池の中のこい
 



出陣の報告の翌日、早速政府から召集がかかる。
出陣した刀剣も連れてくるようにというお達し付きでだ。

最初に出陣した一番部隊隊長が良いだろうということで、俺が共に行くことになった。


幾つもの門を潜り、松明が灯す一本道を歩く。
音は、自分たちの足音と火の揺れる音だけ。


慣れていない人間なら、恐る恐る進むその道も
主は臆する事もなく、まっすぐ進んでいく。

出陣の後の政府からの呼び出しだ。
ろくな話はないだろう。



「第九番本丸、参りました。」

最後の扉の前。
主がそう述べれば、重厚そうな筈の扉は音もなく開く。


そこには面を付けた政府の人間が、綺麗に並んでいる。
昔何度か来たことがあるが、相変わらず気分の良いもんではない。


「此度の出陣、御苦労。
まずは、歴史修正主義者から歴史を守った事、感謝申し上げる。」

政府の言葉に主は頭(こうべ)を下げる。
こういう所作も、随分と慣れたもんだ。


「送られた報告書は拝見した。
この時代の京都は、第九番本丸が出陣したのみ。
他の本丸にも情報を連携するとしよう。」

「しかし、随分と歴史修正主義者が力を付けてきたようだ。
その上、複数部隊確認されていると言うではないか。」

「審神者よ。
この時代の場合、どのような編成が良いと思う?」


政府から投げられた問い。
主は静かに口を開く。


「この時代の京都も市街地が多く、細道が多いのが特徴で、なおかつ、屋内戦になることもあります。

昼夜問わず、長物の大太刀、槍、薙刀は編成には向かないかと。」

「ならば、小物の短刀や脇差が良いか。」

「いや、短刀と脇差だけじゃ武が悪いぜ。」


俺がそう言うと、視線がこちらに向く。



「敵には機動も防御力も、今までにない程高い槍がいる。
短刀と脇差だけじゃ、直ぐに破壊される。」

「なので、打刀を中心に短刀と脇差を編成するのが良いかと。」

「成る程…これも各本丸に伝えよう。

有用な情報を得られた。
出陣の報告に関しては以上としよう。」


報告に関して"は"。
含みのある言い方に主を見るとただ静かに、青い瞳に仮面のヒトを映していた。



「報告書には上がっていなかったが…
この度の出陣、第一部隊だけでなく第二部隊も送ったそうだな。」


やはりそのことか。
お役所というのは、いつの時代も規則に煩い。
編成が一つ増えたからといって何が悪いのか。


「申し訳ありません。
報告書の形式上、第二部隊まで記載する欄がなかったもので。」

「…当たり前だ、一度に送る刀剣は六体のみ。
その決まりがあることを、知らない訳ではないだろう。」



「ええ、存じておりますよ。」



ただ一言。
主の発した声が、ガラリと場の空気を変える。



「ただ、今回は敵方も二部隊以上いた。
ならばこちらも二部隊揃えるのが、任務の成功に繋がると判断しました。

それでも一部隊にこだわる理由があるのならば、お聞かせ願いたい。」


顔色一つ変えず、強いて言えば、少しの圧をかける主に
政府側が態度に出さずとも動揺したのがわかる。
そんな中、代表と思われる人間が口を開く。



「刀剣といえども、歴史を遡ることは少なからずその歴史に影響を与える。
その為一部隊六体と決めている。」

「なるほどそういう理由ですか。
しかし、今回報告に上げずとも、二部隊同時に送ったということをご存じということは、歴史を監視していたのでしょう?

ならば、
一部隊で太刀打ちできずに遡行軍に好きにさせることと
二部隊送って阻止することと、どちらが歴史に影響があるとお考えで?」


それとも他にまだ理由があるのでしょうか。



主がそう言うと
検討する。と政府は一言返すだけで、その日はお開きとなった。















「あ。
主、獅子王お帰り!」

本丸に帰ってくると、加州が出迎えてくれた。


「どうだった?
やっぱり二部隊同時に送ったことの小言だった?」

「その通りだ。
ま、主が言い包めてすぐ終わったけどな。
少し肝が冷えたぜ。」

と言うと、加州が心配気に主を見る。
それに、違う違うと弁明する。


「加州は主が政府に何かされたと思ってんだろうが、その逆だぜ?
これ以上口を開くもんなら斬ると言わんばかりの気迫で、主が政府の奴らを黙らせたんだ。」

「私は後々の為に進言したまでですよ。
まぁ、でも、暫くは気をつけた方がいいかもしれませんね。

出る杭は打たれると言いますし、それに…」


主の目に、一瞬剣が隠(こも)る。


「お上は、秘密事が好きな生き物ですから。」

「…好奇心は猫を殺すって言うからな。
程々にしといてくれよ。」


そう言うと主は、気を付けます。と一言。
自室に戻っていった。
そんな主の後ろ姿を、加州は心配気に見送る。



「主、大丈夫かな。」

「場慣れしてるみてぇだし、下手なことはしねぇと思うけどな。」


今日の主の政府を見る目に発言。
あれは単に戦慣れしてるだけじゃない。
人のウラの顔も良く知っている。



「それもあるけど…何ていうか、ホンネを言ってない気がするんだよね。
今回の出陣に関しても。」


加州の言わんとすることは何となくわかる。
考えてることや思ってることがあるはずなのに、一切それを出さず、正論しか言わない。

自分の思いはそこには込めない。



「まぁ、そういうことは俺たちじゃなく
あの二振りに任せることなんじゃねぇか?」


女が二振りも太刀を持ち歩くなんて、明らか普通の生活を送ってるようには思えない。

主には、俺たちの及び知らぬ持ち物があるんだろう。



見ない方がいいものもある。
それはよく、自分達が人間に伝える言葉だった。
















自室に戻る途中の、長い縁側を歩く。
その庭には青々と茂る竹林と、太陽の光を反射する大きな池がある。

その池の辺(ほと)りにしゃがみ込む、知った横顔を見つける。



「おや、もう帰ってきたんだね。
カエデ。」

「…なまえです。」

カエデって誰だ。
まさか私の名前を忘れられるとは思ってなかったが、そういう人なのだと特に咎めはしなかった。


「あぁ、ごめんね。悪気はないんだよ。」

「別にいいんですが、流石に弟さんの名前は覚えましょうよ。」

そう言うと、池に視線を戻してしまった。
名前を忘れてるのは、ワザとなのか、フリなのか。


「ねぇ、この鯉たちは何でここにいるんだろうね。」

「さぁ…前任の方の趣味じゃないですか。」

立派な錦鯉が数匹。
前主がいなくなった後は、誰かが世話をしているのだろうか。

それから髭切さんが口を開くことはなく、
特に話はないのだと思い、再び自室へと足を進めようとした。



「ねぇ、なまえ。」


その呼びかけに応える代わりに、その場に踏み止まる。



「お前は、忘れてはいけないよ。」



ゆっくりとした動作で立ち上がり、
落ちた笹の葉を踏み鳴らしながら、髭切さんは手の届く範囲まで歩み寄る。

そして





「今のお前は、気魂そのものなのだからね。」


綺麗に笑むその口からは鋭い犬歯が覗く。

優雅な装いと物腰にも関わらず、時たま垣間見る野生味に人間は魅せられるのだろうと、何処か冷静に分析する。

これはきっと、突きつけられた事実からの現実逃避の類だ。



「わかっていますよ。
私は此処に留まるわけにはいかないですから。」

「忘れていないなら、それでいいよ。」




お前はいい子だね。

と、その声色に何時ぞやの時の様に頭を撫でてくるかと思ったその手は
ただ、ぶらりと下がったままだった。



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