空蝉の心
 



息を肺いっぱいに吸い込む。
畳や木やら、これぞ"和"だという匂いが胸一杯に満たされる。

そうしてその空気を吐きながら、天井の節穴を転々と追う。


「…。」


悔しい、だなんて何とも幼稚な感情だが
そんな感情を消すために、また、空気を胸に吸い込む。


「…。」

それでもまだ、沸々と溢れてくる負の感情。
悔しさ、諦め、惨めさ、焦り。

そんな気持ちでいっぱいな体は、美味い空気も満足に入らない。
空気すらも入る余地のないくらい、色んな感情が湧いて出るのだ。

今までこんなことはなかったのに。
全くというのは嘘になるが、そういう感情も感性もある程度捨てるなり蓋をするなり出来ていた。


ここにきてからだ。
段々と忍ではなくなってきている。

この体たらくで、元の世界に戻って大丈夫なのか。
そう考えるとまた、気の悪い感情が生まれてくる。



「こりゃまた、随分と荒れてるな。」

スッと障子を開け、鶴丸さんが躊躇いもなく部屋に入ってくる。

いつもならこの美貌に心が浄化されてるところだろうが、同じ白をイメージさせるその風貌と纏わっている余裕に、私の心は益々灰色になる。


「ただの痣でも処置はしておこうな。
どっか折れたりしてないかい?」

私が応えないのもお構い無しに、持ってきていた薬箱を広げていく。

鶴丸さんが湿布を手に取る。
それでも何の反応を見せない、天井の節穴から視線を外さない私に、手に取っていた湿布を下す。


「暫くは一人がいいか?」

首を振るだけで答えられるその問いにも応えないのに
鶴丸さんは咎めることも呆れることもせず、ただそこに居る。
そうしてそのまま片膝を立て、肘を立て、掌に顎を乗せ、そのまま動かなくなってしまった。





「…。」

「…。」

「…。」

「…



部屋に戻ったらどうですか。」


幾ばくかの間、ようやっと感情を押し退けて出て来た言葉がこれだった。

本当に大人気ない。
これでは子供同然だ。
神様から見たら赤子同然なのだろうが、それでもこれは酷い。

そう思うと、益々余裕が無くなりじくじくと心は膿む。


「こうしてきみをゆっくり眺める事も、中々出来ないからな。
きみはいつも誰かしらと一緒だしなぁ。」

と、何でもないように話す鶴丸さんと対照的な自分に苛々と顔まで尖ってきた気がした。
天井の節穴を見ていても気が紛れず、瞼を下す。


「よく、ここに来ましたね。
皆気を遣って一人にしてくれているのですが。」

「だからこそ、きみと二人きりになる折角の機会なんだろ?」

思い切り込めた嫌味も、軽々といなされる。
というより、私は何を鶴丸さんに当たっているのだ。

どうしたら、この感情は鎮まるのか。
こんなにも制御できなくなることは経験になく、益々泥沼に沈む様だ。


髭切さんにコテンパンにやられた。
その上弱いだの、気が緩んでるだの、それでも主なのかなど、他にも色々、あの笑顔で煽られまくり、精神的にも完膚なきまで叩き砕かれた。


そうしてこうやって不貞腐れてるのだ。
我ながら、らしくない。

そんな風に悶々と考えていると、静かに鶴丸さんが笑う。
どうせ子供だと、笑っているのだろう。


「いやなに、きみは怒ると思うが、嬉しいなと思ってな。」

「…。」

「まぁ最後まで聞いてくれよ。

俺はな、きみと会ってからは
戦場と、あの人の前での顔しか知らないからな。

こうして色んな顔を見れるのが、嬉しい。」


と、優しい笑みをたたえる。


それがあまりにも、本当に、本当に綺麗で、
さっきまであった、鉛のような感情はどこかへ消えてしまった。

そんな顔を、思わずじっと見てしまった。


「どうした?」

「鶴丸さんは、神様なんだなって思っただけです。」

「ははは、どうしたんだい急に。
そんな大袈裟なもんじゃないさ。」


と、先ほどまでの笑みが、
ほんの少し愁いを帯びる。

それが、どうしても
イタチさんの笑った顔を思い出して、不覚にもきゅっと喉が締まった。


審神者は物に宿った思いを具現化するという。
ならばこの鶴丸さんは、送り主であるイタチさんの思いも形になったというのか。


「鶴丸さん。」

「なんだい?」

「…ありがとう。」


そう言えば、満月色のその瞳が僅かに開かれる。

その反応に何だか気恥ずかしくなり、すくりと立ち上がり、思わず部屋を出てしまった。
















「…いやはや、参ったなこれは。」

なまえと同じ様に、畳に寝転がる。
ここから見える空は、どこまでも青い。


たった一言。
自分に向けられた"ありがとう"に、こんなにも胸が煩い。


「彼女の一挙一動に、こんなにかき乱されるのは、きみの仕業かい?」

と、返答のある筈もない
自分を形造るその一部へ問いかけてみる。

自分が全知全能の神ならば、
彼女の願いを叶えることも、こんな心に振り回されることもなかったのだろう。


所詮は物に宿っだ仮初めの神だ。



日ごとに募るこの感情は、
俺を贈った、かの人のせいだと、瞼を閉じ息を吐いた。



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