摩耗する金魚
 


夏は暑い。
人の身をもって、夏というものに対する初めての感想はそんな面白みのかけらもない、平々凡々なものだった。


じりじりと土を焦がす太陽の熱
その熱を運んでくる風
火照った身体に沿って滴る汗


ただただ、暑い、怠い、不快

偶に太陽を遮る雲が、涼を差し込んでくるがそんなものは一瞬で、再び太陽はその存在を主張する。


「大丈夫ですか。」

完全に畳で項垂れている俺になまえは声をかけてくる。
目線だけなまえにやれば、なまえも同じく汗ばんではいるが俺のようにくたびれてはない。


「きみは、随分と余裕そうだが夏というのは辛いな、このまま溶けてしまいそうだ。」

「人の身体はそう簡単に溶けませんよ。
…陽に当たりすぎると、倒れますが。」

と、再び文机に向かう。

何だかちょいと薄情じゃないかい。
愛刀がこんなになってるというのに…


あぁ、そういえば。
なまえとあの人の関係もこんな感じだった気がする。
熱情とは程遠い、まして恋など愛などとは形容しがたい、じりじりと焦がしていくような、はたから見れば、ただただ互いに摩耗するようなものだった。

そこに慈しみがあったのかなんて、唯一そばにいた俺にすらわからなかった。
彼らを見ていて、人間ってのはもっと何も考えず、何かに囚われず生きられるのではないのかと、不思議に思うしかできなかった。


「…きみは、あの人を愛していたのかい?」

気付けば出ていた問い。
こんなもの、言葉に出すまいと思っていたのだがこれも暑さのせいだ。
まぁ、こんなことを聞けるのも人の身を持つ今だけだ。これはこれでいいか。


「…たしかに、暑さに相当やられているみたいですね。」

お茶でも持ってきましょうか、と畳についた手を逃すまいと掴む。


「鶴丸さん?」

「このままトンズラされるか、茶に毒でも盛られたらたまらんからな。
きみが答えるまで茶はいらん。」

そう言えば、なまえは酔っ払いを相手にするかのような呆れた視線を向ける。

それにしても、この腕はこのままポキリと折れそうなほど細い。
なんて、これも気の利いた感想は浮かばず裾から見えるなまえの手をぼうっと見る。


「そんなこと知ってどうするんですか。」

「主の思考に興味があるのはおかしいかい?」


そう言えば、心底呆れたようなため息をつかれる。
最近思うが、俺に対して随分と態度がぞんざいじゃないか。
あの人に対して決して取らなかった態度だろう。


「おかしくはないですけど、主人の私情を知って何が面白いんですか?
ましてや恋慕だ、色恋だのと…」

と、茶を持ってくるのを諦め再び文机に向かう。
本当に、本心を見せない娘だ。
忍だから仕方のないことだけども、彼に対してもそうだったのか。

最後の最後まで本心を叫ばず終わったのでは。
だったらいつ、彼女はその心根を晒すのか。
墓場まで持って行く気なのか。

墓場まで持って行くのなら、俺の専売特許ではないか。
きみとなら深い土の、常闇の底までついて行ってやろう。
彼の終ぞ知ることの叶わぬ世界だ。


そんなことが言えるわけでもなく…


「…やっぱり茶が欲しいな。」

「だから持ってきましょうかと言ったのに。」

言葉につまり、それを喉の渇きのせいにすればなまえは先の呆れた顔を色濃く滲ませ、部屋を後にする。


ちりー…んと、申し訳程度の風を受け縁側の風鈴が鳴る。
透明なガラス越しに、青い空に黒と赤の金魚が泳ぐ。
あぁ、こんな日差しじゃガラスが溶けて金魚も溶けるんじゃないか。
俺ならば、こんな小さな鉢ではなくもっと大きな池にでも…


「何を考えているんだ俺は…」

風鈴に描かれた金魚をどうこうできるはずもないのに。


再び風に奏でられた音と共に、瞼を下ろした。



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