ある夏の出来事
 


ミーンミンミンミン…ミーンミンミン…


耳の奥から聞こえてくる程、近くで鳴く蝉の声を延々と聞きながら
根を出来るだけ残さないように畑の雑草を引き抜いていく。

抜いた箇所から湿り気のある土の匂いが上がってくるが、真夏の真昼の太陽が瞬く間に乾かしてしまう。

余りにも暴力的な陽射しに、乱君に言われ日焼け止めを塗ってるものの露出してる肌が心なしか痛い。

だが、雑草を抜くては止まらない。
青々と茂る畑を綺麗にした後の達成感が忘れられず、時たまこうして一人黙々と草を抜いている。



「…っ…!…鶯丸!!どこいった!!鶯丸っっ!!!」

額の汗を拭ったところに、半ば怒号が蝉の声を掻き消しながら耳に入る。

後ろを振り向いても声の主はいない。
それだけ遠くにいるのにこれだけ鮮明に聞こえるのだから、流石と言うべきか。

日に一回は聞いてるであろう、鶯丸さんを呼ぶ怒号に
あぁ、今日も何処ぞで茶を啜ってるのか。と再び草取りを再開する。



「鶯丸!!昼から馬の世話だというのに何処で茶を飲んでいるんだ!」

足音と、より鮮明になった声に後ろを向けば
丁度角から大きな影が現れた。


「!!
おい、鶯丸を知らんか。」


赤い髪を夏の暑い風に靡かせながら、鶯丸さんを呼ぶ声の持ち主…大包平さんが現れた。

夏の真っ青な青と白い雲を背景にした彼は、よく映える。


「ここには来てませんね。」

「全く、毎度毎度内番をさぼりおって…。
今日こそは一人でやらせてやる。」

と、グググと硬い拳を握りながらギロリと来た道を睨む。
そう言ってもどうせ鶯丸さんの良いように使われてしまうのだから
毎日毎日飽きないことだと、再び草取りを再開する。


「…それより、何をやっているんだ。」

てっきり直ぐに鶯丸さんを探しに行くかと思えば予想外にも声をかけられ、再び手を止め大包平さんを見る。


「雑草取りですよ。」

そう簡潔に答えると、大包平さんは額に手を当てる。
怒ったり、呆れたり、忙しないお刀様だ。


「色々と突っ込むべき事はあるが
こんな真昼の炎天下の中ここにいれば、頭が溶けてしまうぞ。」

「大丈夫ですよ、人間はこれ位で溶けたりしません。」


とは言え、喉が渇いたな。と土を叩きながら立ち上がったその時
あれだけ鳴いていた蝉の声が消える。


大包平さんを見れば、焦った顔で口をパクパクしている。
きっとあの良く通る声を出しているはずなのに、それも聞こえない。

おかしいな、耳鳴りでもしてるのだろうか。




そんなことを考えたところまでは覚えている。




















「にっしゃびょう…?」


カラカラと、タライに入った氷と水の音を立てながら手拭いを絞る。

頭にハテナを浮かべる大包平に団扇を一つ寄越し、それで扇ぐように指示する。
意外にも、彼はすんなり受け取り風を大将に送る。


「あぁ。
今日みたいな真夏の太陽の下、影もない場所に居続ければなる病さ。」

「病だと…?!
ならば石切丸を呼ばねばならんではないか!」


と、ガバリと片膝を立てる大包平を制し、団扇で扇ぐ事を続けさせる。
…こりゃ確かに鶯丸に遊ばれるわけだ。


「まぁしかし、案外大将もうっかり屋さんだな。
こんな暑い日に帽子も被らず外にいれば、いくら元気な人間でも倒れるぜ。」


チリンチリン、と縁側にかけられている風鈴が
涼しげな音を鳴らすも、大きな蝉の声が掻き消してしまう。

影の下にいても、陽の照り返しに参ってしまうのだ。
頭上から直に受けてれば、こうもなる。


本来ならば、こういうことは人が俺たち刀に教える立場だろうに。

何て心の中で呆れていれば、縁側からこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。



「なまえに何かあったか?」

「流石に耳が早いな、鶴丸の旦那。」


ひょこりと現れた鶴丸に、今いる自分の場所を譲る。
すまないな、とストンと胡座をかく。


「畑で倒れたところを大包平の旦那が運んでくれたんだ。
まぁ、日射病だな。」

「それで大包平が団扇で扇いでくれてるわけか。
名刀にこんなことさせるのは、きみぐらいじゃないか?」

贅沢者め、とペシペシと大将のデコを叩く。
それに起きる気配はないが、大将の眉が歪む。


「おい、病人に手荒いぞ。」

「君は態度がデカイ割に気を配るよなぁ。」


と、鶴丸が揶揄い混じりの笑みを向ける。
それに対し大包平は反論しようとしたのか、口を開くが声は発さずそのまま閉じて、代わりにため息を吐く。


「病で刀を振るえぬなど、武人の名折れだ。
現役の佩刀なのであればなおのこと、よくよく言い聞かせることだ。」

と、仰いでいた団扇を鶴丸に渡し
片膝を立て立ち上がる。


「あぁ、肝に銘じておく。
…礼を言う、大包平。」


敷居を跨ごうとした大包平はほんの少し足を止めたが
此方は振り返らず、自分の持ち場へと戻って行った。



「ふぅ〜、怒鳴られるかと思った。
なぁなまえ。」

鶴丸の呼びかけに、大将がゆるりと瞼を上げる。
青い瞳は俺と鶴丸を順番に写す。


「なんだ、狸寝入りとは大将も良い性格してるな。」

「…怒鳴られると思って。」


額に置かれている濡れた手拭いを握り、大将はゆっくり起き上がる。
そうしてそのまま手拭いを瞼に押し付ける。


「みっともないところをお見せしました。
診ていただきありがとうございます。」

「まぁ日頃の疲れもあるんだろ。
とはいえ大包平の旦那にも礼を言った方がいいぜ?
あのまま誰も見つけてくれなかったら、今頃どうなってたかわからんからな。」


これ以上長居をするのも無粋というもんだろう。
そう思い、よっこいしょ。と、膝に手をつき立ち上がる。



「薬研、ありがとな。」


そいつぁどっちの意味だい?
と、茶化すのもまた無粋というもの。

礼には及ばんさ。と、その一言だけに留め
部屋を後にした。



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