二振りの刀
 



なまえにはああ言ったものの、
髭切が出陣をせがんだのは偶々なんかじゃない。



出陣の知らせの前
気分を紛らわせるために、縁側で雨音を眺めていた。
実際のところ、俺自身も酷く目覚めの悪い夢を見た。


そんな所になまえのもう一振りの刀…髭切がやってきた。










「良い天気だねぇ。」


曇天から零れ落ちる大粒の雫。
これを良い天気と好むものは少数派だ。


「君は雨天がお好みなのかい?」

「太陽が我が物顔で陣取ってるよりかは、好きかな。」


と、そう言いながら一人分空けて同じ様に俺の隣に座る。
人の体を得てから随分経つが、この刀とこうして話すのは初めてかもしれない。


それから特段会話が続くわけでもなく、雨音だけが気を紛らわせる。



「…君、何か俺に用があったんじゃないのか?」

「おや?用がなければ来ちゃいけないのかい?
僕らは同じ、あの子の刀なのに。」

「そりゃそうだが、元の世界でも共に在るのは間もないし
この肉体を得てからも、まともに会話したことがないじゃないか。」


と言えば、
そうだっけ?とコテリと首をかしげる。

一見すると間の抜けた様な性格だが、皮一枚剥がれれば瞬く間に鬼神と化すのだからおっかない。
道場で手合わせしてるのをよく見るが、気を抜くと相手を殺す気になってるのだから。


「…そう言えば君が見つけた甘味、中々美味かったぞ。」

「甘味…?
あぁ、あの子は君に買っていたのか。
確かに美味しかったね。」

と、共通の話題であろうそれに然程話は広がることはない。
何だかそれに心に靄がかかる。
が、髭切の次の言葉に靄は引く。


「ここに来てから、あの子は変わったね。」

「そうだな。
畑仕事やら馬の世話、それにここの刀たち…生きているものに触れてるんだ。

元いた世界では与えられないものばかりだ。」


理不尽に耐え、奪い奪われ、思うが侭に力を振るえず、人であって物言わぬ"モノ"なのが忍だ。
本当に守りたいものも、素直に守ることもできない。

そんな人としての生き様を否定される世界からここに来たんだ。
変わるには十分すぎる材料がありすぎる。

なまえにとっては、何も失わないこちらの世界が良いに決まっている。



「ねぇ、君はあの子が弱くなったら…どうする?」

「どういうことだ。」


髭切の横顔を見る。
庭の紫陽花から滴り落ちていく雨の流れを見ているのか、
その顔には何の感情もない。


「そのままの意味だよ。
今のあの子は、気が緩み始めている。
その所為で、"恐れ"が夢に出てくる程に。

現に、君も見たんじゃない?」


悪い夢を。


黄金の瞳がこちらに移る。
確信した言葉は、裏返せば髭切自身も夢に魔が降りたということだ。

刀といえ、なまえの精神に俺たちも少なからず影響を受ける。
そういうことか。


「考えすぎじゃないか?
悪夢なんざ、あちらの世界でも見てたはずさ。

別にこっちに来たからって訳でも、なまえが弱くなった訳でもない。」

そもそも君にとって弱いってのは、どういうことを指すんだ。


そう問えば、髭切の口は綺麗な弧を描く。


「そうか、君と僕ではあの子に求めるものがかなり違う様だね。

僕たち付喪神は、人の思いがカタチになったものだ。
どうやら、僕らは持ち主より贈り主の思いが強いらしい。」

「ならば君は、なまえに何を求める。」


黄金の瞳の奥を見る。
髭切も俺の眼の奥の何かを見る。

その瞬間、雨音が消える。


髭切が口を開けば、緊急の招集の鐘の音が遠くから聞こえる。
その音の方へ二人して視線を変える。


「出陣かな?」

「だろうな。
だが、俺たちはお呼びじゃないさ。」


自分たちはここの世界の刀ではない。
あくまでなまえの刀だ。

己で振るえぬ俺たちを、なまえが戦わせるはずがない。
…こちらが望まぬ限り、だ。



「すこし、おねだりしちゃおうかな。」

「おいおい、この身で戦う気かい?
ここで戦っても、何も得はしないぞ。」

「おや、退屈を嫌う君らしくない。
それにね、得るものはあるよ。」


よいしょ、とゆったりとした動作で髭切が立ち上がる。



「僕らの在り方も、あの子に影響を与えるんだよ。」

だから、悪いものはスッパリ斬ってあげないとね。


と、悪気のない笑みを浮かべる。



「…君とはどうやら、"方針"が丸っ切り合わないらしい。」

「あはは、贈り主の思いが違うんだ。
仕方のないことさ。

それに、僕と君じゃ見てきたものが違う。」

「はは、違いない。」


くすくすと、互いに静かな笑いをたたえる。
そして笑いを引っ込めた髭切は足をなまえの部屋へと向ける。





見てきたものが違う…か。

共に在った時間は、圧倒的にあの刀が長い。
だからきっと、俺の知らないなまえの生い立ちも、あの人との思い出も知っている。



「…。」



あの刀が守れるものと、俺の守れるものは違う。


再び雨に濡れる紫陽花を一瞥し、自分もゆっくりとなまえの元へ向かった。



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