白昼夢
 


ぱたぱたと、急に大きな雨が降り出した。
遠くの空は晴れており、この場所だけがどんよりと曇っている。

時期的には梅雨前か、ほんの少し気温が上がってきた季節。
雨のせいで少しの熱気が部屋に上がってくる。


雨音以外の音はない。
まるで外と遮断された様な…


「…。」

しないはずの、炎の燻った後の臭いと
血の臭いが、鮮明に鼻腔の奥にこびりついている。

イタチさんの、きっと最期の"におい"の記憶であり
私にとっても、別れの前の"におい"の記憶だ。


その時も、ちょうどこの時期、この時間、こんな雨だった。
だから、記憶が呼び起こされたのだろう。


「…。」

何とも言えない消失感。

既に喪ったものなのだから、こんな風に悲観しても仕方のないことなのに
ここに来てから、人らしい感覚を取り戻してしまったからか
感情がいとも簡単に滲み出る。


…酷く喉が渇いた。
そう思い、飲み物を取りに行こうと部屋を後にした。















「随分と、面白い顔をしていますね。」

台所に行き、冷えた茶をコップに入れていたところ
鮮やかな桃色の前髪をゆらし、宗三さんが覗き込んできた。

その手には、盆とその上に茶碗が三つ。
小夜君と江雪さんにだろう。何となく、そう思った。


「…それは宗三さんにとって、普段から私の顔が面白いという意味ですか?」

そう皮肉を返してみれば、少しの間を空け宗三さんがクスリと笑う。


「少し、意地悪が過ぎましたね。」

「お茶、お注ぎしますよ。」


宗三さんが何かを言う前に、茶碗を三つ机に置く。
お茶を注ぐ音が、雨音に吸われているかのように小さい。


「知っていますか。
この本丸の天気も、季節も、主である貴女の意のままなのですよ。」

思いがけない言葉に、宗三さんの翡翠と瑠璃の瞳を見る。
相変わらず、静かに笑みをたたえている。



「雨はいつ、止むのでしょうね。」


お茶、ありがとうございます。
そう言い、宗三さんは再び盆を持ち厨房から出て行った。


この雨は、私の意志で降っているのか?
そんな馬鹿な、天候を操るなぞ、それこそ神業ではないか。

空になったコップに茶を注ぐ。
そしてすっかり渇いた喉に、冷たい茶を注ぐ。
そうすると、喉につっかえた何かを押し流した。


昼間、少しうたた寝していただけだ。
なのに、夢を見た。


崩れた建物と壁。
振り続ける雨。
燻った煙。

そんな中に混じる鉄の臭い。


次に視界に広がる緑と空色。
湿った土。
微かに残る、あの人の匂い。

そんな中、やはり混じる鉄の臭い。
今度は自分の手に、爪と指の隙間まで
土と一緒にこびり付いて離れなかった。



それが夢だと気付いたのは、
ぱたぱたと降り出した雨の音だった。


あの日の光景も、感覚も、心も
決して消えぬ鮮明な、においの記憶のせいで
何一つ忘れることができない。


いや、決して忘れてはいけないことだ。


私はこの先も、ずっとこの記憶と後悔と共に
イタチさんが見れなかった未来を見なければならないのだから。


…いい加減帰る方法を見つけねばならない。
だが、全くと言っていいほど手掛かりはない。


さて、どうしたものか。


そんなことを考えていると、ぽんっと小気味良い音と共にこんのすけが現れる。
あぁ、前にもあったような…


「大変です主様!
至急部隊の準備をお願い致します!」














「では、行って参ります。」

一期さんを部隊長に、大粒の雨の中ズラリと術式の前に皆が並ぶ。

部隊編成は
青江さん、歌仙さん、大倶利伽羅さん、膝丸さん
そして…



「久しぶりの戦、楽しみだなぁ。」

「遠足に行くんじゃないんだから、気を引き締めてくれよ。」


ほわほわと、和んだ空気を出している髭切さんに
歌仙さんが一言咎める。

うん、わかってるよー。とやはり間の抜けた返事をする髭切さんに歌仙さんは溜息をつく。


「いいのかい?
君の大事な刀なんじゃないの?」

「…。」

青江さんの問いかけに、言葉が詰まる。
実のところ不本意なのだが、髭切さんに押し負けてしまったのだ。


「大丈夫だよ。
ほら、早く敵を斬りに行こう。」


と、髭切さんが催促したのをきっかけに術式に霊力を送り込む。
そんな様子に髭切さんの瞳は、雨にも負けずに子供のようにキラキラと輝く。


「…お願いしますね。」

「あぁ、任された。」


術式の光に消えて行く中、膝丸さんは大きく頷いてくれた。


彼らが立った後は、雨音だけが残る。




「…。」

「心配かい?」


隣で傘をさしてくれている鶴丸さんを見れば、いつもの穏やかな目をしている。


昼間にうたた寝していた時に夢を見たことと、突然髭切さんが出陣したいと駄々を捏ねたのがどうにも気になる。

それを伝えると、鶴丸さんは目線を地の術式へと落とす。


「たまたま…というのも些か気になるが、まぁ大丈夫だろう。
弟丸も居ることだし、何より君の刀だ。
生きて帰ってくるさ。」

「鶴丸さんも、行きたかったですか。」


そう問うと同じ様に視線を落とした私に代わって、今度は鶴丸さんが視線をこちらによこしたのが気配でわかる。


「きみが戦えと言うのなら、いくらでも戦うが…
正直、きみの居ない場所で舞っても面白くはないな。」

「私も…戦場に行ければいいんですけどね。」


なんて言っても、チャクラがなく、忍術も使えぬ私が行ったところでお荷物になるだけだ。
そんな憤りが、少しずつ、心に積もっていく。



「今のきみなりの戦場がある。
そう気落ちする必要なんてないさ。」


さぁ、中に入って連絡を待とう。



鶴丸さんに背を押され、屋敷に向かう。



雨は、少しずつ弱まっていく。
唯の通り雨だったらしい。



それでも私の心は未だ曇ったままだ。
あれは宗三さんの揶揄いだったらしい。



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