知れば迷い
 



「ちょいと匿ってくれ。」



突然障子が開いたと思うと、鶴丸が返事を待たず部屋に入るなり押入れに滑り込む。


随分不躾な来客じゃ。

と一言刺せば、菓子を食べに来ていた三日月が面白気に目を細める。


「なんだ鶴丸、この歳になって隠れ鬼か。」

「まぁそんなところだ。
なまえが来たら、絶対に俺がいる事は言うなよ。」

そう言い入ってきた勢いとは真逆に、静かに押入れを閉める。


何か悪さでもしたのか、そう思うもこの鶴丸は主に滅法従順らしく、叱られるような悪戯はしない。

それにあの主も隙がなく、許容できる事は好きにさせるような性分だ。

一体何があったのやら。


三日月と目を合わせ笑いを零す。



「さてはて、何やら重大任務を請け負ってしまったが
化かすのは狐の性分だろう?」

「なに、私はぬし様に忠順な狐ゆえ。
ぬし様に嘘をつくのは心が痛みますねぇ。」

「おいおい頼むぜお二方。
君ら二人が揃えば文殊の知恵以上だろ?」


と、コソコソと話す鶴丸に
さて、どうしてやろうかと考える。


「しかし鶴丸よ、こんなところに隠れては見つかるのも時間の問題だろう。
お前はどうしたいのだ。」

「うん、偶には驚かせてやろうと思ってな。」


こういう落ち着きのなさは、鶴丸国永という刀特有のものなのか。
いよいよ鶴丸が気配を消したのに合わせ、三日月と二人でいた時の佇まいに戻す。


しかしまぁ、この鶴丸はえらく気配を隠すのが上手い。
これも持ち主の影響なのか。


と、三日月が茶に口を付けたと同時にトントン、と障子が叩かれる。
それに返事をすれば障子が開き、姿を見せたのは主だった。


「おや、どうされましたぬし樣。」

「こちらに鶴丸さんが来ていませんか?」

と、自分と三日月を見ているのだが
その意識はその奥の押入れに向けられている。

案の定、もうバレている。


「先程までおったのだがな。
丁度入れ違いになったようだ。」

「そう…ですか。」


三日月の応えに、主は睫毛を伏せる。
その様子を見、三日月と顔を合わせ無言の了解をする。


「やや、ぬし様、その様に気を落とされてどうなさいました。
今にもその青い瞳に雲がかかりそうではないですか。」

「あぁ、これはいかんいかん。
ほれ、こちらにおいで。
じじぃの袖を貸してやろうな。」


と、一芝居打てば主は一瞬考えるが
鼻をすすりながら部屋に入る。



「ささ、こちらの茶菓子でも。」

「可哀想に、余程大事な用があったのだな。」

「えぇ…ですが、行くところ行くところ鶴丸さんが居らず。
どうやら私は、鶴丸さんに嫌われてしまったようです。」


と、声色はか細く震えているのに、その表情は全くもって無だった。

その温度差に私と三日月は吹き出しそうになるものを抑える。
それを堪え、三日月が口を開く。


「…なんと。そう気を落とすな主。
主が出掛けると、いつもその背を寂しげに見ている鶴丸がそんなはず…」


ない。
と、三日月が言い終わらないうちにスッと押入れの戸が滑る。

そこからは主と同じように無表情の鶴丸が現れ、ついに私と三日月は我慢ならず噴き出した。








「なぁ君たち。
わかっちゃいたが、本当に意地が悪いな。」

「これだけぬし様を煩わせておいて、意地の悪いのはお前でしょう。」

「まぁまぁ小狐丸、鶴丸は主に構ってもらいたかっただけだ。
許してやれ。」

と大らかに笑う三日月さんに、鶴丸さんはため息を漏らす。


「で?本当はきみを驚かしたかったのだが、こんなお遊びに付き合ってくれたんだ。
何か俺に面白い土産話でもあるのかい?」

と、茶化すように鶴丸さんに言われ、言葉に詰まり畳を目でなぞる。


面白いもなにも、ただ、手土産があるだけ。
それだけだ。

そんな沈黙に鶴丸さんは小首を傾げる。


「…とりあえず、私の部屋に来ていただけますか。
私は少し所用があるので。」

先に行っててください。
と、鶴丸さんの返事を待たず部屋を後にした。













ストン、と障子が閉まる。

用件はこの場で言われるかと思えばまさかの部屋に呼び出しだ。
何か立て込んだ話でもあるのだろうか。

そう思うと、悪ふざけに付き合わせた罪悪感が芽生える。


「おやおや、部屋に呼び出しとは羨ましい限りですね。」

「ははは、普通のおなごならな。
大方戦のことか、元の世界の話だろう。
何もありゃしないさ。」

と、小狐丸を軽くあしらいながら、片膝を立て立ち上がる。
障子を開け、縁側に一歩踏み出したタイミングで
鶴丸、と三日月に名を呼ばれる。


「主はここに来てから、今まで触れていなかったものに触れているのだろう?

その逆も然り。
魂の色形は如何様にも変わっていくものだ。」

さぁ、早く行ってやれ。


その言葉に素直に従い、障子を閉め、部屋を後にする。



なまえの部屋に向かいながら、三日月の言葉を頭の中で反芻する。

今のなまえは生身の人間のように見えて、霊魂そのものだ。
だからこそ、外部の刺激を受けやすく影響度も高い。

ここに来てからというもの、俺も含め毎日が新しいことだらけだ。



「…。」


開けっ放しのなまえの部屋。
障子を閉めてみれば、瞬く間に広がる静寂。
よく知った、なまえの"気配"。



「…鶴丸さん?」

遠慮がちに、障子を開きなまえが顔を出す。
きみの部屋なのだから、勝手に入ればいいだろうと言うと、歯切れの悪い返事が返ってくる。

本当に、どうしたというんだ。



「鶴丸さん、甘いものはお好きですか。」

「うん?
あぁ、きみが短刀たちからよく貰ってる甘味は好きだぜ。」

「…チョコのことですね。」


と、なまえは盆を添えて部屋に入ってくる。
机に置かれた盆には、茶と透明な器に餅のような物が入ってる。


「なんだいこれは?」

「黒蜜のかかったきな粉餅ですよ。
初めて見ましたか?」

「あぁ、見るのは初めてだな。」


と、初めて見るそれをじっと観察してると
なまえがずいと、盆をこちら側に寄越してくる。


「…もしかして、貰っていいのかい?」

「鶴丸さんに買ってきたんですよ。
面白い土産話はありませんが、これで手を打っては頂けませんか。」


そんななまえの言葉に、心は急に軽やかになる。
そんな心境が自分の表情にも反映されているのが、自分でもわかる。


「手を打つも何も、十分すぎる。
有難く頂くとしよう。」


なまえが買ってくるくらいだ。
味の保証はある。
だが、どんな味がするのか、期待を込めてひと掬い口に運ぶ。


甘い黒蜜を、控えめな甘みのきな粉が包み込む。
そして柔らかく、滑らかな舌触りの餅。


「…。」

「気に入って頂けたようですね。」


言葉の感想が出てこず、なまえを見やれば
俺の意図を汲んで、薄っすらと笑む。


「本当は、街に鶴丸さんも行ければ
もっと楽しんで頂けるのでしょうけど…」

「何故俺は行けないんだ?」


ふとなまえの言った言葉に疑問が即座に浮かぶ。
もう片方の刀…髭切は普通に出してもらえている。


「ほら、鶴丸さんはどうもこちらの世界の鶴丸さんとは装いが異なるみたいでしょう。
その…目立つなぁと。」


と、後半言いにくそうになまえが目線を俺から外す。

成る程、俺を連れなかったのはこの真っ黒な衣装が悪目立ちしてしまうからということか。

なまえ自体この世界では異質であり、忍としての性質上、目立つのは好まない。
ならば…


「この黒が白になれば問題ないんだな?」

「そういうことですが、街を見る限り同じ衣装は…」


売ってなかった。
と、続けるつもりだったのだろう。

パン、と俺が柏手を打った音に言葉は止まり
そして次の瞬間には目を見開く。




「これは…驚きました。」

「はっはっは、これで少しは鶴らしくなったか?」



真っ白な衣装に変化した俺を、なまえはマジマジと見る。
そんななまえの様子に、達成感に満たされる。



「みんな、こんなことができるんですか。」

「さぁな。
まぁ、忍である君の刀なんだ。変化の術は朝飯前だろ。

それより、このきな粉餅はきみのお気に入りなのかい?」


俺がなまえの元に来た時には、既にあの人と共に国際手配犯の集まりである"暁"という組織にいた。
だから、甘味を楽しむ姿など記憶にない。

数少ないなまえの趣向を知る機会だ。
今度街に行った際にはこっそり買ってきてやろう。
そんな事を企んでいたのだが、



「今日、髭切さんが食べていて…」




別段深い意味のない言葉だったはずだ。
なのに、先程まで弾んでいた気分は理由もわからず沈んでいく。


記憶の中の三日月の言葉に対し
影響されるのは人の子だけではないのだと、心の中で応えた。



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