夏の前の宵闇
 



「…以上が、ご報告となります。」


一期さん達を見送ったのがお昼過ぎ。
帰還し報告を受ける頃には、すっかり日は暮れていた。

今回は難なく遡行軍を殲滅できた。
それも負傷者なしに。

それに安堵しつつ、気になるのは髭切さんのこと。
一期さんと目が合えば、にこりと目元を和らげる。


「今回は、髭切殿のおかげで早く帰還することが出来ましたよ。」

「…私が言うのもなんですが、何か、ご迷惑をおかけしませんでしたでしょうか。」


演習然り、街へ買い出しも然り。
どうにもマイペースで、ふらりとすぐにどこかへ行ってしまうお刀様だ。

そんな彼が、大人しく団体行動していたとは思えない。


「そうですね…
強いて言えば、あまりにも目敏く敵を見つけるものですから、青江殿が出番がないと零していたことくらいですかな。」


あっはっは。
と、一期さんは爽やかな笑い声を上げる。

これは恐らく膝丸さんが気を張ってくれてたに違いない。
髭切さんの弟である事を誇りに思っている彼にとって、兄の世話役は誉れ高き事なのだろうが、後で礼を言いに行こう。


さぁ、報告はお開きだ。
そんな折、ポンと小気味良いあの音と共にこんのすけが脇に現れる。


「…まさか、また出陣ですか?」

「御安心を。
ですが、政府からの呼び出しです。」


こんのすけの言伝に一期さんと目を合わせる。
今回もお供を連れて良いとのことだったので、そのまま一期さんと向かうことにした。



















けこけこけこ…と、蛙の合唱を聴きながら縁側を歩く。
湯浴み後の夜風は、とても気分の良いものだ。
思わず鼻唄が出そうになるくらい、今宵は心が浮かれている。


そうして明かりの灯る部屋を覗けば、赤い髪の持ち主が棚から箱を出している所だった。
自分の気配に気付き、こちらを振り向く。



「丁度良いところに。」

「虫の知らせ…いや、今夜だと蛙の知らせにでもなるのかな?」


そう言ってみれば、ほんの僅か、口元に笑みを浮かべる。
が、それも静かに元の形に戻る。


「刀をお借りしても?」

「うん、いいよ。
元々お前のものなのだから、"貸す"のは変な感じがするけど。」


言いながら本体…と言うべきなのか、刀を渡せば丁寧に受け取る。
そうして箱から刀の手入れ用具を開く。



「出陣はどうでしたか。」

「うん、思った通り楽しかったよ。」

「膝丸さんは困ってませんでしたか。」

「名前をよく呼ばれた気がするけど、困ってなかったよ。」


こん、こん、と槌で柄を叩き、慣れた手つきで刀身を抜き出す。
もう幾度となくされた手入れをこうして客観的に見るのは不思議な気分だ。
(この世界での手入れにも意を突かれたのだけど )


薄く油をひき、サッと拭う。
行灯にかざし、刃の具合を見る青い瞳に刀身の光が灯る。

案外、この瞬間が気に入っていたりする。




そうして再び刀身を柄に戻し、静かに納刀する。


「身体に傷は?」

「ないよ。
調べてみる?」


そう言うと、大丈夫です。と刀を寄越してくる。
気になるなら、刀と同じ様に外装を外せばいいのに。

刀を受け取れば、青い瞳は刀の行方を追う。



「…明日から、少し忙しくなりますよ。」

「それはいいね。
そろそろお前が鈍ってしまわないか、心配していたところだから。」

「そうなった場合は、"また"貴方が鍛えてくれるのでしょう?」


薄い唇が弧を描く。
それにつられ、自分の口角も上がる。



自分より弱い腕に己を振るわせるような慈悲は、僕にはない。
こうして人の身を得ても、この子に寄り添ってあげるような優しさも持ち合わせてはいない。


そんなものは、この子の見る世界では必要のないもので、何の役にも立たないのだから。




それなのに、あの白黒の彼がちらりと脳裏を掠め
チリリと痛んだ身体の何処かに不思議に思っていれば
青い瞳がじっとこちらを見ていた。


どうしたの?と問えば
何処か痛みますか、と聞かれ

何でもないよ、と返せば
そうですか。とそれ以上の話はない。


それを見計らい、おやすみ。と部屋を出れば
おやすみなさい。と返ってきて
その頃には白黒の彼は頭から居なくなっていた。



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