しのぶ思い
 



逃げ場のない熱は、ただただ不愉快だった。








「また、審神者が死んだんですね。」


ちりーん…と風が一つ、風鈴の鐘を鳴らす。
近侍の堀川さんが持ってきた白と黒で統一されたその封書は、何処かの審神者が死んだことを報せるものだった。

顔も名も、演習で会ったかもわからない審神者だ。
生前どんな人間だったのかなんて想像すら出来ぬものを偲ぶことは出来ないが、白黒の文とは別に届いた政府からの文を開ける。


「…主さん?」

「政府からの注意喚起です。」


読んだ紙を堀川さんに渡す。
自分のものとは違う、綺麗な青の目が文を追う。
少し幼いその顔が、だんだん険しくなっていく。


「主さん、これ…」

「ここ最近の審神者の死因は、"かけおち"のようですね。」


政府からの文に書かれていたのは、
審神者が特定の刀と本丸を抜け出し、その後検非違使により殺されているという旨だった。

本丸の外は、街や政府機関以外は政府管轄外の場所。
外出は硬く禁じると最後に注意書きがあった。


「検非違使は、過去の歴史以外にも現れるんですね。」

「そのようですね。
こんなことより、速やかに遡行軍を殲滅してくれれば助かるんですがね。」

検非違使…過去への干渉、遡求を許さぬ政府とは異なる勢力。
過去を変えようとする歴史修正主義者はもちろん、過去へ飛ぶ我ら政府軍をも敵視し相対するのだから厄介だ。

にしても、やはりここの世界は矛盾が多すぎる。


「ともかく…政府管轄内と言えど、この本丸も、街も、いつ検非違使が現れてもおかしくはない。
皆にも頭の片隅に入れておいてもらいましょう。」

「そうですね。
そういえば主さん、体調は大丈夫なんですか?」

思わぬ話題に堀川さんを見る。
体調…先日の日射病のことだろうか。


「ええ、もうすっかり。
ご迷惑をおかけしました。」

「いえ、迷惑だなんて。
あまり無理はなさらないでくださいね。
寝不足は、健康の大敵ですから。」


お茶をお持ちしますね。
と、堀川さんは静かな所作で部屋を出て行った。



…これは参ったなぁ。

懐から式札を取り出し、ペラペラと弄ぶ。
出かける時は細工をしているのだが、どうにもバレているらしい。


しかし、人と刀がかけおちだなんて
やはりこの世界はおかしい。


「戦場で背を向けるなど、殺してくれと嘆願してるようなものだ。」


もしかすると、それが望みだったのかもしれないけれども。


壊れた刀を抱え、死んでいた審神者の姿を思い出せば、生ぬるい風と鉄のにおいが鼻の奥によみがえる。
その顔は、悲しみと安堵を含んだものだった。

私もあの時、彼と共にいく選択をしていればこんな風に死んでいたのだろうか。


「…。」


ありもしない、"もしも"を考えても無駄なことだ。
審神者も、刀も、忍も、戦うための役割に過ぎない。
その役割を放棄して自由になれるはずなどないというのに。



「馬鹿だなぁ。」


呟いた言葉は誰に届くこともなく、風鈴の音が掻き消した。



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