞いていますか?!」

「はぁ…その"主さま"というのはやめてくれませんか。」

「何を言うのです!
あなたは今日からここで審神者としてお勤めを果たすのですよ。
ですから主さま以外の何者でもありません。」

「…は?」


さにわ、さにわってなんだ。
というよりお勤めって…


「待て、私は一切そんなつもりはないぞ。
お前が道案内してくれるというから着いてきただけだ。」

「ですから、あなたは今日からここで…!」


カチャリ、と刀を抜き狐の目前に切っ先を向ける。



「…どうやら夢ではない様だな。
であれば幻術か。

貴様を斬れば解けるか?」


刀の重みが夢でないことを物語っている。
ならば幻術かと思うも、それも違う気がする。

しかし、現実でもない。

ではこれは一体なんなのだ。
話しを聞いていても埒があかない。
私は一時も早く戻って戦わねばいけないのに…





「ちょっとちょっと、いきなり物騒なんだけど。」


唐突な声に目線をそちらに向ける。
すると黒地のコートを着た青年が、屋敷から丁度出てくるところだった。


「加州様!
新しい審神者様を連れて参りましたよ!」

「…みたいだけど、どうもそちら様は納得してないようだけど?
ちゃんと説明したの?」

そう呆れ顔で言う加州と呼ばれた青年は
見た感じは好青年だが、普通じゃない気配に既視感を覚える。


「…貴様ら何者だ。
何が目的で私をここに"捕らえた"?」


これは夢でも幻術でも現実でもない。
この…精神に介入されているような、魂を掴まれているような感じは、私の良く知る憑き物のそれと似ている。

加州と呼ばれた青年は
きょとん、としたのち狐に目をやる。
そして暫くすると、腹を抱えて笑い出した。


「あっはっはっは!
ちょっとこんのすけ、また凄いの捕まえてきたね!」

「捕まえたなんて人聞きの悪い!
川から流れてきたのを掬い上げただけです!」


川…流れてきた…
そのワードで自分の状況を何となく整理する。

まさか…





「また、私は死んだか…?」

ひとりごとのようにポツリと呟いた言葉に、青年はこちらに一歩、近づいて来る。


「"また"…?ということは、一度死んでるんだ?
益々おかしな人間だなぁ。

まぁ、安心しなよ。
流されそうになってたあんたの精神を、ちょっと借りただけだよ。」


言っていることがよくわからず、狐に視線を投げる。
すると狐は佇まいを直す。


「何があったかは存じませんが、
魂の緒が本体から切れる瀬戸際にあるあなたは、精神の一部が"時の川"に流されたようです。

そうしてあなたが生きていた世界とは別の、この場所に流されてきた。

そんなあなたの精神を、たまたま私が見つけ掬い上げました。
…ようするにまぁ、トリップみたいなものです。」


…あぁ可笑しいな、頭が痛くなってきた。
これ以上話しても無駄だと思い、刀を鞘に収める。



「…何故、私を拾ったのか理由を聞かせてもらおうか。」

半ば諦めモードで近くにあった木の幹にもたれる。


「今、我々は歴史修正主義者と戦っております。

歴史修正主義者とは、その名の通り史実を自分都合に歪めようとするモノ達…
そして歴史修正主義者を倒せるのは、刀剣男士のみです。」


刀剣男士とは、刀に宿る付喪神であり
審神者という能力者が、刀から付喪神を顕現でき、歴史修正主義者へ対抗できる。

そんなことを、狐は流暢に話す。


「そうしてあなたはその審神者の能力をお持ちです。」

「要はその歴史修正主義者と戦えと…?」

「仰る通りです。
ここにいる加州様も、刀剣男士の一人です。」


青年に視線を向ければ愛想良くにこりと笑う。
刀の付喪神…なるほど、私に憑かせている憑き物のシロとクロと似たようなものか。
あれも神器の憑き物だ。


「てことで、これからヨロシクね。主様?」

「断る。」


ズコッ、とお約束通りキレイに狐と青年がずっこける。



「何で?!
今の流れだと完全にわかってくれてたじゃん!」

「わかったからこそ尚更断る。
私には付喪神を呼び出す力なんてない。

それに…私には急ぎの用がある。」


そうだ、トリップだかなんだか知らないが早く現実に戻らないといけない。
戻って仮面の男と戦わねば…

クルリと背を向け、来た道を戻ろうと足を踏み出す。


「"時の川"は時間の歪み、即ち史実の歪みです。」

「…。」

「それを正さねば、あなたはまた別の場所へ飛ばされてしまいかねませんよ。」


成る程その歴史修正主義者とやらを殲滅しなければ元いた場所に戻れないと言いたいのか。
でも…


「いつ終わるともわからない戦いに時間を割くくらいなら、帰り方を探す方が賢明だ。

それに、審神者なら他にいるのだろう?
そこの者を顕現した審神者が。」


そう言うと、狐と青年は言葉に詰まる。
よし論破、と再び足を踏み出す。


「その審神者様が、戦えなくなったのです。
その代わりとして、あなたをここへ連れてまいりました。

…なので、どう足掻いてもあなたの意志では戻れませんよ。」


不穏な言葉に振り返る。
相変わらずニコニコとしている青年と、小さな狐が佇んでいた。


「貴様、先ほどたまたま拾った様なことを言ってなかったか。」

「ええ、それに間違いはございません。
しかし、ここへあなたが来ることを望んだのはこの世界そのもの。
この世界の歯車の一つとして、たまたま私があなたを迎えたまで。」

まぁ、運命というやつですね。
と、狐が言う。



…ああこれはとんでもないものに捕まってしまった。
サワサワとさざめく笹の葉音がせせら笑いにしか聞こえなかった。



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